第176話「エルフの村を訪ねる(3)」
俺は『謎アイテム』に手をかざして『
頭の中に情報が入って来る。
だけど……すべてがわかるわけじゃない。
異世界のアイテムだから、完全に機能を分析するのは難しいんだろうか。
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『謎の魔術具』
異世界■■■から来たアイテム。
情報を伝えるために作られたもの。
情報体が宿っている。
属性:■■、雷。
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「これじゃ足りない。もっと、深いところまで調べないと」
意識を集中する。
せっかく手に入った、異世界からのアイテムだ。限界まで調べよう。
中になにがあるのか。安全なのか、危険なのか。
これが送り込まれてきた目的もわかるように──
「再度起動──『鑑定把握』」
俺は目を閉じる。
呼吸を整えて、『謎アイテム』に手をかざす。
わかるまで続けよう。
俺は魔王直属の錬金術師だ。
不審なアイテムがあったら、きちんと調べるのが役目なんだから。
俺はしばらくの間、『鑑定把握』スキルを使い続けた。
その結果、もう少し詳しい情報がわかった。
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『謎の魔術具。異世界の情報体』
異世界■■■から
情報伝達のために作られたもの。
内部には、圧縮された情報体が宿っている。
情報は、カウントが0になると開示される。
内部情報。文字、図形、言葉。
属性:■■、雷。
耐衝撃能力あり。
防塵・防水能力あり:水深20メートルで実験済み。
(当組織独自の規格です。防塵・防水効果を保証するものではありません)
(精密機器です。慎重に取り扱ってください)
────────────────────
「……こんなものかな?」
「どうでしたか? トールさま」
メイベルが心配そうにこっちを見てる。
「色々とわかったよ。メイベル」
俺は『超小型簡易倉庫』の扉を閉じてから、答えた。
「やっぱり勇者世界は、俺が想像していた以上にすごい技術を持ってるみたいだ」
「……え?」
「このアイテムは雷の力で動いている。正確には弱い雷のようなものを生み出す部品があって、それが表面を光らせたり、数字を表示したりしているんだ。魔力も宿っているけど、かなり弱い。でも、勇者に関係するものなのは間違いないと思う」
「そ、そうなのですか?」
「しかも、この『謎の魔術具』からは、
「あ、あの。トールさま?」
「……どうしてひとつしかないんだろう。ふたつあれば、ひとつは保存、ひとつは分解して改造するんだけどな。勇者世界のアイテムだからね。改造すれば、すごいものができるかもしれない。それに、これって勇者世界の『スマホ』に形が似てるよね? ということは、同等の力を持っている可能性がある。もしかしたら一瞬で超絶の魔術を発動させたり──」
「トールさま! 落ち着いてください!」
「──はっ」
気づくと、メイベルが俺の肩を揺さぶってた。
広場の隅では、長老と護衛のエルフたちが目を丸くしてる。
……いかん。つい夢中になってしまった。
でも、夢中になってもしょうがないよね。
勇者世界の魔術具だよ?
『通販カタログ』に
興奮してもしょうがないじゃないか。錬金術師なんだから。
「じゃあ、説明するよ。エルフの長老さんにも聞いてもらおう」
「はい。トールさま」
俺とメイベルは、長老と護衛たちの元へ向かった。
「お待たせしました。広場に落ちたアイテムについて、ある程度のことがわかりました。危険はないと思います。魔術が発動しても平気なように『超小型簡易倉庫』……勇者的に言えば『収納空間』の中に閉じ込めましたから」
「う、うむ」
長老さんはうなずいた。
「この短時間で謎のアイテムの分析を行い、無力化したというのか……」
「ほ、本当に?」
「人間の錬金術師に、そんなことができるなんて……」
長老さんと護衛のエルフたちはびっくりしてる。
まぁ、確かにこの『謎の魔術具』は得体が知れないからね。
それをすぐに解析・無力化したといっても、信用できないのかもしれないな。
「まずはじめに、エルフの方々が見た魔法陣は、
「錬金術師トールどのよ。
「どうぞ。長老さま」
「送還・派遣魔術にて、あのアイテムが送り込まれてきたのは理解した。仲間のエルフが見た魔法陣は、お主が見せてくれた『召喚魔術』のものとよく似ていたのでな。同系統の魔術であろう」
「同感です」
「解せぬのは人ではなく、謎のアイテムを送り込んできたことだな」
「送還・派遣魔術なら、人間を送ることもできるからですね」
「そうだ」
「では、うかがいます。エルフの方が見た魔法陣は、どれくらいのサイズでしたか?」
俺は護衛のエルフに訊ねた。
長老がうなずくと、革鎧を着た彼は、修練場の中央に向かって歩き出す。
棒を拾って、地面に小さな円を描いて、
「大きさとしては、この程度だった」
「かなり小さいですね」
俺は護衛のエルフから棒を受け取った。
それから、隣に大きな円を描く。
「巨大ムカデを召喚した魔法陣は、このくらいのサイズでした」
「なるほど。術の規模が違うということか」
「そうです」
「つまり異世界は、人間や亜人を送り込むだけの術を使えないということだな」
「……それはありえません」
だって、これを送り込んできたのは勇者世界だよ?
あの世界なら人間どころか、一軍を送り込んできてもおかしくない。
むしろそっちの方が普通だ。
勇者の世界には、学校の一学級が転移する『クラス転移』なんて言葉もあるって、勇者本人が言ってたんだから。
「いや、おかしいであろう?」
でも、長老さんは首をかしげている。
「人を送り込めるほどの力を持っているなら、勇者世界はどうして、こんな小さな『謎アイテム』だけを送ってきたのだ?」
「理由はふたつ考えられます」
「聞かせていただこう」
「ひとつは、様子見と
俺は言った。
「勇者が召喚されてから、こっちの世界では200年経っています。勇者世界でも、それなりの年月が経っているでしょう。あちらの世界からは、こちらの状況がわからないはずです」
「だから、まずはアイテムを送ってみた、ということか」
「そうです。この『謎アイテム』に対して、こちらの世界の者がどう対応するか探ろうとしたのでしょう。反応がなければ、こっちの世界の文明が滅んだとも考えられますからね」
「ということはこのアイテムには、こちらの世界の反応を探る能力が隠されているのだな?」
「俺はそう考えています」
「だが、勇者たちが、そんな遠回りなことをするだろうか」
長老は納得いかない様子で、
「勇者とは、文字通り勇気を持った戦闘民族だ。こちらの世界がどうなっていようと、勇気をもって転移してくるのではないかな?」
「勇気と
「と、おっしゃると?」
「いくら勇者でも召喚されたり、転移したりした直後は無防備になるからです」
「──あ」
長老、それに護衛の者たちが目を見開いた。
メイベルは俺の隣で、納得したようにうなずいてる。
帝国の
かつて勇者たちがこの世界に召喚されたとき、彼らはしばらくの間、なにが起きたかわからないかのように、
当時の王が『魔王軍と戦うために』と言ったら、すぐに『わかった。任せろ!』という感じで、状況を理解したらしいけど。
このことから、勇者は戦いに
でも、召喚された瞬間は無防備になるのも確かだ。
強力な戦闘民族である勇者が、その危険性に気づかないはずがない。
だから今回、彼ら自身は転移してこなかったんだろう。
「では、この『謎アイテム』は、召喚や転移したときの隙を消すためのものであると?」
「その可能性は十分にあります。このアイテムは『スマホ』そっくりです。そして『スマホ』とは、勇者が使う儀式用のアイテム (錬金術師トール・カナン個人の仮説です)だと考えられますから。このアイテムが転移後のサポートを行う可能性は十分にあるでしょう」
「……説得力があるな」
「ありがとうございます」
「かつて、我らエルフは勇者たちに魔術の力で敗れておる。彼らの実力はわかっておるよ。ゆえに、エルフは
そう言って、長老は護衛のエルフたちを見た。
「それを村の者たちに伝えることができなかったのは、わしの失態だが」
長老の言葉に、若いエルフたちが、ひぃ、と、悲鳴をあげる。
まるで殴られたみたいに、地面にひれ伏す。
自分たちがメイベルにしたことを思い出したみたいだ。
そんな彼らをにらみつけてから、長老はじっと見て、
「その魔術具は、錬金術師どのに預けたいのだが、良いかな?」
「はい。よろこんで」
まずはルキエに書状を送ろう。
それから、この『謎の魔術具』をどう扱うか決める。
表示されている日数にはまだ余裕がある。ゼロになる前に、魔王城に戻れるはずだ。
お城に戻って処理を決めるか、あるいは安全のために、城の近くに臨時の研究拠点を作って、そこでカウントがゼロになるのを待つか──対処法はそんなところだ。
俺としては城の近くに研究拠点を作った方がいいと思うんだけど。
このあたりは、ルキエやケルヴさんと相談かな。
「とにかく、俺としてはこの魔術具のカウントがゼロになったらどうなるのか、実際にこの目で確認したいと思っています。長老さまがこれを預けてくれるなら、言うことはないですね」
「未知と危険を恐れぬか……たいしたものだ」
長老はため息をついた。
「自分の知識が足りぬことを知り、かつ、未知なるものに向き合う勇気を持たねばならぬ。我らエルフも、そうでありたいものだ」
「そんな立派なものじゃないですよ。俺は」
「そうだろうか」
「俺は勇者世界を超えたいだけなんです。そのために、勇者世界から学びたいと思っています。そうして錬金術師としての腕を磨いて、いつか、勇者をびっくりさせるほどのアイテムを作りたいんです。最終的には、魔王領を勇者世界を超える国にできれば、と」
「すばらしい夢だな」
「ですよね」
「それでこそ、エルフの娘を預ける相手としてふさわしい。そう思わぬか、メイベルよ」
「は、はいっ!?」
突然声をかけられたメイベルが、おどろいた顔になる。
長老はそんな彼女に、優しい声で、
「お前には、改めて詫びねばならぬ。村のエルフが、お前に辛く当たったことは間違いであった。お前はエルフの村に、新たなる視点と、新たなる客人を連れてきてくれる者だったのだ。長老の名において、改めて詫びよう。すまなかった」
「「…………申し訳、ありませんでした」」
長老が頭を下げ、護衛のエルフたちも同じようにする。
「我らは魔術と魔力に長けたエルフだ。そして、その名に
「……長老さま」
「メイベルよ。お前が錬金術師さまを連れてきてくれなければ、我々は……おそらく、あのアイテムを遠巻きにして、震えていたかもしれぬ。触れるのも恐ろしいが、放置するのはもっと恐ろしい。放置して、時間が過ぎるのを待っていただろう」
そう言って、長老は頭を下げたまま、
「我々は、お前と錬金術師さまに助けられたのだ。この恩は忘れぬ。そして、お前に対しても改めて詫びるとしよう。お主の気が済むようにするがいい……」
「や、やめてください。私はもう……大丈夫ですから」
メイベルはそう言って、笑った。
「……小さいころのことを……忘れることはできませんけれど」
メイベルの手が、なにかを探るように、揺れている。
俺が近づくと、メイベルはほっ、とため息をついて、俺の手を握る。
「でも、私はトールさまと出会うことができました。今の私は幸せで、満たされています。昔のことを忘れることができなくても、大丈夫です。普通のエルフじゃなかったことに、感謝したいくらいですから」
「……そうか」
「それより長老さま。トールさまに素材を差し上げてください」
メイベルは真剣な表情になって、
「私たちはお墓参りと、素材採取に来たんです。目的を果たさなければいけません。それに異世界から『謎の魔術具』が送り込まれてきたなら、対抗するためのアイテムが必要となりますよね? ですから、トールさまに素材を差し上げてください!」
「う、うむ。わかった」
「昔話にあります。
「……メイベルよ」
「はい。長老さま」
「お前は……強くなったな」
「私は自分のしたいことがわかりました。だから、私はもう大丈夫なんです」
「う、うむ。では、その金属について教えよう」
そう言って、長老は歩き出した。
「あの素材は、錬金術師どのが持っていた方がよいだろう。見つけ出して、差し上げることとしよう」
「ありがとうございます」
俺は長老に頭を下げた。
「その金属って、もしかして『オリハルコン』という名前じゃないですか?」
「いや、特に名前はないな」
「……そうですか」
「……どうして肩を落としているのだ。錬金術師どの」
長老は不思議そうに首をかしげてる。
いや、だって、エルフの村に伝わる素材だよ?
希少なはずだから……勇者世界のオリハルコンと同じものかな……と、期待してしまったんだ。
でも、名前のない金属なのか。そっか……。
「それならば、錬金術師どのが名付けてはどうかな?」
ふと、長老がつぶやいた。
「元々、名前のない素材だ。好きに名付ければよいだろう。『オリハルコン』という言葉の響きもよいし、その名前にしてもよいのではないかな?」
「いえ、それだと本物の『オリハルコン』が届いたとき、取り違える可能性があります」
「勇者世界から素材が届くことはないと思うが?」
「万が一ということもあります。それに、別の素材に『オリハルコン』と名付けてしまうと、本物を手に入れるのをあきらめたみたいで、嫌なんです」
勇者世界がこちらに接触しようとしているなら、向こうの素材が手に入ることもあるかもしれない。
そのとき、こっちの世界に『オリハルコン』という素材があったら、ややこしくなるからね。
錬金術の作業をするときに、取り違えるかもしれないし。
「素材の分類のためにも、違う名前がいいと思います」
「では、どんな名前がよいかな?」
「オリハルコンに近い使い方をすることになりますから、仮のオリハルコンという意味で『カリハルコン』はどうでしょうか?」
「……それでよいのか?」
「あくまで『仮』ですからね。変更可能ということで」
「わかった。では今後は『カリハルコン』として、村で語り継ぐこととしよう」
そうして、長老は俺たちを屋敷へといざなった。
その後、屋敷で俺とメイベルは、エルフの秘密の素材『カリハルコン』について知ることになったのだった。
──数日前、帝国での出来事──
「
ここは、帝都近くの草原。
魔術の訓練をしていたリカルド皇子は、部下の報告を聞き、おどろきの声をあげた。
リカルドがこの地に来たのは、自分を鍛え直すためだった。
──国境地帯より戻ってから、敗北感が消えない。
──だが、そんなものに取り憑かれているのは、自分が強さを極めていないからだ。
そう考えたリカルドは、腹心の部下とともに、野営しながら魔術の訓練を続けていた。
その最中、部下が奇妙なものを発見したのだった。
「空中に浮かんだ魔法陣。そこから落ちてきたアイテムか」
「いかがいたしますか? 殿下」
「現場はそのままになっているのか?」
「アイテムは回収いたしました。マジックアイテムである可能性があったため、発見者がそれを、ペンダントのように身に着けたり、杖の先に縛り付けて振ったりしていたそうです」
「気持ちはわかるが、自重するべきだな。それで、どうなったのだ?」
「そうしていたら、表面に勇者時代の数字が表示されたそうです」
「勇者世界のアイテムか? となると……未知のものだな……」
リカルドは、国境地帯で体験したことを思い出す。
ソフィアの宿舎に潜り込み、つるつる滑って拘束された部下たち。
交易所に侵入し、パニック状態で捕虜となった部下たち。
リカルド自身も、怪力をふるうソフィアを目の当たりにしている。
すべては『未知』で『理解できないもの』だった。
「……その『未知』を放置して、このリカルドは帝都に戻ったのだ。なんとも情けない。情けないことだ」
敗北感の原因を掴んだような気がした。
鍵になるのは『未知』だ。
リカルドの価値観ではわからないもの。
いまだ理解できないもの。
それと出会い、敗れて、そのままにして立ち去った。
敗北感の原因がそれなら、対策は──
「『未知』と向かい合うしかない。他には方法はないのだ。おそらくは」
「どうされましたか、殿下?」
「いや、方針が決まっただけだ。それだけだ」
「このアイテムについて、ディアス殿下に報告されますか?」
「やめておこう。ディアス兄の地位を強化するのに利用されるだけだからな。この『未知』を、共に考えてくれそうな人のところへ行く。このリカルドの敗北感を消すために」
リカルドは魔術の訓練を止め、荷物をまとめた。
それから、部下が持って来た謎のアイテムを受け取る。
奇妙な物体だった。
金属製の板に、光る数字が浮かび上がっている。
まるで、勇者の忘れ物のようだった。
「この『未知』と、最後まで付き合うとしよう。このリカルドが最強となるためにも、なにが起ころうと逃げぬ。そう決めたのだ」
そうしてリカルド皇子は腹心の部下と共に、行動を開始したのだった。
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【お知らせです】
あけましておめでとうございます!
今年も「創造錬金術師」を、よろしくお願いします。
書籍版3巻の表紙が公開になりました。
各ネット書店さまで見ることができます。今回はアグニスとトールと、建物の窓からこっそり顔を出しているソフィア皇女が目印です。
発売日は来月、2月10日です。
今回も書き下ろしエピソードを追加していますので、ご期待ください!
「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。
ただいま、第4話−5まで、更新されています。
「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。
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