第155話「魔王領・『ノーザの町』合同調査チーム、暗躍する(3)」

 ──数日前、国境付近の森で──




密集陣形みっしゅうじんけいを取れ! 中央のお方をお守りしろ!」


 魔獣の気配を感じて、部隊は即座に対応する。

 リカルド皇子を中央に隊列を変更。周囲からの攻撃に備える。


 前列は短剣を、後列は短弓ショートボゥを装備。

 障害物が多い場所での防御陣形を取る。



『…………グルゥゥ』



 調査部隊の兵士たちの耳に、かすかなうなり声が聞こえた。

 風下だ。しかも、かなりの距離がある。


 視力が優れた兵士が目をこらす。

 木々の陰に、赤い瞳が見えた。

 さらによく見ると、月明かりに黒い毛並みが浮かび上がる。


 そこにいるのは、漆黒しっこくの体毛を持つ魔獣『ダークウルフ』だった。

 まだ、互いの間合いには入っていない。

 この距離で察知できたのは、帝国随一の調査部隊だからこそだ。


『ダークウルフ』は、森の殺し屋と呼ばれている。

 ナワバリ争いが激しく、本来は群れることはない魔獣だ。

 それが統率を取れた動きで、調査部隊を尾行している。数は10匹前後だろう。


「さすがの索敵能力さくてきのうりょくだな。調査部隊よ」

「この距離で魔獣の存在を察知できるのは、我々くらいでしょう」


 リカルド皇子と、調査部隊の隊長は言葉を交わす。


『ダークウルフ』の群れは、まだ遠い。

 矢と魔術を撃ち、追い払うこともできるだろう。

 調査部隊がそうしないのは、群れの背後に人影を見つけたからだ。


 隠れていてもわかる。

 調査部隊の隊長はリカルド皇子の許可を得て、叫ぶ。


「そこにいるのは何者だ!?」

「…………」


 反応はない。


「この魔獣は、貴様が操っているのか!? 我々になんの用がある!? 用がないなら、今すぐ魔獣を立ち去らせろ!」



「────帝都から来たのか?」



 人影は言った。


「これまで何組かの旅人に、魔獣を近寄らせた。だが、この距離で魔獣の存在に気づいた者は初めてだ。それほどの察知能力を持つ者といえば、帝都から来た上位の兵団としか考えられないのだがな」


 まるで魔獣を使って、帝国兵を探していたかのような口ぶりだった。


 リカルド皇子は歯がみする。

 相手の言うことが本当なら、リカルド皇子たちは、調査部隊の察知能力を逆手に取られたことになる。

 つまり、相手は帝都から調査部隊が来ることを予想していた可能性がある。


「答えて欲しいのだがな。お前たちは帝都から来た兵士か?」

「答える必要はない」


 調査部隊の隊長は答えた。



「──『例の箱』」



 しばらくして、森の中に、顔の見えない人物の声が響いた。


「我々が入手した『例の箱』について、交渉がしたい」

「──知らぬ」

「あれを探しに来たのではないのか? でなければ、これほどの察知能力を持つ兵士が、こんな辺境に来る理由はないだろうに」

「知らぬ、と言っている」

「いいのか? 交渉相手は他にもいるのだぞ」

「姿も見せられぬ者と、交渉などできるものか」


 部隊長は打ち合わせ通りの言葉を返していく。

 その間に、視力の良い者が相手の容姿を探る。


 相手は顔に布を巻き付けている。

 だが、髪の色と体格から推測はできる。

 魔獣召喚が行われた砦にいた、一時雇いの兵士の一人だ。箱を持ち去った一味の者でもある。


 そう判断して、リカルド皇子は即座に指示を出す。


「砦での事件については、うわさに聞いている。奇妙な箱があったらしいな」


 部隊長は、皇子の指示通りの言葉を返す。


「だが、それは帝国から奪い去られたものだ。それについて交渉するつもりはない」


 言いながら、隊長はハンドサインで合図をする。


 調査兵の中でも素早い者たちが走り出す。

『ダークウルフ』に駆け寄り──向こうが反応する前に、短剣を投げる。


 魔獣の悲鳴が上がった。

『ダークウルフ』たちは怒りの声をあげ、調査部隊の兵に飛びかかる。

 兵士たちはそれをかわして、森の奥にいる人物に向かって走り出す。



『『『グゥアアアアアア!!』』』



 怒りに我を忘れた『ダークウルフ』たちは、兵士たちの後を追う。

 だがそれは、陣形を組んだ帝国兵の部隊に背を向けることを意味する。



「────放て」



 調査兵たちはその隙を逃さない。

 弓弦が鳴り、短弓ショートボゥの矢が『ダークウルフ』に突き刺さる。

 矢に貫かれた魔獣のうち数体が、地面に転がる。


 リカルド皇子には交渉をするつもりなどない。

『例の箱』は元々、帝国のものだ。権利はこちらにある。取り返せばいいだけだ。



「話が通じないとはな。さすがは力まかせの帝国兵か」



 呆れたように、人影が声をあげた。


 森の奥から、さらに『ダークウルフ』が現れる。

 だが、兵士のうち数人は、すでに人影に近づいている。

 追加の魔獣が来る前に、人影を拘束こうそくできるだろう。


(姿を現さなければよかったのだ。だが、これで成果を上げることができる。捕らえて、『例の箱』のありかを吐かせれば……)


 リカルド皇子が成功を確信した、とき──



「──これ以上近づけば、『例の箱』と共に召喚されたこの書類を焼き捨てる」



 隠れていた人物が、前に出た。

 彼は、古びた紙の束を手にしていた。


 調査部隊の者が目をこらす。そこに書かれているものを、じっと見る。

 だが、読めない。


「……どこの言葉だ。それは」


 調査部隊は皇帝一族に使えるエリートだ。多くの言語を習得している。

 だが、覆面ふくめんの人物の手の中にある紙──そこに書かれている文字を、解読できない。


「デタラメな記号を書いているだけではないのか?」

「そう思うのか?」


 問い返されて、言葉に詰まる。

 紙束の文字は奇妙なくらい整っていた。文字と文字との間隔も、行の間隔も、まるでわずかのズレもなく揃っている。

 人があんなふうに文字を書くのは不可能だ。


「この紙束は『例の箱』の底に貼り付けられていたものだ。おそらく、この紙束も異世界のものだろう。巨大サソリに大慌ての連中は気づかなかったようだが」


 あざけるような口調で、覆面ふくめんの男性は言った。


「この紙束には、『例の箱』を開く方法が書かれている可能性がある。これを失えば、帝国はあの箱を開く機会を失う。それでもよいのか?」

「だから交渉する、と?」

「こちらも箱を開くことができなくてな。だったら、交渉して別のものと変えようというわけだ」

「応じる理由がどこにある?」


 リカルドの言葉を、調査部隊の隊長が口にする。


「その紙束が本物である証拠がどこにある? それはお前たちが勝手に作ったものではないのか?」

「そう考えるのは自由だ」


 覆面ふくめんの男性は答えた。


「だがな、こちらには覚悟がある。火炎魔術でこの紙束を焼き捨てるなど簡単だ」

「ふざけるな。貴様から情報を聞き出せば──」

「この自分が『例の箱』のありかを知っているとは限らないぞ? 仲間が知っているのかもしれない。この自分が捕らえられたら、他の勢力と交渉を始めるかもしれない。帝国が交渉に応じない以上、他に選択肢はないからな」

「…………ぐぬ」


 リカルド皇子は隊長と視線を交わす。

 調査部隊の能力ならば、覆面ふくめんの男性から紙束を奪うこともできるだろう。

 問題は、奴が紙束を焼き捨てるのと、どちらが早いかだ。


(あれを手に入れれば……帝都に戻って復命ふくめいできる。このリカルドの評価も上がるだろう。わけのわからない箱など、他の皇子皇女に任せればいい。こちらの仕事は終わりだ)


 リカルド皇子は手を振り、調査部隊に指示を出す。


 足音を立てずに、調査部隊の兵士が走り出す。

 狙いは覆面の男性の手の中にある紙束。それだけだ。

 だが──



「念のため言っておくが、この紙束は後半部分だけだ。前半は『例の箱』と共に保管してある。自分が予定通りに戻らなければ、前半部分も焼き捨てることになっている」



 覆面の男性は、紙束の一部を示した。

 そこには『例の箱』と思われるものの絵があった。

 ただし、右半分だけだ。左半分がない。


「ここが見開きになっているのがわかるか? ふたつのページを合わせると、箱の絵が完成するようになっているのだ。ここにあるのは後半部分。強引に入手したところで、情報は半分しか手に入らない。それでもいいのか? 帝都の兵士たちよ」


 男性の言葉を聞き、調査部隊が足を止める。

 らちが明かない──そう考えて、リカルド皇子が前に出る。

 彼は覆面の男性をまっすぐに見据えて、


「よく考えるものだな。こそ泥の分際で」

「貴公が指揮官か」

「そうだ。だが、こそ泥に名乗るつもりはない。まったくないぞ」

「構わない。我々はこの紙束と箱を、金に換えたいだけだ」


 覆面の男性は告げた。

 そうして、箱と紙束を引き渡す金額を告げる。

 かなりの高額だった。兵士100人が、一年間生活できるくらいだ。

 それを金貨、あるいは貴金属で渡すように、覆面の男性は要求した。


「断れば──あれは他国に渡すか、海にでも沈める」

「交渉期限は?」

「10日。その後、我々は移動する」

「なんなのだ……貴様らは」


 明らかに、相手は交渉事に慣れている。

 リカルドたちを見つけ出す情報収集能力。箱の付属物を人質にした交渉能力。


 この者たちは手練れの盗賊であり、交渉のプロだ。


「我々は……ただの盗賊団だよ」


 覆面の男性は言った。


「『例の箱』と引き換えに得た資金で、新たな『強さ』を手に入れる。それだけのことだ。次の交渉は10日後。再びここで待つ。貴公たちが現れなければ交渉は終わり。貴公たちが我々を捕らえようとした場合も──交渉は終わりだ」


『『『ヴゥオオオオオオオオ────』』』


『ダークウルフ』の群れが、リカルドたちに向かってくる。

 調査部隊の兵士たちは、反射的にリカルドの護衛に回る。リカルド自身も魔術で『ダークウルフ』たちを攻撃する。

 数体の魔獣が倒れ、『ダークウルフ』の群れが通過するまで、わずか数分。



 ──その間に、謎の人物は姿を消していたのだった。






 ──トール視点──




「目撃証言がありました。ダリル・ザンノーとその仲間たちは、数日前までこの町にいたようですわ」


 戻って来たドロシーさんは言った。


 彼女とエルテさんは、町で聞き込みをしてきた。

 その結果、名簿にあった人物の手がかりがつかめたらしい。


「彼らは町外れの小屋に住んでいたらしいですわ」

「倉庫街のようなところです。中でも、もっとも借り賃が安いところを使っていたようです」


 ドロシーさんの言葉を、エルテさんが引き継いだ。


「ですが、そこで彼らがなにをやっていたのかはわかりませんでした。ただ……彼らがいる間は、ずっと獣が吠える声がしていたとのことです。それで恐れて、誰も近づかなかったのだとか」

「念のため見てまいりましたが……誰もいませんでしたわ」

廃屋はいおくのようなところでした」

「エサを食い散らかしたような跡と……獣の毛が落ちていましたわね。獣の毛の方は、念のため回収してきました。手がかりになるかもしれません」


 そう言ってドロシーさんは、布に包んだ黒い毛の束を取り出した。

 獣の体毛のようだった。


「これは大型犬か、狼系の魔獣のものだと思われます。後者だとすれば、彼らは町中で魔獣を飼っていたのでしょう。魔獣使いがいる可能性がありますわ」

「お疲れさまでした。ドロシーさま。エルテさま」


 ソフィーがふたりをねぎらう。

 ドロシーさんとエルテさんは疲れた表情でベッドに腰掛けた。

 慣れない町で調査するのは大変だったみたいだ。


 特にエルテさんは、人間の町に来ること自体が初めてだもんな。くたびれても仕方ないよね。


「それじゃ、あとの調査は俺が引き継ぎます」


 俺は言った。

 昼間のうちに休んでいたから、体力は回復してる。

 ここからは俺が引き継ごう。


「その魔獣の体毛を借りてもいいですか」

「は、はい。どうぞ。錬金術師さま」


 エルテさんが、犬っぽい体毛を渡してくれる。

 これを利用して、今日のうちにできることはしておこう。

 あとは──


「すいませんドロシーさん。ミサナさんを、護衛としてお借りしてもいいですか? 俺とメイベルで、その倉庫を見てきたいので」

「それは構いませんが……なにをなさるおつもりですか?」

「夜のうちに、この魔獣がどこに移動したのかを確認しておきたいんです」


 奴らがまだ町中にいるなら、居場所がつかめる。町の外に出た場合でも、どっちに向かったかわかるはずだ。

 確かめておけば、明日以降の調査が楽になる。


「そういうことでしたら……ミサナ」

「は、はい。隊長」

「あなたはカナンさまと、メイベルさまの護衛につきなさい」

「承知したです」


『レディ・オマワリサン部隊』のミサナさんが、俺に向かって一礼する。

 すると、ソフィーは顔を上げて、


「それではカナンさま。私も──」

「ソフィーさまは、ドロシーさんやエルテさんと一緒に、今後の調査計画について話をしていてください」


 立ち上がろうとするソフィーに、俺は言った。

 さすがに、夜の町に皇女殿下を連れ出すわけにはいかない。

 というかドロシーさんも、止めようと手を伸ばしてるからね。


「敵地に乗り込んだりはしません。すぐに戻りますから、待っていてください」

「…………はい。カナンさま」


 うなずくソフィー。素直だ。


 それから俺はメイベルと一緒に、調査の準備をした。

 あとは、フードの中にいるルネと打ち合わせをして、と。


「それじゃ、よろしくお願いします。ミサナさん」

「お願いしますね」

「は、はい……では、錬金術師さまとメイベルさまを護衛いたします、です」


 こうして俺は、メイベルとミサナさんを連れて、町の倉庫街に向かったのだった。






「それじゃ『お掃除ロボット』の蜘蛛型くもがたを使おう」

「魔獣調査には、やっぱり『お掃除ロボット』ですね」

「え? え? えええ?」


 倉庫に到着した俺は『超小型簡易倉庫』から『お掃除ロボット・蜘蛛型』を取り出した。

 中に魔獣 (仮)の体毛を入れて起動すると──



 カサカサカサカサカサカサッ!



 蜘蛛型『お掃除ロボット』が、南の方を向いて、勢いよく脚を動かして──


 ……と、その前に、やることがあった。

 こんなこともあろうかと作っておいた、羽妖精ピクシーサイズの『ノイズキャンセリング・コート』を使おう。これを『お掃除ロボット』にかぶせて……さらに、その上に、ルネに座ってもらって、と。


「それじゃ、改めて発進」


 ──カサカサッ。



『にゃにゃにゃんにゃーんでございます』



 今度こそ、蜘蛛型『お掃除ロボット』は走り出した。

 黒いコートをまとって。とっても静かに脚を動かしながら。 


「え、ええええええええええっ!?」

「ミサナさん、ぼーっとしてたら駄目ですよ?」


 ぽかん、を口を開けてるミサナさんに、俺は言った。


「人目につかないように『お掃除ロボット』には黒いコートを着せてます。足音もできるだけ小さくしてます。だから、ミサナさんの耳が頼りです。ルネの……いえ、黒猫の声が聞こえる方に走りましょう」

「は、はぁ……あの、錬金術師さま」

「なんでしょうか。ミサナさん」

「あのカサカサ動くものは、一体なんなのですか?」

「魔獣調査用の『お掃除ロボット』です」

「『お掃除ロボット』とは!?」

「魔獣を駆逐くちくして、家の中を綺麗きれいにするゴーレムです」

「そ、その『お掃除ロボット』の上に、黒い布が乗っかっているのは?」

「小型の『ノイズキャンセリング・コート』です。『お掃除ロボット』の姿を闇に溶け込ませて、その足音を消してくれます」

「コートの上に、猫が乗っているのは!?」

「万が一、人に見られたときの対策です。猫が高速移動してても、誰も気にしませんから」


 調査の手順は次の通りだ。



(1)倉庫街に来る。

(2)蜘蛛型くもがたの『お掃除ロボット』に、ドロシーさんたちが拾ってきた獣の体毛を入れる。

(4)『お掃除ロボット』に、小型の『ノイズキャンセリング・コート』をかぶせる。

(5)さらにその上に、『猫型・なりきりパジャマ』を着たルネが乗る。

(6)『お掃除ロボット』は獣の魔力を追跡して、その移動ルートを特定する。

(7)俺たちは猫になったルネの鳴き声を頼りに、『お掃除ロボット』を追いかける。



 と、いうわけで──



『にゃーにゃーにゃー』


『お掃除ロボット』に乗ったルネ (『なりきりパジャマ』で黒猫に変身済み)が鳴いてる。俺たちを呼んでるんだ。


「追いかけよう。メイベル。ミサナさん」

「はい。トールさ──じゃなかった、えっと……カナン」

「は、はい。もうなにがなんだか……」


『お掃除ロボット』は、生き物や魔獣の痕跡こんせきをたどることができる。

 倉庫街にいた生き物がどの方角に向かったか、教えてくれるはずだ。


『にゃーにゃー。にゃんにゃにゃーん』


 夜の町に、黒猫ルネの鳴き声が響いてる。

 こんな時間でも、少しは人通りがある。けど、誰も注目してない。猫なんて、めずらしいものじゃないんだろうな。

 実際には黒猫ルネは『お掃除ロボット』に乗ってるから、地面からは少し浮いてて、滑るように移動してるんだけど。


 俺たちはルネの声をたよりに、『お掃除ロボット』を追いかける。

 蜘蛛型『お掃除ロボット』にかぶせた『ノイズキャンセリング・コート』は、しっかりと闇に溶け込んでる。

 それでもミサナさんの耳は、ルネの鳴き声を逃さない。


 俺たちは町中を走り続けた。

 そうして十数分後、たどりついたのは──



「南側の門だね」

「そうですね」

「は、はいぃ」



 ということは、倉庫街にいた生き物は、ここから町の外に出たのか。


 門は閉まってる。許可を取れば開けてもらえるけど、理由を言わなきゃいけないし、目立つから却下だ。今日の調査はここまでだな。


「よし、帰っておやつを食べて、寝よう」

「ちゃんと眠ってくださいね。カナンさま」

「……こ、これが……魔王領の方々の調査業務なのですか……?」

『にゃんにゃにゃん。そのうち慣れるのでございます』


 そうして俺たちは、宿で一休みすることにしたのだった。






 次の日。俺たちは夕方を待って、南の門から外に出た。

 魔獣の足取りを追いかけるためだ。


 今日は蜘蛛型くもがた球体型きゅうたいがたの『お掃除ロボット』を使うことにした。

 2台使った方が精度が上がる。できれば今日のうちに、先方の居場所まで突き止めておきたいからね。


 というわけで──



 カサカサカサカサカサカサカサカサッ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ────ッ!



 俺たちは『お掃除ロボット』を起動して、追跡をはじめた。


「ソフィーさま、錬金術師さま! 『お掃除ロボット』は南東の丘陵地帯きゅうりょうちたいに向かっております!」

「そっちにはなにがありますか?」

「大きな林があるはずです」

「隠れ住むにはちょうどよさそうですね。それじゃ、追いかけましょう」


 俺たちは追跡を続けた。


「ソフィーさま。錬金術師さま。『お掃除ロボット』が二手に分かれました!」

「それぞれどっちに向かっていますか?」

「『蜘蛛型』が林の方に、『球体型』が『ノーザの町』の方向に向かっています」

「……なるほど」


 ドロシーさんの報告を聞いて、俺とソフィーは顔を見合わせた。

 それから、


「ごめん、ソレーユ。アグニスたちのところまで伝令に行ってくれる?」


 俺はソフィーのフードの中にいる、ソレーユに声をかけた。

 ソレーユはぐっ、と親指を立てて、


「承知いたしましたのよ。なんとお伝えすればよいの?」

「球体型の『お掃除ロボット』を追いかけて、って伝えてくれればいいよ。それでわかると思う」


 アグニスは護衛部隊を率いて、俺たちから離れた場所に控えている。

『ノーザの町』方面の調査は、彼女たちに任せよう。


 俺たちは南東の丘陵地帯に向かう。そっちには林がある。人が隠れ住むにはちょうどよさそうだ。そこが目的地なら、すぐにたどりつけるだろう。

 ハズレだったら反転して『ノーザの町』方面に向かえばいい。


「俺たちは丘陵地帯の調査に向かいましょう」

「はい。それに……もしかしたら、魔獣使いたちは二手に分かれたのかもしません」


 ソフィーは言った。


「そうであれば、こちらが少人数でも対処できるでしょう。むしろ少人数の方が、目立たなくてよいと思います」

「ですね」


 俺がうなずき、ドロシーさんとエルテさんが賛成する。


 俺たちはまた、行動を開始する。


 月灯りの下、丘陵地帯にある林に近づいて行く。ここから先は『お掃除ロボット』の速度を落として、ゆっくりと。


 外から見ると、林の中には小さな小道がある。

 俺たちは『お掃除ロボット』を先行させることにした。

 わながあれば、先に『お掃除ロボット』が引っかかるはずだ。


 でも、林の中に罠らしきものはなかった。

 問題なく俺たちは、林の奥へ。


「──ここは……確か、狩り場だったと聞いております」


 不意に、ソフィーが口を開いた。

 俺とメイベルは首をかしげて、


「でも、このあたりに貴族領はないですよね? ガルア辺境伯領は距離がありますし……」

「いえ、帝国貴族の狩り場ではありません」

「ということは、もしかして昔の国の?」

「はい。ここは、ティリク侯爵家こうしゃくけの狩り場だったそうです」


 ティリク侯爵家は帝国にほろぼされた、侯爵家のひとつだ。

 帝国の建国に協力した人たちで、『魔獣使い』のスキルを持っていたらしい。


『例の箱』を奪ったのがその残党なら──魔獣を連れ歩いているのもわかる。

 もっとも……まだこれは仮説でしかないんだけど。



「────前方に、小屋が見えます」



 不意に、ドロシーさんがつぶやいた。

 俺たちは足を止めて、木の裏に隠れる。

 目を凝らすと……森の中に、小さな小屋があった。窓からは灯りが漏れている。誰かいるみたいだ。


「小屋のまわりには……黒い獣がおりますわ。あれは『ダークウルフ』でしょうか」

「足音もするです。数は……5体くらいです」


『レディ・オマワリサン部隊』のドロシーさんとミサナさんが『気配察知』で情報を伝えてくれる。


『カサカサカサ』


 俺の手の中は『お掃除ロボット・蜘蛛型』が足を動かしてる。『お掃除ロボット』が反応している。俺たちが追跡していた魔獣たちは、あの『ダークウルフ』だ。


 ということは、ここに『例の箱』を持ち去った人物がいるんだろうか?


「あの小屋を調べる必要がございますわ。いかがいたしましょう?」


 俺たちは『ノイズキャンセリング』しながら、フードをくっつけて話し合う。


「わたくしたちは殿下の部下です。まずは、殿下のご意見をいただければ」


 ドロシーさんが指示を請うように、ソフィーの方を見た。

 ソフィーはあごに手を当てて、考えるようなしぐさをしてから、


「承知しました。ですが、私としては魔王領の皆さまの意見もうかがいたいのです」


 ソフィーは俺とメイベル、エルテさんを見て、言った。


「『ノーザの町』と魔王領側とで、ひとつずつ意見を出し合うのはどうでしょうか。それなら、お互いの足りない部分を補えます。思いもよらない解決策も出てくるかもしれません」

「わたくしに異存はございません。エルテさまや錬金術師さまはいかがでしょう?」

「よいお考えだと思います」

「俺も、異論はないです」


 そうして、俺とメイベルとエルテさんは相談を始めた。


 目的は、あの小屋に『例の箱』があるかどうかを探ること。それと、箱を奪った者を捕らえて、その目的を探ることだ。


 そのための最適な手段を考えよう。




 ──5分後──



「では、私の意見を申し上げます」


 俺たちはふたたびフードをくっつけて、打ち合わせを開始。

 最初に真剣な表情で、ソフィーが口を開く。


「まずは、私の『光の攻撃魔術』で、小屋の周囲にいる魔獣たちを倒します。カナンさまの『ノイズキャンセリング・コート』があれば、気づかれずに近づけるでしょう。その後、気配を消して、ドロシーさまとミサナさまが内部に突入し、敵を拘束こうそくいたします」

「……『例の箱』を奪われたのは、帝国側の責任ですわ」

「……『レディ・オマワリサン部隊』が危険を侵すのは当然なのです」


 ドロシーさんとミサナさんが、ソフィーの言葉を引き継いだ。

 なるほど。理にかなってる。

 さすがソフィー。文句のつけようがない作戦だ。


「では、魔王領の皆さまのご意見をお願いいたします」

「はい」


 俺は手を挙げた。


「魔王領側の作戦ですけど……とりあえず、すべてを封じ込めます」

「封じ込めるのですか?」

「はい。具体的には──」


 俺は作戦と、使用するマジックアイテムについて説明した。

 その結果──



「…………錬金術師さまの作戦を採用いたしましょう。あなたさまのマジックアイテムの効果をうかがってしまったら、他に選択肢はございませんわ……」



 頭を抱えながら、ドロシーさんが宣言した。

 ソフィーは手を叩くような仕草を、ミサナさんは額を押さえてる。

 わかってくれたようだ。


 それじゃ、改めて手順を説明しよう。


「魔獣は『ノイズキャンセリング・コート』を着た俺たちに気づいていません。それを利用します」


 俺は言った。


「奴らを封じ込めて、その隙に、小屋の中にいる連中を拘束します。必要なアイテムを渡しますから、順番に取りに来てください。音がしないように、『ノイズキャンセリング・コート』の中に隠して移動してくださいね」

「わかりました。トールさま」

「承知いたしました。カナンさま」

「……魔王領では、このような作戦が常識なのでしょうか……エルテさま」

「……いえ、魔王領がこのようになったのは最近でございまして……その……」

「……常識ってなんでしたっけ……です」


 つぶやくみんなに、俺は必要なアイテムを渡していく。


 あたりは暗く、闇色のコートは俺たちの姿を隠してくれる。

『ノイズキャンセリング・コート』は音も、においも消してくれる。

 魔獣に気づかれることなく、作戦を実行できるはずだ。



「それじゃ、全員『三角コーン』は持ちましたね?」

「「はーい」」「「「…………はい」」」

「では、作戦開始を開始しましょう」



 こうして、俺たちは林の中の小屋を攻略することになったのだった。




──────────────────



【お知らせです】

 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」2巻が発売になりました!


 2巻ではリアナ皇女とソフィア皇女、それに羽妖精たちも登場します。

(「近況ノート」で、キャラクターデザインを公開しています)


 もちろん、今回も書き下ろしをエピソードを追加済みです。

 書籍版だけの新アイテムも登場します。


 2巻の表紙イラストは公開中です。各ネット書店さまで見てみてください!!


 また、「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。

 ただいま第2話−4まで公開中されています。

「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。



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