第156話「魔王領・『ノーザの町』合同調査チーム、暗躍する(4)」

 ──トールたちが小屋を発見して数分後、中では──





『ヴゥォォォォオオオ!?』

『グゥアアアアアアォォ!?』

『キャインキャイ────ン!』



 小屋のドアを押し破り、『ダークウルフ』たちが室内に飛び込んできた。


「な、なんだ!?」

「どうして『ダークウルフ』が小屋の中に!?」


 中にいた男たちが武器を手に取る。

『ダークウルフ』は番犬として、外に繋いでおいたはずだ。

 それが屋内に入り込んで来るなどありえない。


「外に出ろ! すぐに雇い主リーダーが戻って来る!」

「お前たちの役目は外の警備だろうが!」


 男たちは『ダークウルフ』を威嚇いかくする。

 目の前に突き出される剣や槍を、魔獣たちは見ていない。

 魔獣たちは戸口に顔を向け、怯えたように震えている。


 やがて──

 


『『『ヴゥオオオ────ッ! キャインキャイン!!』』』



 5匹の『ダークウルフ』が暴走をはじめた。

 戸口と反対側の壁に近づいたと思ったら、なにかの気配を感じたように急停止。震えながら、また別の方向へと走り出す。

 方向を見失って、家具に体当たりする者もいる。

 どうしていいのかわからなくなり、部屋の中央でうずくまって吠え続ける者も。


 その姿を前にした男たちは、自分たちが見ているものが信じられなかった。


『ダークウルフ』は森の殺し屋と呼ばれている。

 自分よりも大きな魔獣にも襲いかかる、凶暴な魔獣だ。

 だから男たちの雇い主リーダーは奴らを『魔獣使い』のスキルで使役したのだ。

 最強の番犬として。

 なのに、その『ダークウルフ』が、怯えきっている。



「こ、こら! 落ち着け!!」

雇い主リーダーは我々を上位者として設定したはずだろ!? どうして言うことを聞かない!?」

「走り回るな! ここには貴重なものが──」



 それに、『ダークウルフ』は外に繋いでおいたはずだ。

 首輪をつけて、縄を木に結びつけていた。その縄が切られている。

『ダークウルフ』は家の中に飛び込んできたのはそのためだ。


 だとすれば、外には縄を切った者がいるはず。

 なのにどうして、『ダークウルフ』はそいつを襲わなかったのか──


『『『バウバウギャウギャウキャインキャインッ!』』』

「ぐはっ!」


『ダークウルフ』の体当たりを受けた者が床に転がり、悲鳴を上げる。

 それを見た別の男は、壁に掛かっていた網を手に取る。

『ダークウルフ』を制圧するためのものだ。細い金属で作られていて、四方には重りがついている。

 彼らの雇い主リーダーが万が一のときのため、用意していたのだ。


 雇い主リーダーは交渉準備のため、この場を離れている。

 暴走した『ダークウルフ』は、彼らだけで止めなければいけない。

 そう考えて、男たちは網を広げる。タイミングを合わせて、『ダークウルフ』にかぶせようとしたとき──

 



「『風と闇の名のもとに吹き荒れよ!』──『漆黒の風ダークウインド』!!」



 ぶぉ。



 戸口から吹き込んできた暴風が、男たちを吹き飛ばした。


「ぐはっ!?」

「し、侵入者が……魔術を?」

非殺傷系ひさっしょうけいの魔術だ。問題はない。すぐに反撃を──」


 男たちが立ち上がろうとする。

 だが、再び発生した暴風が、男たちを吹き飛ばした。


「は、速い!?」

「なんでこんな連続詠唱を!?」

「もしや……伝説の『即時詠唱者インスタント・キャスター』が!?」


漆黒の風ダークウインド』は暴風で敵を制圧する魔術だ。

 主に不意打ちに使われるもので──こんな連続して使うことはできないはず。



「『かぜとや──れよ』『かぜとや──れよ』『かぜとや──れよ』!!」



 なのに、詠唱と暴風は止まらない。

 小屋の中に冷えた風が吹き荒れ、男たちを釘付けにする。



 ぶぅおおおおおおおっ!



「「「うああああああああっ!?」」」

『『『────ヴォアアアア!? キャインキャイン……』』』



 冷えた風は魔獣の体温を奪い、その動きを鈍くしていく。

 室内は吹き荒れる暴風で満たされて、立ち上がることもできない。


 さらに、今度は別の魔術が襲う。



「『光の届かぬこの場へご加護を』──『灯りライティング』!!」



 窓から飛び込んできたのは、光の球体──ただの灯りだ。

 男たちも高い戦闘能力の持ち主だ。『灯り』の魔術くらいで驚きはしない。


 飛び込んできたのが、ひとつか、ふたつだったら。



「『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』『ひか──かご』!!」



「「「うっああああああああああ」」」



 20個を超える光の群れが、男たちの視界を漂白した。

『ダークウルフ』も襲いかかる暴風と、大量の光の群れにパニックを起こしている。

 完全に錯乱さくらんして、壁に体当たりを繰り返す者もいる。

 数匹は、硬直して泡を吹き出している。


 男たちが小屋の位置に視線を向けると──開いたドアの向こうに──真っ赤な、三角形のものが見えた。

 さっきまではなかったものだ。


「敵はドアの向こうから攻撃してきている!」

「飛び出すな! 待ち伏せされているぞ!!」


 男たちは声をあげる。


 敵の狙いはおそらく、『例の箱』だ。

 敵が中に入ってこないのは、こちらの反撃を恐れているからだろう。


 男たちは考える。


 雇い主リーダーが戻ってくれば、こちらの勝利だ。

 それまで時間を稼げばいい。問題ない。

 敵は『例の箱』を傷つけるのを恐れて、攻撃魔術を使ってこないのだから……。


 そう思って、彼らは小屋の入り口をじっと見つめていた。

 



 だから彼らは、窓からの侵入者に気がつかなかった。




「失礼いたしますわ」

「お覚悟して欲しいのです」



 背後から忍び寄ってきた者が、男性の腕をねじり上げた。

 そのまま男たちを床に倒し、両腕を縛り、目隠しをする。

 数秒間の出来事だった。


「──な、なんだと!?」

「お静かに。今、楽にして差し上げます」


 侵入者は男性のひとりに、真っ黒なコートをかぶせた。

 そのまま魔力を注ぐような動作をした直後──



「音が……消えた!?」



 男は必死に耳を澄ますが、なにも聞こえない。

 聞こえるのは自分の声と呼吸音、心臓の鼓動だけだ。

『ダークウルフ』の足音や、においさえも消え去っている。


「…………オレは……死んだのか?」


 視界は目隠しで塞がれている。手足は縛られて、動かせない。

 なにも見えない。聞こえない。動くこともできない。


 今まさに、剣を突き立てられようとしているとしても、わからない。

 どうすることも出来ずに死んでいくだけだ。


 湧き上がってくるのは、恐怖。

 戦士であるはずの彼らの身体が、異常な事態に震え出す。

 やがて、喉の奥から悲鳴がせりあがってきて──



「こ、こんなのは嫌だ。やめてくれ……たすけてくれえええええっ!!」



 ──男たちは床の上で、のたうちまわるだけだった。







 ──トール視点──




「お疲れさまでした。エルテさん、ドロシーさん、ミサナさん」

「お怪我はございませんか?」

「何事もなく済んで、よかったです」


「「「………………」」」


 あれ? なんでエルテさんもドロシーさんもミサナさんも、納得いかないような顔してるの?


 ここは『イーアラの町』の南東にある、小屋の中だ。


 部屋の隅にはドロシーさんとミサナさんが縛り上げた男たちが転がってる。

 彼らは目隠しされた上に、裏返しにした『ノイズキャンセリング・コート』を被せられている。この状態だとまわりの音は一切聞こえない。

 俺たちがなにを話していても、こいつらに知られる心配はない。

 だから、落ち着いて話もできる。


 ちなみに『ダークウルフ』たちは、網を被せて拘束こうそくしてある。

 怯えた魔獣たちは動きが止まってたから、網をかけるのは簡単だった。その上から『チェーンロック』をかけて、『地球アースロック』モードで固定してある。

 もちろん、その横には『三角コーン』も並べてある。


 ほぼ密着状態の『三角コーン』の威嚇いかく効果はすさまじいようで、『ダークウルフ』たちは泡を噴いて気絶してる。

 無力化は成功だ。


「トールさまによる封じ込め作戦が大成功でしたね!」

「これが……カナンさまのお力なのですね」


 メイベルとソフィーは感動した様子だった。

 ふたりともがんばってくれたからね。


 特にソフィーは、『ノイズキャンセリング・コート』で気配を消してるとはいえ、『三角コーン』をちゃんと小屋のまわりに配置してくれたんだからな。

 こんなのは、皇女さまのすることじゃないんだけど。


「……メイベルと帝国の皇女さまは感動していらっしゃいます」

「……魔王領ではこれが普通なのでしょうか」

「……安全に敵を制圧できたのはよいです」


 でも、エルテさんとドロシーさんとミサナさんは、首をかしげてる。

 ちゃんと作戦前に説明したんだけどな。

『三角コーン』と『ノイズキャンセリング・コート』で魔獣を封じ込めるって。


 まず、俺たちは『ノイズキャンセリング・コート』で気配を消してから、小屋を囲む位置に『三角コーン』を設置した。

 その後で、あいつらを繋いでる縄を切ったんだ。


『三角コーン』には『ダークウルフ』の体毛を入れてあるから、威嚇いかく効果が発動する。

 それで周囲を取り囲めば、怯えた『ダークウルフ』は小屋に逃げ込む。

 魔獣が飛び込んでくれば、小屋の中は大混乱になるはずだ。


 あとは『ICレコーダー』で大量の魔術を撃ち込んで、相手の注意を引いたところでエルテさんとドロシーさん、ミサナさんに中の人間を拘束してもらう。


 それが今回の作戦だ。うまくいってよかった。


「で、こいつらが保管していたものが、これか」


 俺は小屋を見回した。


 部屋の中央には、黒光りする箱があった。

 高さは1メートルに届かないくらい。直方体で、大きな扉がついている。扉には、開くためのハンドルと、ダイヤルのようなものがついている。

 扉はぴったりと閉じていて、ほとんど隙間がない。

 この世界では見たことがない造りをしている。異世界のもので間違いないだろう。


「これが……『例の箱』かな?」

「はい。おそらく、間違いないかと」

「これが異世界のマジックアイテムなのですね……」


 俺とソフィーとメイベルは箱を見つめながら、つぶやいた。


 異世界から魔獣と共に召喚されたもの。

 混乱のどさくさに紛れて持ち去られて、帝国がずっと探しているもの。



 中身不明の謎のアイテム──『例の箱』を、俺たちはついに見つけたのだった。


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