第182話「3人で書状を読む」

 帝国の皇太子が、俺に書状を送ってくるなんてあり得ない。

 俺は公爵家こうしゃくけを追放された身だ。

 しかも、帝国兵の前で「家も、リーガス家の名前も捨てる」と明言してる。


 帝国の皇太子が、俺に用があるわけないんだけどな……。


「ソフィア皇女が俺の味方になってくれるのは、助かります」


 俺はアグニスに向かって、そう言った。

 ルキエはうなずいている。彼女もソフィア皇女を信頼しているみたいだ。


「帝国の皇太子からの書状にはなにが書かれているんですか?」

「まだ開けてないので」

「お主がおらぬのに、勝手に読むわけがなかろう」

「……別に読んでもいいんですよ?」


 ほんっとに律儀だな。ルキエもアグニスも。

 帝国の皇太子の書状なんて、先に確認してくれてもいいんだけど。


「ソフィア皇女の書状の内容は、口頭でも伝えていただいているので」


 アグニスは言った。


「帝国からリアナ皇女がいらっしゃるので、また会談の機会をください、ということなので」

「そういうことだったんですか」


 そっか、リアナ皇女が来るのか。楽しみだな。

 今回は時間をかけて、聖剣の話を聞けるかもしれない。


『精神感応素材』で『超高振動ブレード』が完成したら、ルキエの魔剣を作るつもりだからね。

 リアナ皇女の話は参考になるはずだ。


 そんなことを考えながら、俺はソフィア皇女の書状を開いた。

 内容は、アグニスが教えてくれた通りだった。



『リアナが許可を得て、国境地帯に来るとのことです。また、お話の時間をいただけませんか』


 ──と、書いてある。



 その後で、リアナ皇女のそそっかしさとか、言葉足らずなところとか、でも、いいところもあるとか……姉としての意見が並んでいた。

 ソフィア皇女は俺と……リアナ皇女の話がしたいのかな。

『スマホモドキ』の件が落ち着いたら、『ノーザの町』を訪ねてみよう。


「帝国の皇太子の書状は……」


 ルキエとアグニスにもわかるように、俺はテーブルの上で、書状を開いていく。

 書状には皇帝一族の印が押された蜜蝋みつろうで封印されている。

 追放された貴族の子ども相手にすることじゃない。


 一体……どんなことが書かれているんだろう──


「……これは……事務連絡かな?」


 ディアス皇太子の書状に書かれていたのは、簡素な文章だった。



『吉日を選び、魔王ルキエ・エヴァーガルドどのに使者をお送りしたい。

 日程は「ノーザの町」のソフィア・ドルガリア経由でお伝えする。

 トール・カナンは身を清め、正装して、使者を出迎えるように。

 その後、使者を魔王領まで案内してもらいたい』



 ──それだけだった。


「身を清め、正装して……って」


 それは皇帝からの書状を受け取るためのマナーなんだけど。

 帝国からの使者が、皇帝からの書状を? ルキエに?

 ということは──


「魔王陛下と帝国の皇帝が、直接、書状のやりとりをするということ……?」

「なんと……」

「これは……大事件なので」


 魔王と皇帝が直接書状のやりとりをしたことは無い……はずだ。


 もちろん、魔王領から帝国に書状を送ったことはある。

 新種の魔獣が現れた事件では、帝国に抗議文を送ってもいる。


 けれど、返事は帝国の大臣クラスの者から来ている。

 帝国と魔王領が『不戦協定』を更新するときも、皇帝一族は立ち会っていない。

 帝国側としては、魔王領とは正式な国交を開いていない……という建前になっているからだ。


 魔王領に帝国皇帝が書状を出すのは、本当に異例なんだ。


 まぁ……送られてくるのが、本当に皇帝の書状とは限らないんだけど。

 俺が身を清めて正装して出迎えたら、大臣クラスの書状だったということもありうる。


 でも、俺に宛てて送られてきた書状には、皇太子ディアスの名前が書かれている。

 その書状で『皇帝の書状を受け取るときのマナー』を記載しているということは、それなりの重みがある。

 これでルキエ宛てに大臣クラスの書状が来たら、恥をかくのは帝国側だ。


「聞いてください陛下、アグニスさん。この書状が正しければ、帝国から陛下のところに使者が来ます。ここに書かれている『身を清め、正装して』というのは、皇帝の書状を受け取るための、貴族のマナーで──」


 俺は書状の内容と、その意図について説明した。

 文面を素直に解釈すれば、帝国の皇帝からの書状が来るという意味になることも。


 けれど、帝国のすることだから、警戒は必要だ。

 別の意図があることも考えなければいけない。


 だから──


「ソフィア皇女に、間に入ってもらうのはどうでしょうか?」


 俺はルキエに、そう提案した。


「ソフィア皇女は大公領と繋がりがあります。帝国からの使者が来ることを伝えて、協力をお願いしましょう。ソフィア皇女を通して頼めば、リアナ皇女も力を貸してくれるかもしれません」

「なるほど。良い考えじゃな」


 ルキエは満足そうにうなずいた。


「いかに帝国といえども、ふたりの顔を潰すような真似はできまい」

「ソフィア皇女さまなら、協力してくれると思うので」

「具体的には……使者が来るのにタイミングを合わせて、おふたりを魔王領に招待するのがいいかもしれませんね」

「そうじゃな。ソフィア皇女には世話になっておる。この機会に歓待するのもよかろう」


 ルキエはそう言ってひざを叩いた。


「では、余からソフィア皇女に書状を送ることとする。『スマホモドキ』の件が片付いたら、彼女を魔王領へ招待するとしよう」

「アグニスからも、お父さまに事情をお話しておきます」

「うむ。よろしく頼む。アグニス」

「帝国の皇太子への返書については……宰相閣下さいしょうかっかと一緒に文面を考えようと思います。返事を出さないとまずいですし、揚げ足を取られないように、文章を整えなければいけませんから。宰相閣下には、迷惑をかけてしまいますけど」

「諸外国との折衝せっしょう宰相府さいしょうふの仕事じゃ、仕方あるまい」

「……ですね」


 話はまとまった。

 まず、最優先するのは、『スマホモドキ』の解析だ。

 あれが情報を開示するのを待ってから、詳しく調べよう。


 それが終わったらソフィア皇女に書状を出そう。

 事情を伝えた上で、彼女を魔王領へ招待する。

 使者の件は別としても、ソフィア皇女も魔王領に来たがってたからね。喜んでくれるはずだ。


「色々と問題はあるが……これで、なんとかなりそうじゃな」

「そうですね」

「アグニスも、安心しましたので」


 それから、ルキエと俺とアグニスはお茶を飲んで一休みした。

 すると、ルキエは、ふと、思いついたように、


「これからは忙しくなるじゃろう。どうじゃ、今のうちに余とアグニスに、旅の話をしてくれぬか」

「旅の話ですか?」

「トールは『ご先祖さま』と話をしたのじゃろう?」


 ルキエは興味深そうに身を乗り出す。


「『ご先祖さま』については、魔王領でも様々な研究が行われておった。じゃが、言葉を交わした者はいなかったのじゃ。トールはどうやって通じ合ったのじゃ?」

「そんなことがあったのですか、トール・カナンさま!?」


 アグニスもびっくりしてる。

『ご先祖さま』と言葉を交わしたことは、結構すごいことだったらしい。


「わかりました。説明します。アイテムを使っての実演もできますけど、どっちがいいですか?」

「実演してもらった方がよかろう」

「お願いしますので!」

「それじゃ、準備しますね」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『ワンニャン・仲良しトークペンダント』の予備 (ルキエへの報告用に、帰り道に作った)と、『なりきりパジャマ』を2着取り出した。

 それから、アグニスにパジャマを手渡した。


「では、アグニスさん、この犬型のパジャマを身に着けてください」

「は、はい」

「俺は翻訳用ほんやくようのペンダントを身に着けます。陛下は俺とアグニスさんのやりとりを見ていてください。こんな感じで『ご先祖さま』と通じ合ったって、わかると思います」

「う、うむ。承知したのじゃ」


 俺とアグニスはそれぞれ、別室へ。

 着替えて戻ってきたところで、俺はアグニスに説明を始めた。


「この『ワンニャン・仲良しトークペンダント』は、お互いに似たような姿になることで、意思を通じ合わせるものなんです」

「な、なるほどなので」

「『ご先祖さま』は狼ですからね。メイベルが犬っぽい『なりきりパジャマ』を着ることで、このペンダントは発動したんです」

「つまり、アグニスは『ご先祖さま』役をやればいいので?」

「はい。俺はメイベルの役をやります。ただ、これはあくまでもシミュレーションですね」

「ううん。でも、真剣にやるので。狼になりきってみせますので!」


 アグニスは拳を握りしめた。


「それで、『ご先祖さま』は、どんな方だったの?」

「すごく優しい方でした。気取ったところが少しもなくて、気軽にくっついてきてくれる感じですね。こう言っては失礼ですけど、穏やかな大型犬みたいでした」

「わかりましたので! では、アグニスは本気で『ご先祖さま』をやります。アグニスが陛下とトール・カナンさまのお役に立つ機会を、逃すわけにはいかないので!」

「お願いします。アグニスさん」


 それから俺たちは、椅子に座って待っているルキエを見て、


「それでは陛下。実演します。見ていてください」

「アグニスは真剣に狼のふりをしますので!」

「うむ。わかったのじゃ!」


 それから、俺は『ご先祖さま』の言葉をどうやって翻訳したのか、実演を始めた。

 

 俺は『ワンニャン・仲良しトークペンダント』を胸につけて、アグニスと同じ犬型の『なりきりパジャマ』を身に着けた。

 ただし、フードは降ろしてない。人間の姿のままだ。

 犬っぽいのは、獣耳と尻尾くらい。


 アグニスは『なりきりパジャマ』を使って、犬に変身してる。

 赤い毛並みの大型犬の姿だ。

 俺から少し離れて、じっとこっちを見てる。


 ルキエは俺とアグニスの中間地点で、椅子に座っている。

 魔王スタイルだから表情はわからない……はずなんだけど、なぜか俺の方をちらちら見てるような気がする。獣耳が気になるのかな。そういえばルキエの前で『なりきりパジャマ』を着たことって、あんまりなかったね。


「では、始めます。陛下。見ていてください」

「うむ。頼む」

「わんわん」


 俺は『ワンニャン・仲良しトークペンダント』を構えた。

 アグニスもやる気十分で狼──というか、犬になりきってる。


 もちろんこれは『ご先祖さま』との会話シーンを演じているだけだ。

 アグニスが『わんわん』と言っても、ペンダントがそれを翻訳ほんやくできるわけじゃない。

 ただ、どうやって『ご先祖さま』と話したか、雰囲気は伝えられると思うんだ。


「わぅわぅん」

「えっと。俺は錬金術師のトール・カナンです。『ご先祖さま』の名前を教えてください」


「おお、ふたりとも、なりきっておるのぅ」


「わぅーわぅ。わふー」

「俺はエルフの村に『精神感応素材』を探しに来ました。その在処ありかをご存じですか?」

「わぅわぅ! わぅん!」


「おお。犬になったアグニスが首を振っておる。方向を示しておるようじゃ」


「わ、わんわん。わふー!」

「うーむ。なるほど。そういうことだったんですね」


「うむうむ。アグニスがトールに近づいていっておるな。翻訳ほんやくの精度を高めるためか」


「わぅわぅわぅ。わんわんっ!」

「わかります。うん」

「きゃいんきゃいん。わふーっ!」

「大丈夫です。そこまで近づかなくても聞こえますよ」


「…………いや、ちょっと近すぎぬか?」


「きゃんきゃん。わぅわぅ」

「あの。アグニスさん。いくらなんでもなりきりすぎじゃ」

「わうんわぅん! わうーっ!!」


「……おいこら。アグニス。なにをしておる? トールを押し倒してどうするのじゃ!?」


「わぅわぅわぅわぅわぅ! わぅ──ん!」

「待ってください! 狼が抱きついてくるのは変ですよね? それに……もしかして『健康増進ペンダント』を低出力で使ってませんか!? 俺、抵抗できないんですけど。ちょっと、あの……」

「わぅわぅわぅわぅ──ん」


「お、落ち着くのじゃアグニス! 犬になりきりすぎじゃ! こら──っ!!」



「わぅわぅわぅわぅ────ん!」



 アグニスは真面目だった。

 犬型の『なりきりパジャマ』を着て、真剣にご先祖さまのふりをしてくれた。

 人の姿をしていたことを忘れて、演技に没頭ぼっとうした。


 結果、犬になりきったまま、俺にくっついて離れなくなったんだ。


「うーん。でも『ワンニャン・仲良しトークペンダント』は反応しませんね。アグニスさんが真剣に演技してくれてるから、もしかしたらと思ったんですけど……やっぱり、本当の犬や猫じゃないと翻訳ほんやくしてくれないみたいです。ルキエさま」

「アイテムの観察をしとる場合か──っ!!」

「わぅわぅ──ん」


 ──その後、アグニスが元に戻ったのは、1時間後のことだった。





「も、申し訳ありませんでした。陛下」


 パジャマを脱いだアグニスは真っ赤になり、平謝り。


「役に没頭しすぎてしまったので。恥ずかしいので……」

「まぁ、トールのマジックアイテムのせいじゃからな。仕方なかろう」


 ルキエはあっさりと許してくれた。

 そうして『ご先祖さま』と、どうやってコミュニケーションを取ったかの実演は終了。

 俺は明日から『スマホモドキ』対策に専念することになった。


 ──と、思ったら。


「……トールよ」


 アグニスが外に出たあと、ルキエが俺を呼び止めた。


「なんでしょうか。陛下」

「さっきの実演じゃが、よくわからなかった」

「そうなんですか?」

「うむ」

「もう一回アグニスさんにお願いしますか?」

「いや、今度は余が『ご先祖さま』役をやるのじゃ」

「……いや、さすがに魔王陛下に狼の真似をやらせるわけには」

「ただのルキエのときにやるので、問題ないのじゃ」


 ルキエはそう言って、にやりと笑った。


「あとで、ただのルキエになりに行くゆえ、準備をしておくように」

「えっと、それって……」

「内緒でお茶が飲みたいということじゃよ」


 それで、ルキエの言いたいことがわかった。

 あとで部屋に行き、『簡易倉庫』の中でお茶を飲む。

 そのときに仮面を外して、今の実演をもう一度やりたい。


 ルキエが言っているのは、そういうことだった。


「トールのことじゃから、メイベルとふたりで狼っぽい姿になって、『ご先祖さまの』話を聞いたのじゃろ?」

「あれ? ペンダントを二人で共有した話って、しましたっけ?」

「共有しておったのか?」

「……あ」

「……しておったのじゃな?」

「…………はい」

「……ふむ。よーくわかった。後でまた詳しい話をするのじゃ」


 そうして、応接間での話は終わり──

 部屋に戻った俺は、とりあえず『ワンニャン・仲良しトークペンダント』 (予備)の鎖を伸ばす作業を始めたのだった。









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