第55話「UVカットの実験をする」

「では、これより『UVカットパラソル』の使用実験を行うこととする!」


 実験会場に集まったメンバーに向けて、ルキエは言った。


 パーティが終わってから、約1時間後。

 俺たちは『UVカットパラソル』の実験のため、屋敷の近くにある林に集合していた。


 メンバーは俺とルキエ、メイベルとアグニス、ライゼンガ将軍と宰相のケルヴさん。

 そして、羽妖精ピクシーのソレーユとルネだ。


「それではまず『UVカットパラソル』を皆に見せるがよい。トールよ」

「はい。魔王陛下まおうへいか


 俺は超小型簡易倉庫から『UVカットパラソル』を取り出した。

 閉じた状態のまま捧げ持ち、ルキエに向けて差し出す。


「このパラソルは勇者の世界のアイテムをコピーしたもので、光の魔術を無効化、あるいはその威力を減衰げんすいする力があります。なお、UVカットの『UV』は、光属性の究極魔術『アルティメットUltimate ヴィヴィッドライトVivid-light』の略だと思われます」

「「……おぉ」」


 宰相さいしょうケルヴさんとライゼンガ将軍が声をもらした。

 当たり前だけど2人も、究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』の伝説は知っているようだ。


 俺は説明を続ける。


「『通販カタログ』によると、このパラソルは『UVを90パーセントカット』できるそうです。おそらくは、『アルティメット・ヴィヴィッドライト』の威力を10パーセントまで減らせるのでしょう。なお、このパラソルが魔力ランプの灯りを消せることは確認しています」

「光属性の魔術に対抗できるのは実証済みということか」


 俺の言葉を、魔王ルキエが引き継いだ。

 それからルキエはため息をついて、


「──光属性の究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』のおそろしさは、余も子どものころから聞かされておる。異世界の勇者が使った最強の魔術であり、いにしえの魔王の結界を破壊した魔術じゃからな。魔王領にとっては、宿敵のようなものじゃ」


 ルキエの気持ちはわかる。

 異世界の勇者はいなくなったけれど、『アルティメット・ヴィヴィッドライト』が使えるものが、再び現れないとも限らない。

 魔王領の民を預かる王として、あの魔術を警戒けいかいしてるんだろうな。


「『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を使える者は、魔王領にはおらぬ。ゆえに、今回は通常の光属性攻撃魔術による実験を行うこととする。そのために、光の攻撃魔術が使えるお主に来てもらっているのじゃからな。羽妖精ピクシーのソレーユよ」


 彼女は『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブをまとった姿で、木の上を見上げた。


「は、はいなの。魔王陛下」


 樹の後ろに隠れながら、ソレーユが答えた。

 隣には黒い服をまとったルネもいる。


「羽妖精たちよ、今回の実験に協力してくれることと、余の錬金術師れんきんじゅつしの頼み事を聞いてくれたことに感謝する」


 ルキエは二人に向かって、そう言った。


「羽妖精のソレーユ、そしてルネよ。お主たちはトールの友として、これからもあやつを助けてやってくれ」

「は、はいなの!」

「羽妖精の方こそ、トール・カナンさまに助けていただきました。そのご恩は種族をあげてお返しいたします」


 緊張した声で答えるソレーユと、優雅にお辞儀をするルネ。

 ルキエは二人の言葉にうなずいてから、みんなの方を見て、


「それで『UVカットパラソル』を誰が使うかじゃが」

「はい。もちろん製作者である俺が、ソレーユの魔術を受けます」


 俺は迷わず手を挙げた。


錬金術師れんきんじゅつしさまに魔術を放つなんてできないの!」

「余もそれは許可できぬ」

「トールさまに危ないことはさせられません」

「10パーセントの威力でも、攻撃魔術は危険なので」

「トールどのは、ご自身が重要な存在であることを自覚されるべきであろう」

「このケルヴも反対いたします」


 よってたかって反対された。

 ソレーユにルキエ、メイベルにアグニス、ライゼンガ将軍に宰相のケルヴさんまで。

 ……みんなで却下しなくてもいいと思うんだけどな。


「ここは身体が丈夫で、防御系の魔術が使える者にやらせるのがよかろう」


 ルキエは将軍と宰相さんの方を見た。


「ライゼンガ、それにケルヴよ。頼めるか?」

「承知いたしました。陛下」

「私もある程度の魔術なら、障壁しょうへきで防ぐことができます。問題ありません」


 パラソルを持つのは、ライゼンガ将軍と宰相のケルヴさんということになった。


「では、羽妖精のソレーユよ。まずはあの岩に向かって、光の攻撃魔術を放ってみてくれぬか。お主の魔術の威力を確認しておきたいのじゃ」

「よろしいですか? 錬金術師れんきんじゅつしさま」

「うん。お願いします。ソレーユ」

「わかりましたの……」


 そう言って、ソレーユが木の後ろから出てくる。

 彼女は腕を振り上げ、詠唱えいしょうを始めた。


「大いなる光よ、その行く手をはばむものに強き一撃を!」


 ソレーユの指先に、光の球体が現れる。

 大きさは、人のこぶしくらい。


「撃ちますの! 『ヴィヴィッドライト・ストライク』!!」


 彼女が腕を振ると、光弾が飛び出す。

 それは一直線に、地面から突き出た大岩に向かって飛んで行き──


 大岩に、光の球体と同じサイズの穴を空けて、消えた。



「「「……おおおおおおおおっ」」」



 みんながおどろきの声をあげる。


 これが光の攻撃魔術『ヴィヴィッドライト・ストライク』か。


 光は『有』『存在そのもの』の意味を持っている。

 その魔力のかたまりを他の物体にぶつける──つまり、相手よりも強い『存在の力』をぶつけて、弱い方を消滅させる。

 それが『光属性の攻撃魔術』の力だ。


「ソレーユって……すごいんですね。これほどの威力がある魔術を使えるなんて」

「あ、ありがとうございますの。錬金術師さま」


 俺が言うと、ソレーユは照れた顔でうつむいた。

 代わりにルネが、俺の耳元でささやく。


「光と闇の羽妖精は、数が少ない分だけ能力が高いのでございます。地・水・火・風の羽妖精は、たくさんいますけれど、光と闇の羽妖精は私とソレーユだけ。だから、複数人分の能力が、ひとりに集まっているのでしょう。おそらくは、生き残りやすいように」


 なるほど。

 だからソレーユとルネは強い魔術が使えるのか。


「で、でもでも。羽妖精は身体が小さいから、身体にため込める魔力は少ないの。使える魔術の回数も、多くはないんですの。『ヴィヴィッドライト・ストライク』なら、あと1発か2発なの」

「わかりました。じゃあ、あと1発、お願いできますか?」

「錬金術師さまがお望みなら、ソレーユはがんばるの」


 ソレーユは、むん、と、こぶしを握りしめた。


「錬金術師さまの実験のために、ソレーユの残る魔力をすべて『ヴィヴィッドライト・ストライク』に注ぎ込むの!」

「その意気ですよ。ソレーユ」

「がんばります、姉さま!」


 肩を組んでじっと俺の方を見るソレーユとルネ。

 やる気があるのはいいけど、無理はしないようにね。


「宰相さまと将軍さまは『UVカットパラソル』で、この『ヴィヴィッドライト・ストライク』を受けることになりますけど、大丈夫ですか?」


 俺は宰相のケルヴさんと、ライゼンガ将軍の方を見た。


「ご心配にはおよびませんよ、トールどの」


 宰相ケルヴさんは自信たっぷりにうなずいた。


「自分も魔族ですからね、魔術には自信がありますのでね。仮に『UVカットパラソル』が効果を発揮しなかったとしても、障壁で耐えることができますよ」

「無論。トールどののアイテムなら問題なく機能するはず。心配してはおらぬよ!」


 がはは、と、豪快ごうかいに笑うライゼンガ将軍。


 ふたりとも、自信たっぷりだ。

 宰相さんも将軍さんも、魔王ルキエの側近だもんな。

『魔獣ガルガロッサ討伐戦』では前線に立っていたし、やっぱり相当強いんだろう。

 俺なんか心配するのは、余計なことかもしれない。


 でも、やっぱり気になるから──


「念のため、これを使ってもらえますか?」


 俺は超小型簡易倉庫から、もう1本『UVカットパラソル』を取り出した。

 それをそのまま、ライゼンガ将軍に手渡す。


「トールどの、これは?」

「『UVカットパラソル』2号です」

「2号ですと!? 光の魔術を防ぐアイテムを、2つも作られたのですか!?」

「あくまでも、念のためですけどね」


 俺は言った。


「これを、1号のパラソルと重なるように構えてください。『UVカットパラソル』1号が光の魔術を90パーセントカットしたあと、パラソル2号が残りの10パーセントのうち、90パーセントをカットします。つまり、1号と2号で光の魔術の威力を99パーセント、カットしてくれるはずです」


 俺はカタログにあった『UVカット率90パーセント』の文字が気になってた。

 90パーセントカットということは、残りの10パーセントは通ることになる。

 それじゃ、魔術対策としては不十分だ。


 だから、10パーセントのうちの90パーセントをカットできるように『UVカットパラソル』2号を作っておいたんだ。

 1号と2号の布地が重なるように構えれば、光の魔術攻撃を99パーセントカットできるはず。


 ──と、俺はルキエやみんなに説明した。


「なるほど。考えたな。トールよ」


 ルキエは感心したようにうなずいた。


「だけど、このやり方だと両手がふさがってしまうんです。光の魔術を防ぎながら、剣を振ったり盾を持ったりということができないんですよ。もうちょっとスマートなやり方があればいいんですが……」


 俺は首を横に振った。


「本当は1本のパラソルに、布地を何枚も仕込めるようにしたかったんです。でも、構造が複雑になるせいで、今日の実験には間に合いませんでした。残念です」

「いや、今はこれで十分じゃ」


 そう言って、ルキエは──少し背伸びしてから、俺の肩を叩いた。


「最初のパラソルが90パーセントの、2つ目のパラソルが10パーセントうちの90パーセントの威力を減衰げんすいするのじゃからな。防げるダメージは99パーセント──つまり、攻撃力を1パーセントまで減らせるわけじゃ。合理的なやり方じゃと思うぞ」

「ありがとうございます。陛下」

「お主のその探究心は余も評価しておる。他に気がついたことがあれば、遠慮えんりょなく言うがよい」

「はい。では、こちらが『UVカットパラソル』3号になります」


 俺は3本目のパラソルを取り出した。


「3本のパラソルを重ねることで、2枚目を通り抜けてきた1パーセントのうち90パーセントを減衰げんすい……つまり、3本合わせて99.9パーセント、光の魔術の攻撃を減衰することができるわけで──」

「いくらなんでも念入りすぎぬか!?」

「だって、実験中に怪我人を出すわけにはいかないじゃないですか」


 俺が実験台になるなら、パラソルは1本でも良かった。

 でも、他の人がパラソルを持つなら、絶対に怪我をさせるわけにはいかない。

 魔王陛下の錬金術師として、それは絶対に受け入れられないことだから。


「俺には錬金術師としての責任があります。他人に実験をしてもらうなら、その人が怪我をしたりしないように、最大限の安全策を採ります。そんなの、当たり前じゃないですか」

「……トールどの。そこまで我らのことを考えてくれたのか」

「……このケルヴ、不覚にも感動しそうになりました……ぐぬぬ」

「というわけなので、将軍閣下と宰相閣下は3本のパラソルを、布地が重なるように構えてください」


 俺はふたりに、3本目のパラソルを渡した。


「ソレーユはパラソルが重なった部分を狙って、魔術を放ってくださいね。それと……魔術の障壁が使えるのは宰相ケルヴさんですよね。なら、片手は空けておいた方がいいですね。おそらく、2本をライゼンガ将軍が、1本をケルヴさんが持った方がいいと思います」

「しょ、承知しょうちしたぞ。トールどの」

「4本目が出てくる前に実験を済ませましょう」


 宰相さいしょうさんと将軍さんが納得してくれたところで、実験が始まった。


 宰相さんは1本の、将軍は2本の『UVカットパラソル』を、ソレーユがいる樹に向かって構える。

 3枚のパラソルは、なんとか重なって、3重の防御壁を形作ってる。


「……それでは、魔術を撃たせていただきますの」


 ソレーユは腕を振り上げ、詠唱えいしょうを始めた。


「錬金術師さまの信頼に応えるために! 大いなる光よ──その行く手をはばむものに強き一撃を──」


 彼女の指先に光の球体が──って、あれ? さっきのよりも大きい。

 最初に放ったものは人の拳くらいのサイズだったけど、これは人の頭くらいのサイズだ。


「ソレーユが全魔力を解放したのでございます。錬金術師さまのお役に立つために!」


 俺の横でルネが声をあげる。

 つまり、ソレーユががんばりすぎてるらしい。


 光の魔力に反応したのか、3本の『UVカットパラソル』の表面が震え出す。

 でも、ソレーユの魔術は発動してる。

 このレベルの攻撃魔術になると『UVカットパラソル』でもキャンセルはできないみたいだ。


 宰相ケルヴさんとライゼンガ将軍は、緊張した顔でパラソルを構えている。

 それを見つめるルキエも、真剣な表情だ。

 メイベルも、アグニスも、じっと実験の結果を見守ってる。


「撃ちます! 『ヴィヴィッドライト・ストライク』!!」


 そして──ソレーユの指先から魔術が発射された。


 光の弾がまっすぐ、将軍と宰相さんに向かって飛んでいく。

 そのまま『UVカットパラソル』の布地に激突して──



 ぱしゃんっ!



 雨粒みたいに、あっけなくくだけた。



「「「……え」」」



 光弾がパラソルの布地に弾かれて、飛び散って、消える。


 パラソルを通過したのは本当に小さな、豆粒みたいな光のたま

 それが『UVカットパラソル』2号に触れて、また砕ける。


 2号を通過したころには砂粒みたいなサイズになってる。

 それがまた3号に当たって──それを通過した光は、もう見えない。


「……ね、念のため。対魔術障壁たいまじゅつしょうへき


 宰相ケルヴさんがパラソルの向こうで、対魔術の障壁を展開した。

 でも、障壁が攻撃魔術に反応した様子はなかった。

 たぶんこれで、『ヴィヴィッドライト・ストライク』を99.9パーセントカットできたはずだけど……。


「おふたりとも、大丈夫ですか? 身体に不調は? 痛いところはありますか?」


 俺が声を掛けると、宰相と将軍は顔を見合わせて、


「……大丈夫、というよりも、ただ、パラソルを持っていただけですので」

「……まったくなにも問題なかったのだが」


「光の魔術が当たった感触はありましたか? あと、パラソルを使ったことによる魔力消費はどうですか?」


「魔術が当たった感触はほとんどなかったな。魔力を消費した感じも……ないな」

「パラソルに多少の魔力を注ぎ込んではおりましたが、これは普通に生活していれば消費するレベルです。ずっと持っていても問題ありませんね。障壁を張るのに比べれば、全然です」


 ふたりは首をかしげている。


「というよりも、本当に攻撃魔術が当たったのでしょうか……」

衝撃しょうげきも一切感じなかったぞ。なんという防御能力なのだ……」


 問題なかったなら、よかった。

 パラソルの表面にも異常はない。

 魔術が当たった部分もそのままだ。焼けたり焦げたり、欠けたりした部分もない。

 俺のスキル、『鑑定把握かんていはあく』でチェックしても問題なし。

 このまま使い続けても大丈夫そうだ。


「ルネさん。ソレーユさんの具合はどうですか?」

「少し疲れたようですが、大丈夫でございます」

「……はぃぃ」


 ソレーユは木の枝に座り込んで、ルネに身体を支えられてる。

 魔力を使いすぎたみたいだ。

 今日は屋敷で休んでもらった方がいいな。


「アグニスさん。広間の羽妖精さんスペースは、まだそのままになってますか?」


 俺は聞いた。


「今から森に戻るのは大変なので、今日はそこで、ソレーユさんたちを休ませてあげたいんです」

「問題ありません。そのままにしてありますので」

「それと……メイベル。悪いけど、メイベル用の『フットバス』を貸してくれる? ソレーユは魔術を使ったばかりだから、お風呂で体調を整えた方がいいと思うんだ」

「もちろんです。トールさまが作られたものですから、ご自由にお使いください」

「ありがとう。それと……よければルネさんもどうですか?」


 俺が聞くと、ルネはうれしそうに、


「それはとてもありがたい提案でございます。感謝いたします。錬金術師さま」


 深々と、俺に向かって一礼した。

 それから、俺はルキエの方を向いて、


「以上が、自分が作製した『UVカットパラソル』の能力になります。陛下」


 ──地面に膝をつき、錬金術師としての報告をした。

 俺の左右で、メイベルとアグニスも同じようにする。

 ソレーユとルネは──俺の肩の上で膝をついてる。器用だ。


「本来でしたらパラソル1本で魔術の威力を99.9パーセント減衰げんすいさせたかったのですが、俺の技術ではそれが叶わず、将軍閣下しょうぐんかっか宰相閣下さいしょうかっかにパラソルを3本もお持ちいただくことなりました。力不足をお詫びいたします」

「…………」

「これから研究を重ねて、3本分の布を1本のパラソルにまとめるように改善したいと考えています。改良品ができるまでは、この『UVカットパラソル』をお使いください」

「…………」

「また、実験に協力してくれた羽妖精のソレーユにおほめの言葉をいただけるとうれしいです。彼女は身体が回復したばかりなのに、こうして実験に協力してくれました。魔王陛下に対する忠誠の証だと思います」

「…………」

「……あの、魔王陛下?」

「……トールよ」

「はい」

「……さきほど言ったな。余は、子どものころから、古の魔王の結界を破壊した『光属性の究極魔術アルティメット・ヴィヴィッドライト』について聞かされてきたと」


 ルキエは遠くを見るように、空を見上げた。


「ゆえに、余は光の攻撃魔術を恐れ──いや、苦手としていたのじゃ」

「はい。陛下」

「その苦手意識を、お主はあっという間に消し去ってしまった。『アルティメット・ヴィヴィッドライト』に及ばずとも、『ヴィヴィッドライト・ストライク』は強力な攻撃魔術じゃろう? それをパラソル1本で防いでしまうとは……お主はまったく……まったく」

「いえ、3本です。陛下」

「そういう問題じゃないのじゃよ?」

「そうなんですか?」

「……余の苦手意識とはなんだったのじゃろうな、という話じゃ」


 ルキエが笑った。

 表情は『認識阻害にんしきそがい』のせいで見えないけど、なんとなくわかった。


「よかろう! お主の作り上げた『UVカットパラソル』を、魔王領で採用する! 光の魔術対策として使わせてもらおう。使い道は……そうじゃな。まずは国境付近を巡回する兵士たちに持たせてみるのがよかろう」

「いえ、それは危険です。陛下」


 不意に、宰相ケルヴさんが言った。


「『UVカットパラソル』は強力すぎます。奪われて、帝国に技術が流出したら、大変なことになります。特に今は、帝国が妙な動きをしている時期です。このアイテムは魔王領の外には持ち出さず、国内で使うようにした方がよろしいでしょう」

「それでは『UVカット』の意味があるまい。光属性の魔術を使う者のほとんどは、魔王領の外にいるのじゃから」

「国外で使うのならば、奪われないための工夫が必要なのです」


 そう言って宰相ケルヴさんは、俺の方を見た。


「私の申し上げていること、わかっていただけますか、トールどの」

「はい。宰相閣下さいしょうかっか

「トールどののアイテムは素晴らしいです。信じられないほどの能力です……ありえないんですけどね。歴代宰相の伝承にも『UVカット』なんて言葉は出てこないですから」


 宰相ケルヴさんは、ぼりぼりと額をいてから、


「そんなありえないアイテムだからこそ、細心の注意を払って使うべきなのです。兵士たちが使うためには、奪われないための工夫が──」

「わかります。というわけで盗難防止とうなんぼうし用に『チェーンロック』を作ってみました」


 俺は超小型簡易倉庫から、黒い鎖を取り出した。

 長さは数メートル。両端にはロック機構がついている。

 表面は、チューブ状にした『地の魔織布ましょくふ』で包み込んでいる。


 パーティの前に、こっそり作っておいたんだ。

 宰相ケルヴさんから『鍵と錠』の話を聞いたあとに『通販カタログ』を読んだら、我慢できなかった。黙っててごめん、メイベル。


「まずは『UVカットパラソル』を超小型簡易倉庫に入れます。そして『地球ロックチェーン』を巻き付けて──っと」

「え? あれ? え、えええええ?」

「最後に、ロック部分に魔力を注ぐと──」


 かちり、と音を立てて、チェーンの両端が繋がった。

 引っ張っても動かないのは、中にごついロック機構を仕込んであるからだ。


 それから俺は、チェーンでぐるぐる巻きにした超小型簡易倉庫を、宰相さんの前に置いた。

 超小型簡易倉庫の扉は、完全にチェーンでふさがれた状態だ。

 ひらけないし、中のものを取り出すこともできない。


「宰相閣下が『超小型簡易倉庫』を奪われない工夫が必要だとおっしゃったので、対策を考えてみました。どうでしょうか?」

「は、はぁ……」

「閣下は、いつも俺に新しいアイテムのヒントをくださいます。今回の『アイテムを奪われないための工夫』というお言葉は、俺に新たなるひらめきをくれました。それをもとに研究した結果、この『チェーンロック』が生まれたのです」

「わ、私の言葉から? そ……そんな……」

「はい。ありがとうございます。宰相閣下」


 俺は宰相ケルヴさんに一礼した。


「この超小型簡易倉庫をご覧下さい。扉の部分は完全にふさがれています。これなら、中のアイテムを奪われる心配はないでしょう。このチェーンロックをパラソルに巻き付けることも可能です」

「で、ですが……アイテムそのものを奪われる危険性があります!」


 宰相ケルヴさんは声をあげた。


「いくら使えない状態にしても、アイテムそのものを奪われてはなんにもならないのです。簡易倉庫やパラソルが貴重なものである以上、奪われないためのセキュリティが必要なのです!」

「わかりました。それではチェーンロック、『陸地ランドロック』モードを起動」


 俺は『チェーンロック』に触れて、宣言した。

 しゅる、と、ロック用の鎖が現れた。

 それは地面に向かって伸びていき──



 がちゃん。



 なにかがかみ合う音と共に、動きを止めた。


「宰相閣下、目の前にある超小型簡易倉庫を持ち上げてみてくれますか?」

「え? あ、はい」


 宰相ケルヴさんはかがんで、超小型簡易倉庫に手を掛けた。


「よくごらんなさい、トールどの。こんなに軽い簡易倉庫など、簡単に持ち去られて──」


 超小型簡易倉庫は鎖でぐるぐる巻きになっている。

 その四方から予備の鎖が伸びて、地面に埋まっている状態だ。

 簡単に持ち上げられそうに見えるんだけど──


「──う、動かない!? こんな小さな箱が!?」


 宰相ケルヴさんが、目を見開いた。

 彼は腰をかがめた状態のまま硬直してる。

 超小型簡易倉庫も、ぴくりとも動かない。まるで地面に固定されているかのように。


「ぐ、ぐぬぬ!? び、びくともしない。どうしてこんなことが!?」

「いやいやケルヴどの。いくらなんでもおおげざだろう。こんな小さな箱など──おおおおおおっ!?」


 ライゼンガ将軍も超小型簡易倉庫を持ち上げようとするけど、結果は同じだ。

 将軍さんと宰相さんのふたりがかりでも、超小型簡易倉庫は動かない。

 俺が作った『チェーンロック』で、地面に固定されているからだ。


『通販カタログ』に載っていたチェーンロックは、取られたくないアイテムと世界そのものを繋ぐためのものだった。

 だからわかりやすく、『地球ロック』と書かれていたんだ。


 でも、俺が作ったものは、それには及ばない。

 地属性を強めて、大地と魔力的に繋がるようにしただけだ。


 地面に潜ったチェーンは、地中の深くて固い層と魔力的に繋がってる。強い地属性によって、この場所に固定されているんだ。地面をすべて持ち上げて動かすほどの力がなければ、この『チェーンロック』で固定されたものは動かせない。

 それが、勇者世界のセキュリティシステムだ。


 勇者は超絶のスキルを持つ連中だからね。

 勇者世界のセキュリティは、これくらいしないと意味がないんだろうな。


「このチェーンロックがあれば、安全にアイテムを持ち運びできると思います」


 俺は宰相さんと将軍に向かって、告げた。


「パラソルでも簡易倉庫でも、このチェーンで固定されたものは、壊さない限り動かせません。そして、壊してしまえば、相手はアイテムを使えなくなります。分析もたぶん、できないでしょう」


 そもそも異世界の『通販カタログ』がなければ、使い方もわからないだろうし。

 逆に俺の方は素材さえあれば、同じものが何度も作れる。

 壊されるのは嫌だけど……セキュリティのためには、しょうがないよな。


「ロック機構は端の部分にあります。魔力を注ぐとチェーンの端と端が繋がって、ロックしたのと同じ者が魔力を注ぐと外れるようになってます。異世界のものは、数字を合わせるタイプだったんですけど、作りやすいように魔力を利用することにしました。抱きまくらを作ったときに、魔力に個人の情報が含まれてることは確認できたので」

「…………あ、はい」

「…………持ち上がらぬ。本当に……持ち上がらぬのだ」

「盗難防止として、ロック解除に4回失敗すると、完全に解けなくなるようになってます。その場合は、俺がマスターキー代わりになるみたいです。俺が魔力を注ぐと──ほら、外れました」


 それから、俺はルキエの方を見た。

 彼女の前で、また、地面に膝をつく。


「この『陸地ランドロック・チェーン』なら盗難防止にも使えますし、『UVカットパラソル』などを運ぶ際にも、盗まれたり無くしたりするのを防げると思います。どうか、皆さんで使っていただけないでしょうか」

「……トールよ」

「はい。陛下」

「とりあえず、このアイテムについて、あらいざらい話してくれぬか?」


 ルキエは『認識阻害』の仮面を少しだけずらして、大きな目で俺をにらんでた。

 怒ってるような──でも、楽しそうな表情で──


「このアイテムをいつ作ったのか、これにどれほどの能力があるのか、使用上の注意や問題点。それと……余がお主をずっと見張っていた方がいいのかどうかについて、話してもらおうではないか」


 ──魔王ルキエは俺に、そんなことを言ったのだった。


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