第55話「UVカットの実験をする」
「では、これより『UVカットパラソル』の使用実験を行うこととする!」
実験会場に集まったメンバーに向けて、ルキエは言った。
パーティが終わってから、約1時間後。
俺たちは『UVカットパラソル』の実験のため、屋敷の近くにある林に集合していた。
メンバーは俺とルキエ、メイベルとアグニス、ライゼンガ将軍と宰相のケルヴさん。
そして、
「それではまず『UVカットパラソル』を皆に見せるがよい。トールよ」
「はい。
俺は超小型簡易倉庫から『UVカットパラソル』を取り出した。
閉じた状態のまま捧げ持ち、ルキエに向けて差し出す。
「このパラソルは勇者の世界のアイテムをコピーしたもので、光の魔術を無効化、あるいはその威力を
「「……おぉ」」
当たり前だけど2人も、究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』の伝説は知っているようだ。
俺は説明を続ける。
「『通販カタログ』によると、このパラソルは『UVを90パーセントカット』できるそうです。おそらくは、『アルティメット・ヴィヴィッドライト』の威力を10パーセントまで減らせるのでしょう。なお、このパラソルが魔力ランプの灯りを消せることは確認しています」
「光属性の魔術に対抗できるのは実証済みということか」
俺の言葉を、魔王ルキエが引き継いだ。
それからルキエはため息をついて、
「──光属性の究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』のおそろしさは、余も子どものころから聞かされておる。異世界の勇者が使った最強の魔術であり、
ルキエの気持ちはわかる。
異世界の勇者はいなくなったけれど、『アルティメット・ヴィヴィッドライト』が使えるものが、再び現れないとも限らない。
魔王領の民を預かる王として、あの魔術を
「『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を使える者は、魔王領にはおらぬ。ゆえに、今回は通常の光属性攻撃魔術による実験を行うこととする。そのために、光の攻撃魔術が使えるお主に来てもらっているのじゃからな。
彼女は『
「は、はいなの。魔王陛下」
樹の後ろに隠れながら、ソレーユが答えた。
隣には黒い服をまとったルネもいる。
「羽妖精たちよ、今回の実験に協力してくれることと、余の
ルキエは二人に向かって、そう言った。
「羽妖精のソレーユ、そしてルネよ。お主たちはトールの友として、これからもあやつを助けてやってくれ」
「は、はいなの!」
「羽妖精の方こそ、トール・カナンさまに助けていただきました。そのご恩は種族をあげてお返しいたします」
緊張した声で答えるソレーユと、優雅にお辞儀をするルネ。
ルキエは二人の言葉にうなずいてから、みんなの方を見て、
「それで『UVカットパラソル』を誰が使うかじゃが」
「はい。もちろん製作者である俺が、ソレーユの魔術を受けます」
俺は迷わず手を挙げた。
「
「余もそれは許可できぬ」
「トールさまに危ないことはさせられません」
「10パーセントの威力でも、攻撃魔術は危険なので」
「トールどのは、ご自身が重要な存在であることを自覚されるべきであろう」
「このケルヴも反対いたします」
よってたかって反対された。
ソレーユにルキエ、メイベルにアグニス、ライゼンガ将軍に宰相のケルヴさんまで。
……みんなで却下しなくてもいいと思うんだけどな。
「ここは身体が丈夫で、防御系の魔術が使える者にやらせるのがよかろう」
ルキエは将軍と宰相さんの方を見た。
「ライゼンガ、それにケルヴよ。頼めるか?」
「承知いたしました。陛下」
「私もある程度の魔術なら、
パラソルを持つのは、ライゼンガ将軍と宰相のケルヴさんということになった。
「では、羽妖精のソレーユよ。まずはあの岩に向かって、光の攻撃魔術を放ってみてくれぬか。お主の魔術の威力を確認しておきたいのじゃ」
「よろしいですか?
「うん。お願いします。ソレーユ」
「わかりましたの……」
そう言って、ソレーユが木の後ろから出てくる。
彼女は腕を振り上げ、
「大いなる光よ、その行く手を
ソレーユの指先に、光の球体が現れる。
大きさは、人の
「撃ちますの! 『ヴィヴィッドライト・ストライク』!!」
彼女が腕を振ると、光弾が飛び出す。
それは一直線に、地面から突き出た大岩に向かって飛んで行き──
大岩に、光の球体と同じサイズの穴を空けて、消えた。
「「「……おおおおおおおおっ」」」
みんながおどろきの声をあげる。
これが光の攻撃魔術『ヴィヴィッドライト・ストライク』か。
光は『有』『存在そのもの』の意味を持っている。
その魔力の
それが『光属性の攻撃魔術』の力だ。
「ソレーユって……すごいんですね。これほどの威力がある魔術を使えるなんて」
「あ、ありがとうございますの。錬金術師さま」
俺が言うと、ソレーユは照れた顔でうつむいた。
代わりにルネが、俺の耳元でささやく。
「光と闇の羽妖精は、数が少ない分だけ能力が高いのでございます。地・水・火・風の羽妖精は、たくさんいますけれど、光と闇の羽妖精は私とソレーユだけ。だから、複数人分の能力が、ひとりに集まっているのでしょう。おそらくは、生き残りやすいように」
なるほど。
だからソレーユとルネは強い魔術が使えるのか。
「で、でもでも。羽妖精は身体が小さいから、身体にため込める魔力は少ないの。使える魔術の回数も、多くはないんですの。『ヴィヴィッドライト・ストライク』なら、あと1発か2発なの」
「わかりました。じゃあ、あと1発、お願いできますか?」
「錬金術師さまがお望みなら、ソレーユはがんばるの」
ソレーユは、むん、と、
「錬金術師さまの実験のために、ソレーユの残る魔力をすべて『ヴィヴィッドライト・ストライク』に注ぎ込むの!」
「その意気ですよ。ソレーユ」
「がんばります、姉さま!」
肩を組んでじっと俺の方を見るソレーユとルネ。
やる気があるのはいいけど、無理はしないようにね。
「宰相さまと将軍さまは『UVカットパラソル』で、この『ヴィヴィッドライト・ストライク』を受けることになりますけど、大丈夫ですか?」
俺は宰相のケルヴさんと、ライゼンガ将軍の方を見た。
「ご心配にはおよびませんよ、トールどの」
宰相ケルヴさんは自信たっぷりにうなずいた。
「自分も魔族ですからね、魔術には自信がありますのでね。仮に『UVカットパラソル』が効果を発揮しなかったとしても、障壁で耐えることができますよ」
「無論。トールどののアイテムなら問題なく機能するはず。心配してはおらぬよ!」
がはは、と、
ふたりとも、自信たっぷりだ。
宰相さんも将軍さんも、魔王ルキエの側近だもんな。
『魔獣ガルガロッサ討伐戦』では前線に立っていたし、やっぱり相当強いんだろう。
俺なんか心配するのは、余計なことかもしれない。
でも、やっぱり気になるから──
「念のため、これを使ってもらえますか?」
俺は超小型簡易倉庫から、もう1本『UVカットパラソル』を取り出した。
それをそのまま、ライゼンガ将軍に手渡す。
「トールどの、これは?」
「『UVカットパラソル』2号です」
「2号ですと!? 光の魔術を防ぐアイテムを、2つも作られたのですか!?」
「あくまでも、念のためですけどね」
俺は言った。
「これを、1号のパラソルと重なるように構えてください。『UVカットパラソル』1号が光の魔術を90パーセントカットしたあと、パラソル2号が残りの10パーセントのうち、90パーセントをカットします。つまり、1号と2号で光の魔術の威力を99パーセント、カットしてくれるはずです」
俺はカタログにあった『UVカット率90パーセント』の文字が気になってた。
90パーセントカットということは、残りの10パーセントは通ることになる。
それじゃ、魔術対策としては不十分だ。
だから、10パーセントのうちの90パーセントをカットできるように『UVカットパラソル』2号を作っておいたんだ。
1号と2号の布地が重なるように構えれば、光の魔術攻撃を99パーセントカットできるはず。
──と、俺はルキエやみんなに説明した。
「なるほど。考えたな。トールよ」
ルキエは感心したようにうなずいた。
「だけど、このやり方だと両手がふさがってしまうんです。光の魔術を防ぎながら、剣を振ったり盾を持ったりということができないんですよ。もうちょっとスマートなやり方があればいいんですが……」
俺は首を横に振った。
「本当は1本のパラソルに、布地を何枚も仕込めるようにしたかったんです。でも、構造が複雑になるせいで、今日の実験には間に合いませんでした。残念です」
「いや、今はこれで十分じゃ」
そう言って、ルキエは──少し背伸びしてから、俺の肩を叩いた。
「最初のパラソルが90パーセントの、2つ目のパラソルが10パーセントうちの90パーセントの威力を
「ありがとうございます。陛下」
「お主のその探究心は余も評価しておる。他に気がついたことがあれば、
「はい。では、こちらが『UVカットパラソル』3号になります」
俺は3本目のパラソルを取り出した。
「3本のパラソルを重ねることで、2枚目を通り抜けてきた1パーセントのうち90パーセントを
「いくらなんでも念入りすぎぬか!?」
「だって、実験中に怪我人を出すわけにはいかないじゃないですか」
俺が実験台になるなら、パラソルは1本でも良かった。
でも、他の人がパラソルを持つなら、絶対に怪我をさせるわけにはいかない。
魔王陛下の錬金術師として、それは絶対に受け入れられないことだから。
「俺には錬金術師としての責任があります。他人に実験をしてもらうなら、その人が怪我をしたりしないように、最大限の安全策を採ります。そんなの、当たり前じゃないですか」
「……トールどの。そこまで我らのことを考えてくれたのか」
「……このケルヴ、不覚にも感動しそうになりました……ぐぬぬ」
「というわけなので、将軍閣下と宰相閣下は3本のパラソルを、布地が重なるように構えてください」
俺はふたりに、3本目のパラソルを渡した。
「ソレーユはパラソルが重なった部分を狙って、魔術を放ってくださいね。それと……魔術の障壁が使えるのは宰相ケルヴさんですよね。なら、片手は空けておいた方がいいですね。おそらく、2本をライゼンガ将軍が、1本をケルヴさんが持った方がいいと思います」
「しょ、
「4本目が出てくる前に実験を済ませましょう」
宰相さんは1本の、将軍は2本の『UVカットパラソル』を、ソレーユがいる樹に向かって構える。
3枚のパラソルは、なんとか重なって、3重の防御壁を形作ってる。
「……それでは、魔術を撃たせていただきますの」
ソレーユは腕を振り上げ、
「錬金術師さまの信頼に応えるために! 大いなる光よ──その行く手を
彼女の指先に光の球体が──って、あれ? さっきのよりも大きい。
最初に放ったものは人の拳くらいのサイズだったけど、これは人の頭くらいのサイズだ。
「ソレーユが全魔力を解放したのでございます。錬金術師さまのお役に立つために!」
俺の横でルネが声をあげる。
つまり、ソレーユががんばりすぎてるらしい。
光の魔力に反応したのか、3本の『UVカットパラソル』の表面が震え出す。
でも、ソレーユの魔術は発動してる。
このレベルの攻撃魔術になると『UVカットパラソル』でもキャンセルはできないみたいだ。
宰相ケルヴさんとライゼンガ将軍は、緊張した顔でパラソルを構えている。
それを見つめるルキエも、真剣な表情だ。
メイベルも、アグニスも、じっと実験の結果を見守ってる。
「撃ちます! 『ヴィヴィッドライト・ストライク』!!」
そして──ソレーユの指先から魔術が発射された。
光の弾がまっすぐ、将軍と宰相さんに向かって飛んでいく。
そのまま『UVカットパラソル』の布地に激突して──
ぱしゃんっ!
雨粒みたいに、あっけなく
「「「……え」」」
光弾がパラソルの布地に弾かれて、飛び散って、消える。
パラソルを通過したのは本当に小さな、豆粒みたいな光の
それが『UVカットパラソル』2号に触れて、また砕ける。
2号を通過したころには砂粒みたいなサイズになってる。
それがまた3号に当たって──それを通過した光は、もう見えない。
「……ね、念のため。
宰相ケルヴさんがパラソルの向こうで、対魔術の障壁を展開した。
でも、障壁が攻撃魔術に反応した様子はなかった。
たぶんこれで、『ヴィヴィッドライト・ストライク』を99.9パーセントカットできたはずだけど……。
「おふたりとも、大丈夫ですか? 身体に不調は? 痛いところはありますか?」
俺が声を掛けると、宰相と将軍は顔を見合わせて、
「……大丈夫、というよりも、ただ、パラソルを持っていただけですので」
「……まったくなにも問題なかったのだが」
「光の魔術が当たった感触はありましたか? あと、パラソルを使ったことによる魔力消費はどうですか?」
「魔術が当たった感触はほとんどなかったな。魔力を消費した感じも……ないな」
「パラソルに多少の魔力を注ぎ込んではおりましたが、これは普通に生活していれば消費するレベルです。ずっと持っていても問題ありませんね。障壁を張るのに比べれば、全然です」
ふたりは首をかしげている。
「というよりも、本当に攻撃魔術が当たったのでしょうか……」
「
問題なかったなら、よかった。
パラソルの表面にも異常はない。
魔術が当たった部分もそのままだ。焼けたり焦げたり、欠けたりした部分もない。
俺のスキル、『
このまま使い続けても大丈夫そうだ。
「ルネさん。ソレーユさんの具合はどうですか?」
「少し疲れたようですが、大丈夫でございます」
「……はぃぃ」
ソレーユは木の枝に座り込んで、ルネに身体を支えられてる。
魔力を使いすぎたみたいだ。
今日は屋敷で休んでもらった方がいいな。
「アグニスさん。広間の羽妖精さんスペースは、まだそのままになってますか?」
俺は聞いた。
「今から森に戻るのは大変なので、今日はそこで、ソレーユさんたちを休ませてあげたいんです」
「問題ありません。そのままにしてありますので」
「それと……メイベル。悪いけど、メイベル用の『フットバス』を貸してくれる? ソレーユは魔術を使ったばかりだから、お風呂で体調を整えた方がいいと思うんだ」
「もちろんです。トールさまが作られたものですから、ご自由にお使いください」
「ありがとう。それと……よければルネさんもどうですか?」
俺が聞くと、ルネはうれしそうに、
「それはとてもありがたい提案でございます。感謝いたします。錬金術師さま」
深々と、俺に向かって一礼した。
それから、俺はルキエの方を向いて、
「以上が、自分が作製した『UVカットパラソル』の能力になります。陛下」
──地面に膝をつき、錬金術師としての報告をした。
俺の左右で、メイベルとアグニスも同じようにする。
ソレーユとルネは──俺の肩の上で膝をついてる。器用だ。
「本来でしたらパラソル1本で魔術の威力を99.9パーセント
「…………」
「これから研究を重ねて、3本分の布を1本のパラソルにまとめるように改善したいと考えています。改良品ができるまでは、この『UVカットパラソル』をお使いください」
「…………」
「また、実験に協力してくれた羽妖精のソレーユにおほめの言葉をいただけるとうれしいです。彼女は身体が回復したばかりなのに、こうして実験に協力してくれました。魔王陛下に対する忠誠の証だと思います」
「…………」
「……あの、魔王陛下?」
「……トールよ」
「はい」
「……さきほど言ったな。余は、子どものころから、古の魔王の結界を破壊した『光属性の究極魔術アルティメット・ヴィヴィッドライト』について聞かされてきたと」
ルキエは遠くを見るように、空を見上げた。
「ゆえに、余は光の攻撃魔術を恐れ──いや、苦手としていたのじゃ」
「はい。陛下」
「その苦手意識を、お主はあっという間に消し去ってしまった。『アルティメット・ヴィヴィッドライト』に及ばずとも、『ヴィヴィッドライト・ストライク』は強力な攻撃魔術じゃろう? それをパラソル1本で防いでしまうとは……お主はまったく……まったく」
「いえ、3本です。陛下」
「そういう問題じゃないのじゃよ?」
「そうなんですか?」
「……余の苦手意識とはなんだったのじゃろうな、という話じゃ」
ルキエが笑った。
表情は『
「よかろう! お主の作り上げた『UVカットパラソル』を、魔王領で採用する! 光の魔術対策として使わせてもらおう。使い道は……そうじゃな。まずは国境付近を巡回する兵士たちに持たせてみるのがよかろう」
「いえ、それは危険です。陛下」
不意に、宰相ケルヴさんが言った。
「『UVカットパラソル』は強力すぎます。奪われて、帝国に技術が流出したら、大変なことになります。特に今は、帝国が妙な動きをしている時期です。このアイテムは魔王領の外には持ち出さず、国内で使うようにした方がよろしいでしょう」
「それでは『UVカット』の意味があるまい。光属性の魔術を使う者のほとんどは、魔王領の外にいるのじゃから」
「国外で使うのならば、奪われないための工夫が必要なのです」
そう言って宰相ケルヴさんは、俺の方を見た。
「私の申し上げていること、わかっていただけますか、トールどの」
「はい。
「トールどののアイテムは素晴らしいです。信じられないほどの能力です……ありえないんですけどね。歴代宰相の伝承にも『UVカット』なんて言葉は出てこないですから」
宰相ケルヴさんは、ぼりぼりと額を
「そんなありえないアイテムだからこそ、細心の注意を払って使うべきなのです。兵士たちが使うためには、奪われないための工夫が──」
「わかります。というわけで
俺は超小型簡易倉庫から、黒い鎖を取り出した。
長さは数メートル。両端にはロック機構がついている。
表面は、チューブ状にした『地の
パーティの前に、こっそり作っておいたんだ。
宰相ケルヴさんから『鍵と錠』の話を聞いたあとに『通販カタログ』を読んだら、我慢できなかった。黙っててごめん、メイベル。
「まずは『UVカットパラソル』を超小型簡易倉庫に入れます。そして『地球ロックチェーン』を巻き付けて──っと」
「え? あれ? え、えええええ?」
「最後に、ロック部分に魔力を注ぐと──」
かちり、と音を立てて、チェーンの両端が繋がった。
引っ張っても動かないのは、中にごついロック機構を仕込んであるからだ。
それから俺は、チェーンでぐるぐる巻きにした超小型簡易倉庫を、宰相さんの前に置いた。
超小型簡易倉庫の扉は、完全にチェーンでふさがれた状態だ。
「宰相閣下が『超小型簡易倉庫』を奪われない工夫が必要だとおっしゃったので、対策を考えてみました。どうでしょうか?」
「は、はぁ……」
「閣下は、いつも俺に新しいアイテムのヒントをくださいます。今回の『アイテムを奪われないための工夫』というお言葉は、俺に新たなるひらめきをくれました。それをもとに研究した結果、この『チェーンロック』が生まれたのです」
「わ、私の言葉から? そ……そんな……」
「はい。ありがとうございます。宰相閣下」
俺は宰相ケルヴさんに一礼した。
「この超小型簡易倉庫をご覧下さい。扉の部分は完全にふさがれています。これなら、中のアイテムを奪われる心配はないでしょう。このチェーンロックをパラソルに巻き付けることも可能です」
「で、ですが……アイテムそのものを奪われる危険性があります!」
宰相ケルヴさんは声をあげた。
「いくら使えない状態にしても、アイテムそのものを奪われてはなんにもならないのです。簡易倉庫やパラソルが貴重なものである以上、奪われないためのセキュリティが必要なのです!」
「わかりました。それではチェーンロック、『
俺は『チェーンロック』に触れて、宣言した。
しゅる、と、ロック用の鎖が現れた。
それは地面に向かって伸びていき──
がちゃん。
なにかがかみ合う音と共に、動きを止めた。
「宰相閣下、目の前にある超小型簡易倉庫を持ち上げてみてくれますか?」
「え? あ、はい」
宰相ケルヴさんはかがんで、超小型簡易倉庫に手を掛けた。
「よくごらんなさい、トールどの。こんなに軽い簡易倉庫など、簡単に持ち去られて──」
超小型簡易倉庫は鎖でぐるぐる巻きになっている。
その四方から予備の鎖が伸びて、地面に埋まっている状態だ。
簡単に持ち上げられそうに見えるんだけど──
「──う、動かない!? こんな小さな箱が!?」
宰相ケルヴさんが、目を見開いた。
彼は腰をかがめた状態のまま硬直してる。
超小型簡易倉庫も、ぴくりとも動かない。まるで地面に固定されているかのように。
「ぐ、ぐぬぬ!? び、びくともしない。どうしてこんなことが!?」
「いやいやケルヴどの。いくらなんでもおおげざだろう。こんな小さな箱など──おおおおおおっ!?」
ライゼンガ将軍も超小型簡易倉庫を持ち上げようとするけど、結果は同じだ。
将軍さんと宰相さんのふたりがかりでも、超小型簡易倉庫は動かない。
俺が作った『チェーンロック』で、地面に固定されているからだ。
『通販カタログ』に載っていたチェーンロックは、取られたくないアイテムと世界そのものを繋ぐためのものだった。
だからわかりやすく、『地球ロック』と書かれていたんだ。
でも、俺が作ったものは、それには及ばない。
地属性を強めて、大地と魔力的に繋がるようにしただけだ。
地面に潜ったチェーンは、地中の深くて固い層と魔力的に繋がってる。強い地属性によって、この場所に固定されているんだ。地面をすべて持ち上げて動かすほどの力がなければ、この『チェーンロック』で固定されたものは動かせない。
それが、勇者世界のセキュリティシステムだ。
勇者は超絶のスキルを持つ連中だからね。
勇者世界のセキュリティは、これくらいしないと意味がないんだろうな。
「このチェーンロックがあれば、安全にアイテムを持ち運びできると思います」
俺は宰相さんと将軍に向かって、告げた。
「パラソルでも簡易倉庫でも、このチェーンで固定されたものは、壊さない限り動かせません。そして、壊してしまえば、相手はアイテムを使えなくなります。分析もたぶん、できないでしょう」
そもそも異世界の『通販カタログ』がなければ、使い方もわからないだろうし。
逆に俺の方は素材さえあれば、同じものが何度も作れる。
壊されるのは嫌だけど……セキュリティのためには、しょうがないよな。
「ロック機構は端の部分にあります。魔力を注ぐとチェーンの端と端が繋がって、ロックしたのと同じ者が魔力を注ぐと外れるようになってます。異世界のものは、数字を合わせるタイプだったんですけど、作りやすいように魔力を利用することにしました。抱きまくらを作ったときに、魔力に個人の情報が含まれてることは確認できたので」
「…………あ、はい」
「…………持ち上がらぬ。本当に……持ち上がらぬのだ」
「盗難防止として、ロック解除に4回失敗すると、完全に解けなくなるようになってます。その場合は、俺がマスターキー代わりになるみたいです。俺が魔力を注ぐと──ほら、外れました」
それから、俺はルキエの方を見た。
彼女の前で、また、地面に膝をつく。
「この『
「……トールよ」
「はい。陛下」
「とりあえず、このアイテムについて、あらいざらい話してくれぬか?」
ルキエは『認識阻害』の仮面を少しだけずらして、大きな目で俺をにらんでた。
怒ってるような──でも、楽しそうな表情で──
「このアイテムをいつ作ったのか、これにどれほどの能力があるのか、使用上の注意や問題点。それと……余がお主をずっと見張っていた方がいいのかどうかについて、話してもらおうではないか」
──魔王ルキエは俺に、そんなことを言ったのだった。
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