第60話「生命力と魔力について考える」

 それから俺は、説明を続けた。



 ──俺の錬金術れんきんじゅつでは、まだ、生命を持つものや、活きのいいアイテムを作り出すことができないこと。

 ──魔王ルキエ直属ちょくぞくの錬金術師として、その欠点を克服したいこと。

 ──錬金術師れんきんじゅつしとして成長するために、色々なやり方を試してみたいこと。



 メイベルとルキエは、真面目な顔で、俺の話を聞いてくれてる。

 ちなみに、ソレーユをはじめとする羽妖精ピクシーたちは──



「「「「主君しゅくんのプライバシーは守りますー」」」



 と、言いながら、後ろを向いてくれた。

 見ないふりをしてくれるみたいだ。助かる。


「もともと、錬金術とは手探りで世界の神秘を探り出すものでもあるんです。だから、俺も手探りで、自分のスキルを覚醒かくせいさせていくしかないと思うんです」


 俺はルキエとメイベルに向けて、語り続ける。


「そして、俺はこの魔王領に来て、闇の魔力を吸収することで『創造錬金術』に覚醒かくせいしてます。俺のスキルには、魔力が深く関わってるんです」


 鍵になるのはそこだ。


 錬金術で生命力があるものを作り出すには、やはり魔力についてよく知ることが必要だ。魔力は、生き物の体調にも関わってるから。

 現にメイベルやソレーユは、魔力の循環じゅんかんをよくすることで、体調が改善してる。

 だから、生命力を感じ取るには、魔力を感じ取るのがテットリ早い。

 そしてエルフのメイベルは、強い水の魔力を持っている。


 俺がメイベルを抱きしめたいのは、魔力を感じ取るためだ。

 活き活きとしたアイテムを作るためには、生きている人の魔力を感じ取ることが必要なんだと思う。メイベルやルキエのような、神の造形美を感じるような、きれいな生命力にあふれた人に触れながら。


 そうすることで、俺はアイテムに活き活きとした生命力を与えることが──


 ──と、そこまで考えて、気づいた。


「ごめんメイベル。抱きしめる必要はなかった。手を握るくらいでいいかも」

「……え、えええええええ!?」


 メイベルがびっくりした声をあげた。

 彼女は……俺に向けて腕を広げた状態で、硬直こうちょくしてる。

 ほんとごめん。


「びっくりさせて、ごめん……先走りすぎてた」


 考えてみれば、必要なのはメイベルに触れて、魔力を感じることだったんだ。

 別に抱きしめる必要はなかったね……。


「……本当にごめん。メイベル」

「……は、はいぃ」

「もういいから手をつないでしまえ、メイベルよ」


 隣でルキエが、じーっと俺を見ていた。

 なんだか、ほっとしたような息をついている。


「手を繋ぐくらいならよかろう。というよりも、お主の方も、それを望んでいるのではないか? メイベルよ」

「……はい。陛下」

「トールも、手を差し出してやれ。触れ合うことを望んだのはお主なのじゃから」


 言われて、俺はメイベルに向かって両手を差し出した。


 メイベルはまだ、俺を迎えるみたいに両腕を広げている。

 白い肌がピンク色に上気してる。呼吸も荒い。

 大きな胸が上下しているのが、はっきりとわかる。


「それでは……失礼いたしますね。トールさま」


 それからメイベルは両腕を伸ばして、俺の両手に、指をからめた。


「私の生命力と魔力を、感じてくださいませ……」

「うん。メイベル」


 熱い。

 これは、メイベルの体温だ。俺の体温と同じくらいのはずなのに、すごく熱い。

 彼女の呼吸音と脈拍みゃくはくを、すぐ近くに感じる。

 こんなに脈が速くて大丈夫なんだろうか。メイベルは。


 気づくと、メイベルのすみれ色の瞳が、じっとこっちを見てた。

 長いエルフ耳が真っ赤に染まってる。

 俺たちは手を繋ぎ、息がかかる距離で見つめ合ってる。だから、メイベルの表情も、照れてるところも、息をするタイミングさえもよくわかる。


 ということは、メイベルも俺の顔が赤くなってるところを見ているわけで──


「抱きしめるより、こっちの方が恥ずかしかったかもしれないね」

「そ、そうですね……」

「お互いの顔を正面から見ることになるし」

「そうですね。こうしてると私も……トールさまに近づきたい、って思ってしまいますから」


 気づくと、メイベルは少しずつ、俺に近づいてきてる。

 半歩、一歩。繋いだ状態で伸ばしていた腕が、だんだんと下がってくる。

 その分、俺たちの距離は縮まっていく。


「……トールさま。私は……その……抱きしめていただいても、よかったんですよ?」

「……うん。なんとなくわかってた」

「……これでスキルが覚醒しなかったら……していただけますか」

「……というか、こっちからお願いするよ」


 俺たちは小声でささやき合う。


 てのひらから、メイベルの魔力が伝わって来る。

 こうしてると、なにかが……わかりそうな気がする。

 どうやって錬金術で、生きものに似たものを作ればいいのか──



「そこまでじゃ!」



 ぐいっ



 不意に、俺とメイベルの間に、ルキエが割って入った。


「済まぬが交替して欲しいのじゃ。メイベル」

「ルキエさま?」

「陛下!?」


 反射的に、俺とメイベルは手を放す。

 まだメイベルの体温が残る手を、ルキエの小さな手がつかみ取る。


「い、活き活きとした魔力を感じたいのじゃろう? メイベルひとりだけでは足りるまい。それに、余も魔王じゃからな。魔力の強さと生命力には自信がある!」


 そう言ってルキエは胸を張った。


「トールよ。お主はこれが錬金術れんきんじゅつに必要なことじゃと言った。生きている者の魔力を感じる取ることで、生命力について学ぶと。ならば、より多くの者と触れ合う必要があろう。じゃから……その」


 ルキエは──メイベルがしたように、俺の指に、自分の指をからめた。


「せっかくの機会じゃ、余の魔力と……生命の感覚も体験するがいい」

「は、はい。ルキエさま」

「と、いうわけじゃ。すまぬな。メイベル」

「い、いえ……私は十分、トールさまから……いただきましたので」


 メイベルはむちゃくちゃ照れた顔で、うつむいてる。


「そろそろ陛下の番かな、と思っておりました。どうぞ、陛下」

「そういうわけじゃ。観念せい、トール」

「は、はい。それじゃ……せっかくなので」


 俺は手を繋いだまま、ルキエの顔を見下ろしていた。

 ルキエの身体は小さくて、細い。


 でも、彼女は魔王として、この魔王領をきちんと治めてる。

 それだけの責任を背負ってるんだ。素直に、すごい、って思う。

 絶対に守らないと、って。

 魔王陛下直属の錬金術師として、俺はルキエと魔王領を助ける。

 そんなことを、改めてちかうのだけど──


「……ど、どうじゃ。トール」

「どう、と言われても……」

「ドキドキしておるのがわかるぞ」


 すぐ近くで俺の顔を見上げて、ルキエは言った。

 むちゃくちゃ真っ赤な顔と、うるんだ目で。


「触れ合って、生きている者の魔力を感じ取る。これがお主の錬金術れんきんじゅつに必要なことなのじゃろう?」

「はい。ルキエさま」

「うむ。余はお主の話に納得したから、触れるのを許しておるのじゃ。錬金術とは物質や生命の神秘を解き明かすもの。ならば、生命に触れる経験も必要──うむ、納得できる話じゃ」


 さすがルキエ。俺の考えをわかってくれてる。


 もともと錬金術とは、世界がどうやってできたのか解き明かすものでもある。

 錬金術師がアイテムを作るのは、世界を創造した神さまのやり方を学ぶため。『創造』という行為を真似することで、どうやって世界ができたのかを調べるためでもあるんだ。


「だから錬金術師は、生命を持つものや、それに近いものを作りたがるんです。自分が擬似的な生命を作り出すことで、この世界の生き物がどうやって生み出されたのかを知るために」

「じゃから生き物に触れて、その魔力や生命力を感じることが必要なのじゃな」

「そういうことです。すいません。無茶を言って──」

報酬ほうしゅうをやると言ったであろう?」


 ルキエは俺の言葉をさえぎって、言った。


「余はお主に、個人的な報酬をやると言った。それは、余と、余の配下であるメイベルが、お主の錬金術に協力するということにする。それでよかろう」

「ありがとうございます」

「で、錬金術スキルの方はどうじゃ、変化はあったか?」


 ルキエの言葉に、俺はうなずいた。


 自分の中で『創造錬金術』スキルが反応しているのがわかる。

 錬金術で生命を作り出すためには、他の生命と触れ合って、生命力を実感することが必要。それは間違いない。わかる。


 だけど、まだ足りない。

 まだ生命を生み出す力には覚醒していない。

 あと、他に必要なものは──


「……そ、そのくらいにしませんか?」


 くい。


 不意に、メイベルが俺の服のすそを引っ張った。


「あまり時間をかけられますと、宰相さいしょうさまが迎えにいらっしゃるかもしれませんから……」

「「はっ!」」


 俺とルキエは我に返った。

 ふたりとも、心臓を押さえながら顔を見合わせる。うなずきあう。


「そ、そうだね。ほどほどにしとこう」

「感謝するぞ、メイベル」


 俺とルキエは、メイベルにお礼を言った。

 危なかった。俺もルキエも、手を放すタイミングがわからなくなってたんだ。


「そ、そうじゃな。ケルヴとライゼンガにも、偵察ていさつの報告をすることになっておったな」


 ルキエはうなずいた。

 忘れてたけど、宰相さんと将軍も、羽妖精さんの情報を待ってたんだよな。

 羽妖精さんが恥ずかしがり屋だから、報告は俺たちが受けることになったんだけど。

 あんまり待たせたらまずいよな。


「トールよ。それで、錬金術のスキルはどうなったのじゃ?」

「メイベルとルキエさまのおかげで、どうすれば生命力を操れるようになるかわかりました」


 ふたりに触れて、その魔力を感じたことで、はっきりとわかった。

『創造錬金術』は間違いなく、生命を扱うことができる。

 そして、それを覚醒かくせいさせるための方法は──


「俺が、生命のようなものを生み出すためには、光・闇・地・水・火・風──それぞれの属性を持つ者と触れ合って、魔力を感じなければいけないようです」


『創造錬金術師』に覚醒した時もそうだった。

 不足していた闇の魔力を取り込んでで、俺は『創造錬金術師』になったんだ。

 同様に、錬金術師として生命を扱えるようになるためには、全属性の人と触れ合わなきゃいけないみたいだ。


「……なるほど」

「そうなると、他の方のお力が必要ですね」

「確かケルヴは地属性であったな」

「火属性はアグニスさまにお願いいたしましょう。本人もお喜びになるはずです」

「あとは光と風じゃが……」



「「「あ」」」



 俺とルキエとメイベルは、同時に声をあげた。

 解決方法に気づいたからだ。

 そうして、気づいたのは彼女たち・・・・も同じだったみたいで──




「「「「それーっ!!」」」」




 4人の羽妖精ピクシーが、一斉に、俺に飛びついてきた。


「……抱っこしてくださいませ」

「……情熱的になでてー!」

「……すりすりぽかぽかふわふわー」

「錬金術師さまのため、このソレーユが一肌脱ぎましょう」



 地と火の羽妖精さんは俺のてのひらに、ぺたん、と胴体をくっつける。ソレーユは俺の腕に抱きついて──風の羽妖精さんは……ちょっと、なんで俺の襟元えりもとから服の中にもぐりこもうとしてるの? 『限界までぺたぺたー』って、なにをする気なんだ。こら。



「これで全属性そろうのでございますー」

「陛下が闇、メイベルさまが水ですので、私たちが残りを差し上げますー」

「錬金術師さまの服の中、あったかい。すぅ……」

「こら、服の中から出なさい! 風属性の子はノリだけで動くのはやめなさい……って、なんで錬金術師さまのお肌にすりすりしてるの!?」



 ソレーユが俺の目の前に飛んでくる。

 そのまま、俺の服の中にすっぽり入った風の羽妖精を追って──って、


「そう言いながらソレーユも服の中に潜り込んでない?」

「と、止めないで欲しいの。ソレーユはルネに、他の子の指導を任されてー」

「待ってソレーユ。余計な体力を使うと、また『フットバス』に入ることに──」


 俺がソレーユの足首をつかんで、そんなことを言ったとき、



 ──全属性の魔力と生命力を感じ取りました。

 ──『疑似生命把握ぎじせいめいはあく』に覚醒しました。

 ──生命を模倣するアイテムを作成できるようになりました。



「……覚醒かくせいした」



疑似生命把握ぎじせいめいはあく

 作成したアイテムに、活き活きとした生命力を与えることができる。

 作り出した疑似生命は、実際の生命と見分けがつかない。

 魔力を供給することで、その疑似生命を長期的に動かすこともできる。



 これは生命に似たもの、あるいは生命を真似するアイテムを作るためのスキルだ。

 生き物そのものを作るのは無理みたいだけど、生きているように動く『抱きまくら』や、本物そっくりに変身する『なりきりパジャマ』なら作れそうだ。


 錬金術で生命を扱うのに必要だったのは、基本6属性を持つ人の、生きた魔力を感じ取ること。

 その人たちと触れ合ったり、くっついたりすればよかったのか。

 抱きしめる必要はなかったけど……俺の考えは、ほぼ正解だったってことかな。


「ありがとうございます。ルキエさま。メイベル。それに羽妖精たちも」


 俺はみんなに頭を下げた。


「おかげで『疑似生命把握』というスキルに覚醒できました。これで、他の生命に化けるアイテムを作ることができます」

「う、うむ。すごいな。トールよ!」

「おめでとうございます。トールさま!!」


 ルキエは俺の右手にくっついた羽妖精を、メイベルは俺の左手にくっついた羽妖精をはがしながら、うなずいた。

 風の羽妖精は……あぁ、服の中で寝ちゃってる。

 ソレーユは、身体がぽかぽかしてるな。調子に乗って暴れるからだ。

 あとで『フットバス』に入れてあげよう。


「まずは『なりきりパジャマ』を作ってみます。それで実験して、うまくいけば、帝国の皇女のところに伝言を届けることにできるはずです」

「話ができれば、その者が味方かどうかわかるじゃろう」


 ルキエは真面目な顔でうなずいた。


「本当に魔王領と敵対する気がないのなら、その者に帝国の兵団を動かしてもらうこともできるじゃろう。軍事訓練の場所を変えるだけでもよいのじゃから」

「そうですね。俺も、その皇女の話を聞いてみたいです」


 俺の予想が確かなら、ソフィア皇女は皇位継承権を持たない──つまり、存在を否定されている皇女だ。

 その人が帝国の現在について、どう考えているのか知りたい。

 あと『スマホ』について情報を持ってるなら、ぜひ聞いてみたい。

 あれを再現することができれば、この世界も変わるはずだ。


「もしもその皇女が敵対的なら、魔王領から帝国の兵団に抗議するか、あるいは交渉役を送るべきじゃな。じゃが……できるだけ敵対はしたくない。どんな相手であれ、人間からは学ぶことができると、余は考えておるのじゃから」


 ルキエは真面目な顔で、そう言った。

 その言葉を、帝国の連中に聞かせてやりたいと思った。


 魔王ルキエをはじめとする魔王領は、人間と敵対しようとは考えていない。

 逆に、人間から色々なことを学ぶつもりでいる。

 だから、邪魔しないで欲しい。

 人間だって、いつか物事がうまくいかなくなったときに、魔王領から学ぶことがあるかもしれないんだから。


「それでは、俺は『なりきりパジャマ』の作成に入ります」

「うむ。では、余はケルヴたちと今後の作戦を詰めるとしよう」

「私は、羽妖精さんたちをお見送りいたしますね」


 ルキエはお茶を飲み干して立ち上がる。

 メイベルは羽妖精たちを肩に載せ、疲れ気味のソレーユを抱えあげる。

 それが、お茶会終了の合図になった。


「そういえばケルヴが、敵兵をおびきだす作戦を採ると言うておったぞ」


 不意に、ルキエが言った。


「トールが言っておったじゃろう? いらなくなった大剣はないかと。それで帝国兵をおびきよせる作戦を考えたと。あれをアレンジして、ケルヴとライゼンガが実行することにしたのじゃ」

「『改良版チェーンロック』を使う作戦ですか?」

「うむ。うまくいけば、帝国兵の行動を止めることができるかもしれぬと言っておった」

「本当にやるんですか。あの作戦」


 確かに言い出したのは俺だけどさ。

 あんな手に引っかかるかな……。


 帝国の偉い人は、だいたいが勇者の伝説の影響を受けてる。勇者のようになりたいと、強迫観念みたいに願ってる。

 だから考えた作戦なんだけど──どうなんだろう。


「トールさまが提案された作戦なのでしょう? ならば、間違いはございませんよ」


 メイベルは目を輝かせてる。


「失敗しても、『チェーンロック』が1本、消えてなくなるだけですからね」

「大剣は見た目だけは立派じゃが、刀身はボロボロでびのものを使う予定じゃ。たいした手間もかからぬ。やってみるのもよかろう」


 そんな感じで、俺たちはうなずきあう。

 それから、ルキエは執務のために自室へ。

 メイベルは羽妖精たちを『フットバス』に入れるために、自室へ。


 俺は『なりきりパジャマ』の製作に入ることにしたのだった。


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