第129話「番外編:ソフィアとソレーユと『ささやかないたずら』」

『創造錬金術師は自由を謳歌する』1巻は、ただいま発売中です!


 発売日からだいたい1週間経ったので、番外編の第11弾を書いてみました。

 とりあえず番外編は、今回で一段落となります。


 本編の方は、土曜か日曜に更新する予定です。


 おかげさまで書籍版「創造錬金術師」は、好評発売中となっております。


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 さてさて。

 今回は、ソフィア皇女がなにか考えているようですが……。



──────────────────




「これで、リアナのように見えるでしょうか」


 ここは『ノーザの町』にある、ソフィア皇女の館。

 トールが訊ねてくる日の朝、ソフィアはちょっとした変装をしていた。

 荷物の中にあった、付け毛エクステを見つけたのがきっかけだった。


 ソフィアは離宮にいた頃、メイドが世話をしやすいように、髪を短めにしていた。リアナが背中まで伸ばしているのに対して、ソフィアは肩にかかるくらいだった。


 それは仕方のないことだったのだけれど、ソフィアはずっと、長い髪にあこがれていた。

 色々な髪型を試して、おしゃれをしてみたかったのだ。

 だから、以前に髪を切ったとき、それを束にして取っておいた。

 髪型を変えてみたいとき、試せるように。


「髪をまとめて……リボンをつけて……こんな感じでしょうか」


 ソフィアは桜色の髪を、短いポニーテールにした。

 髪留めをつけて、そこに付け毛エクステを繋げる。

 軽く頭を振ってみる──大丈夫、外れない。


 鏡に映してみると……リアナに似てきたような気がする。

 もっと似せるにはどうしたらいいだろう?

 リアナより腕が細いのは仕方がない。これは化粧して、血色をよくすることでごまかそう。

 あとは──


「身体に布を巻き付ければ、体型をごまかせるでしょうか。もう少し健康的に──」

「にゃーん」


 不意に、窓際で猫の鳴き声がした。

 声のした方に目を向けると、白い猫が、窓枠にしがみついていた。


「あら、ソレーユさま。いらしていたのですね?」

「にゃ、にゃーん」

「人払いしております。元の姿に戻っても大丈夫ですよ?」


 ソフィアが言うと、白猫はふぁさっ、と、フードを外した。

 猫の姿が消えて、猫っぽいパジャマを着た、小さな少女が現れる。

 背中には羽がある。光の羽妖精、ソレーユだ。


「伝令に参りましたの。間もなく、錬金術師さまが到着しますのよ」

「ありがとうございます。ソレーユさま。お菓子を用意しておりますよ」

「うれしいの。やっぱりソフィア殿下は、いい人なのよ」

「私もソレーユさまが好きですよ。同じ『光の魔力』の強さに悩んでいた者同士ですもの。ところで……」


 ソフィアは立ち上がり、付け毛エクステを足した髪とドレスを示した。


「ソレーユさまから見て今の私は、リアナに似ていると思いませんか?」

「『光の魔力』が強いから、ソフィア殿下だってわかるのよ」

「あ、そうでした。羽妖精さまは、魔力の流れがわかるのでしたね」

「妹さまの真似をなさってるの?」

「はい。ちょっとしたいたずらです」


 ないしょ話をするように、唇に指を当てるソフィア。


「錬金術師さまが、この姿の私を、ソフィアだと見抜いてくださるかな……って」

「珍しいの。真面目なソフィア殿下がいたずらなんて」

「ふふっ。そうですね」


 ソレーユの指摘に、ソフィアは子どものような笑みを浮かべて、


「私が……いたずらをしても大丈夫、って思えるようなお方は、今までいませんでしたから」


 ソフィアはずっと、帝都の離宮に閉じ込められていた。

 身近にいたのはメイドだけ。それも数ヶ月で交代していた。

 時々リアナが会いに来てくれたけれど、彼女にいたずらを仕掛けるようなことはできなかった。それはリアナが皇女だからではなく、素直すぎるからだ。

 どんないたずらを仕掛けても絶対に引っかかる……それがわかってしまうので、危なすぎて無理だった。


 それに、離宮でのソフィアは、いつも気を張っていた。

 皇女として、リアナの姉として──他人に隙は見せられなかったのだ。


 だけど──


「トール・カナンさまになら、いたずらをしてもいいような気がするのです。あのお方なら安心して、甘えられるような……」

「そうね。錬金術師さまは、心を許せるお方なのよ」

「ええ、あのお方は、人を安心させてくださいますから」

「だから殿下は妹姫に化けて、錬金術師さまに会うのね?」

「はい。リアナのふりをするいたずらです」

「具体的にはどうするの? 殿下」

「そうですね……聖剣を振るポーズを取ってみるのはどうでしょう。トール・カナンさまも興味を持って、近づいてきてくださると思います」

「ズババババーンするのね?」

「はい。ズババババーンいたします」

「それなら錬金術師さまも、距離を詰めてきてくださると思うの。そうやってソフィア殿下は腕や肩に、触れていただきたいのね?」

「…………は、はい」

「わかるの。ソレーユも、錬金術師さまに触れていただきたくなることがあるの」

「そうなのですか?」

「風の羽妖精は、そういうのが得意なのですけどね」

「詳しくお願いいたします」

「あの子たちは、裸で錬金術師さまの服の下に潜り込むのよ」

「……絶対に無理です」

「だから、ソフィア殿下のやり方はいいと思うのよ。ただ……」

「ただ? なんでしょうか」

「リアナ殿下に比べて、ソフィア殿下は身体が細いような気がするの」

「やはり、ソレーユさまもそう思われますか?」

「ドレスの紐を緩めて、下に布を挟むのはどうなの?」

「良いお考えです。手伝っていただけますか?」

「わかったの」


 ソレーユは宙を飛び、ソフィアの背後に回る。

 それから、ドレスの背中の紐をゆるめていく。

 襟元に少し余裕ができたので、ソフィアはそこから布を入れ、胸元に巻き付ける。


(リアナは私より胸は小さいのですが、体格は良いですからね。身体に布を巻くことでごまかしましょう)


 ぽんぽん、と叩いて厚みを調整して、ソフィアは満足そうな笑みを浮かべる。

 もちろん、お化粧も忘れない。

 血色が良く見えるようにして、ソレーユのチェックを受ければ準備完了。

 あとはトールが来るのを待つだけだ。


「まずは作戦を決めましょう」


 ソフィアはふと、つぶやいた。


「今回は、お忍びでリアナが訪ねてきたことにします。姉のソフィアは、アイザックと打ち合わせをしていることにいたしましょう。それで、私のいないうちに聖剣の、門外不出もんがいふしゅつの構えをお教えするということにします」

「名案なの。それなら、錬金術師れんきんじゅつしさまも関心を持ってくださるのよ」

「ソレーユさまとは、偶然、意気投合したことにしましょう」

「お風呂の話で盛り上がっていることにするのよ」

「リアナが皇女の衣を脱ぎ捨てたときのことですね」

「それは知らないの。でも『しゅわしゅわ風呂』の感想を話すなら、盛り上がっても無理はないと思うのよ」

「ソレーユさまが『これはリアナ』だとおっしゃっていただければ、トール・カナンさまも疑わないでしょう」

「なんだか、ソレーユも楽しくなってきたのよ」


 ソフィアの肩に座り、ソレーユは口を押さえて笑う。


「ソレーユもこういういたずらは初めてなのよ」

「心を許せるお方にしか、できないことですからね」


 ソフィアはドレスの胸を押さえた。

 こんなことをしたいと思った相手は、トールが初めてだ。

 だまされて欲しいと思う。トールなら、あとで正体を明かしたあとで、笑ってくれるはず。


 でも、見抜いて欲しいような気もする。

『妹姫に化けたところで、自分にはソフィア殿下がわかります』──なんて言葉を聞いてみたい。


 わくわくする。どきどきする。

 トールの、色々な表情が見たい。

 いきなり現れたリアナを見て、どんな顔をするのか。

 リアナにソフィアのことを聞かれて、どんな答えを返すのか。


 これは、ずっと閉じ込められていたお姫さまが、そこから出してくれた錬金術師にかけるおまじないのようなもの。

 ソフィアにもこんな一面があるんだって、知って欲しい。


 そうして──ソフィアは耳を澄ます。

 1階から、メイドの声がする。トールが来たようだ。

 彼女にも今回の作戦は伝えてある。不審顔だったけど、協力はしてくれるはず。


 足音が近づいてくる。

 トールが階段を上がってくる。もうすぐだ。


 最後にソフィアは、ソレーユと打ち合わせをする。

 ソレーユは、トールが入ってくるなり聖剣を振るポーズをすることを提案。

 いいと思う。リアナらしい。ソフィアはそんなことしないから。


 計画は次の通り。

 ソフィアはドアの前に立って、両腕を大上段に振りかぶる。

 トールが入ってきたら、両腕を一気に振りおろす。

 ソレーユは近くで「がんばれリアナ殿下」って声をかける係だ。


 やがて、ドアの向こうで足音がする。トールが来た。

 耳に全神経を集中する。

 他の感覚はすべて忘れて──だから、ドレスの背中がスースーすることにも気づかない。

 ソレーユがゆるめた背中の紐が、ほどけかけていることにも──



 こんこん、こん。



「リアナ殿下。トール・カナンです。入ってもよろしいですか」

「は、はい。私は──リアナ・ドルガリアです。お忍びでやってまいりました」

「ソフィア殿下は……」

「姉はアイザック部隊長と打ち合わせをしております。どうぞ……ご遠慮なく、お入りください」

「は、はい。それでは、失礼します」


 かちゃ、とドアが開いていく。


 トールがこっちを見る。

 ドアの近くにソフィア──リアナがいたことにおどろいている。

 髪型と服装、肌の血色から、双子のどちらなのかわかっていないはず。

 タイミングは、今だ。


「ちょ、ちょうど剣を振る練習をしていたところです」


 ソフィアは両腕を大上段に振り上げる。


「秘伝の構えをお見せいたしましょう! 『聖剣の刃ズババババーン』!!」



 ぶんっ。



 細い腕に力を込めて──ソフィアは全力で、両腕を振り下ろした。



 しゅるん。



 背中の紐が、完全にほどけた。ドレスの背中が、大きく開いた。



 しゅばっ。



 腕を振った勢いで、ドレスがはだけた。

 ちょうど脱ごうとしているかのように、背中から、左右に分かれ──

 胸元に大きな隙間ができて──

 胸元に巻いていた布が、お腹まで落ちて──


 白い肌と、『光の魔織布ましょくふ』で作られた下着が、姿を見せた。



「────」

「……あの……ソフィア殿下?」



 トールの視線が、ソフィアを見た。

 一瞬で正体を、見抜かれた。


 理由は簡単。下着が透けているからだ。

 体調管理のため、ソフィアは『光の魔織布』製の下着を身につけている。下着は常にソフィアの魔力に触れているから、当然、透けている。ほぼ透明に。


 だからトールにはソフィアの肌が見えて、正体も、見抜いているわけで──


「…………こ、これには、理由が、あるのです」


 ソフィアの肌が、桜色に染まっていく。

 トールに肌を見られたのは初めてじゃない。

 けど、これは不意打ちだった。


 どうしよう……と、頭の中が真っ白になる。

 とにかく、いたずらは失敗。大失敗。だから、ごまかすことにした。


「こ、これはリアナに教わったことですが、『聖剣の光刃ズババババーン』をすると、健康になるらしいのです。新しい健康法らしいのです。あの子は感覚派で天才肌ですからね。私のために、そういうことを思いついたようなのです。次に会ったときには、ぜひほめてあげてください」

「……あの、ソフィア殿下」

「私はリアナの指導に従い、この健康法を繰り返しております。その成果を、トール・カナンさまにご覧いただきたかったのです」

「…………でも、お身体は……隠された方が」

「存じております。わかってはいるのです。ただ……」


 限界だった。

 ソフィアはできるだけ落ち着いた動作で、胸元を隠した。

 後ろを向いて、ソレーユにお願いして、服を整える。

 それから、ゆっくりと呼吸を整えて、


「申し訳ありません。正直に申し上げます」


 両手で顔をおおって、ソフィアは白状した。


「……トール・カナンさまに、いたずらを仕掛けてみたかったのです」

「そこまで身体を張ったいたずらをするのは……」

「……反省しております」


 肩越しにトールを見ると……彼も、真っ赤な顔をしてる。

 ソフィアを見るのが恥ずかしいのか、視線はあさっての方向に。


(目的は……達成しました)

(トール・カナンさまの、見たことのない表情は見られました。それでいいことにいたしましょう)


 本当は、ささいないたずらをするつもりだったのに。

 それが成功してから、徐々にすごいことを仕掛けるつもりだったのに。


(……初回でこんなことをしてしまったら、次はどうすればよいのでしょう)


「殿下、失敗は成功の元なの。次は風の羽妖精と同じことをすればよいのよ?」

「それはさすがに……無理です」


 耳元でささやくソレーユに、ソフィアの体温が上がっていく。


「トール・カナンさま」

「はい。殿下」

「……びっくりされましたか?」

「…………そうですね」


 まだ視線を合わせようとしないトール。

『しゅわしゅわ風呂』では落ち着いていたけれど、他の場所では違うみたい。

 照れたような彼の表情を見ていると、なんだか、うれしくなる。もっと別の表情を見てみたい。次はもっと、近くで。

 恥ずかしさにソフィアが逃げたくなっても、逃げられない距離で。


「とりあえず、お茶にいたしましょう。すぐ用意いたしますね」


 そう言ってソフィアは廊下に出た。

 人払いはしてあるので、お茶は自分で淹れに行く。

 これも貴重な経験。トールと一緒にいると、初めてのことばかり。


「でも、いたずらは失敗でした」

「やるんじゃなかったと思ってるの? 殿下」

「……いいえ」


 ソフィアはドレスの裾をひるがえして、


「とっても楽しかったです。トール・カナンさまの見たことのない表情も見られました。今回のいたずらは失敗で、でも、大成功です」


 ──子どもっぽい表情で、めいっぱいの笑顔を浮かべた。


(けれど……こういういたずらがくせになったらどうしましょう)


 それでも、きっとトールは受け止めてくれるはず。

 だったら……別にいいのかも……。


 そんなことを考えながら、ソレーユと共に厨房ちゅうぼうに向かうソフィアなのだった。



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【お知らせです】

 いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、ただいま発売中です!

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 YouTubeでは「創造錬金術」のCMが公開中です。この作品の概要欄と「近況ノート」にアドレスを貼ってありますので、ぜひ、見てみてください!


 というわけで「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、ただいま発売中です!

 書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!


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