第98話「錬金術師トールと大公カロン、出会う」

 ──トール視点──




「大公カロンの部隊は、『魔獣ノーゼリアス』をあっさり倒しちゃったのか。すごいな……」


 街道の向こうから、大公カロンの部隊が近づいてくる。

 その後ろにはサソリの魔獣──『魔獣ノーゼリアス』の死体がある。

 脚を切り落とされて、頭から胴体までをまっぷたつにされてる。


 たぶん、脚を斬ることで動きを封じて、聖剣で一刀両断にしたんだろう。

 あれなら皮や爪なんかの素材も採れるからな。


 俺にはできなかった倒し方だ。

 帝国の元剣聖と『聖剣の姫君』には、こんなこともできるのか……。


「トールさま。元剣聖の方というのは、どなたですか?」


 メイベルが、緊張した声で訊ねる。

 アグニスもミノタウロスさんたちも表情が硬い。

 みんな、大公カロンを警戒しているようだ。


「リアナ皇女の隣にいる人だよ。灰色の髪で、マントを着けてる男性がいるよね?」

「……あの方ですか」

「俺も実際に見るのは初めてだけどね」

「最強の剣士なのですよね……でも、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうというわけではないですし、表情も穏やかです」

「あまり強そうに見えないのが……逆に怖いので……」


 メイベルとアグニスは、不思議そうな顔をしている。


 大公カロンは白髪交じりの、初老の男性だ。

 細身の長身で、左腕があまり動いていない。昔の古傷のせいだって聞いたことがある。

 まわりの兵士たちにも、丁寧に対応してる。紳士って感じだ。


 うちの父親──バルガ・リーガスとは対照的だ。

 あいつは超筋肉質だったし、常に部下を大声で威嚇いかくしていた。

 帝国の強い人間って、ああいうイメージだったんだけどな。

 大公くらいになると、自分を強く見せる必要がないのかもしれない。


「いや……先入観は持たない方がいいな」


 大公カロンがどんな人間かは、自分の目で見極めよう。


 あの人は帝国の最上位貴族であり、皇帝の従兄弟だ。

 しかも元剣聖で、帝国の強さの象徴でもある。

 その『強さ』を至上とする考え方が、俺をあの国から追い出して、うちの父親のような人間を生み出した。


 でも、大公カロンは、リアナ皇女をソフィア皇女に会わせてくれた人でもある。

 ソフィア皇女は妹に会えてよろこんでいたし、俺も、リアナ皇女が悪い子じゃないことを知ることができた。聖剣の使い方についても、情報が得られた。

 どちらも、大公カロンのおかげだ。


 だから俺は大公カロンがどんな人間なのか、実際に話をして確かめてみたいんだ。

 まぁ……そんな機会はないかもしれないけど。



 そんなことを考えているうちに、大公カロンの部隊が足を止めた。

 こちらの部隊から少し距離を置いて、それから、


「帝国の兵士たち。そして、魔王領の方々に告げる」


 部隊の先頭で大公カロンが声をあげた。


「こちらは帝国大公カロン・リースタンとリアナ・ドルガリア殿下の部隊である。新種の魔獣の調査のために来た。貴公らの所属と名前をうかがいたい!」

「小官たちはソフィア・ドルガリア殿下直属の『オマワリサン部隊』であります!」


 アイザックさんたち、『ノーザの町』の部隊が、一斉に地面に膝をつく。


 その後ろで、俺たちは普通に立ったままだ。

 こっちは他国の者で、帝国の大公にひざまずく必要はないからね。


「小官たちは魔王領の方々の協力を得て、怪しい砦の調査を行っておりました。その結果、新種の魔獣が殿下と大公さまの部隊を狙っていることを知り、救援に参ったのです。まずは情報交換をしたいのですが、いかがでしょうか?」

「許可する。それと、貴公らからの救援は、すでに受け取っている。貴公らから貰った手紙のおかげで、魔獣を楽に倒せたのだからな」


 大公カロンは、穏やかな表情でうなずいた。

 よかった。球体型『お掃除ロボット』は、リアナ皇女の元に着いてたみたいだ。


「救援に感謝する。アイザック・オマワリサン・ミューラと『オマワリサン部隊』。そして、魔王領の方々よ!」



「「「おおおおおおおおっ!!」」」



『ノーザの町』の部隊が沸き立つ。

 たぶん、大公カロンが、アイザックさんのミドルネームを含めて呼びかけたからだ。


 アイザックさんはつい最近、『オマワリサン』を名乗るようになったばかり。

 なのに大公カロンはその名前を正確に、それも公式の場で呼びかけた。

 アイザックさんたちにとっては、大公に認めてもらったようなものなんだろう。


「詳しい話を聞かせていただこう。部隊長アイザックよ。こちらへ」

「しょ、承知いたしました!」

「それから、魔王領の方々よ!」


 大公カロンがライゼンガ将軍の方を見た。


「貴公たちが『ノーザの町』の部隊と共に、魔獣の調査を行ってくれていたことに感謝する。また、危機を知らせるため、ここまで来てくださったことにも、お礼を申し上げよう」


 そう言って、大公カロンはライゼンガ将軍に向かって、頭を下げた。

 将軍とミノタウロスさんたちが、「おぉ」と、どよめく。

 帝国の最上位貴族が、帝国兵の前で、魔王領の人たちに向けて頭を下げたからだ。


「丁寧な挨拶、いたみいる。我は魔王領の将軍ライゼンガ・フレイザッドである」


 ライゼンガ将軍は答えた。


「魔王陛下の御意志により、我は国境を荒らす新種の魔獣の調査に協力することとなった。思いがけず、帝国領深くまで来てしまったが、これも国境の平穏のためということで、お許しいただきたい」

「無論だ。貴公とも詳しい話をしたいが、お願いできるだろうか?」

「承知した」

「それと……もうひとり同席して欲しい方がいるのだが」


 大公カロンが、横を向いた。

 隣にいるリアナ殿下を見て──その視線を追うように──こっちを見た。


 ……あれ?

 大公カロンに集中していたから、気づかなかった。

 リアナ皇女が俺の方を見てる。

 彼女の手には白い布がある。ソフィア皇女のハンカチだ。

 思った通り、球体型は無事に使いを果たしたらしい。


 でも、リアナ皇女の表情は真剣そのものだ。

 顔は真っ赤で、目を見開いて──まるで、怒ってるようにも見える。

 もしかして……手紙の意味がわからなかったのかな。


 さすがに『「ジュワーッ」「シューッ」「ズキュン」「ギュルン」「ズバババーン」』は無理があったのかもしれない。

 感覚派のリアナ皇女なら、わかると思ったんだけど……。


 帝国の人に、聖剣の使い方を解説したくなかった。だから擬音だけにしたんだ。

 だけど……通じなければ意味不明だよな。


 リアナ皇女がじっとこっちを見てるのは、そういう理由かもしれない。

 皇女相手に意味不明な手紙が届いたんだもんな。怒ってもしょうがないよな。


 となると、大公カロンが言う『もうひとり同席して欲しい方』というのは──


「錬金術師トール・リーガスどのは、いらっしゃるだろうか?」


 やっぱり。

 そうだよなー。マジックアイテムが手紙を持ってきたのを見れば、俺が関わってるってわかっちゃうよな……。


「貴公にも話をうかがいたい。同席願えないだろうか」

「……承知しました」


 しょうがない。

 魔王領に迷惑がかからないように、ちゃんと説明しよう。


「トールさま、私が護衛に参ります!」

「アグニスも、ご一緒しても……?」

「ありがとう。でも……護衛に来てもらうのは難しいと思う」


 帝国側から出て来ているのは、大公カロンとアイザックさんの2人だけ。

 リアナ殿下は……部隊の中から出て来ない。

 聖剣を使った後だから、魔力と体力を消耗してるのかもしれない。


 帝国側が2人なら、こちらも数を合わせる必要がある。

 こっちの方が多いと、大公の部隊を警戒させるかもしれないからね。


「たぶん、向こうも変なことはしないと思うよ」


 リアナ皇女は信頼できる。

 アイザックさんだって、こっちの力は知ってる。

 ここで魔王領を敵に回すようなことはしないはずだ。


「すぐに戻って来るよ。待ってて」

「……はい」

「……お帰りを、お待ちしていますので」


 でもメイベル、後ろ手に『隕鉄いんてつアロー』をつかむのはやめてね。

 アグニスも『健康増進ペンダント』を握りしめなくてもいいからね。

 話し合いに行くだけなんだからね?


「それじゃ、行ってくるよ」


 俺はふたりに手を振って、将軍と一緒に歩き始めたのだった。







 最初に、短いあいさつがあった。

 その後で大公は、東の砦に向かっている理由を話してくれた。


 彼は帝都での不審な金の流れを調査して、あの砦が怪しいことに気づいたそうだ。

 そうして、リアナ皇女と共に、調査のために砦に向かっていた。


 その途中で『魔獣ノーゼリアス』と遭遇。

 リアナ皇女が『お掃除ロボット』に気づいて、俺の手紙を読んだ。その情報を元に、迎撃態勢を取ったとのことだった。


『魔獣ノーゼリアス』の脚を切ったのは、予想通り大公カロン。

 その後、リアナ皇女が聖剣で魔獣をまっぷたつにしたそうだ。


 ちなみにリアナ皇女は、聖剣を使ったあと不安定になったので、会談には参加しないとのことだった。

 大公が言うには「貴公からの手紙が原因」──らしい。

 でも、怒ってはいないそうだ。あれ?

 ……とりあえず、あとで手紙を出すことにしよう。


 大公の話が終わったあとで、ライゼンガ将軍は調査中のできごとについて話した。

 砦の指揮官がアイザックさんの調査を拒否して、結果、2体の『魔獣ノーゼリアス』との戦いになったこと。

 2体の魔獣を倒したあとで、3体目が大公の部隊に向かったこと。

 砦の連中を拘束してから、俺たちが救援に来たことを告げた。


「我は魔王陛下より、今回の調査については一任されている」


 ライゼンガ将軍は大公カロンに向かって、言った。


「事実を確認するのが我の使命だ。ゆえに、兵士たちの尋問じんもんに立ち会わせていただきたいと思うのだが」

「承知した」


 大公カロンは答えた。


「魔王領の方々は、私とリアナ殿下の救援にきてくれたのだ。その善意に応えよう」

「……ほっ」


 アイザック部隊長が胸をなでおろす。

 帝国と魔王領、それぞれの有力者に挟まれて、緊張していたみたいだ。


「魔王領の方々には、迷惑をかけてしまった」


 大公カロンはライゼンガ将軍に向かって、うなずいた。


「私から高官会議に進言し、魔王領に与えた被害については、相応の補償をするように努めよう。また、魔獣調査への協力に対しても、謝礼の品を贈りたい」

「それは有り難いが……大公どのは、帝国の皇帝ではあるまい?」


 大公の言葉に、ライゼンガ将軍は首をかしげた。


「なのに帝国から金品が送られてくるとは……にわかには信じがたいのだが」

「私にも多少の発言力はあるよ。今回の事件の証拠を元に説得すれば、高官会議より多少のものは引き出せるであろう。できなければ、大公国より相応のものを差し出そう」

「では、これは大公どの個人としての約束、ということだろうか?」

「その通りだ。剣士として、同じ敵と戦った者を裏切りはしない。後ほど書状をお送りしよう。大公家の印をつけてな」

「承知した。この件については魔王陛下と宰相閣下にお伝えしよう」

「そうしていただきたい。それとは別に……いくつか質問があるのだが」


 大公カロンは、こほん、と咳払いをして、それから、


「魔獣調査の中で、いくつか奇妙なアイテムが使われたようなのだが、それについて──」

「トールどの」「錬金術師どの」


 将軍とアイザックさんが、俺の方を見た。

 あ、はい。俺はこのために呼ばれたんですね。


「錬金術師トール・カナンと申します。将軍閣下の命により、説明をさせていただきます」


 俺は貴族としての礼をしてから、告げた。

 大公はじっと俺の方を見て、それから、


「まずは……そうだな。魔獣調査の説明で将軍が言っていた『お掃除ロボット』とはどのようなものか、聞かせてもらえるだろうか?」

「大公閣下と殿下の元に使者として送った、これです」


 俺は球体型『お掃除ロボット』を抱き上げた。

 さっき『汝、お掃除する者よ。充電器に帰れハウス』で回収しておいたんだ。


「詳しいことは陛下の許可がなければ申し上げられませんが、これには魔獣の痕跡を追跡する能力があるのです。これで魔獣がいる砦を突き止めました」

「『お掃除ロボット』……お掃除をするゴーレムなのだろう? なのに魔獣を追跡……?」

「魔獣というゴミを掃除して、世界をきれいにするのを補助するものだとお考えください」

「……そうなのか?」

「詳しいことは、魔王陛下の許可がなければ申し上げられません。ご容赦を」

「……う、うむ。それなら、しょうがないな」


 大公カロンはうなずいた。


「う、うむ。それで、あの魔獣2体を倒したというのは?」

「実験段階の魔術です」

「実験段階の魔術」

「勇者の魔術『メテオ』の劣化版とお考えください」


『メテオモドキ』は帝国側の兵士も見ている。

 だからライゼンガ将軍と相談して、ある程度の情報は伝えることにしたんだ。


「……『メテオ』の劣化版か」

「詳しいことは、魔王陛下の許可が──」

「わかっている。貴公にも立場があるだろうからな」


 大公カロンは、しばらくして、静かにつぶやいた。

 信じてるのか、話半分だと思ってるのかな。


 こうして話しているとわかる。大公カロンは、悪い人じゃない。

 この人は俺やライゼンガ将軍の話を、対等の立場で聞いている。

 帝国の貴族だと思えないくらい、丁寧に。


 ただ、どうしても警戒してしまうのはしょうがない。

 この人は皇帝の従兄弟だ。帝国から自治権をもらっている大公国の主でもある。

 だけど、権力者だからこそ──知っていることもあるはずだ。


「こちらから質問してもよろしいでしょうか。帝国の大公さま」


 話が途切れたタイミングで、俺は言った。


「俺──いえ、自分には気になることがあるのです。将軍の許可をいただけるなら、帝国の大公さまに直接、おうかがいしたいのですか」


 俺はライゼンガ将軍に向かって訊ねた。


 今の俺は、魔王ルキエ直属の錬金術師で、魔王領の側の人間だ。

 こちらから帝国の大公に質問するには、ライゼンガ将軍の許可が必要だ。

 それを踏まえて訊ねると、ライゼンガ将軍は、


「帝国の大公どの。我らが錬金術師の質問を許可していただけるか?」

「構わぬよ」


 大公は俺をじっと見ながら、うなずいた。


「うかがおう。魔王領の錬金術師トール・リーガスどの」

「それは以前住んでいた国にいた頃の名前です。今の名前は、トール・カナンです」


 大公カロンは強い。そして、帝国の中で自治を許されるほどの権力者だ。

 だからこそ、確認しておきたいことがあるんだ。


 砦の指揮官が自分の判断で新種の魔獣召喚をするなんてのはありえない。

 しかも、召喚魔術は帝国の秘術だ。それを知る者の命令を受けていたはず。

 権力者である大公カロンなら、その心当たりがあるかもしれない。


 でもそれを、そのまま訊ねるわけにはいかない。

 どうしようかな。

 そうだな……錬金術師が謎技術に興味を持つ感じで──


「自分は、ゲラルト・ツェンガーたちが大公さまとリアナ殿下の移動ルートを知っていたことが不思議なのです。彼らも自分のように、謎のマジックアイテムを使っていたのでしょうか?」


 よし。これならいいだろう。

 錬金術師がマジックアイテムに興味を持ってるだからな。

 興味本位の、自然な質問だ。


「そういうアイテムがあったのなら、ぜひ教えていただきたいのですが。帝国の大公さまには心当たりがおありですか?」

「……それは、今後の調査でわかることだな」


 大公は明言を避けた。


「無論、情報は魔王領にもお伝えしよう」

「そうですか……」

「逆に訊ねよう。貴公はどのように考えている?」

「わかりません。『お掃除ロボット』のようなものが、他にあるとは思えませんから」

「では、どのようにして奴らは、私とリアナ殿下の移動ルートを知ったのだろうな?」

「想像もつきません」

「では……どこから漏れたのだと思う?」


 探りを入れてきた?

 いや、大公は笑みを浮かべている。

 まるで、こっちを試そうとしているようだ。となると──


「以前、帝国の歴史書で読んだことがあります。かつてあった東方の小国、あるいはその残党に備えるために、各地に砦が作られたと。あの砦もそのひとつだと考えると、管轄は軍務大臣ではなく、もっと上の方になりますね」

「貴公の知識は正しい」

「となると、指揮官ゲラルト・ツェンガーの上司にあたる者が関係しているかと。いえ、どなかたは知りませんが。まったく想像もつかないのですが」


 一応、逃げ道は作っておいた。


 軍務大臣より上となると、もう、高官会議しかない。

 あるいは、さらにその上か。

 口には出せないけど、大公カロンはわかってる。だから、皮肉な笑みを浮かべているんだろう。うなずいてるし。


 アイザックさんは、驚きに目を見開いてる。

 逆にライゼンガ将軍は、普通に納得したような顔だ。


「貴公のそれは、帝国の貴族であった者ならではの発想だな」


 大公カロンは言った。


「それで、貴公は帝国の非を責めたいのかな?」

「違います。自分……いや、俺は二度と、同じようなことを起こして欲しくないだけです」


 俺は言った。


「第二の故郷である魔王領が、新種の魔獣なんてものに踏み荒らされるのは嫌なんです。自分がかつて住んでいた国の者が、大事な人たちに迷惑をかけるなんて最悪です。だから、同じことが二度と起こらないようにしたいだけなんです」


『魔獣ガルガロッサ』は、魔王領に居座っていた。

 巨大ムカデは、ルキエとソフィア皇女の会談の場に突っ込んで来た。

 被害は出なかったのはただの幸運だ。下手をすれば、怪我人や死人が出ていた。

 最悪、魔王のルキエやソフィア皇女が怪我をしていたかもしれない。


 そうなっていたら──俺は怒りにまかせて、勇者世界の破壊アイテムを作り出していたかもしれない。

 犯人がわかった瞬間、それを問答無用で発動していた可能性だってある。


 でも、そんなことはしたくない。

 俺は魔王領で工房を開いて、人の役に立つアイテムを作りたいだけなんだから。


「砦の指揮官の背後に誰かいるなら、きっちりと話をつけて欲しいんです」


 少し考えてから、俺は言った。


「俺にこれ以上、生まれ故郷を軽蔑けいべつさせないでください。俺の作るマジックアイテムは人を幸せにするためのもので、人に罰を与えるためのものじゃないんです。帝国領で再び『メテオモドキ』を使わなくて済むように、事件を終わらせてください」

「……二度と『メテオ』のような魔術を使わなくて済むように……だと」

「はい」


隕鉄いんてつアロー』は、残り3本しかない。

 あれは本当は、土木工事用のマジックアイテムだ。本当は鉱山開発に邪魔な岩を砕いたり、川を広げたりするのに使うつもりだった。

 なのに『魔獣ノーゼリアス』を倒すのに消費してしまった。

 これ以上、戦闘には使いたくないんだ。また隕鉄が見つかるとは限らないんだから。


「繰り返しになりますけど……俺が望むのは、二度とこんなことが起こらないようにしてくれること、それだけです」


 俺は大公カロンを見据えて、告げた。

 大公カロンは、なぜか目を見開いて、小さく震えていたけれど──


「わかった……大公カロン・リースタンの名において、原因を突き止めよう。二度と魔王領に迷惑はかけないことを約束する。私にできる限り」

「ありがとうございます」


 俺は貴族の作法で、大公カロンに一礼した。


「こちらからも、錬金術師トール・カナンどのに提案がある」

「なんでしょうか。帝国の大公さま」

「大公国に来る気はないか?」


 いきなりだった。

 大公カロンは何度もうなずきながら、言った。


「無論、魔王領から引き抜こうというのではない。貴公のアイテムを見て、大公国でも技術者を育てる必要性に気づいたのだ。貴公が大公国に来て、後進の指導をしてくれないだろうか。もちろん、魔王領と貴公には、正当な報酬を支払おう」

「大公さま!? なにをおっしゃるのですか!?」

「私は彼が気に入ったのだよ」


 大公カロンはアイザックさんに向かって、にやりと笑ってみせた。


「マジックアイテムを作り出す技術力もそうだが、質問の方法も気に入った。私は彼と繋がりを持っておきたいのだ。そうすると喜びそうなお方もいるのでな」

「……大公さま」

「どうだろうか、トール・カナンどの。年に10日ほどでいいのだ。大公国に出向してはくれぬか?」

「ありがたいお申し出ですが、お断りします」


 俺は首を横に振った。


「俺は魔王陛下の錬金術師です。職場は魔王領で、そこに住む人たちの助けになるような道具を作るのが仕事です。他国に出向することはできません」

「理解した。つまらぬことを言って申し訳なかった」


 大公カロンは肩をすくめた。


 食えない人だな。大公カロン。

 あっさり引き下がったところを見ると、来てくれればラッキー、って感じだったんだろうな。


「だが、いつか貴公の仕事も一段落することもあろう」


 と、思ったら、大公カロンは──なぜか背後の部隊の方を見てから、続けた。


「そのときには、ぜひ、貴公から錬金術師の教えを乞いたいものだな」

「そうですね。俺が自分の技に自信を持てるようになったら、その機会もあるかもしれません」

「ふむ。いつ頃になるのだろうか?」

「まずは通販──いえ、教本にあるマジックアイテムをすべて作り上げてからですね。その後はオリジナルのものを作って、それが勇者の世界に匹敵するものだってことを確かめたら、自分の技に自信が持てるようになるかもしれません」


「……トールどの」

「……錬金術師どの。あなたはなんという」


 あれ?

 将軍とアイザックさんが、目を丸くしてる。

 それほどおかしなことを言ったつもりはないんだけどな。

 教本──『通販カタログ』は結構分厚いものだし。俺はまだ、その中の数点しか作ってないし。

 自分の錬金術に自信を持つのは、まだ先だと思ってるんだけど。


「わかる」


 対照的に、大公カロンは納得したようにうなずいている。


「とてもよくわかるぞ。錬金術師、トール・カナンどの」

「わかっていただけますか。帝国の大公さま」

「私もまだ、自分の剣に自信が持てぬでな。その証拠に、かつては魔獣に不覚を取り、左腕に傷を負ってしまった」


 袖をまくって、二の腕までを露わにする大公カロン。

 その腕には、数本の、なにかの爪痕のようなものが残っていた。


「これは若き日の勇み足によるものだ。未熟でありながら弟子など取った報いと思い、それからは一人、剣の修業に明け暮れておるよ。まだまだ、技を極めるには先が長いがね」

「大公さまといえば、帝国で5本の指に入る強さとうかがっておりますが」

「私より強い勇者など、いくらでもいたのだ。おごってはならぬであろう」

「わかります」

「で、あろうな」

「ひとつの技を極めようとなさるその姿勢、感服しております」

「ならば大公国に──いや、同じことを二度も訊ねるのは無粋だな」

「申し訳ありません。自分も魔王領で、ひとつの技を極めたいと思ってますから」

「貴公を失ったのは帝国の損失だが、やむを得ぬな」


 そう言って、大公カロンはライゼンガ将軍の方を向き、


「魔王領の将軍どの。聞いての通りだ。此度こたびの事件の犯人はこの大公カロンが責任をもって調査しよう。その結果については魔王領にも伝える。二度とこのようなことが起こらぬように、できる限り力を尽くそう」

「う、うむ。そのお言葉、魔王陛下にお伝えいたす」

「貴国とは、今後もやりとりを欠かさぬようにしたい。アイザック部隊長、大公国と魔王領との窓口になっていただけるかな?」

「は、はいっ!」


 アイザックさんが、びしり、と背筋を伸ばす。


「小官が魔王領と大公国を繋ぐ、窓口となりましょう。魔王領と大公カロンさまの架け橋になれることを光栄に思います」

「無論、貴公の上官であるソフィア殿下に話は通させていただく」


 最後に、大公カロンは俺を見て、


「錬金術師トール・カナンどの。貴公とはもっと話をしたいものだな」


 ──それで、話し合いは終わりになった。


 まとめると、決まったのは3つ。

 これから大公・ライゼンガ将軍・アイザック部隊長が合同で、砦の兵士たちの尋問を行うこと。

 ソフィア皇女とアイザック部隊長を経由して、魔王領と大公国がやりとりをすること。

 その中で、今回の事件についても、情報交換を続けることだ。



 俺とメイベル、アグニスは一部の兵士たちと、そのまま魔王領に戻ることになる。

 リアナ皇女も兵士を連れて『ノーザの町』に向かうことになるそうだ。


 リアナ皇女とも話がしたかったけど、本人が疲れてるみたいだから、仕方ないな。

 あとでソフィア皇女に手紙を送って、会えないかどうか聞いてみよう。

『「ジュワーッ」「シューッ」「ズキュン」「ギュルン」「ズバババーン」』の話もしたいからね。


 大公カロンは──意外と話が合いそうな人だった。

 魔王領と大公国はこれからやりとりをするようだから、話をする機会もあると思う。

 あの人が、魔王領の理解者になってくれればいいんだけど。


「では、小休止ののち、砦へと向かうこととしよう。将軍」

「承知した。今後とも魔王領と帝国、大公国が良き関係であることを願う」


 そうしてライゼンガ将軍と大公カロンが握手して、会談は幕を閉じたのだった。


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