第24話「メイベルとアグニス、ないしょ話をする」

 しばらくして、お風呂場が本格的に開く時間になったので、俺たちはそこで解散することにした。

 俺はそのまま自室に戻り、ライゼンガ将軍は魔王ルキエのところに、今回の件について報告に行くことになったんだけど──


「……メ,メイベル! ちょっとお話……いいですか」


 アグニスが、戻ろうとするメイベルを呼び止めた。

 それから、ふたりっきりで話をしたい、と言ったのだった。




──────────────────





 ──メイベル視点──




 メイベルとアグニスが向かったのは、城のバルコニーだった。

 すでに陽は暮れかけて、山の稜線りょうせんは赤く染まっている。

 まわりに人の気配はない。

 内緒話ないしょばなしには、ちょうどいい場所だった。


「こ、今回は、本当に……ありがとう。トールさまと一緒に、来てくれて。メイド服を、貸してくれて。おかげで落ち着いて、このペンダントの実験ができたので」

「はい、アグニスさま」

「メイド服は洗って返すので。それと、領地に戻ったら、ちゃんと、トールさまとメイベルのために、お礼の品を、用意するので。それから……それから!」

「あわてなくても大丈夫ですよ」


 メイベルは夕陽の中で、優しい笑みを浮かべていた。


「私はいなくなったりしません。いつでもこの城に……トールさまのお側にいますので」

「……いいなぁ、メイベル」

「はい。私は、トールさまのお世話係になれたことを感謝しています」


 そう言って目を閉じ、祈るかたちに手を組み合わせるメイベル。


「トールさまが魔王領に来られて、まだ数日なんて信じられないくらいに……私は、トールさまのお側にいることが、自然なことだと感じているのです」

「メイベル……」

「でも、陛下は『お世話係はひとりだけ』とおっしゃったわけではありませんよ? アグニスさまも同じお役目につきたいのなら、魔王陛下にお話されてみたらどうですか?」

「……わ、私は……まだ、無理だと思うの」


 アグニスは真っ赤になって、首を横に振った。


「私はよろいを脱げるようになったばっかりなので……その生活に慣れるのが先だと思うの。今は、色々なことを勉強して、きちんとトールさまを『ゆーざーざぽーと』できるようになりたいので」

「アグニスさま……ご立派です」

「そうじゃないと、トールさまやメイベルに迷惑をかけるかもしれないでしょ?」


 夕方の風に髪をなびかせながら、アグニスは笑った。


「ちゃんとトールさまのサポートができるようになったら、そのときは……メイベルと同じお役目につくかもしれないの。その時はよろしくお願いします。先輩せんぱい

「わかりました。そのときはお世話係の先輩と後輩、ですね」


 メイベルはアグニスの手を取って、うなずいた。


「楽しみにしていますね。アグニスさま」

「うん」

「すいません。アグニスさまがそこまで考えているとは知らずに、勝手なことを言ってしまって」

「あやまらなくてもいいの」


 アグニスは目の前にいる幼なじみに、困ったような顔で、


「メイベルっていつもそう。自分じゃなくて、他の人のことを優先しちゃうくせがあるの」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ。子どもの頃、アグニスがメイベルに火傷をさせちゃったときも、泣きじゃくって……震えながら、でも『なんでもないです』って言ってたじゃない」

「あれは失敗でした。ちゃんと、笑って言うべきでした」

「……もう。メイベルってば」


 アグニスはメイベルの手を取った。


「でも、よかった。こうしてまた、メイベルと友だちになれて」

「私もです、アグニスさま」


 メイベルは優しい笑みを浮かべて、アグニスの髪をなでる。


「けれど、他の人がいるときは、もう少し言葉遣いを考えた方がいいかもしれませんね。ライゼンガ将軍は許してくださいましたけれど、一応、身分と立場があるのですから」

「わかってる。だからふたり……ううん、トールさまも含めて、3人でいるときは、気にしないことにしたいので」

「わかりました。3人でいるときだけですよ?」

「わかったの。それから……これを」


 アグニスは、メイド服のポケットから、黒い石を取り出した。

 小さな石だった。小指の爪ほどもない。

 その石を両手に載せて、アグニスは、


「これは、前にアグニスが領土で見つけた石です。これを、トールさまに渡して欲しいの」

錬金術れんきんじゅつの素材ですね?」

「さっき、トール・リーガスさまは、錬金術の素材になりそうなものを欲しい、っておっしゃってたので。これは小さすぎて、使えないかもしれないけど」


 アグニスは小さな黒い石を見つめながら、続ける。


「これは高温でも溶けない……不思議な石。だからお守りに持っていたの。これならトールさまが興味を持ってくださるかな……って」

「わかりました。でも、アグニスさまが直接渡された方がいいんじゃないですか?」


 メイベルは首をかしげた。


「その方がトールさまも喜ばれると思いますよ?」

「そ、それは……」


 アグニスの頬が真っ赤になった。

 メイド服の胸を、真っ白な手の平で押さえる。

 その肌が少しずつ赤くなっていくのを見て、メイベルは『健康増進ペンダント』が順調に効果を発揮しているのだと再確認。

 彼女はうなずきながら、アグニスの言葉を待つ。


「い、今はやっぱり……顔を合わせるのが恥ずかしいかな。出会ってから今日までの間に、トールさまには……色々と見られてしまったので」

「それは……もしかして」


 メイベルは、思わず熱くなった頬を押さえた。


「さっき、下着をつけずにジャンプしたときのことですか? でも、あれは一瞬のことですし、それほど気にする必要は……」

「…………」

「あれ? 違いました?」

「……そ、それは」

「教えてください、アグニスさま。トールさまにお仕えするときの参考にしますので」

「参考にするの!?」

「私もトールさまにはご恩がありますから。このメイベルは……す、少なくとも、さっきのアグニスくらいのことは……その、トールさまが望まれるなら、して差し上げても……」

「……わ、わわわ」

「……ア、アグニスさまは、他にどのようなことをされたのですか?」

「…………えっと」

「照れていらっしゃいます。『健康増進ペンダント』も光ってます。ということは、さっきのジャンプと同じようなものだと考えられますね」

「メ、メイベル? 推理すいりしないで!!」

「で、でもでも……私には、トールさまのお世話係なのです。アグニスさまの先輩せんぱいでもあります。トールさまがよ、よろこばれるのであれば、アグニスさまと同じことをする覚悟が……」

「ま、待ってメイベル。待って」


 あわあわするメイベルとアグニス。

 メイベルは覚悟を決めたようにうなずいて、アグニスは真っ赤になった顔を押さえてる。

 それからふと、メイベルは「はっ」と顔を上げて、


「そういえばトールさまとアグニスさまは、昨日、お風呂場で出会ったのですよね? ということは、あの場所でなにかあったのでしょうか。もしかしたら湯沸かし場のサラマンダーなら、なにか知ってる可能性が──」

「降参! メイベル、推理力すいりしょくありすぎ! 教えるので!!」


 こうしてアグニスは、昨日湯沸かし場でサラマンダーたちと一緒に、服を着ないで『火の魔力』を操る練習をしていたことを話して──

 ついでに、それにトールがどう反応したのかも語ってしまい──

 最終的にメイベルとアグニスは「このことは、トール以外には内緒にする」という約束を交わしたのだけれど──


 メイベルがトールに仕えるための新たなイベントを思いついてしまったのは、また、別の話なのだった。




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