第139話「番外編:トールと古文書と『禁断の催眠術』」

 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!

 今日から「ヤングエースUP」で「創造錬金術師」のコミカライズ版の連載がスタートしました。

(リンク先は、小説の概要欄に記載してあります)


 作画を担当してくださっているのは、姫乃タカ先生です。

 どのキャラも魅力的に描いてくださっているので、ぜひ、読んでみてください!


 というわけで、コミカライズを記念して、久しぶりに番外編を書いてみました。


 今回はちょっと変わったお話です。

 トールは魔王城で『催眠術』に関わる紙を見つけたようなのですが……。




──────────────────






「勇者世界の『催眠術』に関する古文書を見つけました。実験してもいいですか?」


 ある日の午後。

 俺は玉座の間で、魔王ルキエと宰相ケルヴさんに訊ねた。


「トールよ。『催眠術』とはなんじゃ?」

「相手の精神に働きかけて、隠れた能力を引き出す技術のようです」

「……なんと」

「こちらがその古文書と、その写しになります」


 俺はルキエに、2枚の紙を渡した。

 1枚は倉庫で見つけた『催眠術で潜在能力を覚醒かくせいさせよう!』と書かれている古文書。

 もう1枚はそれを、この世界の言葉に訳したものだ。


 保存状態が悪いから、文章はあちこち欠けてる。

 でも、意味はだいたいわかると思う。


「『催眠術』とは……相手に暗示をかけるようなものじゃろうか?」

「写しの方には『催眠状態になることで、より深いところに語りかけ、隠された能力を覚醒させます』と書いてありますね」


 ルキエとケルヴさんは言った。


「もしかしたら異世界勇者が強かったのも、この『催眠術』で潜在能力を覚醒させていたからかもしれません」

「実験する価値はありそうじゃな」

「そうですね。ただ、誰が実験台になるかが問題です」

「わかりました。俺が実験台になります!」


 俺は手を挙げた。

 せっかく古文書を見つけたんだ。実験くらいはしてみたい。

 このままお蔵入りにするのはもったいないからね。


「それは許可できません」


 宰相ケルヴさんは首を横に振った。


「トールどのを実験台にするのは無理です。あなたが催眠術にかかってしまったら、誰が術を解除するのですか?」

「この紙には解除方法も書いてあります。読んだ通りにすれば大丈夫だと思いますが……」


 この古文書は、解除方法の部分は完全に残っている。

 使えると思ったのはそのせいだ。

 解除方法がわかるなら、安全に運用できるだろうからね。


 でも、宰相ケルヴさんは、


「魔王領で勇者世界に一番詳しいのはトールどのです。安全に催眠術を解除するためにも、トールどのを実験台にするのは避けるべきかと考えます」

「それでは、私が実験台になります」


 次に手を挙げたのはメイベルだった。


「トールさまのお役に立てるのであれば、喜んで」

「メイベルでは、効果の確認が難しいのではないでしょうか?」

「……そうですか?」

「メイベルはトールどのの忠実な部下です。トールどのを喜ばせるために、催眠術にかかったふりをすることもありますからね」


 ケルヴさんは言った。

 でも、それは……いくらなんでも考え過ぎだと思うけど?


 ……あれ? メイベルが目を逸らしてる。

 というか、なんで顔を赤くしてるの。

 かかったふりをして何をするつもりだったの?


「ならばアグニスに頼むのはどうじゃ?」


 次に口を開いたのはルキエだった。


「アグニスならば、よろこんで引き受けてくれると思うぞ?」

「それはわかります。ですが、アグニスどのでは『潜在能力が覚醒』したときの制御が難しくなります。ただでさえ強い力をお持ちの方ですからね。安全性を考えるなら、強い戦闘能力を持つ方は避けるべきかと」

「ならば、どのような者ならばよいのじゃ?」

「そうですね……」


 宰相ケルヴさんは、少し考えてから、


「トールどのの、あまり身近ではない方というのが第一条件です。地位はトールどのと同等か、それ以上の者がふさわしいでしょう。できればトールどのに厳しいことを言える者が望ましいと思います。あとは潜在能力が覚醒しても良いように、文官を選ぶべきですね。理性が強い者という条件も外せません」

「……なるほど」


 魔王ルキエが、宰相ケルヴさんを見た。

 俺もメイベルも、ケルヴさんに視線を向けた。

 入り口近くに控えている衛兵さんも同じだ。


「そういうことか、ケルヴよ。お主は最初からそのつもりで……」

「ありがとうございます。宰相閣下」

「宰相さま……なんとお優しい」

「我らミノタウロスも、宰相閣下を、尊敬します」「すばらしいお方です。ケルヴさま」


 玉座の間に、ほんわかした空気が流れた。


 俺とあまり身近ではなく、地位は俺以上。

 俺に厳しいことを言ってくれる人。

 文官で、理性が強い人。


 その条件に合う人なんて、1人しかいないんだ。


「あ、あの、陛下。トールどのにメイベルも……どうして私を優しい目で見ているのですか? 衛兵たちも……え? 私が出した条件に合う者? え? あ、あ、あ……ああああああっ!?」


 そうしてケルヴさんは、催眠術の実験台を引き受けてくれたのだった。






「それでは、このひもにくくりつけた円盤を、じっと見ていてください」


 玉座の間で話をしてから、数時間後。

 俺とケルヴさんは、催眠術の実験を始めた。


 場所は魔王城の小部屋。

 俺とケルヴさんは、机を挟んで向かい合っている。

 壁には小さな窓があって、そこから魔王ルキエとメイベルが覗いてる。


「これから、このコインぐらいのサイズの円盤を、左右に揺らします。それから……えっと、こう呼びかければいいみたいです。『あなたはだんだん眠くなる。目覚めたとき、大いなる能力に覚醒しているでしょう』……」

「……はぁ」


 ケルヴさんはあきれたようなため息をついた。

 気持ちはわかる。


 俺は勇者世界の人間じゃないからね。『催眠術スキル』は持ってないんだ。

 そんな人間が勇者世界の真似をしてるんだから、あきれるのも無理はないよね。


 そうして俺は、しばらくケルヴさんの前で、紐に吊した円盤を揺らしていたのだけれど──


「残念ですが、私には掛からないようですね」


 数分後、諦めたように、ケルヴさんは言った。

 俺も同感だ。

 さっきからずっと円盤を揺らしてるけど、ケルヴさんの目は冴えたまま。少しも眠そうじゃない。


 どうやら、催眠術はかからなかったみたいだ。


「すいません、宰相閣下。俺の技術不足です」

「トールどのの責任ではありませんよ」

「そうですか?」

「実は、今回の実験は第1段階なのです」

「第1段階?」

「はい。今回の実験のために私は、ここに来る前に、目覚まし用の濃いお茶をたくさん飲んで、めちゃくちゃ辛い『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、大浴場で冷水をかぶり、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩いてきたのです」

「……はい?」

「そのせいで眠くならないのでしょう。それどころが精神が活性化して、なんでもできそうな気分になっています。今なら、素手で魔獣だって倒せそうです」

「で、でも、宰相閣下は、どうしてそんなことを!?」

「私は、まずは催眠術をレジストするところから始めようと考えたのです」


 ケルヴさんは説明をはじめた。


 催眠術は新しい技術だから、それを防ぐ方法を見つけ出すのを優先するべき。

 防ぐ方法がわかれば、技術が流出したときに、影響を最小限に食い止めることができる。

 実際に催眠術にかかるのは、それからの方がいい。


 ──そんなことを、ケルヴさんは話してくれた。


「私は文官の長ですからね。新技術が見つかった場合、どうしてもそれを制御する方法を考えてしまうのですよ」

「……すごいです。宰相閣下」


 そのために目覚まし用のお茶を飲みまくって、辛い木の実をかじって、冷水をかぶって、すぅーっとする効果のある草で身体を叩いてきたのか……。


 すごいな、ケルヴさんは。

 魔王領の治安のために身体を張ってる。


 ……そこまでしたなら、催眠術がかからないのも無理はないよな。

 今のケルヴさんは、無茶苦茶目がぱっちりして、口調がハイになってるもんな。


「恐れ入りました。さすがですね、宰相閣下」

「あまり恐縮されると気恥ずかしいですね」


 ケルヴさんは照れたみたいに、頭を掻いた。


「私は……いつもトールどのにはおどろかされっぱなしですからね。たまには逆におどろかせたい、というのもあったのです」

「今回が第1段階ということは、次があるんですか?」

「もちろんです。お茶と『カラカラヒリヒリの実』と、冷水と『フワララの草』効果が消えたら、もう一度『催眠術』をかけていただきます。それで、効果の違いがわかるはずです」

「わかりました。では、そのときはお願いしますね」

「それでは、私は仕事に戻ります」


 そう言って、宰相ケルヴさんは席を立った。


 やっぱりケルヴさんはすごい人だった。


 新しい技術を発見したら、まずはそれをレジストする方法を考える。

 そういう人がいるから、俺も安心してマジックアイテムの開発ができるんだ。

 俺もケルヴさんを見習わないとな。


 そんなことを考えながら、俺は宰相ケルヴさんの背中を見送ったのだった。




 ──その後、宰相ケルヴは──




「視察に来ました。今月の会計処理の進捗しんちょくはどうですか?」


 トールと別れたケルヴは、城の事務室を訪れていた。


「今月も半ばを過ぎましたからね。状況を確認にきたのです」

「これは宰相閣下! 進捗状況はこちらをご覧ください」

「ふむ……いつもより遅れているようですね。半分こちらに渡してください。私が処理しましょう」

「そ、そんな。宰相閣下のお手をわずらわせるなど……」

「私は文官の長です。部下のサポートをするのは当然のことです。それにこれくらいの量など、潜在能力に目覚めた私にとっては簡単な──」

「宰相閣下?」

「──私は、今なにか言いましたか?」

「……は、はぁ」

「まあいいです。残りの書類をすべて渡してください。私がなんとかしましょう」





「おや、土地の調査ですか」


 次にケルヴがやってきたのは、城の近くの開拓地区だった。


「なるほど。これから『ウォーターサモナー』で田畑を拓くのですね」

「はい。宰相閣下。田畑にできそうな土地を調べております」

「手伝いましょう」

「そ、そんな。宰相閣下がされるようなことでは……」

「気にすることはありません。私は文官の長です。土地に関わることは──潜在的に──文官の仕事であり──能力を発揮すべきで──」

「宰相閣下?」

「私は、今なにか言いましたか?」

「はぁ、潜在的とか、文官の能力とかおっしゃいましたが」

「気のせいでしょう。私は催眠術にかかっていないのですからね。催眠術にかかっていない以上、潜在能力とか言うはずがないのです。だからこれは私自身の意思です。さぁ、仕事を始めますよ」

「承知いたしました! 宰相閣下!!」






「おや、野菜を洗っているのですか」


 気づくと宰相ケルヴは、城の厨房にいた。


「皆、ご苦労さまです」

「宰相閣下? ど、どうして厨房に……?」

「野菜を洗っているのですね。手伝いましょう。そこに山盛りになっている野菜を渡してください」

「……あの。宰相閣下?」

「潜在能力が覚醒した私がなにか?」

「フラフラされているようですが……?」

「大丈夫です。疲れておりません。私は潜在能力に覚醒しているのです。いえ、これは催眠術とは関係がありません。あれだけ目がぱっちり覚めるものを摂取したのです。催眠術にはかかっていないのですから、これは私の意思で……」


(ごしごし、じゃぶじゃぶ。ごしごしごしごしじゃぶじゃぶじゃぶばしゃばしゃばしゃっ!!)


「誰か来て──っ!! 宰相閣下を止めて──っ!!」






 ──数分後、城の小部屋で──


「この円盤を見てください! 俺が手を叩くと催眠術が解けます! はいっ!!」


 ぱぱぱんっ。ぱんっ!


「はっ!」


 俺が手を叩くと、宰相ケルヴさんが目を見開いた。

 まるで、長い夢から醒めたような表情だった。


「わ、私は、今までなにを!? ど、どうして身体がくたくたなのですか!? 服が泥だらけなのは……どうして!?」

「宰相閣下は、催眠術にかかっちゃってたんです」

「トールどの? それは面白い冗談ですね。ははは」


 笑うケルヴさん。

 それから左右を見回して、文官さんと、開拓係さんと、厨房係さんがいるのに気づいて──


「……おや?」


「宰相閣下──っ!」

「やっと、やっと元に戻られたのですね!!」

「あんなに鬼気迫る表情で野菜を洗うお方を、初めて見ました……」


「え? え? え?」


 宰相ケルヴさんはおどろいた顔で、左右を見回した。

 それから俺たちは、催眠術実験の後になにがあったかを、ケルヴさんに伝えて──



 その結果。



「魔王ルキエの名において、魔王領では催眠術の使用を禁止とする」


 ──魔王領に『催眠術禁止令』が発令された。


「自分が掛かったことに気づかぬ術など、危険すぎる。催眠術の紙と、トールが作った対訳は封印する。よいな」

「わかりました。ルキエさま」

「すまぬな。せっかく訳してくれたというのに」

「いえ、どのみち、催眠術をかけるには、特殊な条件が必要らしいですから」


 あの後、納得いかないケルヴさんは、再び俺に催眠術をかけるように言った。

 でも、うまくいかなかった。

 催眠術は、まったくかからなかったんだ。


 その後、メイベル本人の希望で、彼女にも試してみたけど、結果は同じ。

 催眠術をかけるのには、条件が必要のようだった。


「この古文書も読み取れない部分が多かったですからね。たぶん、催眠術のかけ方の前に、必要な準備などが記載されていたんだと思います。そこの部分は破れて、読めなくなってますけど」

「難しいものなのじゃな」

「はい……ただ」

「なんじゃ?」

「実は、催眠術をかけるのに必要な条件が、わかったような気がするんです」


 ケルヴさんもメイベルも気づいていない。

 これは俺が錬金術師として、様々な要素を分析した結果、わかったことだ。

 催眠術をかけるには、相手が特別な状態になっている必要があるんだ。


「ルキエさまにだけはお伝えしておきます。それは──」

「……それは?」

「催眠術にかかる前に、目覚まし用の濃いお茶をたくさん飲んで、めちゃくちゃ辛い『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、大浴場で冷水をかぶり、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩くことです!」

「なるほど!」


 ルキエも、気づいたようだ。

 最初に催眠術にかかったとき、ケルヴさんが特殊な状態になっていたことに。


 ケルヴさんは催眠術にかからないように、濃いお茶を飲んで『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、冷水をかぶっていた。その上、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩いていた。それで気分が高揚していたんだ。素手で魔獣を倒せそうな気になるくらい。


 催眠術にかかるには、そんな特別な精神状態になる必要があるらしい。

 同じ状態を再現できれば、別の人を催眠術にかけることもできるはずだ。


「ですが、宰相閣下は詳しいことを忘れているみたいなんです。どれくらい濃いお茶だったのか、『カラカラヒリヒリの実』をいくつかじったのか、冷水を何回かぶったのか、『フワララの草』でどれくらい身体を叩いたのか、覚えていないそうです」

「そうか」

「だから……残念ながら催眠術を再現するのは不可能ですね」

「それが平和じゃろうな」

「そうですね。制御できない力は危険ですから」

「良い言葉じゃな」

「はい」

「後で羊皮紙に書いて、余とお主の部屋に貼っておこう。それをもって、今回の騒動を終了とするのじゃ」


 そう言って、ルキエは笑った。

 こうして、俺が見つけた古文書『催眠術で潜在能力を覚醒させよう!』は、城の奥深くに封印されることとなり──




『魔王ルキエより命ずる。今後、濃いお茶をたくさん飲み、辛い木の実をかじった直後に大浴場を使うことを禁止とする。冷水をかぶったり、草で身体を叩く前に、30分は時間をおくように』



 ──魔王領の大浴場には、こんな貼り紙が掲示されることになったのだった。




──────────────────



【お知らせです】

 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 今日から「ヤングエースUP」で「創造錬金術師は自由を謳歌する」のコミカライズがスタートしました。

 ぜひ、アクセスして、読んでみてください!


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」も、ただいま発売中です!

 詳しい情報はカドカワBOOKSさまのホームページで公開されています。


 書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る