【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第139話「番外編:トールと古文書と『禁断の催眠術』」
第139話「番外編:トールと古文書と『禁断の催眠術』」
いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!
今日から「ヤングエースUP」で「創造錬金術師」のコミカライズ版の連載がスタートしました。
(リンク先は、小説の概要欄に記載してあります)
作画を担当してくださっているのは、姫乃タカ先生です。
どのキャラも魅力的に描いてくださっているので、ぜひ、読んでみてください!
というわけで、コミカライズを記念して、久しぶりに番外編を書いてみました。
今回はちょっと変わったお話です。
トールは魔王城で『催眠術』に関わる紙を見つけたようなのですが……。
──────────────────
「勇者世界の『催眠術』に関する古文書を見つけました。実験してもいいですか?」
ある日の午後。
俺は玉座の間で、魔王ルキエと宰相ケルヴさんに訊ねた。
「トールよ。『催眠術』とはなんじゃ?」
「相手の精神に働きかけて、隠れた能力を引き出す技術のようです」
「……なんと」
「こちらがその古文書と、その写しになります」
俺はルキエに、2枚の紙を渡した。
1枚は倉庫で見つけた『催眠術で潜在能力を
もう1枚はそれを、この世界の言葉に訳したものだ。
保存状態が悪いから、文章はあちこち欠けてる。
でも、意味はだいたいわかると思う。
「『催眠術』とは……相手に暗示をかけるようなものじゃろうか?」
「写しの方には『催眠状態になることで、より深いところに語りかけ、隠された能力を覚醒させます』と書いてありますね」
ルキエとケルヴさんは言った。
「もしかしたら異世界勇者が強かったのも、この『催眠術』で潜在能力を覚醒させていたからかもしれません」
「実験する価値はありそうじゃな」
「そうですね。ただ、誰が実験台になるかが問題です」
「わかりました。俺が実験台になります!」
俺は手を挙げた。
せっかく古文書を見つけたんだ。実験くらいはしてみたい。
このままお蔵入りにするのはもったいないからね。
「それは許可できません」
宰相ケルヴさんは首を横に振った。
「トールどのを実験台にするのは無理です。あなたが催眠術にかかってしまったら、誰が術を解除するのですか?」
「この紙には解除方法も書いてあります。読んだ通りにすれば大丈夫だと思いますが……」
この古文書は、解除方法の部分は完全に残っている。
使えると思ったのはそのせいだ。
解除方法がわかるなら、安全に運用できるだろうからね。
でも、宰相ケルヴさんは、
「魔王領で勇者世界に一番詳しいのはトールどのです。安全に催眠術を解除するためにも、トールどのを実験台にするのは避けるべきかと考えます」
「それでは、私が実験台になります」
次に手を挙げたのはメイベルだった。
「トールさまのお役に立てるのであれば、喜んで」
「メイベルでは、効果の確認が難しいのではないでしょうか?」
「……そうですか?」
「メイベルはトールどのの忠実な部下です。トールどのを喜ばせるために、催眠術にかかったふりをすることもありますからね」
ケルヴさんは言った。
でも、それは……いくらなんでも考え過ぎだと思うけど?
……あれ? メイベルが目を逸らしてる。
というか、なんで顔を赤くしてるの。
かかったふりをして何をするつもりだったの?
「ならばアグニスに頼むのはどうじゃ?」
次に口を開いたのはルキエだった。
「アグニスならば、よろこんで引き受けてくれると思うぞ?」
「それはわかります。ですが、アグニスどのでは『潜在能力が覚醒』したときの制御が難しくなります。ただでさえ強い力をお持ちの方ですからね。安全性を考えるなら、強い戦闘能力を持つ方は避けるべきかと」
「ならば、どのような者ならばよいのじゃ?」
「そうですね……」
宰相ケルヴさんは、少し考えてから、
「トールどのの、あまり身近ではない方というのが第一条件です。地位はトールどのと同等か、それ以上の者がふさわしいでしょう。できればトールどのに厳しいことを言える者が望ましいと思います。あとは潜在能力が覚醒しても良いように、文官を選ぶべきですね。理性が強い者という条件も外せません」
「……なるほど」
魔王ルキエが、宰相ケルヴさんを見た。
俺もメイベルも、ケルヴさんに視線を向けた。
入り口近くに控えている衛兵さんも同じだ。
「そういうことか、ケルヴよ。お主は最初からそのつもりで……」
「ありがとうございます。宰相閣下」
「宰相さま……なんとお優しい」
「我らミノタウロスも、宰相閣下を、尊敬します」「すばらしいお方です。ケルヴさま」
玉座の間に、ほんわかした空気が流れた。
俺とあまり身近ではなく、地位は俺以上。
俺に厳しいことを言ってくれる人。
文官で、理性が強い人。
その条件に合う人なんて、1人しかいないんだ。
「あ、あの、陛下。トールどのにメイベルも……どうして私を優しい目で見ているのですか? 衛兵たちも……え? 私が出した条件に合う者? え? あ、あ、あ……ああああああっ!?」
そうしてケルヴさんは、催眠術の実験台を引き受けてくれたのだった。
「それでは、この
玉座の間で話をしてから、数時間後。
俺とケルヴさんは、催眠術の実験を始めた。
場所は魔王城の小部屋。
俺とケルヴさんは、机を挟んで向かい合っている。
壁には小さな窓があって、そこから魔王ルキエとメイベルが覗いてる。
「これから、このコインぐらいのサイズの円盤を、左右に揺らします。それから……えっと、こう呼びかければいいみたいです。『あなたはだんだん眠くなる。目覚めたとき、大いなる能力に覚醒しているでしょう』……」
「……はぁ」
ケルヴさんはあきれたようなため息をついた。
気持ちはわかる。
俺は勇者世界の人間じゃないからね。『催眠術スキル』は持ってないんだ。
そんな人間が勇者世界の真似をしてるんだから、あきれるのも無理はないよね。
そうして俺は、しばらくケルヴさんの前で、紐に吊した円盤を揺らしていたのだけれど──
「残念ですが、私には掛からないようですね」
数分後、諦めたように、ケルヴさんは言った。
俺も同感だ。
さっきからずっと円盤を揺らしてるけど、ケルヴさんの目は冴えたまま。少しも眠そうじゃない。
どうやら、催眠術はかからなかったみたいだ。
「すいません、宰相閣下。俺の技術不足です」
「トールどのの責任ではありませんよ」
「そうですか?」
「実は、今回の実験は第1段階なのです」
「第1段階?」
「はい。今回の実験のために私は、ここに来る前に、目覚まし用の濃いお茶をたくさん飲んで、めちゃくちゃ辛い『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、大浴場で冷水をかぶり、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩いてきたのです」
「……はい?」
「そのせいで眠くならないのでしょう。それどころが精神が活性化して、なんでもできそうな気分になっています。今なら、素手で魔獣だって倒せそうです」
「で、でも、宰相閣下は、どうしてそんなことを!?」
「私は、まずは催眠術をレジストするところから始めようと考えたのです」
ケルヴさんは説明をはじめた。
催眠術は新しい技術だから、それを防ぐ方法を見つけ出すのを優先するべき。
防ぐ方法がわかれば、技術が流出したときに、影響を最小限に食い止めることができる。
実際に催眠術にかかるのは、それからの方がいい。
──そんなことを、ケルヴさんは話してくれた。
「私は文官の長ですからね。新技術が見つかった場合、どうしてもそれを制御する方法を考えてしまうのですよ」
「……すごいです。宰相閣下」
そのために目覚まし用のお茶を飲みまくって、辛い木の実をかじって、冷水をかぶって、すぅーっとする効果のある草で身体を叩いてきたのか……。
すごいな、ケルヴさんは。
魔王領の治安のために身体を張ってる。
……そこまでしたなら、催眠術がかからないのも無理はないよな。
今のケルヴさんは、無茶苦茶目がぱっちりして、口調がハイになってるもんな。
「恐れ入りました。さすがですね、宰相閣下」
「あまり恐縮されると気恥ずかしいですね」
ケルヴさんは照れたみたいに、頭を掻いた。
「私は……いつもトールどのにはおどろかされっぱなしですからね。たまには逆におどろかせたい、というのもあったのです」
「今回が第1段階ということは、次があるんですか?」
「もちろんです。お茶と『カラカラヒリヒリの実』と、冷水と『フワララの草』効果が消えたら、もう一度『催眠術』をかけていただきます。それで、効果の違いがわかるはずです」
「わかりました。では、そのときはお願いしますね」
「それでは、私は仕事に戻ります」
そう言って、宰相ケルヴさんは席を立った。
やっぱりケルヴさんはすごい人だった。
新しい技術を発見したら、まずはそれをレジストする方法を考える。
そういう人がいるから、俺も安心してマジックアイテムの開発ができるんだ。
俺もケルヴさんを見習わないとな。
そんなことを考えながら、俺は宰相ケルヴさんの背中を見送ったのだった。
──その後、宰相ケルヴは──
「視察に来ました。今月の会計処理の
トールと別れたケルヴは、城の事務室を訪れていた。
「今月も半ばを過ぎましたからね。状況を確認にきたのです」
「これは宰相閣下! 進捗状況はこちらをご覧ください」
「ふむ……いつもより遅れているようですね。半分こちらに渡してください。私が処理しましょう」
「そ、そんな。宰相閣下のお手をわずらわせるなど……」
「私は文官の長です。部下のサポートをするのは当然のことです。それにこれくらいの量など、潜在能力に目覚めた私にとっては簡単な──」
「宰相閣下?」
「──私は、今なにか言いましたか?」
「……は、はぁ」
「まあいいです。残りの書類をすべて渡してください。私がなんとかしましょう」
「おや、土地の調査ですか」
次にケルヴがやってきたのは、城の近くの開拓地区だった。
「なるほど。これから『ウォーターサモナー』で田畑を拓くのですね」
「はい。宰相閣下。田畑にできそうな土地を調べております」
「手伝いましょう」
「そ、そんな。宰相閣下がされるようなことでは……」
「気にすることはありません。私は文官の長です。土地に関わることは──潜在的に──文官の仕事であり──能力を発揮すべきで──」
「宰相閣下?」
「私は、今なにか言いましたか?」
「はぁ、潜在的とか、文官の能力とかおっしゃいましたが」
「気のせいでしょう。私は催眠術にかかっていないのですからね。催眠術にかかっていない以上、潜在能力とか言うはずがないのです。だからこれは私自身の意思です。さぁ、仕事を始めますよ」
「承知いたしました! 宰相閣下!!」
「おや、野菜を洗っているのですか」
気づくと宰相ケルヴは、城の厨房にいた。
「皆、ご苦労さまです」
「宰相閣下? ど、どうして厨房に……?」
「野菜を洗っているのですね。手伝いましょう。そこに山盛りになっている野菜を渡してください」
「……あの。宰相閣下?」
「潜在能力が覚醒した私がなにか?」
「フラフラされているようですが……?」
「大丈夫です。疲れておりません。私は潜在能力に覚醒しているのです。いえ、これは催眠術とは関係がありません。あれだけ目がぱっちり覚めるものを摂取したのです。催眠術にはかかっていないのですから、これは私の意思で……」
(ごしごし、じゃぶじゃぶ。ごしごしごしごしじゃぶじゃぶじゃぶばしゃばしゃばしゃっ!!)
「誰か来て──っ!! 宰相閣下を止めて──っ!!」
──数分後、城の小部屋で──
「この円盤を見てください! 俺が手を叩くと催眠術が解けます! はいっ!!」
ぱぱぱんっ。ぱんっ!
「はっ!」
俺が手を叩くと、宰相ケルヴさんが目を見開いた。
まるで、長い夢から醒めたような表情だった。
「わ、私は、今までなにを!? ど、どうして身体がくたくたなのですか!? 服が泥だらけなのは……どうして!?」
「宰相閣下は、催眠術にかかっちゃってたんです」
「トールどの? それは面白い冗談ですね。ははは」
笑うケルヴさん。
それから左右を見回して、文官さんと、開拓係さんと、厨房係さんがいるのに気づいて──
「……おや?」
「宰相閣下──っ!」
「やっと、やっと元に戻られたのですね!!」
「あんなに鬼気迫る表情で野菜を洗うお方を、初めて見ました……」
「え? え? え?」
宰相ケルヴさんはおどろいた顔で、左右を見回した。
それから俺たちは、催眠術実験の後になにがあったかを、ケルヴさんに伝えて──
その結果。
「魔王ルキエの名において、魔王領では催眠術の使用を禁止とする」
──魔王領に『催眠術禁止令』が発令された。
「自分が掛かったことに気づかぬ術など、危険すぎる。催眠術の紙と、トールが作った対訳は封印する。よいな」
「わかりました。ルキエさま」
「すまぬな。せっかく訳してくれたというのに」
「いえ、どのみち、催眠術をかけるには、特殊な条件が必要らしいですから」
あの後、納得いかないケルヴさんは、再び俺に催眠術をかけるように言った。
でも、うまくいかなかった。
催眠術は、まったくかからなかったんだ。
その後、メイベル本人の希望で、彼女にも試してみたけど、結果は同じ。
催眠術をかけるのには、条件が必要のようだった。
「この古文書も読み取れない部分が多かったですからね。たぶん、催眠術のかけ方の前に、必要な準備などが記載されていたんだと思います。そこの部分は破れて、読めなくなってますけど」
「難しいものなのじゃな」
「はい……ただ」
「なんじゃ?」
「実は、催眠術をかけるのに必要な条件が、わかったような気がするんです」
ケルヴさんもメイベルも気づいていない。
これは俺が錬金術師として、様々な要素を分析した結果、わかったことだ。
催眠術をかけるには、相手が特別な状態になっている必要があるんだ。
「ルキエさまにだけはお伝えしておきます。それは──」
「……それは?」
「催眠術にかかる前に、目覚まし用の濃いお茶をたくさん飲んで、めちゃくちゃ辛い『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、大浴場で冷水をかぶり、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩くことです!」
「なるほど!」
ルキエも、気づいたようだ。
最初に催眠術にかかったとき、ケルヴさんが特殊な状態になっていたことに。
ケルヴさんは催眠術にかからないように、濃いお茶を飲んで『カラカラヒリヒリの実』を丸かじりして、冷水をかぶっていた。その上、皮膚がすーっとする効果のある『フワララの草』で身体を叩いていた。それで気分が高揚していたんだ。素手で魔獣を倒せそうな気になるくらい。
催眠術にかかるには、そんな特別な精神状態になる必要があるらしい。
同じ状態を再現できれば、別の人を催眠術にかけることもできるはずだ。
「ですが、宰相閣下は詳しいことを忘れているみたいなんです。どれくらい濃いお茶だったのか、『カラカラヒリヒリの実』をいくつかじったのか、冷水を何回かぶったのか、『フワララの草』でどれくらい身体を叩いたのか、覚えていないそうです」
「そうか」
「だから……残念ながら催眠術を再現するのは不可能ですね」
「それが平和じゃろうな」
「そうですね。制御できない力は危険ですから」
「良い言葉じゃな」
「はい」
「後で羊皮紙に書いて、余とお主の部屋に貼っておこう。それをもって、今回の騒動を終了とするのじゃ」
そう言って、ルキエは笑った。
こうして、俺が見つけた古文書『催眠術で潜在能力を覚醒させよう!』は、城の奥深くに封印されることとなり──
『魔王ルキエより命ずる。今後、濃いお茶をたくさん飲み、辛い木の実をかじった直後に大浴場を使うことを禁止とする。冷水をかぶったり、草で身体を叩く前に、30分は時間をおくように』
──魔王領の大浴場には、こんな貼り紙が掲示されることになったのだった。
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今日から「ヤングエースUP」で「創造錬金術師は自由を謳歌する」のコミカライズがスタートしました。
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