第204話「『認識阻害』の仮面に代わるアイテムを考える」

 ──数日後、魔王城で──





「帝国皇太子と大公の提案を受け入れよう。魔王領は帝国と国交を、そして、友好関係を結ぶものとする!」


 書状を手に、ルキエは宣言した。


 ここは、魔王領の玉座の間。

『カースド・スマホ』の事件の後、俺はルキエに、大公カロンからの書状を渡した。

 内容は、帝国が魔王領と、正式に友好関係を結ぶ件についてだ。


 帝国側は魔王ルキエとの会談を求めている。

 あちらの出席者は皇太子ディアスと大公カロン、それに帝都の高官たち。


 日程は、今から十数日後。

 場所は魔王領内か、国境地帯を希望するとのことだった。


「余としては、帝国と友好関係を結ぶことに異存はない。すぐに使者を送り、会談に応じるむねを伝えるとしよう」

「はい。陛下!」


 宰相さいしょうケルヴさんが答える。

 玉座の間にいるのは、ルキエと俺と、ケルヴさんの3人。


 俺は書状の受け渡し役として、ここにいる。

 まぁ、だいたいの内容は羽妖精ピクシー経由で、前もって伝えてあるんだけど。


「会談の場所は、交易所がよいじゃろう」


 ルキエは興奮した顔で言った。


「交易所なら、皇太子や大公も気軽に来られる。帝国の民の目にもつきやすい。帝国の高官たちと余が会談を行うことを、帝国民にも示すことができよう」

「私も陛下に賛成です」

「友好関係を結ぶのは良いことじゃ。交流も進むじゃろうし、留学生を送ることもできるかもしれぬ。魔王領の『人間に学ぶ』という方針を、よりし進めることもできよう」

「周辺諸国との交易も進むやもしれません」

「まさか余の代になって、帝国からこのような提案が来るとはな」


 ルキエは口元だけで、笑ってみせた。

 それから彼女は、俺の方を見て、


「これもトールが『カースド・スマホ』の探索たんさくで成果を上げたからじゃ。本当にトールは、予想外の結果をもたらすのじゃから。あんまり余をびっくりさせるものではないぞ」

「おほめにあずかり、光栄です」

「うむ」

「でも……成果というのは違うと思います。俺はただ『軍勢ぐんぜいわざ』を止めたかっただけですから」


 玉座の前でひざをついたまま、俺は答えた。


「俺にとって勇者世界のアイテムは目標であり、あこがれでもあります。だから、勇者世界の『カースド・スマホ』が人を傷つけたり、精神をこわしたりするのが許せなかったんです」

「そうじゃったのか?」

「はい。あとは……この世界の人たちに、勇者世界のアイテムで嫌な思いをして欲しくなかったというのもあります。『カースド・スマホ』で犠牲者ぎせいしゃが出たら、みんな『勇者世界のアイテムはやばい!』って思いますよね。そしたら、俺が『通販カタログ』を参考に作ったアイテムも、使ってくれなくなるかもしれません。『勇者世界のアイテムだ。やばい。逃げろ!』って」


 そんなことになったら最悪だ。

 俺が作ったアイテムをみんなが避けるようになるなんて……そんな未来、考えただけで寒気がする。せっかく勇者世界のアイテムを作るのにも慣れてきて、色々な素材も使えるようになったのに。


 だから俺は一刻いっこくも早く、『軍勢ノ技』を止める必要があったんだ。


「そういうわけです。帝国との友好関係については、俺の成果じゃないんです」


 俺は言った。


「もちろん『軍勢ノ技』を止めたのは、魔王領や世界のためでもあります。でも、半分くらいは、自分のためでもあったんです。だから、おほめの言葉をいただくのは、違うのかな……と」

「いやいや、トールよ。これはやはりお主の手柄てがらじゃよ」


 ルキエは首を横に振った。


「お主が『軍勢ノ技』を、誰も傷つけることなく止めたからこそ、帝国は魔王領に友好関係を求めてきたのじゃ。トールの作るマジックアイテムは、どこまでも優しい。だから、帝国の者たちの心をほどくことができたのじゃろう」

「そうでしょうか?」

「そうじゃよ」

「だったら……うれしいです」

「やはりトールは余にとって、最高の錬金術師れんきんじゅつしじゃ。それをめることに、なんの遠慮があろう。すなおに受け入れるがよいのじゃ、トールよ!」


 そう言ってルキエは、笑った。


 今のルキエは『認識阻害にんしきそがい』の仮面を着けていない。

 まぶしいくらいの笑顔で、俺を見てる。 


「私もトールどのに感謝しております」


 ケルヴさんは、俺に向かって頭を下げた。

 腕に着けた『ぬいぐるみスマホケース』をらして、ケルヴさんは、


「トールどのが魔王領に良き変化をもたらしてくれる方だということは、私も、しみじみと理解しております。頭蓋骨ずがいこつの奥までひびいていると言ってもいいでしょう」

「ありがとうございます。宰相閣下さいしょうかっか

「……トールどのがいらしたばかりの頃は、頭の痛いこともあったのですが」


 ケルヴさんは遠い目をしている。


「ですが、最近は慣れてきました。ずいぶんときたえられたものだと思います」

「宰相閣下には……ご迷惑をおかけしていたんですね」

「問題ありません。最近は宰相府さいしょうふの者たちも、フォローしてくれるようになりましたからね」

「さすがはエルテさんたちですね」

「はい。私の心を理解してくれる、自慢の部下たちです」


 ケルヴさんはごまかすように咳払せきばらいして、


「とにかく、トールどのには感謝しております。あなたの実績を考えれば……これからなにが起ころうと、私が動揺することはないでしょう。今後ともご遠慮えんりょなく、マジックアイテムについて相談してください」

「ありがとうございます。宰相閣下」

「……ケルヴよ」


 ふと、ルキエが心配そうな表情で、ケルヴさんを見た。


「そんなことを言って大丈夫なのか? 浮かれすぎているように見えるのじゃが」

「……し、失礼いたしました。陛下」


 ケルヴさんは照れたように。


「帝国との友好関係のことで、私も浮き足立っているようです」

「うむ。その気持ちはわかるのじゃ」


 魔王ルキエはうなずいた。


「魔王領が良き方に変わる好機じゃからの。気分が浮き立つのもわかる。じゃが……ひとつ問題が残っておるのじゃ」

「問題、ですか?」

「……うむ」


 俺がたずねねると、ルキエは膝の上に乗せた『認識阻害にんしきそがい』の仮面に触れて、


「それは、帝国の者たちと、どのような姿で会うかという問題じゃ」


 ──不安そうな口調で、そんなことを言った。


「トールには……いや、ケルヴにも話しておったな。余は誕生日に『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブを外し、皆に本当の姿を見せるつもりなのじゃ」

「はい。うかがっております」


 ケルヴさんはうなずいた。


「私は、まったく問題ないと考えます。陛下のもとで、魔王領は大いに発展をとげております。帝国との国交樹立と友好関係の成立も、民にとってはよろこばしいことです。皆も、陛下の真のお姿を見れば、大いによろこぶことでしょう」

「それはわかる。じゃが、帝国の者たちと会うのは、余の誕生日の後になろう」

「……あ。そういうことですか」

「わかったようじゃな。トールよ」


 ルキエは仮面に触れたまま、俺の方を見た。


「どのような姿で帝国の皇太子たちと会うべきか……余は迷っておるのじゃよ」

「民に素顔を見せて、その後で『認識阻害にんしきそがい』で姿を隠して帝国の者と会うのはよくない……ということですか?」

「うむ。帝国の皇太子たちも勇気を出して魔王領に来るのじゃ。なのに、余が『認識阻害』で姿を隠すのは道理が通らぬ。じゃが、この姿を帝国の高官たちの前にさらして良いものか……それを迷っておるのじゃよ」


 小さな姿のルキエは、両腕を広げてみせた。


 ルキエの気持ちはわかる。

『認識阻害』の仮面とローブのことについては、俺もずっと、彼女から話を聞いてきたからだ。


 以前、俺とルキエは歴代魔王のお墓参りをした。

 その時にルキエは言った。

『誕生日を機に、「認識阻害」の仮面を外して、皆に素顔を明かそうと思う』って。


 ルキエは本気だった。

 だから、ケルヴさんにも話を通していたのだろう。


 だけど、これからルキエは、帝国の高官たちと会うことになる。

 魔王領の人たちは素顔のルキエを受け入れるだろうけど、帝国側はわからない。

 もしかしたら、ルキエを見た目で判断するかもしれない。


 誰もがルキエのすごさと、魔王としての器量を理解できるわけじゃないからだ。


 皇太子ディアスと大公カロンは魔王領の実力を知ってるから、ルキエをあなどるようなことはないだろう。でも、帝都の高官たちはわからない。

 小さな姿のルキエを『弱そう』と見下す可能性もある。

 それが帝国との国交や、友好関係に影響をもたらすこともあり得るんだ。


 かといって『認識阻害』の魔王スタイルで帝国と友好関係を結ぶのは難しい。

 すでにルキエは魔王領内で正体をさらしているのに、どうして仮の姿で会談にのぞんだのかと、かんぐられるかもしれない。


 だから、ルキエは迷っているんだろう。


「『認識阻害』の仮面とローブを外すのを、先延ばしにされてはいかがでしょうか」


 宰相ケルヴさんは難しい顔だ。


「お誕生日にこだわる必要はございません。帝国とは『認識阻害』の姿のままで会談して、その後、魔王領内で正体を明かすという方法もありましょう」

「それは……したくないのじゃよ」


 ルキエはかぶりを振った。


「皇太子と大公は魔王領を信じて、友好関係を持ちかけてくれたのじゃ。その気持ちを裏切りたくはない。わかっているのじゃよ。余は、帝国に対しても素顔をさらすべきじゃと」

「……陛下」

「この小さな姿が、真実の余じゃ。それを隠すことはできぬ」

「……お気持ち、お察しいたします」

「だから、トールに頼みがあるのじゃ」


 ルキエは玉座を降りた。

 仮面とローブを外し、ちっちゃな魔王の姿になり、俺の手を取る。


「会談のとき、余の側にいてくれるか?」

「もちろんです。ルキエさま」

「この姿の余を、側で支えてくれるか?」

「言うまでもないことです」


 俺はひざまづいて、ルキエの手を捧げ持つ。

 それから──


「俺は魔王陛下の錬金術師です。どんなことがあろうと、側で陛下を支えることをお約束いたします」

「そうか……ならば、大丈夫じゃ」

「ご心配なのはわかります。帝国民すべてが『強さ至上主義』を捨てたわけじゃないですからね」

「そうじゃな」

「かといって、会談の場に『レーザーポインター』とか『メテオアロー』を持ち込んで、強さを示すわけにもいきません。友好的な会談なんですから」

「当たり前じゃ。そんな物騒ぶっそうなものを持ち込めるものか」

「だから、物騒じゃないアイテムを考えました」

「そうかそうか……ん? トール、今、なんと申した?」

「はい。物騒ぶっそうにならずに、ルキエさまの権威を皆に示すためのアイテムを考えました、と」


 ルキエの目が点になった。

 ケルヴさんも、ぽかん、と口を開けてる。


「え? なんでびっくりしてるんですか?」

「そりゃびっくりもするじゃろ!?」

「いえ、だって、俺はルキエさまの誕生日を知ってます。皇太子ディアスとの会談が、その後になるのもわかります。仮面を外す話だって聞いています。だったら、ルキエさまが悩むことだって、予想できるじゃないですか」

「そ、そうかもしれぬけど……」

「俺は魔王直属の錬金術師ですよ? 俺が普段、どれくらいルキエさまのことを考えていると思ってるんですか」

「────!?」


 ルキエが硬直こうちょくした。

 俺の手を握ったまま、ふるふると震え始める。


 俺は帝国出身だ。

 帝国の『強さ至上主義』の者たちが、どんなものに権威を感じるかはわかってる。

 だから、ルキエの仮面の代わりになるものについて、常に考えている。


 だから──


「こんなアイテムが、いいんじゃないかと思います」


 俺は考案中のアイテムについて、説明した。


 手元にはちょうど『精神感応素材』と『隕鉄いんてつ』が残ってる。

 これらの素材を組み合わせれば、安全で、かっこいいアイテムが作れるはずだ。


「──と、いうことで、どうでしょう。ルキエさま」

「………… (ふるふる)」

「あの? ルキエさま?」

「………………のじゃ」

「……どうしました?」

「……わ、わかったのじゃ! 作るがいい!!」


 ルキエは顔を真っ赤にして、叫んだ。


「『俺が普段、どれくらいルキエさまのことを考えていると思ってるんですか』など……そんなことを言われてしまったら、任せるしかないではないか! お主の考えるマジックアイテムを作るがいい! ただし、トールも一緒じゃぞ。会談には共に立ち会って、そのアイテムを使うのじゃぞ!」

「もちろんです。ルキエさまと一緒なら問題ないです」

「……またそのようなことを」


 腕組みして、そっぽを向くルキエ。


「まったく、困った奴じゃな。お主は。本当にお主は……」

「ですが、トールどの。それはどのようなアイテムなのですか?」


 ケルヴさんが訊ねる。


「『隕鉄いんてつ』と『精神感応素材』を利用したアイテムなど……想像がつきません。まさか、『メテオ』と関係があるのですか?」

「いえ。『メテオ』とは無関係です」

「安心しました」

「俺が作ろうとしてるのは、空を飛ぶためのアイテムですから」

「「……………………は?」」

「実は『通販カタログ』の中に、とある本の宣伝文があったんです」


 それは『まんが・シークレット解説シリーズ』というものだった。

 その中に『まんが・宇宙のシークレット解説』という本の抜粋ばっすいがあったんだ。


「勇者世界によると、空のはるか上──星の世界には重さがないそうです。そして『隕鉄いんてつ』……つまり隕石いんせきは星の世界から落ちてきたものです。だから『宙属性そらぞくせい』というものを備えています。それらを利用すれば、空を飛ぶためのアイテムが作れるはずなんです」

「な、なるほど」

「理屈はわかりますが……」

「魔王陛下が空を飛んで現れたら、みんなびっくりしますよね。神々しいですし、陛下の威厳いげんを示すこともできます。そんな状態なら、『認識阻害』の仮面をつけなくても問題ないんじゃないでしょうか」


 ルキエがふわりと空を飛んで、会談の場に現れる。

 小柄だけれど神秘的な姿で。

 ドレスのすそを、翼のようにひるがえして。


 ……うん。いいよね。

 考えただけでドキドキする。


「空を飛ぶ仕組みについては理解しました」


 でも、ケルヴさんは考え込むように、


「ですが、我々は空を飛んだことなどありません。どうやって飛行を制御するのですか?」

「『精神感応素材』を使おうと思っています」

「……なるほど」

「そうすれば、装着者の精神に反応して、考えただけで空を飛べるアイテムが作れるはずです。使えば、自由自在に空を飛び回ることもできるんじゃないでしょうか」

「確かに、トールどのなら、そのようなアイテムが作れるでしょう」

「ありがとうございます。宰相閣下」

「ただ……それはかなり危険なアイテムのように思います」


 腕組みして、じっと俺を見るケルヴさん。


「繰り返しになりますが、我々は空を飛んだ経験がないのです。思わぬ事故が起こることも考えられます。魔王陛下を、そのような目にわせるわけにはいきません」

「……そうですね」


 ケルヴさんの言う通りだ。

『隕鉄』を使えば、宙に浮くことはできるだろう。

 風の魔石を利用すれば、上下左右に移動することも可能だと思う。


 でも、それをどう制御するかが問題だ。

『精神感応素材』ならなんとかできると思うんだけど……確信はない。


 こうなったら──


「わかりました。俺が実験台になります」

「……トールどの」

「もともと、ぶっつけ本番で使う気はありませんでした。魔王陛下を危険な目に遭わせるわけにはいきません。製作者の俺が実験台になるべきでしょう」

「それは認められません」


 ケルヴさんは俺をたしなめるように、


「トールどのは魔王領にとって大切な方です。飛行アイテムの実験台にするわけにはいきません。別の方に使っていただくべきでしょう」

「ありがとうございます。でも、誰にお願いすればいいでしょうか?」

「精神で操作するのですから、魔術に詳しい者が良いでしょう」


 ケルヴさんは少し考えてから、


「魔術には集中力を必要としますからね。魔術が得意な者ならば、そのアイテムをコントロールできるかもしれません。それと、魔王陛下が使うアイテムなのですから、ある程度身分の高い者が試すべきでしょう。トールどののアイテムに慣れているという条件も欠かせません。最後に、身体の丈夫な者が望ましいですね。例えば『火炎巨人』の眷属けんぞくか……魔族か……」


 あれ?

 語り続けるケルヴさんの顔から、血の気が引いていく。

 身体も、小刻みに震えはじめている。


「ケルヴよ。その条件に当てはまる者は……」

「宰相閣下……」

「わかっております。私も、言葉を口にしている間に気づきました……」


 ルキエは額を押さえながら、俺は感動したように、ケルヴさんを見ていた。


 ──魔術に詳しくて。

 ──身分が高くて。

 ──俺の作るアイテムに慣れていて。

 ──『火炎巨人イフリート』の眷属けんぞくか、魔族 (ルキエを除く)。


 その条件に当てはまるのは、ライゼンガ将軍と、宰相ケルヴさんだけだ。

 でも、ライゼンガ将軍は国境地帯で、会談の準備中だ。

 となると、実験に付き合えるのは、ケルヴさんしかいないわけで……。


「自分で言ったことには責任を取らねばなりません! このケルヴが、飛行アイテムの実験をいたしましょう!!」

「大丈夫か? ケルヴよ」

「私は文官の長です。この私が、口頭であれ書面であれ、陛下にお伝えした言葉には責任が伴います! 宰相として、一度口にした言葉を取り消すわけにはまいりません!!」

「……ケルヴよ」

「宰相閣下。よろしいのですか?」

「……魔王領の宰相に二言にごんはございません」


 宰相ケルヴさんは額を押さえながら、宣言した。


「承知した。ならば、ケルヴに任せることとする」

「ありがとうございます、宰相閣下。それでは、アイテムの製作に入りますね」


 ケルヴさんが実験してくれるなら安心だ。

 本当に魔術に詳しい人だし、俺のアイテムにも慣れている。

 なんたってケルヴさんは『球体型・ロボット掃除機』の発案者でもあるんだから。


 やっぱり、ケルヴさんは頼りになるな。

 この人がルキエの側近でよかった。本当に。


 こうして俺は、ルキエの仮面の代わりになるアイテムを作ることになった。

 作るのは、それほど難しくなかった。

 翌朝には試作品が完成したから、その日の午後に、実験をすることになった。


 そうして宰相ケルヴさんは、製作した『隕鉄浮遊ブレスレット』を身に着けてくれたんだけど──



「おおおおおおおっ! い、いきなり急上昇を!? わわ、わわわわわ。こ、この高さは……ああ、ああああああ!」

「落ち着いてください宰相閣下。気持ちを静めて、どうしたいのか考えてください」

「そ、そうでした。この位置は高すぎますから、もう少し下降をおおおおおおおおおおおおお──っ!?」


 実験当日。

 ケルヴさんは魔王城の前庭を飛び回っていた。


 ケルヴさんは、俺が作った『隕鉄浮遊ブレスレット』を身に着けている。

 飛行能力に問題はない。

隕鉄いんてつ』の『宙属性そらぞくせい』の効果で、ケルヴさんの身体は宙に浮かんでいる。さらに『風の魔石』の力で、前後左右に移動している。

 文字通りに、空を飛んでいるんだ。


「さ、下がりすぎです! 上昇を、上昇おおおおおおおっ!?」

「宰相閣下! とりあえず停まってください──っ!」


 でも、コントロールができてない。

 本当なら『精神感応素材せいしんかんのうそざい』の効果で、上昇・下降、前後左右の移動をコントロールできるはずだ。でも今は、ケルヴさんの緊張と恐怖が、『精神感応素材』に強い影響を与えている。


『精神感応素材』はケルヴさんを浮かせる力と、移動させる『風の魔力』を制御してる。その『精神感応素材』がケルヴさんの緊張と恐怖に激しく反応しているものだから──『風の魔力』が暴風を起こして、ケルヴさんを高速移動させているんだ。


 だからケルヴさんは急上昇したり下降したり、回転したりしてる。

 このままじゃまずい。

 まずはケルヴさんに落ち着いてもらわないと。


「宰相閣下! 深呼吸してください。いつものお仕事をしている感覚でいれば大丈夫です。とにかく、落ち着くようにしてください!」

「わ、わかりました。まずは落ち着きます。仕事をしているような感覚でいればいいのですね……いつものように……」


 ケルヴさんは空中で深呼吸。

 やがて、ケルヴさんの回転が止まる。安定した水平飛行に移っていく。


 そして──


「お、おおおおおっ!? どうして城の柱が近づいてくるのですか──っ!?」


 ──空飛ぶケルヴさんは、魔王城の玄関先の柱へと突進をはじめた。

 まずい。このままではケルヴさんが柱に激突する。


「みんな! 『チェーンロック』で宰相閣下さいしょうかっかを止めて!」

「「「しょうちなのですー!!」」」


 俺は羽妖精ピクシーたちに支持を出す。

 こんなこともあろうかと、彼女たちには『チェーンロック』を預けてある。

 あれをケルヴさんにぶつければ、地面に降ろすことができる。


 もちろん『人生と仕事がどうでもよくなるクッション』も配置済みだ。

 あれならケルヴさんが落下してきても、優しく受け止めることができる。


 ただ、問題はケルヴさんの軌道が安定しないことだけど……。

 これはもう、やってみるしかないな。うん。


「お待ちください。トールどの」


 そんなことを考えていたら──不意に、エルテさんが前に出た。


「我ら宰相府さいしょうふの文官たちにお任せを!」

「この状態の宰相閣下さいしょうかっかへの対処法は、心得ております!!」


 宰相府さいしょうふの文官の人たちがそれに続く。


 思わずルキエの方を見ると……うなずいてる。

 ここは宰相府の人たちに任せろってことかな……?


「いいですか? 皆さん。いつも通りです。呼吸を合わせて──」

「「「了解しました!!」」」


 エルテさんと文官さんたちは詠唱えいしょうを始める。

 そして、発動した魔術は──



「「「「いきます。『アイス・ピラー』!!」」」」



 ズンッ! ズズズンッ!



 エルテさんたちの前に、巨大な氷の柱が出現した。

 その数、10数本。


「──────!?」


 それを見たケルヴさんがコースを変える。

 くい、っと方向転換して、氷の柱に向かって高速で飛んで来て──



 どごんっ!!



 空飛ぶケルヴさんは真横から『アイス・ピラー』に激突し、10数本の氷の円柱を砕いてから、停止した。


「…………こ、このアイテムは……調整が……必要で……」

「だそうです。トールどの」


 ケルヴさんの腕から『隕鉄浮遊いんてつふゆうブレスレット』を外して、エルテさんは言った。

 それから、エルテさんはケルヴさんの口元に耳を近づけて、


「……飛行能力そのものに問題はありません。ただ、思考制御はあつかいが難しすぎぎます。慣れない飛行状態で冷静さをたもつつことは困難こんなんです。もう少し、操作方法を考えるべきでしょう…………と、叔父さまはおっしゃっています」

「……宰相閣下は、大丈夫なんですか」

「問題ありません。『アイス・ピラー』なら叔父さまを安全にお止めできることは、何度も確認しております。宰相府さいしょうふの者にとっては常識です」


 穏やかな表情のまま、俺に『隕鉄浮遊いんてつふゆうブレスレット』を手渡すエルテさん。


「私たちは叔父さまの手当てをいたします。トールどのは、アイテムの調整をなさってください」

「ありがとうございます。エルテさん」

「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと、叔父さまと私たちは対応マニュアルを作っておりますから。『アイス・ピラー』もそのひとつです」

「そうなんですか?」

「ええ。トールどののマジックアイテムへの対応策として」


 ……すごいな。ケルヴさんは。

 マジックアイテムで事故が起こったときのことまで考えてくれてたなんて。


「宰相閣下のご期待に、答えてみせます!」


 俺は『隕鉄浮遊ブレスレット』を握りしめた。


「このブレスレットを、簡単に制御できて、安全に飛行を楽しめる……そんなアイテムに作り替えてみせます! 見ていてください。宰相閣下!!」


 ケルヴさんは身体を張って、『隕鉄浮遊ブレスレット』を試してくれたんだ。

 その想いに応えよう。錬金術師の誇りにかけて。


 そうして俺は、新たな飛行アイテムと、制御システムの開発を始めたのだった。









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