第127話 アイン流証拠集め
ジョウの宿は、アイン達のような宿泊客が寝泊まりするための本館と村人が食事に利用する離れの二つから構成されている。どんな規模の村であっても、酒を飲み交わす空間というのは様々な人が集まり交流する場として重要なのだ。
日が暮れ、空に星が瞬き始めた時間帯ともなれば、仕事や家事を終えた人々で大いに賑わっている。
「……」
アインは、靴がぐちゃぐちゃに散らばった土間の端に脱いだブーツを置く。床いっぱいに畳が敷かれた空間を歩きながら、彼女は客の中から目当ての人物を探していた。
土に汚れた服の男性、エプロンを付けたままの女性――それらから視線をずらしていき、肩紐のついた箱を傍に置いて酒を飲む男たちを見つけ、声を掛ける。
「失礼、配送人とお見受けしますが少しいいですか?」
「んっ、そうだが……ああ、ジョウさんとこに泊まってる旅人さんか」
「とりあえず座りな。可愛い子はいつだって歓迎だ」
冗談めかして笑う男に、声を借りたユウはお礼を言ってアインは座布団に座る。
何か飲むか、と訊ねる男にアインが答える前にユウは断る。若干不満そうな顔をするアインだったが、ここに来た目的を思い出したのか文句は言わなかった。
「んで、俺達に何の用だ? 何処かに手紙でも出したいのか?」
「話が早くて助かります。ええ、実はそのとおりでして。エドゥの友人に手紙を出したいのです」
「へえ、エドゥか。メシの美味いいい街だよな」
「ですよね。特にスシはとても素晴らしい味でした」
深く頷くアインに、男は少し驚いたようだった。
「スシが平気な西の人は珍しいな。大抵の人は気味悪がるんだが」
「それは勿体無いですね。蛸だって初めこそ躊躇しましたが、これがなかなか」
「蛸まで食えるのか? やっぱり旅人はそれくらいのガッツが必要なんだな……」
「出された物は残すなと教わりましたので」
「偉いなぁ……俺なんて人参食べられるようになったのは大人になってからだったのに」
「俺は茄子が未だに食べられんよ。どうして皆は美味そうに食べれるのか不思議でならん」
「それは勿体無い。煮ても焼いても美味しいというのに」
相変わらず自分が好きなことだと滞りなく口が回るアイン。
交渉の前段階で躓くよりはずっとマシだが、何時迄も食事の思い出語りでは話が進まない。ユウは、本題を切り出すように思考を伝える。
「わかってますよ……こほん。ええとですね、出したい手紙なんですが出来るだけ急いで欲しいんです。具体的には明日の朝には出発するくらいに」
「明日の朝? そりゃ急だな。エドゥはそう遠くはないが、いきなり言われてもな」
「こっちも都合があるから、割増になるぞ。それでもいいなら受けるが」
「それは大丈夫です。諸々含めて1万リルでいいですか?」
その言葉共にテーブルに置かれた革袋に、男たちは顔を見合わせる。アインの提示した金額が少なかったのではなく、かなり多かったからだ。
リュウセンからエドゥなら、熟練の配送人であれば一日で往復も可能だ。街道も整備されており、野盗に出くわす危険も少ない。割増を考えても、2000リルが適当な額だろう。
余程の世間知らずでなければ提示しない金額に、男たちは困ったような苦笑いを浮かべて言う。
「あー、くれるって言うなら嬉しいけどな? 流石にその額は多すぎるぜ? ちょっと手紙を運ぶには不釣り合いだ」
「そうそう。どんな理由で旅をして手紙を出したいのか知らないが、もっと大事に使うべきだぜ?」
黙って受け取ることも出来たし、むしろ商売人ならそうすべきだろうに、男たちは本心からアインを気遣っていた。相手が美少女だから――それだけが理由ではなく、ただ単に人が良いのだろう。
その反応にアインは驚き、そして微笑む。普段、他人に向けるぎこちないものではなく、自然と浮かんだ柔らかい笑顔だった。
「いいんです。その諸々の中には迷惑料も含まれているんですから。遠慮なく受け取って貰えた方が、むしろ嬉しいです」
「……まあ、そう言うなら」
「俺たちも金は欲しいしな。貰えるって言うなら貰っておこう。中身を確かめていいか?」
アインが頷いたのを見て、男は革袋の中身を確かめる。しっかりと1万リル分の硬貨が入っていることを確認すると、歯を見せて笑う。
「うむ、確かに。代金分しっかり働かせて貰うぜ」
「よっしゃ、前祝いだな! おい皆! 今日は俺達のおごりだ! 俺らと旅人さんに感謝しろよ!」
男の宣言に、周囲の客たちは歓声をあげて男たちとアインを褒め称える。その中心にいる彼女は、照れくさそうにフードを被って顔を隠した。
しかし、
『……行ったな』
『はい、行きましたね』
その喧騒からそっと村長が離れていくのを見逃しはしなかった。
明くる日の朝。太陽が登って間もない時間から、二人の配送人は街道を進んでいた。荷物はアインから受け取った手紙だけのため、荷物は肩掛け鞄のみと軽装だ。
街に近い大きな街道のため野盗に出くわす可能性も低く、二人は時折欠伸をしながら歩いていた。
「昨日は騒ぎすぎたかね……昔はあれくらい平気だったんだが」
「年寄り気取るにはまだ早い……つっても、もうおっさんっていう齢なんだよな」
「まぁ、嘆いても仕方ない。貰った分はしっかり働こうや」
励ます男に、もう一度欠伸をした男が頷いた時だった。
「そうかい、それじゃあ俺達が貰ってやるよ!」
ドスの効いた声と共に、顔を布で覆い隠した集団が街道横の繁みから姿を現した。手にはナイフ、手製のメイスと友好的な雰囲気は欠片もない。
それを目にした瞬間、配送人は瞬時に反転し、走り出す。戦おうとも交渉しようなどとは考えもしない。それが無駄だとわかっているからだ。
「おおっと、まだ逃げてもらっちゃ困るんだよ」
しかし、来た道の繁みから現れた覆面の男たちに逃げ道を塞がれる。前後にはそれぞれ4人。両端から挟まれた形になった配送人は、悪態をつき両手を上げて恭順の姿勢を見せる。
「貰ったのは依頼料でな! 生憎今は持ってないんだ! 家まで取りに戻させてくれよ!」
「もっと金持ちそうな奴がいるだろ……二日続けて野盗に遭うなんてツイてない……」
配送人の軽口と愚痴に、周囲を取り囲む覆面の男たちは下卑た笑いで答え、言う。
「その必要はないな。お前らが運んでるものに興味はないし、前金はしっかり受け取ってるんでな! しばらく俺らと遊んで貰えばそれでいいんだよ!」
「心配するなよ、殺しはしないぜ!」
「少し痛い目は見てもらうけどなぁ!」
「なるほど。では、私達も混ぜてもらいましょう」
男たちのダミ声に割って入った声は、この場に似つかわしくない少女のものだった。その声が何処から発せられているのか男たちが確かめるも早く、
「衝動は地より天へ衝き上げる――爆ぜろ」
次いで発せられた声に応え、覆面の男たちの足元に青白い光が走り、
「うぉ!?」
「な、なんだぁ!?」
地面からドーナッツ状に噴き上がった衝撃が、配送人を取り囲む男たちを宙に舞わせていく。次に配送人が目を開けた時には、悲鳴をあげる暇さえ無く8人の野盗は地に伏していた。
眼の前の光景に呆然とする配送人だったが、
「……あ、あんた!? 昨日の!?」
「ええと……昨日はどうも。そう言えば名乗ってませんでしたね、アイン=ナットです」
繁みからひょこっと顔を出して挨拶するアイン。配送人は、信じれない顔で倒れた男を指さして訊ねる。
「いやそれはいいんだが……あんたがやったのか?」
「ええ、そうです」
「……魔術師だったのか。ん、待て……アインって何処かで聞いたような……」
「一体どうなってんだ? どうしてここに?」
混乱する彼らを制し、アインは来た道を振り返る。薄っすらとだが、騎乗した人影がこちらに近づいているのが見えた。
「説明はします。しますが……今はコイツらを隠すのが先決です。手伝ってくれますか?」
「お、おう? 騎士に突き出せばいいんじゃないのか?」
「ちょっと説明する時間が足りないので、今は言う通りにしてください。それと、騎士がここに来ても何もなかったと答えてください」
「……わかった、今は言うとおりにしよう。何か理由があるんだろう?」
ありがとうございます、とアインは言って、配送人と協力して倒れた野盗たちを繁みまで運んでいく。そのままでは気が付かれてしまうため、アインが魔術で掘った穴に放り込み、薄く固めた土を蓋のように被せる。繁みにぽっかりと土がむき出しの円が出来るが、わざわざ掘って調べるものはいないだろう。
作業を終えた彼女らの息が整い始めた頃、こちらに近づいていた騎士が到着する。一人は騎乗したまま、もうひとりが馬から降りて近づいてくる。
「やあ、おはようございます。朝からお仕事ですか?」
「あ、ああ。急ぎの配送依頼があってな。騎士様も朝からご苦労さまだ」
「いえいえ、これが仕事ですから。ああ、気をつけてください。この辺りで野盗を見たっていう通報があったみたいで」
その言葉に配送人は体を震わすが、それを怯えていると解釈したのか騎士は安心させるように胸を張って言う。
「大丈夫です! そのために我々がパトロールを行っているのですから!」
「そりゃあありがたいな。けど、ここは大丈夫だよ。安全そのものだ」
「それは良かった。では、お気をつけて」
騎士はそう言って微笑むと、馬に飛び乗りもうひとりの騎士と共に街道を進んでいく。その背中が十分に小さくなっていったところで、配送人とアインは大きく息をついた。
「緊張したな……あーそれでアイン。何があったのか説明してもらえるか?」
「わかりました……少し長くなりますから、座ってください」
街道横の石に3人が腰掛けたところで、声を借りたユウが配送人たちに説明していく。
何故ナギハが村に難癖をつけたのか。あの日どうして都合よくミーネが現れたのか。ミーネは何を企んでいるのか。一件に村長が絡んでいる可能性があること。現状わかる限りのことを説明する。
「村長が……俺達に野盗をけしかけ、それを騎士団が助けるマッチポンプを……」
「ナギハはその計画に利用された犠牲者……?」
聞き終えた配送人の二人は、半信半疑といった顔だった。それは無理もない。ユウが説明したことは、所詮状況証拠の積み重ねなのだから。
だが、それはアインとユウは百も承知。それを裏付ける証拠は、直ぐ側にあるのだ。
「お二人に何も知らせず囮にしたことは謝罪します。すいませんでした」
「囮って……じゃあ、こうなることを予想していたのか?」
「はい、気づかれないようこっそり尾けてきました。騎士団に助けさせるに相応しい状況を作るのが、現状手っ取り早いと思ったので」
「迷惑料ってのはそういうことか……まあ、無事だったし文句は言わねえよ。十分な額は受け取ったしな」
苦笑する配送人にアインは頭を下げ、野盗たちを閉じ込めた穴の蓋をどかす。中から目を覚ましつつあった一人を引っ張り出し、冷たい声で言い放つ。
「さて、そういうわけです。誰から雇われたのか言いなさい」
「く、くそ! ガキが舐めやがって! 誰が言うかよ!」
「抵抗は無意味です。どうせ言うことになるんですから、さっさと吐いてください」
「はっ! 舐めるのも大概にしろ! お前みたいな女は俺のナニでも舐めて――」
鉄球を地面に叩きつけたような重たい音が鳴り、辺りは一瞬で静寂に包まれる。下卑た笑いを浮かべていた男の顔は蒼白に染まり、顔中――いや体中から脂汗が噴き出していた。
男の股関、その直ぐ側の地面は抉れたように吹き飛んでいた。右手を突き出したアインは、鋭く細めた青い瞳を向けながら吐き捨てるように言う。
「すいません、よく聞こえませんでした。雇い主の名前を言ったんですよね? そうでないなら、次は当てます。たぶん死ぬほど痛いですが、死にはしないので安心してください」
アインが右手に光球を浮かべるのと、男が土下座して許しを請うのはほぼ同時だった。泣き喚く男をアインの背後から見やる二人の配送人は、
「……俺達は真っ当に生きてきて良かったな」
「……ああそうだな。親に感謝しないとな」
無意識に股間を抑えながら、心の底からの言葉を呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます