第39話 太陽の涙
「離せ! こんな、こんなことがあってたまるものか!」
レプリの叫びを打ち消すように、アインの拳が顔面を捉える。理屈も論理もない剥き出しの感情をぶつけられ、鎧は悲鳴を上げる。それは、レプリの心情の代弁だ。
何の意味も無い攻撃をどうして続ける? どうして倒れない? どうして――こんなにも恐ろしい!
「離れろ餓鬼がぁああああ!」
恐怖にかられたレプリは、左手で閃光を放とうとアインの胴体に突きつける。
「……!」
右腕を離せば距離を取られる。そうなれば追いつくことはできず、一方的にやられる。だったら、やることは決っている。
アインは、銃口を塞ぐようにその手を正面から握る。かちん、と軽い音が鳴った。
「その程度で防げるものか!」
直後、左掌の宝石が輝き、二人の直近で爆発が巻き起こった。熱風を浴びるアインはその熱に呻き声をあげる。
この威力とこの距離。間違いなく右手が吹き飛んだ。確信するレプリは、
「右手が吹っ飛んだようだが、気にすることはない。次は頭だ!」
今までの憤怒をぶつけるように左手を突きつけようとし、
「――なっ」
「それは、自虐のつもりですか?」
手首から先が無くなっていることにやっと気がつき、呆然とそれを見つめていた。
「何を、何をした!」
「別に。壁を作って魔力を逆流させただけですよ。貴方が使っていたのが安物で助かりました」
これ見よがしに見せつけるアインの右手には、血のように赤いルビーが握られていた。魔力を注ぎ込んだこれで出口を塞ぎ、行き場を失った魔術は宝石内に無理やり押し留められ――結果は目の前の通り。
「次は、右手をもらいます!」
掴まえていた右腕を軸に、アインはレプリを地面へと投げ落とす。破壊された右手を愕然と見ていたレプリの体が浮き上がり、地面に叩きつけられた。
アインは、右手を高く振り上げる。その手に握られるルビーは、先日使い捨てるには勿体無いと言い切ったもの。それを、何の躊躇いもなくレプリの右掌へと叩きつける。あっけない音が鳴り、レプリの武器は全て奪われた。
「この、間抜けがぁ!」
振るわれた蹴りを、アインは軽く跳んで躱す。飛び道具を潰した今、距離を取る不利はない。
だが、それでも。アインは、立ち上がるレプリの両足を見やる。
「まだだ! 魔術を奪った所で、私にはこの体と脚がある! お前はそれについてこられない!」
彼が言うとおり、離れても不利では無くなっただけで、接近戦が有利になったわけではない。3次元の機動力は、あちらが圧倒的に上だ。カウンターを狙うしか無いが、それも何度も上手くいくか。
レプリは後方に向かって跳び、空中を踏みしめるように脚に力を込めるが、
「えっ?」
「な、に……?」
当然のように脚は空を切り、無様に背中から地面に落下する。困惑したのはレプリだけでなく、アインもだった。
自分は何もしていない。ラピスも、やっと立ち上がることが出来たというのに、そんなことをする余裕があるはずもない。
では、一体何故。その場に居る誰もが浮かべた疑問に耳をつんざく笑い声が答える。
「ぷっ、あははははははははは! いい格好だねレプリ! 見たかよ今の! 飛んでる蝉が力尽きたみたいで笑っちゃうね!」
反射的に声がした地上に向かって魔術を放ちかけたアインだったが、すんでのところで思いとどまる。イライラするのは確かだが、その笑い声も今は自分ではなくレプリに向けられているのだから。
「ゼグラス……! どうしてお前が!」
驚愕の声を受けるゼグラスは、崖の端に立つと嫌味ったらしい声で言う。
「アルカ達が何だか騒いでててね、レプリが犯罪者だったとかラピスが危ないとか。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど」
「だったら、何故!」
「わからないのかよ」
地を這うように低い声で言うゼグラス。その目に映るのは、蔑みと怒りだ。
「お前は、こんなくだらない玩具のために僕の家を利用し、汚した。過去の偉人達が積み上げてきた栄誉を、お前は蹴っ飛ばしたんだ。それは、許せない」
「このボンクラが……!」
叫ぶレプリは飛ぼうとするが、飛ぶには程遠い跳躍に終わる。その姿に、ゼグラスは腹を抱えて哄笑する。
「本当に情けない格好だな! 羽根をもがれたバッタみたいだ! ハハハッ! 僕は本当に天才だ、空気を固めて足場にしようとしてもすぐに散らしてやるよ!」
「あいつ、あんなに強かったのか……」
相手が悪かっただけで、名家の魔術師というのは伊達ではなかったのか。認識を改めるユウだったが、
「はははははははがっげほげほ! ダメダメ咽るくらい笑えちゃうよ! 面白すぎなんですけど!」
「いや、やっぱりムカつくな」
「ですね」
覆らない認識にアインも同意する。
だがこれで、3次元の動きは封じたはず――。
「ッ! しまった!」
ゼグラスに気を取られたアインの横を、レプリが駆け抜けていく。風による高速移動が出来なくとも、基本の身体能力は十分に高いのだ。数メートルの崖を駆け上がる程度は容易い。
哄笑するゼグラスの前に、憤怒の形相で現れたレプリは左腕を水平に振るう。
「はっ? うわあああああ!」
殴り飛ばされたゼグラスは、地を転がっていく。殴られた衝撃で痺れたのか、腕を使って立ち上がることも出来ない。その前にレプリが迫る。
「調子に乗るから……!」
毒づきながらもアインは助けに行こうとするが、場所が遠すぎる。どう考えても間に合わない。
「く、来るな……来るな!」
痺れた腕では魔術の詠唱は出来ない。足を引きずりながらゼグラスは後退するが、逃げ切れるはずもなく、
「お前は、何も知らない馬鹿でいればよかったんだ……余計なことを!」
「うわあああああ!」
叫び、ゼグラスは右足を振り上げる。それは、レプリに触れることなく空を切り、そして、
「……! これ、は!」
「あああああああ!……はっ、あははははははははは! 馬鹿はあんただったな!」
脚を引きずった跡に見せかけた魔術式が起動し、吹き上げた風がレプリを崖に向けて吹き飛ばす。空気の足場を作ろうとしても、瞬時にゼグラスに掻き消され、為す術もなく落下していく。
「まったく、僕は天才だよ! 脚でも魔術が使えるなんてなぁ!」
「ゼグラスゥウウウウウウウ!」
憎しみの叫びを上げるレプリ。そして、見下していた者に見下される屈辱は、瞬時に絶望へと切り替わる。
下には、アインとその肩を借りて立つラピス。そして、その背後には空間の半分を埋め尽くすほど巨大なゴーレムが、レプリに向かって腕を伸ばしていた。
「ああああああああああああ!」
体を包み込む巨人の手に悲鳴を上げるレプリ。痛みを感じることが無くとも、鎧の関節が軋み装甲が歪む音には圧死という結末を想像せずにはいられなかった。
不意に浮遊感が襲う。次の瞬間に感じたのは、直下への圧倒的加速度。刹那、レプリは凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。衝撃に大地は砕け、小石が霰のように空から降る。
「こんな……こんな……」
虚ろな声で繰り返すレプリは、関節が歪み、あらぬ方向に曲がる手を見ることしか出来ない。翼をもがれ、剣を失った今は為す術は残っていない。
その前に立つアインとラピス。レプリは哀れとも言える姿だが、容赦はしない。その目はそう言っていた。
「その鎧、確かに熱には強いみたいですが、所詮は金属。限界はあります」
「その体、その妄執、その傲慢、その魂まで――焼き尽くしてあげる」
ラピスは、受け取ったブラッドルビーを太陽に向かってかざす。光を受けて、ルビーは太陽を宿したように朱い輝きを放つ。恵みではなく破滅をもたらす太陽が、彼女の手の中に生まれていく。
「生命の源、世界を照らす光よ。汝が零した涙は世界を焼き尽くす業火と成り、邪なる敵を浄化せん!」
ラピスは、朱い光を放つブラッドルビーをレプリに向かって放つ。小太陽が闇に触れた刹那、
「レッドサン・ティアドロップ!」
空から堕ちた業火の柱は、レプリの最後の叫びまでも飲み込んでいく。柱が消え去った後、そこには灰の一片すらも残らず燃え尽きていた。
魔力を使い果たしたラピスは、膝から崩れ落ちかけ、
「ラピス!」
心配そうな顔のアインに支えられる。安心させるようにラピスは微笑むと、細い声で訊ねる。
「私たち、生きてるのね……」
「はい、生きてます。私も、ラピスも、ユウさんも」
「……良かった。本当に、良かった」
そう言ってラピスは、アインの肩に両腕を回し体重を預ける。生きている温度を確かめるように、強く抱きしめた。
突然のことに固まるアインだったが、
『答えてやれ。そういう場面だ』
ユウのアドバイスに、こわごわと腕を回し遠慮がちに抱きしめる。伝わってくる彼女の体温が心地よかった。自分も彼女も、生きることが出来たのだと、やっと実感できた。
「……ああ、私は幸せですね」
アインは、心からの言葉を囁く。それに応えるように、さらに強く腕が回された。
「……ったく。あいつら、僕のこと忘れてんじゃないの?」
「邪魔するものでもなかろう……うぷっ」
「あんたもさ、乗せろって騒ぐから乗せてきたけど、何の役にも立ってないし」
「御主の馬は暴れ過ぎなんじゃよ……あー気持ち悪い」
「ふん、まぁいいんじゃない? レプリは倒されたし、僕はスッキリしたし、問題はこれからのことだけだ」
「そうじゃな……まあ、あちらも上手くいくだろうよ」
ただのう。ツバキは崖下に目を向ける。
「いつまでやってんだか……まったく」
呆れたように、しかし嬉しそうにツバキは呟いた。
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