第40話 1よりも3
ロッソ魔術協会会長、レプリ=アッシャーは自らの研究費用を手に入れるため、宝石の偽造を野盗達に行わせていた。アイン=ナットが証言した通り、北の山岳地帯でその施設と思われる拠点が発見。野盗の首領エリオの供述とも裏付けが取れた。また、デスウルフの首領ウルフに対しても何からの関与があったと考えられ、現在調査中である。
レプリの手は憲兵達にも及んでおり、憲兵上層部からも逮捕者や重要参考人が現れている。今後しばらくは混乱が続くことが予想される。
「……大変なことになっていますね」
ラピスから報告を聞き終えたアインは、そう言って嘆息する。自分も手伝えればいいのだが、琥珀を飲んだ後遺症で歩くこともままならない身では邪魔になるだけだ。
彼女が寝るベッドの隣の椅子に腰掛けるラピスは、あまり気にしないでと笑う。その腕には、包帯が巻かれていた。
「あんたは正しいことをした。それだけは間違いないことよ。だから、今は大人しく入院してなさい」
「いえ、明日にでも退院します」
「ふぅん、どうして?」
その問いには、アインの代わりにユウが答える。
「食事が少ないのが不満なんだと。一日入院しただけで不満が山のように出て来る」
「そ、それだけじゃありませんし。早くラピスの役に立とうと――」
そこまで言ってアインは、慌てて口をつぐむ。ラピスは、黙ったまま視線を下に向けていたが、ゆっくりと、アインと目を合わせ言う。
「アインは、どうしてこの事件に関わり続けたの? 貴方には、関係のないことだったのに」
「それ、は……」
その問の答えは既に出ている。ユウが代弁してくれたあの叫びがそうだ。だから、彼女も答えを知っているはずだ。けど、それでも訊くということは――。
ベッドに立て掛けられたユウと目があった気がした。『頑張れ』。そう言ってくれたと、何故か確信を持てた。
ならば、答えなくてはならない。彼が私を信じ、彼女が私の口から言ってくれることを願っているのだから。
アインは、大きく深呼吸をする。そして、震える唇を動かし言葉を紡いでいく。
「それは……。ラピス、貴方のためです。始まりは、貴方に相応しい人になりたくて、いつかはそうなるために飛び出して……でも、それが貴方を傷つけてしまった」
「……うん」
「だから、それ以上に役に立って……ラピスに誇れる私に成りたかった。明るくて、綺麗で、強くて、優しい……貴方に恥ずかしくない私に成ろうと」
「…………うん」
「だから、関係ないわけが無いんです。貴方を傷つける全てから、私は守りたかった。ただ、それだけです」
憧れを守りたかった。大義も何もない、ありふれた小さな願い。けれど、戦う理由はそれだけで十分だった。
爆発しそうな心臓とキリキリ痛みだす腹を抑えるアインに、ラピスは、
「……もう。だったら、そう言ってくれれば良かったのに」
上ずった声で言って、目元を擦る。浮かべていたのは、笑顔だった。
やっと重たい負債を全て払い終えたアインは、苦笑気味に答える。
「そうすべきだったんですが……やっぱり、その、恥ずかしくて……」
「そうね……うん、私も同じだったから。私から、言えばよかったのかな」
「言う、とは何を?」
首を傾げるアインに、ラピスは一瞬動きを止め、そして溜息をつく。その気持ちは、ユウにもわかった。
それがわからないアインは、二人を交互に見て慌てる。そんな彼女にラピスは告げる。
「私も……アインに憧れていたってこと。……ああ駄目。言うとやっぱり恥ずかしいわ」
手で顔を覆うラピス。アインは、目を見開いたまま固まり、うわ言のように繰り返す。
「…………そう、だったんですか。そう、だったん…………ですか…………」
「……そんなにショックを受けられると、複雑なんだけど」
いや嫌ってわけじゃないですよそんなわけないですよ。ばたばたと手を振ってアインは必死に否定する。
「でも、だって……どうして、私なんかを……」
「色々あるけど」
そう言ってラピスは、アインの頬に手を伸ばす。銀色の髪が優しく撫でられ、熱くなった頬に細い指が触れる。
完全に硬直した彼女を、おかしそうにラピスは見つめていた。
「自分にとって無意味無価値じゃないと思えたなら、絶対に見捨てたりしないところ、かしら」
「……」
ぼうっと見つめ返すアインに、ラピスは笑い返すと、椅子から立ち上がり背を向ける。そのまま彼女は訊ねる。
「アインは、まだ旅を続けるつもり?」
「……えっ、あ、はい。謎を調べると、ユウさんと約束したので」
「……そっか。その時は言いなさい。見送りくらいはしてあげる」
ゆっくりとドアに向かったラピスは、ドアノブを掴んだまま動かなかった。名残惜しんでいるように、何かを待っているように、じっと俯いていた。そして、顔を上げ口を開きかけ――。
「ラピス! その、私と旅をしませんか?」
掛けられた言葉に、その口が閉じる。
「今は無理でも、ゴタゴタが片付いて……それでも駄目なら、何時までも待ちます。私は――貴方と一緒に居たいです」
胸の中は、暖かいもので満ち溢れていた。欲しくて溜まらなかったものが、ここにあった。
結局、お互い様だったんだな、とラピスは自嘲する。お互いに怖がって遠ざかって、回り道をして。けど、ようやくその道が交わることが出来た。
「……うん。必ず、行くから。だから、待っていて」
涙を拭いて、ラピスは振り返る。不安そうな顔をしていたアインが、その顔を見て笑う。それに負けない笑顔で彼女は答える。
「またね、アイン」
「はい、また明日。ラピス」
彼女の声を背にして、ラピスは名残惜しむこと無くドアを開ける。明日もまた会えるのだから、何を惜しむことがあるというのか。
ラピスが閉じたドアの残響が消えるまで、アインは眺め続ける。それが消えた時、大きく息を吐くと枕に向かって倒れ込んだ。
「……ユウさん、私はやりましたよ」
枕に顔を埋めたまま彼女は言う。ユウは、それを黙って聞いていた。
態度が悪い、などと無粋なことを言うつもりはなかった。嬉し泣きを無理やり見る趣味は、自分にはない。小さく上下する肩の動きが止まったのを見計らい、声をかける。
「ああ、よくやったよ。今日まで色んなことがあったけど、それが全部実を結んだ。その喜びを噛みしめよう」
「……ありがとうございます。それと、ごめんなさい。調べると言ったのに、だいぶ待たせることになりそうです」
「今更だろ。それに、別に謎を調べる必要だってないかもしれない」
「……それは、どうしてですか?」
アインは、枕から顔を上げてユウを手に取る。少し赤くなった彼女の目を見つめ返しながら、ユウは答える。
「どうしてこうなったのか知りたかったのは、自分に自信が無かったからだ。本当に俺は俺なのか……わからないのが怖かったから、原因を知って安心したかった」
「だったら、今はどうして」
「お前は、俺のことを認めてくれた。貴方は意志を持った人間だと、そう言ってくれた。それで、もう安心したんだ。だから、今は謎を知ることにはこだわっていない。生きることを楽しもうと思っている。」
ユウは、窓から見える空を見上げる。自分がいた世界と違う青空の下には、知らない世界がまだまだ広がっている。初めは恐ろしかったそれが、その世界を見てみたいと、今はそう思えた。
同じ空を眺めていたアインは、ユウに向き直って言う。
「……はい! 楽しみましょう、これから先は……3人で」
「そうだな……うん、そしたら俺の負担も減るな」
「負担って、私だって少しはマシになったじゃないですか」
「出会ったばかりよりはな。けど、まだまだコミュ障のままだろ」
「いいんですよ。私は出来ることを頑張りますから、ユウさんも出来ることを頑張ってください」
だって。アインは、満面の笑みを浮かべて言う。
「私は、一人じゃありませんから」
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