第124話 真相の一端

 板張りの廊下を案内役に先導されたアインとベツは進んでいく。途中何人かの騎士とすれ違い、階段を2階分上がった突き当りの廊下にそれはあった。


「彼処が団長室……」


 ベツは呟き、緊張気味に息を吐く。憮然としていたアインも、それを見て気を引き締めた。

 案内役が重厚な造りのドアをノックする。入れ、という短い返事を受けて開かれたドアから、顔を見合わせて頷いたアインとベツは踏み込んでいく。


『案外普通の部屋だな』


 ユウは、部屋の様子を見て独りごちる。

 別に鎧や武具が所狭しと並べられているわけでもなく、大将首が陳列されているわけでもない。大きなデスクが置かれ、その前には来客用のソファーと極普通の応接室と言った感じだ。変わっているのは、デスクの後ろに騎士団の団旗らしきものが飾られているくらいだろうか。


 だが、今問題なのは部屋の内装ではない。


「わざわざ来てもらってすまないな、ベツ殿」

「いえ、なんてことはありません。こちらこそわざわざお会い頂き光栄です、ミーネ様」

「そう畏まらずとも良い。そちらの少女がアイン=ナット殿であっているかな?」


 そのデスクから立ち上がり、こちらに微笑みかけるミーネ=ハットリだ。所作こそ気さくで肩を叩くような気軽さだが、油断すればあちらのペースに飲まれてしまうだろう。そうなれば、この対談は何の意味も無くなる。

 そして、彼女の横に立つ糸目の男。顔立ちこそ柔和だが、同席を許されているということは相応の地位の持ち主だろう。腰には、通常の鞘の半分程度しか無い細身の剣が提げられている。


『あの男……油断なりませんね。ああいう顔のやつは、腹黒と相場が決まっています』

『どの相場だ。まあ、気持ちはわからんでもないが』

『それにあの剣……何だか嫌な感じがします。何処かで感じたことのある気配というか……』

『あまり睨むなよ。余計な難癖つけられちゃつまらない』

『わかってます』


 アインは糸目の男の剣が気になるようだったが、ユウの言葉に従ってひとまず視線を外す。そして、先に挨拶を済ませたベツに続いてミーネに名乗る。


「旅の魔術師、アイン=ナットです。私と同じ女性でありながら騎士団長という位高いミーネさんに一言挨拶をと思い、ベツさんに同行させて頂きました」

「こちらこそ、噂に聞く魔術師にお会いできて光栄だ。失礼だが、齢は幾つかな?」

「16歳です」


 ほう、とミーネは目を丸くして驚く。


「その若さで華々しい活躍をしているとは羨ましい限りだ。まあ、立ち話も疲れるだろう。掛けてもらって構わないよ」

「お気遣い、感謝致します」


 ベツは深く頭を下げ、ミーネがソファーに座ってから対面に腰を下ろす。その隣にアインが座ったところで、ミーネは立ったままの糸目の男に声を掛けた。


「バッツ、御客人に茶を淹れてくれ」

「了解しました、ミーネ様。すぐに御用意致します」

「いつも済まないな」


 バッツと呼ばれた男は、お気になさらず、と言って恭しく礼をすると足音を感じさせず部屋から出ていく。

 それを見送ったミーネは、試すような表情を浮かべてベツに言う。


「さて、配送人を助けたことへお礼を言いたいということだったが……本題は別にあるのだろう? 手っ取り早くいこうじゃないか」


 相手から踏み込んできたことにベツは面食らうが、どちらにせよ避けては通れないのだ。それが早まったところで何も問題は無い。

 彼はそう思い直し、頷き返す。


「……ええ、村民を助けてくれたことには感謝しています。しかし、本題はナギハについてです。彼女はどうしてあんなことをしたのか。僕はそれを知るためにここに来たんです」

「なるほど……君はナギハの幼馴染だったかな。確かに、私も信じられないよ。彼女があんな凶行に走るとはね」

「彼女は今何処にいるんですか?」

「名目上は謹慎中ということで、独房に待機させている。その理由まで知るのは、あの日現場にいた騎士と私だけだ」

「彼女に会わせてください。本人から話を聞きたいんです」

「それは出来ないな。動機も罪状もはっきりとしていない段階で部外者――それも身内に接触はさせられない。君が協力して口裏を合わせないとも限らないからな」


 その物言いは、既にナギハを罪人と認定しているようだった。

 馬鹿な、と跳ねるように立ち上がったベツは激高し、ミーネに詰め寄る。


「昨日の今日で調査が終わっているわけがない! それではまるで、最初からナギハが犯人だと決めつけているみたいじゃないですか!」


 しかし、ミーネは見下されながらも冷静な態度を崩すこと無く、逆にベツを見上げ返しながら静かに問う。


「本人の口から『自分の独断によるもの』と吐いたのだ。それだけでは不十分だと?」

「っ、それは……」

「それとも、こう言いたいのかな。『ナギハは誰かに脅されてああ言わされた。私はそれを隠蔽しようとしている』とでも?」


 そう言って目を細めるミーネの前に、ベツは声をつまらせる。

 彼女は何の武器も持っていないにも関わらず、次の瞬間には首を切り裂かれている。そんな錯覚すら覚えさせる威圧感にアインは外套の下で、魔術を放てるよう構えていた。


「もし、そういうつもりだったのなら覚悟をしておいたほうがいい。騎士は侮辱を何よりも嫌う」


 ミーネの放つ無言の圧力に押されたベツは、尻もちをつくようにソファーへと戻される。額には冷や汗が浮かび、指先は小さく震えていた。


 騎士は剣を執ることを選んだ者であり、それは即ち殺人を覚悟した者でもある。実際にそれを行ったのか、それが出来るのかに関わらず『覚悟』したというだけで振るわれる剣の重みは変わる。同時に、放たれる殺気の質もだ。

 

 アインは殺気を向けられることには慣れているし、その傍に居続けたユウも多少は抵抗がある。しかし、それと無縁の生活を送ってきたベツは違う。『殺されたりはしない』と理性が否定しても、本能が『逆らうな』と訴えかける。

 

「……貴方が隠し事をしていると言うつもりはありません」


 だが、震える口から発せられる言葉は恭順を示すものではなく、


「けど、あの時のナギハの言葉が全てではないと……僕はそう信じています」


 譲れない確固たる自身の意思を示すためであった。


 そこまで言うはずが無いと見くびっていたのか、ミーネは片眉を上げていた。

 いや、それは自分もだ、とアインは思う。


 人は良いが気弱な青年だと思っていたが、怖いと思いながらもそれに立ち向かえる勇気ある青年だった。その大きな敵に対する小さな勇気が無意味だとしても、それを無価値にはしたくない。

 その思いから、アインはベツを援護するように口を挟む。


「彼の言う通りです。何もわからないからこそ、決めつけての捜査は危険だと思いますが」

「保釈しろと言っているわけでじゃありません、ただ話をしたいだけなんです」

「……」


 二人の言葉に、ミーネは腕を組んで目を閉じる。彼女の答えを二人は無言で待ち続けた。

 ベツが溢れる汗を何度か拭ったところで、ようやくミーネは目を開き、


「……ふぅ。どうやら君たちには本当のことを教えたほうが良さそうだ」


 そう嘆息混じりに言う。

 本当のこと、と彼女は言った。やはり、ナギハが全ての犯人という簡単な話で済むことではないようだ。


「それはどういう……!」

「まあ、落ち着き給え。これは君にも大いに関係がある話だ」

「僕に……?」


 身を乗り出すベツを制し、ミーネは憂いを秘めた瞳を伏せながら続ける。


「今回の事件は、ナギハの独断というのは正確ではない。彼女がああすることは私も把握していた」

「……どういう意味ですか。知っていながら、敢えて止めなかったでも?」

「それが彼女の望みとあれば、そうするしかあるまい」

「望みって……どういうことですか?」


 混乱するベツ。ユウは、腑に落ちない答えにその意図を考えていた。


 故郷の村に濡れ衣を着せ、その結果ナギハは拘束された。どの程度の罪になるかはわからないが、騎士団から追われるのは間違いあるまい。

 そして、ベツが言うには彼女が騎士になったのは人を助けるためだという。今回の行動が、一体どうして人を助けることになるのか?


「こういう昔話を知っているだろう? 一人の赤鬼は人の仲間になりたいと願った。だが、鬼である彼は人に受け入れられることはなかった。そんなある日、赤鬼の親友である青鬼が突然人を襲った。それを止めた赤鬼は人から感謝され、受け入れられた」

「……しかし、青鬼の姿は何処にもなかった。彼は赤鬼のために自身を犠牲にしたのだ」


 ベツが引き継いだ言葉にミーネは頷く。それは、ユウの世界でも語られた寓話でもある。誰かの幸せにために自身を犠牲にした悲しくも尊い物語である。

 ミーネは、悲しげに息を吐いて言う。


「リュウセンは決して恵まれた村ではない。今は良くとも数十年後まで存続している保障はない。そうだな?」

「確かに……恵まれているは言えません。ですが、ちゃんと生活は出来ていますし、皆も不満なんて……」

「そうだな。だが、彼女はそれ以上の幸せを望んだ。そして、彼女は泥を被る決意をした。自身が村を襲う驚異となり、それを騎士団が解決する。そして、温泉の正しい効能を知った我々は慰安地として利用し、共同管理を行う。それが彼女の望んだ筋書きだ」


 温泉の利用者が増えれば村に金が落ちる。金が落ちれば生活水準も向上し、あの未整備の谷間も歩きやすくなるかもしれない。そうすればさらに訪れる人は増えるだろう。騎士団が管理し、利用するとなれば安全性もアピールできる。

 そうなれば村にとっても、騎士団にとっても大いにメリットが有る。ただ一人、泥をかぶったナギハを除けば。


「そんな……そんなことのために……」

「そんなこと、などと言ってやるな。彼女にとって君たちの生活はそれだけ大切なものだったのだろう。その意志を汲んでやってくれ」


 愕然とするベツには、ミーネの言葉は届かない。

 ナギハが青鬼となることを選んだのなら、彼女は村に戻ることはない。何処か自分たちの知らない遠い地へと消え去るのだろう。それは――駄目だ。そんなことは望んでいない。


「お願いです! 彼女と、ナギハに会わせて――」

「ベツさん」


 身を乗り出して懇願するベツを制したのは、ミーネではなくアインだった。

 何故、と目で訴える彼にアインは小さく首を振って告げる。


「ミーネさんの言う通りです。ナギハさんがそう願ったのなら、その意志を汲みましょう」

「ですが!」

「ベツさん」


 アインは静かな声で再度告げ、青い瞳でじっとベツの瞳を見つめる。一見冷徹に見えるその瞳が、何か伝えようとしていることに気がついた彼は黙り込み、アインの言葉を待った。


そうしましょう。落ち着いて考えれば、きっと理解できると思います」

「……わかりました。取り乱して申し訳ありませんでした、ミーネ様」

「仕方ないさ。私ですら心苦しいのだ、君の心中は察して余りある」

「お心遣い、感謝します。では、これで失礼します」


 アインは頭を下げ、半ば強引にベツの腕を引いて出入り口のドアを開く。そこで3人分の湯呑を乗せた盆を持ったバッツと出くわした。


「おや、ちょうど今戻るところだったのですが」

「気持ちだけ頂いておきます」


 それは残念です、と道を開けるバッツ。アインは彼とすれ違い、横目に湯呑の中身を窺う。

 湯呑の中身は水滴の一滴もなく空だった。


「では、また何時か会うことがあれば」


 バッツの見送りの声を背中に受けながら、アインは団長室から足早に離れていく。それをベツは慌てて追った。


「ア、アインさんあの」

「わかっています」


 それだけ言ってアインは、階段を跳び下りるように下っていく。エントランスホールへたどり着くと、訪れた時の倍以上の速度で門まで近づいていく。

 

「んっ、あ、お、お疲れ様です!」

「気をつけてお帰りください!」


 近づいてくるアインに気がついた二人の警備は、背筋を伸ばし直立不動の体勢になると若干裏返った声で言う。

 アインは彼らを一瞥すると、


「ご苦労さまです。しかし、騎士団と言うだけあって独房も立派な建物なんですね」


 先んじて発せられたユウの言葉に、言い掛けた言葉を飲み込んだ。

 警備の二人は顔を見合わせると、怪訝そうな顔で塀に寄り添うように建てられた細長い小屋を指差す。


「独房ってアレですが……立派ですか?」

「おや、そうだったんですか。どうやら勘違いしていたようです。反省させるにしてはずいぶん立派な部屋だと思ったんですが」

「ハハハ、サボっている奴を反省中と勘違いされましたかな。後で我々から言っておきましょう」

「それは良いでしょう。騎士とて休みたい時はありますから」


 ユウが喋っている間、アインは独房の位置と周囲の建物、そして地面の状態を記憶に焼き付けるように真剣な表情で視ていた。 

 そこに駆け寄ってくる足音に彼女は顔を上げる。置き去りにされたベツだった。


「ア、アインさん待ってください……」

「ああ、ベツさんすいません。ちょっと走りたい気分だったもので。では、行きましょうか」 

「え、ええ? わ、わかりました……」


 何の説明もしないまま歩いていくアインの背中を、彼は不安そうな顔でついていく。それに構わず、アインは歩き続けたまま空を見上げる。太陽は頂点からやや傾き始めたばかりだった。


『夜まで待つか?』

『それが妥当ですね。準備だけはしておきたいですが』

『そうだな……それと、ベツには説明したほうがいいと思うぞ』

『……必要ですか?』

『必要だな』


 本当にこの人についていって大丈夫なのかと泣きそうな顔をしたベツの顔を見やりながら、ユウはそう伝えた。

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