第123話 幼馴染と噂話
アインとベツは谷を抜け、近くの街を目指していた。その後着替えたラピスが遅れて街を目指す。そういう手筈となっている。
村から街まではそれなりの距離があり、その間はひたすら歩き続けるだけである。
「ナギハさんって、どんな人なんですか?」
それも退屈だと、声を借りたユウはベツに訊ねる。
隣を歩くベツは、少し考えるポーズを取ると、
「……真面目で頑固、それでいてヤンチャって感じですね」
そう言って苦笑する。
前半の答えは、ユウにも何となく想像はついた。彼女を目にしたのは2回だけだが、そのやり取りの際に彼女が意思を曲げることはなかった。上官に叱責されているというのに、顔色も変えなかったことからもわかる。
だが、ヤンチャというのは少し予想外だった。それはユウだけでなくアインもそう思ったのか、少し目を見開いていた。
「僕とナギハが幼馴染っていうのは聞いたと思いますけど、小さいときはよく山で遊んだんですよ。いや、正確に言うと僕はそれに振り回されていたんですが」
「振り回された?」
「ええ、木の実が生っていればそれを採るために木に登り、薬草が必要と言われれば真っ暗になるまで歩き回って、僕が息を切らす横で泉の水を飲んで『さあ、まだ行けるな』と手を引いて……そんなことばかりしていました」
「それは……確かにヤンチャですね」
でしょう、とベツは懐かしむように言って、来た道を振り返る。
「けど、彼女には頭が上がりませんでした。僕がヘマをやったときには、いつも彼女が庇ってくれたんです。まあ、『私がやった』とだけ言って黙り込むものだから、僕を庇っているとバレバレだったんですけどね」
「可愛らしいエピソードですね」
「そう思います。きっと、それ以上嘘がつけないんでしょうね。他人を庇うためだとしても、嘘をつくのは悪いことだってわかっているから黙り込んでしまう。そこが真面目なところです」
「では、頑固なところは?」
「それは、騎士になると言い出した時がそうでした。3年前――20歳になった時『人の役に立つために騎士になる』と言って、周りの反対を押し切って村を出たんです」
ベツは前に向き直り、再び歩き始める。
「ミーネさんという女性騎士の前例はありましたが、やはり女性が騎士になるのは難しいことです。幾らナギハが強くても騎士としてやっていくのは難しいと、ジョウおじさんも説得したんですが、まったく聞く耳持たずでした」
「ご両親は反対しなかったんですか?」
その問いに、彼は表情を曇らせる。口は僅かに逡巡し、重たくゆっくりと動かされる。
「ナギハが小さい時に、出稼ぎすると村を出て以来戻っていません。もう10年以上経ちますし、おそらくは……」
「……ごめんなさい。聞くべきことではありませんでした」
ユウは、軽はずみに訊ねてしまったことを謝罪する。
娘を捨てたのか、事情があって村に戻れなくなったのか。どちらにせよ、軽く聞いて良いことではなかった。
「いえ、アインさんが謝ることじゃありませんよ。調査に必要な情報ですし、僕が言い出したことなんですから」
「……ありがとうございます」
話を戻しますね、とベツは咳払いをして続ける。
「村を出た彼女は早速試験を受けました。その内容は、受験者同士の一対一の模擬戦だったんですが、彼女の相手は大柄なマッチョ。普通なら結果は目に見えていますし、相手もそう思ったのか『こんなチビが俺の相手かよ!』と余裕でした」
「けど、そうはならなかった」
「はい、見事彼女は相手を打ち負かし、勝者となった。その戦いぶりから、観戦していた騎士や関係者から喝采を浴びるほどでした」
その時のことを思い出したのか、ベツは誇らしげだった。幼馴染が下馬評をひっくり返し、夢を叶えたのだからそれは当然だろう。
しかし、その表情は何故か青ざめているのはどういった理由だろうか。何か恐ろしいものも同時に思い出した――そんな風に思える。
まさか、それを上回る実力者がナギハを叩きのめした? あの自己を殺したような態度は、その後遺症なのでは。
ベツの表情に思わずそんなことを訊ねるユウ。しかし、彼は慌ててそれを否定する。
「そんなことはありませんよ! あの態度は、きっと『騎士は剣であれ』という教えを実践してるつもりなんだと思います」
「騎士は剣であれ……それは、自分の意志ではなく振るわれる者の意志で動くべき、ということですか?」
「概ねそうだと思います。騎士団という集団である以上、個人が勝手に動いては統率が取れないんでしょうから」
「なるほど……本当に真面目な人なんですね」
しかし、そうなるとベツの顔が青いのはどういうことなのか。華々しい活躍をしたというなら、もっと熱っぽい顔をするはずなのに。
気になってきたアインの無言の視線で刺され続けた彼は、頭を抱えるように呻いていたが、
「……話します。何かあってからでは遅いですから」
苦渋の表情でそう言うと、恐怖に体を震わせながらその時のことを話していく。
「その、見たのでわかると思いますが、ナギハって同年代の女性と比べて背が低いし、顔つきも年相応ってわけじゃないですか」
「まあ、そうですね」
顔つきは無表情だったので判断しかねるが、身長はツバキより高くアインより低い程度だ。23歳としては低い部類だろう。
「それを本人も気にしていて……『チビ』とか『ガキ』と言われるとキレるんです……それ以外だと滅多に怒らない彼女がです」
「……もしかして、その対戦相手を」
マッチョな対戦相手は、試合前にナギハを『チビ』と煽った。そして、普段怒らない人が怒るととても恐ろしい事が起こるという。
ユウの予想を裏付けるように、神妙な表情でベツは頷く。
「……はい。試験のルールは『一方が負けを認めるまでは続ける』というものだったんですが、それなのに審判が止めに入るくらいボコボコにして……」
「……」
「これは根拠のない憶測ですが、ナギハが僅か3年で小隊長になれたのは、侮られない地位を与えてその惨状を起こさないためなんじゃないかって……僕は思っています」
なので、彼女と話すときはその手の言葉は口にしないでください。そう言って話し終えたベツは、震える体を静めるように大きく伸びをした。
『大男をボコボコにね……』
ユウは、少女と見紛う外見の女性が、筋肉モリモリマッチョマンを叩きのめす光景を想像しようとして――すんなり出来てしまったことに逆に驚く。
そんな現実離れした光景を一体何故と考えたところで、
「なんだか……ナギハさんとは仲良くなれそうな気がします」
実際にそんなことをしてきた、何処か嬉しげに呟く少女のせいだと思い至った。
騎士団の本部は、街の中央にある城のすぐ近くに建てられている。広い土地を囲むように造られた塀の中にはコの字型の建物があり、"コ"の中にある広場ではダミー相手に剣を振る騎士の姿が見える。そこから離れた塀の隅には、簡素な作りをした細長い小屋のようなものがあった。
「彼処にミーネさんがいるはずです。ただ、警備が通してくれるかどうか……」
物陰から様子を窺うベツの指差す先をアインは見やる。
唯一の入り口である門は、鉄格子が半分ほど開け放たれているが左右には革鎧を纏った騎士が警備として立っている。門を通るためには、彼らにミーネと面会するだけの理由を提示する必要がある。
「通してくれるよう努力しましょう。ベツさんは背負子を助けてもらったお礼をしにやってきて、私は旅の途中この街で貴方と出会った。話を聞いた私は、同じ女性であり高名なミーネに挨拶するつもりだったので、それについていくことにした。そういう筋書きで行きます」
ユウは、アインとベツに行動指針を伝える。
ほぼありのまま話すことになるが、下手に嘘をついてバレるのもマズイ。今回は探りの段階であり、ここで怪しまれれば後に支障をきたすことになる。それは避けなければならない。
「では、行きましょう」
「はい、頼りにしています」
アインとベツは互いに頷き合い、門へ向かって歩き出す。
それに気がついた警備は、自然な動きで入り口を塞ぐように移動すると笑顔で二人に話しかける。
「やあ、今日はいい天気だ。若い二人が我が騎士団に何の用だい?」
警備は笑ってこそいるが、油断なくアインとベツの動きを注視していた。何かあれば、その手は腰に提げられた剣に伸びるだろう。
ベツは、緊張を感じさせない笑顔で滑らかに口を動かしていく。
「ええ、いい天気ですね。実は、偉大なる騎士団の団長であるミーネ=ハットリ様に御用があり、本日は伺いました。リュウセンという田舎村の背負子を自ら助けてくださったので、是非とも直接お会いしてお礼を申し上げたいのですが」
「リュウセン……ああ、あの温泉がある。確かに配送中の背負子を襲った野盗を撃退したという報告があったな」
そう答える警備の表情に変化はない。ただ知っていることを口にしたというだけのようだった。
ナギハの一件を知っていれば、彼らにとって恥部となるリュウセンの名に何らかの反応があるはずだが、それが無いということはまだ彼らには明かされていないのだろう。
「こちらの女性は?」
「旅の魔術師、アイン=ナットと申します。高名な女性騎士がいると噂に聞いたので一言挨拶をと思ったところ、同じ目的のベツさんと出会ったので同行させていただきました」
ラピスが言うには、アインの名を聞けば門前払いは無いということだったが――。
「アイン……アイン? 銀髪……少女……ひょっとして、ロッソの魔術協会の事件を解決したあの!?」
心底驚いたように体をのけぞらせる警備。期待以上の反応に、ダメ押しとユウは畳み掛ける。
「僭越ながら、そのアイン=ナットです。ミーネ氏とは比べるに値しない小さな武勇ですが、彼女と語らうことが出来れば嬉しく思います」
「それは団長本人に聞いてみないとわかりませんが……おそらく答えてくれるでしょう。少々お待ちください」
一人が残り、もうひとりが門の先にある建物に小走りで向かっていく。その背中を見送ったベツとアインは、ほっと胸を撫で下ろした。
とりあえず、門前払いということは無くなった。後はミーネがその気になってくれることを祈るだけだ。
その場に残った警備は、アインをしげしげと眺めて意外そうに言う。
「しかし、噂のアイン=ナットがこんな美少女だとは思ってもみなかった。噂も当てにならないものだな」
「ありがとうございます」
褒められたことに気を良くしたのか、アインは少し緊張の解けた表情で答える。実際、普通にしていれば美少女ではあるのだ。そうしていることが少ないというだけで。
ベツは、騎士から讃えられるアインの顔を見ながら、怪訝そうな顔で警備に訊ねる。
「アインさんって、そんなに有名な人なんですか?」
「実力が必要な商売をしているのなら、知っている者は多いな。彼女と同じ魔術師や旅人、傭兵や騎士なんかはな」
「へえ……どんな噂があるんですか?」
「そうだな、俺が知っているものだと……」
そう言って警備は、指を折りながら続ける。
「さっき言ったロッソの魔術協会の事件を解決だろ」
「ふむふむ」
「ヴァッサの酒コンテストの優勝者をコーチングしていたとか」
「ほうほう」
「その街のボートレースに飛び入り参加で優勝して」
「なんと……」
ベツの『そんなにすごい人だったんですね!』という尊敬の眼差しを向けられたアインは、実に誇らしげだった。
しかし、そのドヤ顔も、
「ワイバーンを裸で絞め殺しただとか」
「えっ」
「街中の蕎麦を一夜にして食い尽くしたとか」
「あの」
「潰した盗賊団の数は100から先は覚えていないとか」
「ちょっと」
「ああ、主食は宝石って話も聞いたな」
「……」
根も葉もない所に尾ひれと背びれと脚を付け足した噂を聞いていく内に、みるみる真顔へなっていく。
調子よく話し続ける警備は気がついていないが、彼女の周囲から漂う冷気にベツは距離をとっていた。
「お待たせしまし、た……」
「胸に7つの傷があるっていうのは……あっ」
戻ってきた警備は冷めきったアインの目に言葉を無くし、遅まきながらそれに気がついたもうひとりは愛想笑いを浮かべて視線を彷徨わせる。
アインの青い目から放たれる無言の刃に突き刺され続けた警備は、
「ど、どうぞお通りください。団長がお待ちです」
「そ、そうそう。団長を待たせたら悪いからな、ほら行っていい……ですよ」
距離をとっていたベツの背中を押し、強引にその場から離れさせる。彼はこの場の全てに戸惑っているようだったが、当初の目的は果たしたことに気がついたのか、遠慮がちにアインに声を掛ける。
「ええと……アインさん、行きましょうか……」
「……はい」
アインは彼の背中を追い、その途中警備に振り返る。こちらを向いていた警備は、弾かれたように外へと向き直った。
『良かったな、噂に名高いアイン=ナットが役に立ったぞ』
全く褒める気のないユウの言葉に、憮然としたアインは無言で鞘を叩いた。
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