第122話 騒々しく始まる朝

「何はともあれ情報が必要よ。その収集には3組に分担してあたるわ」


 日付は変わって明くる朝。

 朝食を終えたラピスはアイン、ツバキ、食器を下げに来たベツの顔を見回して言う。


「ベツとアインには、陳情って形で騎士団内部を偵察してきてもらう。ナギハの状況と、あわよくば真意を探ってきて欲しいの」

「私ですか? その、ベツさんはともかく私は必要なんでしょうか?」

「大アリよ。ベツ一人じゃ舐められて門前払いの可能性が高い。けど、アインなら名が知られた魔術師よ。向こうだって興味はあるはず。その二人でなら、話くらいしてくれるでしょう」


 最近の出来事だけでも、魔術協会会長の陰謀を阻止し、スライダーオブスライダーで優勝し、公にはされなかったゼドの野望も食い止めている。

 それに加えてユウと出会う前にあった『何かしら』のお陰で、魔術師や旅人の間では噂になっている。騎士団長が興味を持つには、十分な実績であろう。


「なるほど……」

「どうやるかは任せるわ。お願いね」


 その言葉は、アインとベツではなく傍らに置かれたユウに向けたものだった。

 まあ、ベツはともかくアインに任せると高確率で荒っぽいことになりかねないので妥当なところだろう。


 ユウのその思いが通じたかはわからないが、ラピスは頷くと視線をツバキへと向ける。


「ツバキはここで村の人から聞き込みをお願い。何か変わったことがなかったか、どんな些細なことでもいいから聞き出して。そういうのは得意でしょ?」

「任せておけ。その程度、愛くるしい我にかかればチョロいものよ」


 黙っていればその通りな彼女の自画自賛をラピスは軽く流して続ける。


「期待してるわ。で、私は街で騎士団に関する噂を聞いてくる。騎士団の規模ともなれば、必ず漏れる情報もあるはずよ」

「では、街までは一緒ですね」


 少しホッとしたように言うアイン。ユウがいるとは言え、ベツと二人で行動するのは気が重かったのだろう。

 だが、ラピスは首を振って否定する。


「それはやめておきましょう。騎士団の噂を嗅ぎ回る私と騎士団を訊ねるアイン。この二つが結びつくと警戒されるかもしれないわ」

「そうじゃな。せっかく昨日ここにいることがバレなかったというのに、わざわざ知らせる必要もあるまい」

「そういうこと。町娘わたしは騎士団に助けられて、その御礼をしたがっているだけ。旅人のアインとは無関係。その体でいきましょう」

「……わかりました」


 渋々ながらもアインは頷く。我儘を言う場面ではないし、何よりベツを拒絶する理由はないからだ。

 思い返せばここまで関わってきた年が近い男性は大抵ろくでもなかったが、彼は誠実そうだしゼグラスやガレンのようなことにはなるまい。


 そう考えていると、視線に気がついたベツは頭を下げて言う。 


「アインさん、ご迷惑をかけると思いますがよろしくおねがいします」

「い、いえ……こちら、こそ……」


 慌てて頭を下げ返すアイン。それを見てラピスは話を締めるように手を打つ。


「よし、じゃあ各々準備をしたら行動開始ね」

「っと、その前にラピス。御主は着替えたほうが良かろう。街に馴染むためにも、話を聞き出すためにも華のある格好の方が都合が良い」


 ツバキは立ち上がろうとしたラピスの服を指で指す。彼女の格好は、ブラウスに膝丈程度のスカートという旅向けのシンプルなもので、街で歩くには少々地味である。

 とは言え、


「華は十分あるんじゃないんですか? 元が良いですし」


 さらっと言ったアインの言葉通り、それを着ているのはラピスであるなら問題はないのだが。


「それはそうじゃがな、見栄えを良くするなら花だけでなく鉢にも拘れという話じゃよ」


 顔を赤くして黙り込んだラピスに代わり、おかしそうに笑うツバキは言う。

 それを聞いたベツは、ちょうどいいものがあると言って立ち上がる。


「母が昔着ていた服があります。たぶんラピスさんなら着れると思いますよ」

「おお、それはいい。持ってきてくれるか?」

「はい、すぐに持ってきますね」


 そう言ってベツは足早に部屋から出ていく。

 彼の足音が遠ざかっていくのを確認したアインは、そっとユウに手を触れて訊ねる。


『……私、変なこと言いました? 褒めたつもりだったんですけど、ラピス……怒っちゃいましたか?』

『んーまあ、ある意味怒ってるかもな』


 ユウは、顔を手で覆ったラピスを見やる。その隣には、にやにやとそれを眺めるツバキがいた。

 ラピスも褒められて嬉しくないわけは無いだろうが、不意打ちで言われるのは心の準備が出来ていないだろう。それに対する反応をツバキにいじられるとならば尚更だ。

 ただ、まあ――。


『華は十分あるってだけじゃ、最低限しか無いみたいだろ? もっと具体的にどこがいいか褒めないと』


 そうしたくなるという気持ちはユウにも良く分かる。いいリアクションをしてくれるので、弄りがいがあるというか、色んな顔をさせてみたくなるのだ。


 そんな彼の思惑など露知らずのアインは、それを素直にアドバイスと受け取り、


「ええと……私はラピスの長くて綺麗な赤い髪が素敵だと思います。炎みたいに鮮やかで、日に透けるとキラキラしていて……。それに、私だったら面倒で出来ないのに長髪の手入れを毎日欠かさずしていて立派だなと」

「ばっ!? あんたはいきなり何を言ってんのよ!?」


 さらにラピスを赤面させることになる。ツバキは、腹を抱えて笑いを必死に噛み殺そうとしていた。

 その反応に何かマズイことを言ってしまったのでは、と動揺したしたアインは、


「い、いやその……ツ、ツバキはどう思いますか? ラピスの良い所は何処だと思います?」


 放ってはいけない相手にパスを放ってしまう。それは、"聞かれたのだから答えないといけない"という大義名分を与えるだけの行為であった。

 涙目になっていたツバキは目元を拭うと、そうじゃなぁとラピスを見やりつつ、表情と声だけは至極真面目そうに答える。


「――胸じゃな。形といい柔らかさといい……最高じゃな」

「セクハラ! セクハラだっつうの!」

「ははは持たざる者のやっかみと思うが良いぞ。ユウは何処じゃ?」


 ラピスに投げつけられた座布団を避けながら、ツバキは訊ねる。


「脚……いや、こういう話は良くないな。もっとこれからに向けた建設的な話し合いをしよう」


 思わず出かけた本音を白々しい台詞で誤魔化すユウ。どれくらい白々しいかというと、キリッという擬音が聞こえそうなくらいだった。

 もちろん、そんな言い訳がラピスに通じるわけもなく、


「あんたが! 余計なことをアインに吹き込んだんでしょうが! 光り物にふらふら近寄るような娘に適当なことを教えるんじゃないわよ!」

「わるっ、悪かった。悪かった、から、バチ代わりにするのはやめて、くれ」


 柄を柱の角にガンガンぶつけられ、途切れ途切れの声で許しを請う事になる。 

 痛くはないし、ラピスもそれをわかってやっているのだからプロレスのようなものだが。ユウも一方的ではバランスが悪いと思っているので、口では許しを請いながらもされるがままだった。


「ラ、ラピス……その辺りで……あと、暗に私のことを鳥頭みたいに言ってませんでしたか……?」

「あんたも! 少しは自分で考えなさい! ユウだからって簡単に信じるじゃあない!」

「ご、ごめんなさい!」

「大体あんたはね! 考えなしに物を言い過ぎなのよ! 自分の言ったことがどういう意味があるのかもっと考えて発言しなさい!」


 正座して平謝りするアインに、ラピスは指を立てて説教をしていく。それはさながら、悪さをして叱られる犬とその飼主という構図だ。しゅんとしおれた耳と尻尾が無いのが不思議なくらいである。


「考えなしに言った言葉を相手がどう受け取るか考えたことはある!?」

「な、無いです……不快にさせたなら謝りますから……」

「ふ、不快なんて誰も言ってないでしょ! 私が言いたいのはね、場所をわきまえろってことなの!」

「それはその通りだが、照れ隠しに俺を叩くのはやめてくれ」

「照れてない!」

 

 朝から騒がしい3人の輪からちゃっかり逃れたツバキは、目を細めてそれを眺めながら呟く。


「本当に飽きない……そして安心するな御主らは……」


 結局このやり取りは、部屋に戻ってきたベツの『柱を剣で叩くのは遠慮して欲しい』という控えめな声がかけられるまで続いたのであった。

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