第121話 信じて進む

 騎士団長を名乗ったミーネという女性に、この場に居る誰もが目を奪われていた。

 長くウェーブのかかった菫色の髪、鋭い切れ長の目、瑞々しく仄かに朱が塗られた唇。顔の何処を見ても欠けている箇所が見当たらない。長くすらりと伸びた手足はしなやかであり、か弱さは一切感じさせないにも関わらず無骨さの一片も存在しない。エングレービングが施された全身鎧に身を包んでも、その中身を想像するまでも無く美しいと思わせる。

 美女というありふれた賛美がもっとも的確で似つかわしい。そんな思いを抱かせる女性だった。


「貴方は……連れているのは、昨日配送に出掛けた……?」


 呆けたように言うベツは、ミーネとその背後から現れた集団に視線を向ける。身軽な服装をした彼らは、背中に大きな背負子を背負っていた。

 ミーネは、背負子の集団を一瞥すると軽く微笑んで言う。


「彼らはここに来る途中、野盗共に絡まれていたのだよ。偶然通りかかった私たち騎士団が助け、念のため護衛を行ったというわけだ」

「騎士団長様の護衛なんて身に余る光栄でさぁ。一同、誠に感謝致します」

「構わぬよ。当然のことをしたまでだ」


 跪いて頭を下げる男たちに、ミーネは膝をつくと労をねぎらうように肩を叩く。それに増々男たちは恐縮し、礼を述べた。


「あれが騎士団長……女性だったとは」


 それを陰から眺めていたアインは、意外そうな声で呟く。ツバキもそれに同意する。


「かなり若そうじゃが、団長ということは腕も立つのじゃろう。見かけ通りでは無かろうな」

「……そうか、ミーネ=ハットリ。聞いたことがあるわ」

「知っているのかラピス?」


 ええ、とラピスは頷く。


「20歳で騎士団に入団し、そこから団長にまでなった美しい女性がいるって噂を昔聞いたのよ」

「昔って……どれくらい?」

「確か……5年前。その時には既に彼女は団長だったはずよ」

「……ちょっと待て。じゃあ、今の年齡は幾つなんだ?」


 驚愕の声をもらすユウ。

 見かけから判断したミーネの年齡は、高く見積もっても20代後半。しかし、騎士団長になるには5年では短すぎるだろう。仮に30歳で団長になったとし、その直後にラピスが噂を聞いたとしても35歳。外見とは釣り合わない年齡だ。


「たぶん、40歳近いと思う。それでもあの美しさ……あり得なくはないでしょうけど、少し怖くもあるわね」

「怖い、ですか?」

「そりゃあ怖いでしょ。普通なら衰えているはずなのに、あのシワのない肌よ。余程の執念が無いと維持できないはずよ」

「そういうものでしょうか……」

「さてな」


 わりと雑なケアしかしていないのに一定水準を保てるアインは、不思議そうに。そもそも種族的に若い期間が圧倒的に長いツバキは、知ったことではないと投げやりに答える。

 そんな二人に、ラピスは羨ましげな溜息をこぼす。女性は色々な苦労があるのだなと、ユウは呑気に考えていたが、


「では、改めて訊こうナギハよ。貴様はここで何をしていた?」


 聞こえてきたミーネの声に気を引き締め直す。

 大柄なミーネは、小柄なナギハを正面から見下ろしていた。その差は大人と子供というほどにあり、悪事を叱責する先生と生徒のようでもあった。

 だが、そんな呑気な状況ではないというのは、肌に突き刺さるような空気が嫌でも主張していた。ミーネは表情こそ変えないが、向けているのは明らかな怒りだ。


「……」


 それからナギハは目を逸らさず、しかし答えない。感情を殺しきった剣は、無表情無口を貫くばかりだった。周囲の部下も、何をすべきかわからず互いに目配せするが、結局何もすることが出来ない。


「そいつは温泉にハシンの成分が含まれているとでっちあげ、私の村を奪おうとした! 同郷でありながらな!」


 吸った空気で息が詰まるような空間を破ったのは、怒鳴り散らす村長だった。ベツの制止にも構わず、ずかずかとナギハに詰め寄っていく。


「自分が何をしているのかわかっているのか!? 自分の都合でなんてことをしてくれた!」

「村長、落ち着いてください! 彼女が何をしようとしたかなんてわからないでしょう!?」

「彼の言う通りだ。今ナギハと話しているのは私なのだよ、下がっていてくれ」


 鋭い目を投げかけられた村長は一言呻くと、ナギハを睨みつけながら村人たちの元へ戻っていく。

 それを見届けたミーネは、直立不動を維持するナギハに問う。


「貴様は、この村の温泉にハシンが含まれているという虚偽によって部下を使い、守るべき村民を恫喝した。間違いないか?」

「……」


 答えないナギハを睨むミーネの前に立ち塞がるようにベツは割って入り、必死に弁明をする。


「恫喝なんてされていません! 彼女はあくまで話し合いでこの場を訪れたのです!」

「なるほど。では、何故部下を連れている? それも軽微とは言え武装までさせているのだ?」

「それ、は……」

「村人もそれに怯えていたのはないか? どうだ、違うのか?」


 突然話を投げかけられた村人たちは、顔を見合わせ沈黙する。それは、実質的な肯定であった。

 だが、その肯定は作為的に誘導されたものだ。『ナギハを信じているのか?』と問えば、違った答えも出るだろう。しかし、『武装した騎士に怯えていたのか?』と問われれば、事実である以上肯定するしかない。そして、内容に関係なく問を肯定したということがこの場では重要となる。


「君も下がり給え。彼らを悪戯に怯えさせるのは本望ではないだろう」


 形はどうあれ、村人はミーネを問を肯定し、彼女はその原因を取り除こうとしている。ここで反発すれば、その行為を邪魔することになり悪者になるのはベツの方だ。


「気に入らないやり方ね……」


 歯噛みしながらもその場に留まろうとするベツと、それを余裕の表情で見下ろすミーネに眺めながらラピスは苛立たしげに呟く。

 『何言ってるのよおばさん、そんなわけないでしょう!』と飛び出すのは簡単だ。だが、その後のことを考えれば愚策以外のなんでもない。こちらに有利な情報が無い以上、今はじっと耐えるしかない。


「ツバキ……」

「わかっておる、わかっておるが……」


 ツバキは、何も出来ない苛立ちに焦燥を感じながらも行方からは決して目を離そうとしない。それが自分の責任だというように。

 その瞳が揺れ動いた時、同じくナギハも動いた。 


「ベツ、下がっていて」


 彼女は、静かにそう言うと盾のように立ち塞がっていたベツに退くよう告げる。彼は躊躇していたが、


「問題ない。私に任せて」

「――っ」


 その言葉に息を呑み、長い沈黙の末に頷いた。

 ナギハは一歩前出ると、変わらぬ無表情でミーネに告げる。


「これは私の独断であり、部下には一切の責任は無い。私に対する処分は甘んじて受けるが、部下に対しては情状酌量をお願いしたい」

「そうか……」


 ミーネが微笑んだ次の瞬間、パシィと高い音が響いた。


「なっ……」


 呆然とするベツに全く構うこと無く、ナギハの右頬を平手打ちしたミーネは険しい表情で続ける。


「言いたいことはそれだけか」

「はい」


 口端を血で濡らしながらも、ナギハは一切表情を変えず答える。それにミーネは片眉を上げると、立ちすくんだままのナギハの部下に言い放つ。


「……連れて行け。剣も取り上げろ、騎士でない物には不要だろう」


 部下は慌てて動き出すと、複雑な表情でナギハの両腕を抱え連行していく。彼女の腰から剣を外した部下の表情は、重く暗かった。

 村の門まで彼女が連れて行かれところで、ミーネはベツら村人に向かって朗々たる声で言う。


「今回は私の部下が愚行を犯した! その詫びは必ず行おう! これは騎士団長としての言葉であり、絶対遵守を誓ったものである! では、さらばだ!」


 それだけ言うと、ミーネは門の外で待機していた部下とともに村から去っていく

 先程の喧騒が嘘のように静まり返った中、村人たちは顔を見合わせ一人、また一人とその場から離れていく。その場に残っているのは、


「……」


 何かを決意したように門を見やるベツだけだった。

 





 宿の一室には、4人がテーブルを挟んで向かい合っていた。一方にはアインたちが、もう一方にはベツが座布団の上に腰を下ろしている。

 出されたお茶は誰も――アインですら手を付けないままですっかり冷めきっていた。それだけの時間が経った時、ようやくベツは重い口を開く。


「皆さんに頼みがあります。はっきり言って無茶で見返りも用意できない頼みですが、聞いていただけますか?」

「……聞くだけであれば。そこから先は、確約は出来ません」

「十分です」


 そう言ってベツは、冷めたお茶を一気に飲み干して喉を潤すと、真剣な表情で語り始める。


「ナギハが今回の一件をでっち上げたとは、僕には思えません。何か裏があるか、事情があるはずです。しかし、それを証明するには僕だけでは何もかも足りない。皆さんには、そのための力を貸して頂きたいのです」

「……それは追加の依頼ってことかしら」


 何を言うべきかわからないアイン、ツバキらに代わってラピスが答える。


「そう思ってもらって構いません」

「そうなると、報酬も追加して貰う必要があるわ。そして、相手が騎士団となれば調査に関する危険も大きくなる。それはわかってる?」

「……承知しています。これがまったく割に合わない依頼だということも。それでも、頼れるのはアインさん達だけなんです」


 顔を俯かせたベツは、振り絞るように言葉を紡いでいく。


「……ミーネは、『騎士でない物には不要』と剣を取り上げていました。それは、ナギハを退団させるということでしょう。そんなことはさせられません。『人を守りたい』と騎士になった彼女の夢を奪うようなことは……」

「どうしてそこまで彼女を信じているの? あまり言いたくはないけど、心変わりを起こすことだって十分あり得る。今の彼女には当時持っていた気持ちは無いのかもしれない。なのに、そこまで信じる理由は?」

「……彼女は『私は敵だ』『これが自分の意志だ』と言っていました。昔から、誰かを庇うときはあんな言い方をするんです。悪いのは自分で、自分がやったんだって。馬鹿らしいかもしれませんが……それが変わっていないのなら、僕が知っている彼女のままだと、そう思ったんです」


 刃を向けられても尚、ベツは彼女を思って笑う。それは、それだけの年月と信頼を重ねてきたからこそ出来るのだろう。


 自分にそれが出来るだろうか。アインがナギハの立場で、自分がベツの立場だった時に信じ続けられるだろうか。

 ラピスは自問するが、すぐに答えを出すことは出来なかった。それは、ベツも同じだったはずだ。この時まで悩み、考えて出した答えがそうなら――きっと彼は、一人でも行動を起こすだろう。


 その結果がどうなるかはわかりきっている。望んだ結果で終わることは万に一つもない。

 そして、力を貸したところで割に合わないというのもわかりきっている。


「アインは、どう思う?」


 だが、それは――。


「……もっと簡単シンプルに解決するのがいいんですが、そうも言ってられませんし、やるだけやるしか無いでしょう」

「まっ、そうなるわね」


 今更気にすることではなかった。そうとわかっていながら昨夜依頼を受けたのは、自分たちだ。


「ツバキはどうする? ここでやめる?」


 俯いていたツバキは、挑発するようなラピスの言葉に顔を上げる。彼女は、試すように口の端を吊り上げるラピスと、無言で頷くアインを交互に見やり、


「……そうだったな。最初にそうしたいと言ったのは我で、それで良いと言ったのは御主らじゃった。今更迷うことなど無かったわ」


 自身に気合を入れ直すように頬を叩いたツバキは、呆けるベツに向かって不敵に笑ってみせる。


「安心せい。ここまで来て投げ出したりはせんよ。最後まで付き合ってやるわ」

「本当ですか!?」


 身を乗り出すベツに、肩をすくめるラピスは言う。


「まあ、そういうことよ。いじけるツバキを連れたままの旅じゃつまらないしね」

「誰がいじけておるか! 少しナイーブになってただけじゃ!」

「それがいじけるってことじゃないの?」

「ああん!? シーナにアインを取られるかもと泣いてたのは何処の誰じゃ!」

「ななな泣いてなんかいないでしょうが! 話を盛るのはやめてくださる!?」

「ほーうそんなことがあったとは認めるんじゃな?」

「なっ、あんたねえ!?」


 アインとユウ、ベツそっちのけで取っ組み合いを始めるラピスとツバキ。ぎゃいぎゃいとかしましい声に、当初の重苦しい空気は吹き飛ばされてしまった。

 それから取り残されたアインとベツは顔を見合わせ、気まずそうに視線を彷徨わせる。 


「……」

「ええと……」

「……詳しい話は明日に。今日はもう遅い、ので」

「あっ、そう、ですね。あー……食事の用意が出来たらまた来ますね」

「お願いします」


 ぎこちなく頭を下げるアイン。ベツは、すぐ隣の騒ぎから目をそらしながらお辞儀をすると、そそくさと部屋から去っていく。


「はぁ……」


 隣の喧騒を横目に、体を畳に投げ出し大きな溜息をつくアインにユウは言う。


「……まあ、なんだ。肩肘張って挑むよりは、俺たちらしくていいんじゃないか」

「……そうですね。ツバキも元気ですし、きっとこれでいいんでしょう」


 疲れたので少し眠ります、とアインは欠伸をすると目を閉じる。すぐに小さな寝息が聞こえてくる。

 おやすみとユウは小さく声を掛け、


「だーかーらー! 御主はもっと素直になれと言うておるじゃろ! そんな態度じゃ伝わらんぞ!」

「私は十分素直ですー! あいつが鈍いだけだっての!」

「御主も大概鈍いわ! 自覚ないのが質悪い!」


 猫と狐の喧嘩をどうすれば止められるだろうかと無い頭を痛めていた。

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