第125話 ハイカララピスが通る

 広場の中央には、数十メートルほどの幅がある壁が設置されている。天辺から底辺に向けて幕のように水が流れており、巨大な受け皿に溜まったそれは循環を繰り返す。夜になると魔力の明かりによる色とりどりの光が当てられる人気のスポットである。

 生憎いまは昼であるが、それでもわかりやすい建造物であるためか集める人は多い。老若男女問わずあらゆる世代の者が平穏を享受していた。


「……ふむ」


 炎のように赤い髪をリボンで纏め、袖が長い藤色の上着と胴体まである長い藍色のスカートを履いた少女は広場をぐるりと見渡す。談笑する一団の中に革鎧を着た二人を認めると、石畳をブーツで鳴らしながら近づいていく。


「ねえ、ちょっといいかしら?」

「ん、なん……」


 少女に声を掛けられた真面目そうな顔の騎士は、彼女の姿を見るやいなや口を開くだけで言葉を発することが出来なくなる。

 もう一人の少し軽薄そうな騎士が、彼を押しのけると笑顔を作って言う。


「なんでしょうかお嬢様。私に答えられることであれば何なりとお聞きください」

「……っは! いやいやここは私に!」

「いやいやいや私に!」

「まあ、騎士様は親切な方ばかりというのは本当だったのね。お二人とも、ありがとうございます」


 にっこりと笑う少女に二人の騎士は言い争うのを止め、だらしない顔で鼻の下を伸ばしていた。


『……男って単純ねえ。ユウもそうなのかしら』


 そんな二人の騎士を見やる少女――ラピスは内心呆れ気味にそう思った。


 この服装は、ベツの母親が着ていた袴という服だ。昔は東方でよく着られていたが、西方のファッションが流入していく内に製造者が減っていき、今では特別な日に着るか余程も金持ちで無ければ着ることが無いそうだ。

 それが久々に日の目を見るということもあり、ベツの母親は大した理由も聞かずに用意し、着付けまで行ってくれた。彼女曰く、ナギハが居なくなってからは着せる相手がいなくて服も寂しがっていたということだ。

 が、そのせいかどの色にするか真剣に悩んでしまったため、アイン達が出発して30分経っても決まらず、半ば強引にラピスが指定する形で決定され、着替えが終わったのはさらに30分が経ってからだった。


 まあ、その甲斐あってか騎士の反応は上々だ。アインに見せられなかったのは残念だが――。


「いやいや、何を考えるんだ私」


 不意によぎった思考をラピスは頭を振って追い出す。それを不思議そうな顔で見る騎士に、彼女は社交辞令用の笑みを浮かべて訊ねる。


「私はつい最近この街に越してきたばかりで、わからないことが多いのです。なので、少しばかりお時間を頂いても良いかしら?」

「どうぞどうぞ。遠慮なくお聞きください」

「助かるわ。噂に聞いたのですが、この街の騎士団長はミーネという女性なのですか? 同じ女性としてどのような方なのか気になるのです」


 コノハはこんな風に話していたはず、とラピスは世間知らずのお嬢様を演じていく。

 騎士は、美少女に頼られたというのが嬉しいのか、警戒も疑いも持たずに饒舌に答えていった。


「ミーネ様ですか! いやぁ、あの人はすごいですよ。女性で騎士なんてお飾りと思われがちですが、あの人の実力は本物です!」

「なにせ俺ら二人が同時に挑んでもカスリもしなかったからな。それであの美しさだ、団長に任命されたときは大騒ぎだったらしいぜ」

「『美しき剣姫』なんて仇名されるほどですからね。厳しいですけど、成果はしっかり認めてくれるのでやり甲斐もありますし」

「何より美人だ! 強いだけじゃなくて美人の上官なんて言うこと無いね!」


 そう答える彼らの言葉は本心からだというのが良く分かる。

 少なくとも、表に出てくるような悪事を働く人物ではないようだ。


「へえ、とても慕われているのですね」

「当然ですよ。若干20歳で入団し、そこから実戦を経験した上での団長ですからね。名ばかりのお飾りとは違いますよ」

「20歳で入団……今は何歳なのですか?」


 ラピスがそう訊ねると、騎士たちは、


「さ、さあ……わかりませんね」

「悪いな、俺達も知らないんだ」


 若干引きつった顔と声で答える。何か隠しているというのは明白だった。

 ラピスは拝むように手を組むと、騎士の目を覗き込むような上目遣いをしながら猫撫で声で言う。


「お願いします、騎士様。同じ女性としてどうすればあのように美しく在れるのか興味があるんです。教えて……頂けませんか……?」


 こんな所をツバキに見られたら一日は弄られるな、とラピスは思いつつも情報のため懇願する。

 ラピスのそんな思いを知らずとも、彼女にそこまでされて断れる者はおらず、


「……その、私達が言ったっていうのは黙ってくださいね」


 真面目そうな騎士は、周囲を用心深く見渡すと声を潜めて喋り始める。


「正確な年齢はわかりませんが、おそらく40歳近いと思います。全然そんなふうには見えませんが」

「40歳?」


 その答えにラピスは素で驚いた声をあげる。

 入団から団長任命までに必要な期間と入団時期を考えればそれくらいになると予想はしていたが、そのものズバリとは思わなかった。

 そして、彼が言う通りとてもそんな年齢には見えない。フクスのように長命な種族でもなければ、あの若さを維持するには『何か』が必要だ。


「特別な薬や食事を摂っているのかしら?」

「わからんが……そうじゃないかって噂はある。団長って割に生活の水準がヒラ時代と大して変わっていないのは、若さを維持するために給金をつぎ込んでいるから……とかな」

「ああ、私も聞いたことがある。騎士団の日常業務が効率的になったのは、睡眠時間を確保するためだとか」

「団長になったのは、前線に立って顔を傷つけたくないからとかもあったな」

「ふぅん……ですが、それは与太話なのでしょう?」

「まあ、そうなんだけどよ。ただ、地位の割に慎ましい生活なのも、野盗の相手くらいじゃ前線に立つことも無くなったっていうのは事実だ」

「野盗の相手……」


 その言葉に引っかかるものを覚えたラピスは顎に指を触れさせ、考え込む。


 団長が野盗相手に前線に立たないということ自体は、万が一があっては困るし、成長のために部下に任せるとすればおかしくはない。

 しかし、それではあの日どうしてあんなことを……?


「何か気になることでも?」

「いえ、なんでもありませんわ。けれど、貴方達はずいぶんミーネさんに気を遣っているのね。年齢に触れてはいけない理由もであるのかしら」

「いや……その……その手の話題を向けるとすごい殺気というか……そういうものを向けられるんですよ。すぐに引っ込めるんですが、それでもその日は食事できなくなるくらい胃が締め付けられます……」

「女性だし年齢の話が嫌なのはわかるんだけど、そこまでか?っていうのが俺らの正直な所だな。さっきの噂も、そういう所から煙が立ってるんだろうな」


 本人には絶対に言えんがな、とボヤくように言う騎士。

 

「ふむ……」


 ここまでの情報を整理すると、ミーネは実力に加えて美しさでも有名な騎士である。その美しさを保つために、何らかの方法を用いているのでは?と噂されているが真相は不明。だが、年齢の話を過剰に嫌がっている。

 これだけでは、ナギハの一件に関係があるかはわからない。まだまだ情報が必要だ。


「お話を聞かせてくれてありがとう、素敵な騎士様。では、御機嫌よう」

「いやいや、こちらこそ楽しかったですよ」

「また会いましょう、素敵なお嬢様」


 デレデレとした顔で見送る騎士たちにラピスは手を振って、その場から去っていく。微笑みを浮かべていた表情も、既に次の手を考える冷静なものへと戻っていた。


「美しき剣姫か……」


 先程聞いた仇名を思い出すラピス。率直で単純だが、わかりやすさという点では優れている。聞けばそれだけでイメージできるのだから。

 かく言う自分も『焔色の魔女』などと呼ばれたこともある。これもまた見た目と属性だけでつけられた安直なネーミングだ。周囲から自分はそのように認識されているのだろうか。


 けれど、もし――。


 店先の大きなガラスに映る自分を見て、ラピスは立ち止まる。赤い髪の少女がそこには映っていた。

 もし、自分が赤髪ではなく魔術師でも無くなったのなら、『自分』は一体何なのだろう。そうなった『自分』と周囲が認識する『ラピス=グラナート』は同一なのだろうか。

 

「……同じに決まってるじゃない」


 自分は自分だ。服装を変えても魔術が使えなくなっても、そう思い続けている限りは変わらない。そうでなくなるとすれば、自分で自分を否定したときだ。

 まったくどうでも良いことを考えてしまった、とラピスは肩をすくめて再び歩き出した。

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