第126話 真相の一端、その裏

「それでのう、ナギハちゃんは本当にいい子じゃったんよ」


 そうなのか、とツバキは何度目かになる切り出しに対して曖昧に頷いた。

 村に残ったツバキは、ラピスに言われた通り村人からの聞き込みを行っていた。最年長である老婆なら色々知っているだろうと考え、彼女の元を訪ねたのが2時間前。話し相手が出来たのが嬉しかったのか、老婆は何ら警戒すること無くツバキを居間へと通した。

 しかし、語られた内容というのは、


「あれは街に移った孫夫婦に会いに行こうとしたときじゃったのう。雨……いや、アレ、アレじゃ……霧の日じゃった。わしは足腰が弱って荷物を運ぶのもしんどくてな。昨日もベツの坊主がわざわざ米を持ってきてくれたのよ。なかなか良く出来た男じゃな」

「あー、そうじゃな。それで、霧の日に何があったのじゃ?」

「おお、そうじゃったな。霧の日にのう、ナギハちゃんはわしを背負って街まで行ってくれたのじゃ。いやいや、本当に良い子じゃよ」


 あちこちに話が飛び回った挙句、着地点は『ナギハはよく出来た娘』というのを繰り返し続けていた。この2時間でツバキが得た情報は、結局その一つに過ぎない。

 自分の十倍以上年上の仲間たちもこんな風だったなと、ツバキは内心のげっそりした気分を押し流すようにぬるくなったお茶を飲み干す。


「ナギハが良い娘だというのはわかったがのう。では、昨日のことはどう思ってるんじゃ?」

「ああ? あんなんナギハちゃんがするわけねえ。きっと誰かに脅されてるに決まっとる」


 それまでにこやかに話をしていた老婆は、露骨に不機嫌そうに言うと更に続ける。


「あの小娘……ミネとか言ったか。わざわざ顔を叩きおって。自分が余裕無いからと見苦しくてしかたない」

「余裕が無いとな?」


 ツバキは意外そうに答える。

 あの時のミーネを思い出すが、威風堂々といった感じで自信に溢れているように思えた。余裕が無いというのは真逆の感想だ。

 

「ああ、ツバキちゃんはまだまだ子どもだからわからんのさ。わしにはわかるんじゃよ。ああやって虚勢を張っていないと嫉妬に狂ってしまうんじゃろう」

「それは面白いが、根拠はあるのか?」

「わしの勘じゃよ。年の功と言ってもええぞ」


 かかかっと笑う老婆。それは当たりそうじゃ、とツバキは苦笑気味に答える。

 老婆はツバキの湯のみに新たなお茶を注いで訊ねる。


「ツバキちゃんはしばらくここに留まるのかえ?」

「そのつもりじゃが、何か気になることでも?」

「いやいや、わしらは喜んで歓迎するつもりじゃよ。旅人はなかなか来んし、こうして話に付き合ってくれるのもありがたいんじゃよ。ただのう、村長のジジイには気をつけい」

「ほう、ジジイとな。村の長に対してなかなか言うではないか」

「そりゃそうだ! あんな父親の七光で椅子に座ったような奴は信用できん! 偉ぶってるだけで何もしておらん。実質村を支えてるのはジョウの一家じゃよ」


 老婆は言って、少し苛立った様子でお茶を啜る。

 少し言葉が過ぎるのではないか、とツバキは考えたが無理もないとすぐに思い直す。ナギハの危機を知らせるために必死だったジョウと、彼女に責任を押し付けるのに必死だった村長では、印象を比べるまでもない。

 加えて宿を経営するジョウは、温泉の名声だけが頼りなリュウセンの経済を支える大黒柱だ。なら、口だけの者より村人に信頼されるのは必然だろう。


 否定しないツバキに調子づいたのか、老婆は勢いを増して喋り続ける。


「それに、配送人が野盗に襲われたのも元はといえば、あいつが急に仕事を押し付けたせいじゃ。何を運ばせたのか知らんが、我儘に他人を巻き込みおって」

「うん? どういうことじゃ?」

「ああ、あの場におらんかったのか。村に戻る途中の配送人が野盗に襲われて、ミネに助けられたんじゃよ。が、そもそも護衛も雇わせず配送を任せたのが間違いじゃった。ジジイがその程度の金もケチったせいで……」

「普段は護衛がいるのに、あのときは居なかったと?」

「そういうことじゃよ。お陰で気に食わんやつに助けられてしまった。まったくつまらん」


 あの日に限っていなかった護衛。そしてそんな時に襲ってきた野盗。都合よくそれを助けたミーネ。

 それらが都合よく綺麗に倒れていくだろうか? あり得ないことではないが、少々都合が良すぎるように思えた。最初の一手を押し込んだものがいるのでは無いだろうか。

 考え込むツバキを、老婆はしかし、と呟くとしげしげと眺める。


「日に弱いからフードを取れないと言っておったが、そんなだからちびっこいのかえ?」

「……そういう体質なんじゃよ。それに、ちびっこくても我は17じゃ」

「はぁ、17。そうは見えんが、ナギハちゃんもそうじゃったのう。ツバキちゃんも泉の水を飲んだんかい?」

「泉って、リュウセンのことか? あの水がどうしたんじゃ」


 そう言えばアインが何か気にしていたなとツバキは思い出す。


「あの水はのう、龍が身を清めたという言い伝えがあるんじゃよ。その水には龍の力が残り、飲めば不老不死になることが出来ると言われておるんじゃ。ナギハちゃんはよく泉の周りで遊んでおったからな、そのせいで子どもみたいな顔と身長なのかもしれんな」

「ほう、それは面白い話じゃのう。じゃが、生憎口にしておらんよ。あと50年もすればもっと大人になる故な」

「かかかっ! それは大人でもババァと言うんじゃろ!」


 愉快そうに笑う老婆。ツバキもそれに合わせて笑いながら、思考は泉について考えていた。

 単なる温めれば温泉になる綺麗な水程度に考えていたが、アインが言っていたように何かがあるのかもしれない。調べてみる価値はありそうだ。

 だが、当面の問題は、


「おお、そうじゃ。ナギハちゃんは力持ちでのう。村に迷い込んだ猪を一撃でのしたり、軽々と山から山を超えたりしたものじゃ」


 老婆のナギハ自慢を如何にして躱すかということだった。







「とまぁ、そういうわけで我は疲れてるのじゃよ」


 だからこれはサボってるわけではないぞ?

 座布団を枕にして寝転んだツバキは、部屋に戻ってきたラピスに対してそう言う。ラピスは半分呆れながらも、お疲れ様と言って自身も座布団に腰を下ろした。


「アインはまだ戻ってないの?」

「まだのようじゃな。まあ、ユウもおるし心配はいらんじゃろ」

「別に心配なんて……ああいや、それはともかく。何か情報はあった?」


 ツバキの表情がニヤついてることに気がついたラピスは、咳払いして訊ねる。ツバキは起き上がると、浮かない表情で答える。


「結局一人からしか話を聞けなかったからのう。ナギハはあんなことをする娘ではない、村長は偉ぶっていてムカつく。その程度のことじゃな」

「そう……私も似たようなものね。ミーネについては、特に悪い話は聞かなかった。入団当時から美麗かつ実力がある騎士で、団長になってからもそれは変わらない。年齢に触れたがらないっていう話はあったけど、その程度ね」

「年齢のう……我にはわからん感覚じゃな」

「そりゃああんた達は何百歳になっても若いままでしょうけど、私達は30過ぎれば一気に衰えるのよ。多少は気にするわよ」

「ふむ……それなら泉の水を飲んでくれば良い。あの水を飲めば不老不死になれるらしいぞ」

「眉唾にも程があるっての。そもそも、あの水は飲んだら体調を崩すって話じゃ……」

「ラピス?」


 急に黙り込んだラピスは答えず、記憶の泥をかき混ぜて思考していた。

 美に固執していると噂されるミーネ。龍の力が宿るという泉。その村で暮らしていたナギハ。偉ぶっている村長。バラバラなそれらも、見方を変え角度を変えれば隙間なく繋がるのでは?

 だが、それには嵌め込む情報ピースが足りない。あと一つ、何かがあれば……。


「ただいま戻りました」


 思考に潜っていたラピスを疲れ気味の少女の声が引き戻す。顔をあげると、土汚れのついた外套を手に提げたアインと裾を土で汚したベツが部屋に入ってくるところだった。


「戻ったか……と、なんじゃずいぶん土にまみれたようじゃが」

「ちょっと土いじりをしてきまして」」

「ふむ? して、良い話は期待できるかの」

「半々……ってところですね」

「何かあったみたいね。聞かせてくれる?」


 アインは外套を部屋の隅に放ると溜息とともに腰を下ろす。ラピスも思考を一旦中断し、先を促した。


「ミーネと話すことは出来ました。そこで、ナギハの行動は経済的に恵まれないリュウセンを救うための自作自演だったということを聞かされました」

「自作自演じゃと?」

「ナギハが村を陥れる悪役となり、騎士団がそれを解決する。そしてそれを切っ掛けに騎士団は慰安地としてリュウセンを利用し、共同管理を行う。利用者が増えれば村も豊かになる……そういうことです」

「それでは……我らがしていることは何の意味もないと言うのか」

「そうなります。ミーネの言い分を信じるなら、このまま何も見なかったことにするべきでしょう」

「だが、それではナギハはどうなる? 騎士団を追われ、村からも追われ……そんなことがあっていいわけなかろう!」

「落ち着いてくださいツバキ。それはミーネの言い分を信じた場合です」


 そうですね? とアインは隣に座るベツに目で訊ねる。彼は、静かに頷いた。


「ナギハがこんなことを自分で考えるとは思えません。彼女はもっと直情的で……『橋が無いなら自分で作ればいい』というタイプです。こんな搦手を使って橋を作らせるようなタイプじゃありません」

「私も同意見です。話を聞く限りですが、そんなことを思いつくような女性では無さそうです。むしろ、誰かに命令されてそうせざるを得なかったと考えたほうが自然です」

「それで半々と言ったのか……」


 冷静さを取り戻したツバキは、小さく息を吐いて思考を巡らせる。

 誰かに命令されたというなら、その誰かを突き止める必要がある。現状ではベツの心証以外に彼女の無実を証明するものはないのだから。

 どうしたものか、とツバキは黙ったままのラピスに目をやる。


「……ねえ、ベツ。ちょっといいかしら」

「なんですか?」

「ナギハって、子どもの時から泉の水を飲んでた? 昔から背が低かった?」


 確信に近いひらめきを得たラピスは、興奮を押し殺しながらベツに訊ねる。その意味がわからない彼は、首をひねって、


「ええ、昔から背は低かったですし、水もよく飲んでましたよ。それがどうしたんですか?」


 その答えにラピスは確信する。やはり、ナギハは自分の意志で今回の事件を起こしたわけではない。

 バラバラだった情報ピースが組み合わさっていき、一つの絵を作り出していく。それは荒唐無稽で薄っすらとした絵の具で描かれていたが、確かに全体のシルエットは見えていた。


「ラピス……何かわかったのですか?」

「ええ、状況証拠しか無いけど……それでもいい線いってると思うわ」

「本当ですか!?」


 ラピスは頷くと、自らの推理を語っていく。


「まず、今回の一件で一番得するのは誰か? ミーネの話では村全員だけど、細かく言えば一番恩恵をうけるのは村長よ。村の収益が上がれば、領主に収める税も増える。そうなれば、村の地位に比例して自らの地位も向上する」

「村長のためにナギハが行動した……? それは、その、ミーネさんの話を肯定することになるのでは?」

「そうね。けど、ここで騎士団が受けるメリットを考えてみましょう。村の共同管理をするってことは、騎士団側が自分に都合の良い人物を駐在させても不自然では無くなる。例えば――あの泉の研究者とかね」

「泉の……?」


 そうよ、とラピスは頷いて続ける。


「あの泉は、龍の力が宿っていて飲めば不老不死になれるらしいじゃない。それは即ち、老いないってことでしょ? それを欲しがりそうな奴が騎士団にいないかしら?」

「……まさか」

「騎士団団長ミーネ=ハットリ。彼女が今回の一件を計画した犯人よ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 確かにあの泉にそういう言い伝えがあるのは事実です! ですが、村のものでさえ与太話と思っていることをミーネさんが信じているわけありません!」


 断言するラピスに対して、ベツは慌てて否定する。

 それに関してはユウも同意見だった。ラピスの理屈では、ミーネは与太話を信じ込んで己の美貌を保とうとする騎士団長となる。ひと目見た印象ではあるが、そのような人物には見えなかった。


 しかし、ラピスはその反応を予想していたのか落ち着いた声で言う。


「確かに根拠がなければ与太話よ。けど、そう思わせるだけのものがあって、強く望んでいるなら手を伸ばしたくなるんじゃないかしら?」

「……ひょっとして、ナギハのことか?」


 呟いたツバキに、ラピスは正解と微笑む。


「彼女、子どもの時から泉の水を飲んでいたんでしょう? そして、昔から身長は成長していない。それは泉の影響だと考えられるわ」

「けど、根拠がそれだけでは……」

「いえ、それだけでは無いかもしれません」


 不意に口を挟んだアインに視線が集中する。彼女は、フードに手を伸ばし――無かったことを思い出して気恥ずかしそうに続けた。


「ええと……あの泉ですが、生き物の気配が全くしませんでした。しかし、死んだ泉とは思えず、むしろ何か力があるように思えました。その理由が龍の力が宿っているというなら、説明が付きます」

「どういうことですか?」

「伝説に語られる通り、龍の力は極めて強大です。流した血や汗ですら浴びれば不死身になれるという伝説があるくらいです。つまり、泉の伝説が真実であるなら、泉に薄まった力が残留し続けている可能性があるんです」


 そうであれば、不老不死とまでは行かなくても老衰を遅らせることくらいはあり得る。そして、それを裏付ける根拠があった。


「では、生き物がいないというのは?」

「それは、龍の力に生物が耐えられないのだと思います。過ぎた薬が毒となるように、強大な力に耐えられる生物がいなかったのでしょう。だから、あの水を飲むと体調を崩してしまうんです」

「じゃあ……あれを平気で飲んでいたナギハは……」

「才能なのか選ばれたのかはわかりませんが、龍の力に適合したと考えられます。優れた身体能力というのも、それが由来なのかもしれません」

「そうだったのか……」


 そう呟くベツは、呆然としたようでもあり腑に落ちたようでもあった。

 ラピスは自分の説の裏取りが出来たことに微笑み、すぐに表情を引き締め直す。


「話を戻すわ。それを知ってか知らずかはわからないけど、ミーネはナギハと泉を結びつけ、泉を手に入れれば若さを保てると考えた。その理由は……今は不明ね。けど、美貌に固執しているのは事実みたいよ」

「それを共謀したのが、村長というわけか」

「おそらくね。前線に立つことはほぼ無いと聞いたけど、昨日に限って都合よく襲われていた配送人を助け出している。怪しくないかしら?」

「それは合っておるじゃろうな。急に配送を頼んだのは村長で、いつもはいる護衛もその時はいなかったそうじゃ」

「信頼を得るための自作自演ってことですか……セコい真似を」


 悪態をつくアイン。ユウは当時のことを思い出していた。

 あの時、村長がやたらとナギハに対して騒いで見せたのも悪は彼女であると印象づけるためだったのだろう。幸いというべきか、真に受けたものはいなかったようだが。


「話をまとめると、若さを保とうと考えたミーネが村長と共謀し、ナギハを村の犠牲になるように騙し込む。ミーネを信じた彼女は役割を全うし、ミーネは泉を手に入れ村長は地位を向上させる。そういう計画だったはずよ」

「……ですが、証拠はまだ無いんですよね」


 ベツのその声は、冷静さを欠こうとする自分を必死に押さえつけようとしていた。握りしめた拳は、その現れだ。

 そして、彼が言う通り確固たる証拠はない。状況証拠を繋ぎ合わせた結果というだけで、これを根拠に村長を、ましてやミーネを糾弾する材料には出来ないだろう。

 だが、それでも指針と光明は見えた。後はそれを確かなものにするだけだ。


「安心せい、ここまで来たらあと一歩じゃよ。御主は大船に乗ったつもりでいれば良い」


 ツバキは、硬い表情をしたベツにそう言って笑う。それに緊張が和らいだのか、彼はぎこちないながらも笑い返すと、


「……ありがとうございます。夕飯の準備をしてきますね」


 ツバキ達にお辞儀をして、部屋から去っていく。

 彼が居なくなったところで、ユウはこれからについて訊ねた。アインは腕組みしながら天井を仰ぎ、 


「ナギハさんも、自分が騙されたという証拠を見せなければ認めようとしないでしょうし、まずは証拠を集める必要がありますね」


 ラピスもそれに同意する。


「そうね……ミーネは一筋縄じゃいかなさそうだし、村長から探ってみましょうか」

「彼なら締め上げれば白状するのでは?」

「……違った時のリスクを天秤にかけてから言ってくれる?」

「天秤にかけた上で『違ったら謝ればいいや』と思ってるから無駄だぞ」


 真顔で言い放つアインに、ラピスとユウは呆れたように言って、


「頼もしい奴じゃよ、まったく」


 ツバキは、可笑しそうに――そして安心したように笑っていた。

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