第145話 多種多様な驚きを用意しております

 昼下がりの街道を爽やかな風が吹き抜けていく。草木の薫りと川辺の清涼な空気を含んだそれは、吸い込むだけで活力になる気さえした。


「気持ちいい風ですねっ」


 両腕を広げてくるくると回りながら風を受けるエターナは、上機嫌な声で言って、


「ああ……そうじゃな……」


 青い顔をしたツバキはげっそりとした声で答えた。





 エターナ達とのミーティングを終えた後日、早速オーランへと向かうことになったアイン達。そこまでの道程は、エターナらが手配した馬車で向かう手筈だった。

 馬車なら半日、徒歩でも一日あれば到着できる予定であったが、ここで問題が発生した。規模が大きいとは言えず、一度廃れかけたこともあるオーランへと続く石畳の道は、荒れ気味だったのだ。


 そして、馬車はその影響を受けやすい乗り物であり、端的に言えばとても揺れる。揺れるということは三半規管を頻繁に刺激されるということであり、


「……すまん、我は降りる。御主らだけで先に行ってくれ」


 酔いやすいツバキがギブアップを宣言したのは、ある意味当然の帰結と言えた。

 その申し出に対して、リーベとエターナは、 


「そうしたいところですが、生憎私達の役目は貴方達を目的地まで送り届けること。よって、一人置いていくわけにはいきませんわ」

「それに、もう近くまで来ましたし景色もいいですから、皆で歩きましょう? 川岸でご飯っていうのもいいと思いますよ」


 という提案をし、アインとラピスもそれに同意した。ラピスは一人だけ合流が遅れるという点に、アインは川岸でご飯という点に同意していたというのが、ユウが思うところである。


 そのような経緯もあり、アイン達は馬車を降りて徒歩でオーランを目指していた。


「鉱山街の近くってわりには、穏やかね」


 道は荒れ気味だが、エターナが言ったように景色もよく、空気も心地よい。ラピスは髪を揺らす風に目を細める。


「採掘するものを水晶に絞ったお陰ですね。鉄鉱石と違って溶かす必要がないので、比較的環境を汚しづらいんです」

「それに加えて、加工場と生活空間は厳密に区分けされていますの。水晶の街と聞いて訪れたのに、灰色の空気が漂っていてはがっかりされますから」

「色々考えておるんじゃな……ふぅ……」


 清涼な空気を吸ったお陰か、ツバキの顔色はややマシになっていた。とはいえ、まだ優れているとは言えない彼女をエターナは心配そうに見ていた。

 

「少し休みましょうか。ちょっと休憩するくらいの余裕はあるでしょう?」

「致し方ありませんわね。昼食がてらそう致しましょう」

「すまんな……助かる……」


 ラピスの提案を受け、一行は道から外れて川岸に移動する。小石が積み重なって出来た岸をブーツで踏み鳴らし、平らなところを探していく。

 適当なところを見つけたところで、背負っていたザック類をその場に下ろす。ツバキが真っ先に座り込むと、アイン以外の全員がそれに習った。


 ツバキは、緩やかな流れの水面を覗き込むアインに訊ねる。


「どうしたアイン。御主はいいのか?」

「せっかくですし、魚を獲ってきます。ラピス、カマドの用意をしてもらえませんか?」

「了解。あまり捕りすぎないようにね」


 アインは頷き、魚の影を確かめながら上流へと上がっていく。 その離れていく背中を眺めていたエターナは、感心した声をあげた。


「へえー、やっぱり旅慣れてる人は食事も現地調達なんだ。なんかかっこいいね」


 それに対してリーベは、むっとしたような声で言う。


「そのくらい、私にだって出来ますわ。魚を捕るくらい簡単です」

「えー、けどリーベって釣りも出来なかったよ? 餌のミミズ見たら悲鳴あげてにげちゃってさ」

「あ、あれは餌がいけないんですの! 疑似餌なり練餌なら問題なかったのです!」

「本当かなぁ?」

「本当です! なんなら今証明してみせましょうか!」

「やめておきなさいって。せっかくのドレスを濡らす必要もないでしょうに」


 今にも川に飛び込んでいきそうなリーベだったが、ラピスの制止を受けて思い直したのか歯噛みしつつもその場に留まる。睨みつけられたエターナは、音の出ない口笛を吹いて顔を背けていた。


「仲の良い姉妹じゃな。見ていて微笑ましいわ」


 おかしそうに笑うツバキに、じろっとした目と共にリーベの矛先が向けられる。


「ツバキさん! 貴方も適当なことを言うのはやめてくださいませ!」

「思ったことをそのまま言ったまでじゃよ。それともご不満じゃったか?」

「そうではなくて! 私達に協力すると言うなら言動を慎みなさい! 大体、どうして昨日の会合に参加しなかったのですか!」

「数に差があっては要らぬ緊張を強いると思ったまでよ。それに、負ける姿を見られずに済んだであろう?」

「次は絶対に勝ちますわ! 二度目の負けはありえません!」


 勢いよくぶつけられる言葉を飄々と受け流していくツバキ。リーベは、からかわれていることにも気が付かず、赤い顔でムキになり続けていた。

 それは、ラピスがツバキにからかわれるパターンと同じであり、カマドを組む彼女はリーベに友情めいた共感を覚えていた。


「よしっと」


 そうこうしている内に、大きめの石を円状に並べた即席のカマドが完成する。後は、燃料となるものを円の中に用意すれば準備が整うが、何故かラピスは石を中に入れていく。

 睨むリーベから逃れてきたエターナは、それを見て首を傾げる。


「それって石ですよね? 実は石炭とか?」

「これはただの石よ。けど、ちょっと手を加えてやれば」

 

 ラピスは、魔力を込めた指先で石の表面をなぞっていく。その軌跡に合わせて焼き付いたような線が引かれ、さらに数本加えることで直線だけで形作られる文字が刻まれた。

 『炎』を意味する文字を刻んだ石を何個か作り終えると、それを積んだ石の中と頂点に戻し、今度は詠唱を開始する。


「赤の輝きは慎ましく、されど健やかに続くことを願わん……っと」


 赤い輝きが灯った指先を頂点の石に触れさせる。すると、小波さざなみのように赤い光が石へと広がっていき、それに連鎖して石山の中からも輝きが漏れ出していく。


「こんなところね。木を燃やすよりも片付けも簡単よ?」


 赤熱する石に手をかざし、熱を放っていることを確かめたラピスは目を丸くするエターナに向かって得意げに言う。


「そんな魔術の使い方もあるんですね。実践的なことって私達じゃわからないので勉強になります!」

「……まあ、そうですわね。せこせこ小枝を拾い集める苦労をせずに済むという点は評価しますわ」


 素直に感動を表すエターナとそっぽを向いて評価するリーベ。彼女は、ツバキとの舌戦に消耗したのか肩で息をしていた。

 そんな対称的な二人にラピスが肩をすくめていると、突然轟音が響いた。巨人が岩を思い切り殴りつけたようなそれに、エターナはリーベに縋り付く。


「な、なんなのお姉ちゃん……!? もしかして魔物!?」

「落ち着きなさい、魔物が出没しているという話は聞いていません」


 リーベは、冷静な声で返しつつも辺りを警戒するように見渡す。目に入る怪しいものはなく、音は上流の方から聞こえてきた。

 こんな声を上げる魔物が出現しているという情報は耳にしていないが、今日が初めての出現という可能性もある。もしかすると、アインが襲われているかもしれない。だとすれば、すぐに状況を確認しなければ。


 そう判断したリーベは、緊張した声でラピスに告げる。


「ラピスさん、すぐに音の発生源を確かめますわよ。アインさんが危ないかもしれません」


 怯えるエターナの手を握り返してやりながら、焦るように続けるリーベ。しかし、ラピスの反応は鈍く、微妙な表情で頬を掻くだけだった。

 そうしている間に再び轟音が鳴り響き、リーベは苛ついた声で怒鳴る。 


「ご友人の危機に何ですの!? 見下げ果てましたわ!」

「あー、そうじゃなくてね。アインなら大丈夫よ」

「だからといって助けに行かない理由には……!」


 詰め寄るリーベを制し、だからそうじゃなくてとラピスは溜息混じりに答える。


「アレ、アインが出してる音よ。ええ、間違いなく」

「……アインさんが? 何故?」

「すぐにわかるわ」


 その答えに半信半疑ながらもリーベは警戒を解き、アインが戻るのを待った。そして十分後、


「獲れましたよー! 焼いて食べましょうー!」


 魔術で造った即席のツボを両手で持ったアインがとてもウキウキした声を上げながら帰ってくる。無論、怪我など一つもない。

 先程の轟音など何もなかったかのように成果を見せる彼女に、困惑しきったリーベは思わずエターナを見やる。だが、彼女も似たような表情で答えは一向に出なかった。


「ああ、戻ったかアイン。馬鹿でかい音を出しおって……気が休まらんではないか」


 そこにツバキがリーベの背後から顔を出して文句を言う。そして、アインが抱えたツボの中を覗き、大漁じゃなと呑気な感想を述べた。


「お二人はどうしましたか? 待ちくたびれてお腹が空いちゃいました?」


 成果を持ち帰り誇らしげだったアインは、リーベとエターナが妙なものを見る目を向けていることに気が付き、訊ねる。

 それに、リーベは言葉を選ぶように戸惑いながら問い返す。


「あの、轟音がそちらから聞こえましたが……何があったんですの? 彼女はアインさんが出していると言っていましたが」

「音……ああ、ガッキン漁をしていたんですよ」

「ガッキン……なに?」


 聞き慣れない単語に戸惑うリーベに、アインは得意げに指を立てて説明を始める。


「ガッキン漁というのはですね、岩を思い切り叩くことで衝撃波を発生させ、水中の魚を気絶させる漁法です。素人では岩を砕いてしまったり、逆に手を痛めてしまうんですが、私ならゴーレムで出来る上に自然を痛めること無く実行可能です」

「ああ、ガッキンって音が鳴るからガッキン漁なんだ」


 難得したエターナが頷くのをよそに、リーベは遅れてやってきた衝撃に伝播したように呆然と立ち尽くしていた。


 彼女の言を信じるなら、あれだけの音を出しながら岩を破壊していないという。しかも、即席のゴーレムを造りそれで実行した。

 鉱物には割れやすい、割れにくいポイントがあり、それを正確に叩けば壊さず衝撃だけを伝えることは可能だろう。だが、それにはポイントを見極める目と、機械のごとく精密に実行する技術が必要だ。


 それを彼女は簡単にやってのけるというのか。そんな技術をただ魚を捕るだけに使うほど、気軽に――。


「……貴方達には驚かされてばかりですわね。これ以上驚くと、寿命が縮んでしまいそうですわ」


 息と共に吐き出された言葉は、皮肉交じりながらも称賛の言葉だった。それでもやはり悔しいのか、そっぽを向いての発言だったが。

 言い方はどうあれ褒められたことが嬉しいアインは、照れながらツバキにツボを差し出して言う。


「あ、ツバキ。これ運んでくれませんか。手がベタつくので洗いたいんです」

「うむ、良いぞ。ああ、ついで串も用意してくれ」

「了解です」


 ツボを両手で持ったツバキが、カマドまでそれを運ぼうとした時だった。急に強い風が吹き、帆のように風を受けたフードが膨れ上がる。その拍子に、軽く狐耳に引っかかっているだけだったフードは後ろへとずり落ち、


「えっ?」

「はっ?」


 ピンとした狐耳が顕となり、エターナとリーベは目を見開き、何度もお互いの頭部とツバキのそれを見直した。当然のように二人の頭には狐耳などないが、ツバキには確かに存在する。


「つ、ツバキ。隠さないと……」

「もう遅いって。まあ、しょうがないでしょ」


 慌てるアインと諦めたように溜息をつくラピス。

 そんな二人に構わず、ツバキは渾身のドヤ顔でわなわなと震えるリーベとエターナに、


「知られたからに仕方あるまい。そう、我こそはあの」

「フクス!? 本当にフクスなの!?」

「ほほほんとうに居たよお姉ちゃん!? どどどどうしようどうしよう!?」

「おおお落ち着きなさい淑女はいかなる時も冷静さを忘れないッ!」


 言い放とうとしたところを二人の絶叫に被せられてしまい、タイミングを逃した彼女は、


「……なんじゃ、空気を読まんか」


 拗ねたように地面を蹴っていた。

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