第146話 似てない協会と似た者同士

「おう? どうかしたかエターナ」


 昼食と休憩を終えた一行は、再びオーランへと歩を進めていた。その道中、背後のエターナから視線を感じたツバキが訊ねると、彼女は戸惑いがちに答える。


「えっと、ツバキさんは本当にフクス……なんですよね?」

「おうとも。さっき、さんざ耳と尻尾を触ったではないか」

「そ、そうですけど、あのフクスですよ? "過去に存在していたが今は存在しない"という点で言うなら、龍と変わりません。そんな種族が目の前にいると思うと……」

「私も同感ですわ。フクスは知慧ある狐であり、時には人を導くこともあると聞いていたのに……」

「そりゃあ悪かったのう。何分その方が立ち回るのに便利だったものでな」


 思っていた姿とは異なる実態に肩を落とすリーベ。ツバキはそれに怒るでもなく、愉快だというように大声で笑っていた。

 それを眺めるアインは、思いついたことをユウに伝える。


『ひょっとして、フクスに関する噂って大部分が彼女ら自身が広めたんですかね?』

『或いは、訂正しないほうが都合良しとしているかだな』


 ツバキを見るに後者のほうが有りそうだとユウ。ですね、とアインも同意した。 


「フクスらしくなくとも、ツバキがフクスなのは事実よ。わかってると思うけど、他の人には黙っておいてね。お互い余計な騒ぎは起こしたくないでしょ?」


 確認するようなラピスの言葉に、リーベはわかっていますわ、と気怠い声を返す。


「協会の実績トロフィーには十分過ぎますが、土台ごと潰しかねないものは飾っておけませんわ。それに、貴女方との信頼関係を損ねたくありませんので」

「よくわかってるじゃない。まっ、祭り上げるって言うなら止めはしないけど、オススメはしないわ。散々振り回してから蒸発するのがオチよ」


 ラピスの言葉に、違いないと内心同意するユウ。

 自分を利用しようとする相手なら、その倍は利用し尽くし笑って消えるのが彼女だ。土台どころか、土地まで潰しかねない神輿なんて担ぐには割が合わない。リーベが気落ちしているのは、その点もあるのだろう。


「なぁに、フクスだろうと人だろうと我は我じゃよ! 仕事はキッチリやるから安心せい!」


 当人は、それがわかっていながらリーベの背中を笑って叩いているが。

 未だに割り切れていないのか微妙な表情でされるがままのリーベの様子に、アインは小さく嘆息して呟く。


「まったく、ツバキには困ったものですね」


 お前が言うなというユウのツッコミは、街が見えてきましたよというエターナの声に遮られ届くことはなかった。






「ここがオーランですか」

 

 石造りの門を抜けてオーランに一歩踏み出したアインは、そこからの街並みをぐるりと見渡していく。

 石を積んで造られた家が立ち並び、それに挟まれた街路を忙しなく馬車と馬車が行き来していく。ヘルメットを付けた人が目立つのは、鉱山街ゆえだろうか。彼らは街へと戻り、或いは街の外へ消えていく。


 一度は寂れた灰色の街という話であったが、行き交う人の顔や屋台の賑わいを見ると、それも払拭されつつあるようだ。荒々しくも再生を目指す活気にあふれている。


 アインがそう感想を述べると、エターナは嬉しげに頷いた。


「はいっ、皆さんが頑張っているお陰です。少ないですが、新しく店を開こうという人もいるんですよ」

「ほう、そこらにいる露店はその前段階ということか?」

「それもそうですし、後は仕事終わりの人を狙って出張してる人もいるみたいです」

「なるほど……その気持はとてもわかります」


 うんうんと頷きながらビールとフライドポテトの屋台にふらつくアイン。その首根っこを押さえながら、ラピスは言う。


「で、その復活の中心が魔術協会ってわけね」

「そういうことですわ。とはいえ、それは切っ掛けに過ぎません。こうして街が立ち直れたのは、そこで暮らし生きる者の力があってこそです」

「殊勝な心掛けね。じゃあ、その切っ掛けまで案内してくれる?」

「ええ、こちらへ」


 一行は、リーベの先導に従って街路を進んでいく。魔術協会の代表とその補佐に連れられる三人の少女という取り合わせが珍しいのか、時折通り過ぎた人が振り返り、不思議そうな顔をしていた。


「おや、二人共帰ってきたのかい。その人達が、力を貸してくれる魔術師さんか?」


 途中、露店の店主に声を掛けられたエターナは笑顔で手を振り返し、リーベは優雅に一礼を返す。


「こんにちは! はい、すごく頼りになる人達ですよ!」

「御機嫌よう。今から協会へ案内するところですわ」

「へえ、若い人だとは聞いていたが、思ってた以上に若いな。まっ、年齢なんて当てにならんが。現に俺よりも二人のほうがしっかりしてるからな!」


 店主はひとしきり豪快に笑った所で、話をラピスへ向ける。


「さて、これ以上時間を取らせるのは悪いな。俺はグレイ、普段は店の方で酒を出している。噂や情報を集めたくなったら来てくれ。もちろん、酒と料理を楽しみたい時もだ」

「ありがとう、助かるわ」

「またね、グレイさん」


 エターナが店主に別れを言って、一行は再び協会を目指して歩き出す。その数分後、


「お嬢様方、おかえりなさいっす!」

「遠征お疲れ様っす!」


 ヘルメットを首に引っ掛けた鉱山労働者に深く頭を下げられたり、


「あっ、エターナ会長とリーベ補佐! おかえりなさい!」

「その方が、助っ人さんですか!?」

「どなたがアインさんですか!?」


 街の外へ調査に向かう協会員に囲まれたり。その度にエターナは笑顔で、リーベは粛々と対応をしていった。

 そのお陰で詰め寄られること無く難を逃れられたアインは、尊敬の目を二人に向けていた。


『二人はとても慕われているんですね……すごいです』

『お前もまあ、有名人ではあるぞ』

『……もう少し真っ当なことで名を上げたいです』

『その自覚があるなら頑張れ。今回の結果次第ではそうなるかもしれん』 

『それは確かに……頑張りましょう』

「ここが協会です」


 人知れず気合を入れ直すアインを余所に、目的地についたことを知らせるエターナの声に彼女以外の者は立ち止まる。

 一人歩き続けていたアインは、そのままラピスの背中に追突した。


「ちょっと、どこ見て歩いてるのよ」

「す、すいませ――」


 慌てて謝るアインだったが、その声は目の前にある協会を見ると途切れていく。呆けたように建物を見上げる彼女に、エターナは不安げに訊ねる。


「大丈夫ですか? 怪我をしたなら私が治しますけど……」

「ああいえ、大丈夫です。ええと、その」


 アインは、戸惑いながら目の前の建物を指差して言う。


「ここが魔術協会……なんですか? 美術館か博物館のようですが」


 彼女が言う通り、大通りに面した真新しい石造りの建物は、ぱっと見たところでは美術館か博物館のようにしか見えない。入り口には水晶を散りばめたステンドグラスのように美しい大きなドアがあり、そこを通り抜けていくのは老若男女と、閉鎖的な空気は一切ない。ロッソの大学を思わせる協会とは違う、先進的モダンな雰囲気の建物だった、


「良くぞ聞いていくれました。これこそが、我らが父の柔軟な発想が生み出した協会の姿ですわ」


 その反応を待っていたとばかりに、リーベは誇らしげに手を当てた胸を張る。彼女は、熱を帯びた口調で更に続ける。


「従来の魔術師のイメージである陰気・秘密主義を打ち破る開放的な空間。誰もが学ぶ機会を得るだけでなく、市民の交流と憩いの場としても機能しておりますの。魔術師と市民の距離を縮めることによってお互いにやりやすくなりますし、要らぬ特権意識を育てることもありませんわ」

「へ、へえ……」


 リーベの勢いに若干引き気味のアインは曖昧に頷く。立派な理念だと思うし、それに見合った建物だとも思うが、自分にばかり言われても困るというのが正直なところだった。


 それを察したのか、エターナは苦笑しつつリーベに言う。


「リーベ、まずは中に入ってもらおう? 口で言うより見てもらった方がわかりやすいだろうし」

「……失礼しました。ではこちらへ」


 リーベは、咳払いすると早口で言って大きなドアを開き、アイン達を出迎える。すました顔をしていたが、頬には朱が差していた。

 彼女が開いたドアから先頭のアインが中へと入り、その光景に驚きの声を上げた。


「外観だけでなく中も洒落ていますね。魔術協会とは思えません」


 広々としたエントランスホールは、天井のシャンデリアだけでなく外からの光も取り込んで明るく照らされている。ロビーとしての機能を優先していたロッソ魔術協会とは違い、談話スペースや広いカフェブースがあるのが特徴的だ。勿論、ロビーが蔑ろにされているわけでもなく、重厚な木製カウンター内では数人の職員が対応を続けていた。


『建物の大きさが違うとは言え、ロッソより全然豪華だな』


 ロッソがくたびれた大学ロビーなら、こっちは一流ホテルの受付ロビーだ。或いは、お嬢様学校か。

 ユウがそんなことを思っていると、


「ふぅん……管理も維持も大変そうだけど、かなり快適そうね。何も考えずに使える立場ならどれだけ良かったかしら」


 ラピスは、実務的な観点から感想を述べ、


「ほう。床も壁も良い石を使っておる。あそこの小僧が土足を乗せているソファーも、あやつの父親の年収くらいはするじゃろうな」


 ツバキは、金銭的な観点から感想を述べていた。


 対象は三者三様ながらも興味を惹かれる彼女らに、エターナは弾んだ声で説明を続ける。


「協会は左右中央の三つの建物に分かれていて、ここが中央です。で、向かって左が講義が行われる講義棟。右が街の歴史や発掘された遺物の展示を行う栄光の間です。まあ、歴史品はともかく遺物は全然無いんですが……」

「なぁに、無いなら掘れば良いんじゃろ。そのために此奴等がおるんじゃから」

「ツバキさんの言うとおりです。成果には期待していますわ」

「もちろん、任された以上は期待に答えてみせるわ」


 ラピスは自信ありげに微笑み、それにリーベは満足げに微笑み返す。


 つい昨日には決闘まがいのことをした二人だが、その遺恨は残っていないようで、アインは安心したように息を吐く。

 顔を合わせた時は、彼女らしくもない態度に驚いたが、自分と違って彼女は大人なのだから、それくらいの割り切りは出来るのだ。まったく、要らぬ心配を――。


「まあ、『焔色の魔女』などと渾名されるくらいですからその程度は当然ですわね。その髪は、歯向かった者の血で染めたというのは本当かしら?」

「あははは、それを言うならあんたは『金色の水魔』かしら? 肌が乾かないようにもう一度ずぶ濡れにしたほうがいい?」

「おほほほ」

「あははは」


 撤回、撤回だ。乾いた笑い声を上げながら肩で押し合う二人は、まるっきり意地を張り合う子どもだった。別に嫌ってるわけではないだろうに、何がそこまで気に入らないのか。


 肘で脇腹を突き合い始めた二人に首をひねるアインは、その理由をユウとツバキに問うが、


『さてな、色々あるんだろうさ』


 ユウは曖昧な返答。


「我から軽々しく言うことでは無いな。ところでエターナよ、我らに宿は用意されておるか?」


 ツバキははっきりと答えず、エターナに話を振る。ついには手四つの体勢に入った二人を困ったような笑みで眺めていた彼女は、慌てて頷いた。


「は、はい。近くの宿を人数分とってあります。今日はお疲れでしょうし、本格的な活動は明日からにしましょう。後で資料を渡すので、それに軽く目を通して貰えれば構いません」

「そうさせて貰おうかの。じゃあ、案内を頼む」

「えっ、あのラピスさんは……?」

「放っておけ、リーベが居るなら宿の場所はわかるじゃろ。それに、我に返ったところに我らがいてはバツが悪かろう」


 一見すれば、それはラピスとリーベを気遣っているだろう言葉だ。しかし、本心が違うことはさり気なく吊り上がった唇の端を見ればわかる。


 大方気まずい気分で戻ってきたところを散々からかってやろうとか、そんなことを考えているのだろう。

 相変わらずの彼女にユウが溜息をついていると、


「そうですね。お姉ちゃんって意地っ張りだからすぐには終わらないし、そうしましょうか」


 あっさりとエターナはツバキの提案に同意し、彼女と共に外へと向かう。アインは、彼女たちとラピス、リーベを交互に見比べて迷っていたが、


「……ラピス、私達は先に戻っています」


 結局、ラピスに一声を掛けてからその場を去る選択を取るのだった。

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