第147話 これからについての確認

 一夜明けて、アイン達は朝の協会を訪ねていた。玄関までは鞄を肩に提げた学生に紛れて進み、エントランスホールに入った所で彼らとは逆に栄光の間へと進む。指定された待ち合わせ場所は、2階の空き部屋だ。

 

 話は既に通っているのか、おはようございますと挨拶する警備員に頭を下げ、階段を上がっていく。


「言っていた通り、まだ展示が少ないですね」


 空きの多い展示箱を眺めて、アインは呟く。

 中くらいの大きさの空間には、三辺に沿って展示箱や解説プレートが設置されており、残る一辺は廊下へと繋がっている。薄暗いそこで、唯一光が漏れている部屋のドアをノックする。


 返事ともに軽快な足音が近づいてくると、勢いよくドアが開かれ、明るい笑顔が現れた。


「あ、アインさん。おはようございますっ」

「おはようございます」

「おはよう、エターナ。待たせたかしら?」

「私達も来たばかりですよ。さっ、入ってください」


 アイン達は、エターナの横を通って部屋に入る。どうやらここは展示品保管室のようで、部屋の隅の机の上には、整形途中の水晶塊や作りかけの解説プレートらしいものが置かれている。

 リーベは、中央に並べられたテーブルに着き、資料らしい紙を無言で睨むように眺めていた。アインが控えめな挨拶を掛けると、彼女は顔を上げて立ち上がる。


「おはようございます。よく休まれましたか?」

「ああ、良い宿じゃった。もう少し休んでいたかったくらいじゃ」


 欠伸混じりに答えるツバキ。リーベは、そんな彼女を睨みながら言う。


「今日は貴方についても話し合いたいと思っていたので、それは困りますわね。仕事はキッチリやるというのは嘘でして?」

「わかっておる。率直な願望というやつじゃよ」


 ひらひらと手を振って席に着くツバキを、彼女は疑わしそうに見つめていたが、結局それ以上は言わず溜息をつく。何を言っても躱されるということを思い知ったためだった。


 リーベは頬杖をつくツバキから視線を外し、アインとラピスに席へ着くよう促す。ツバキとエターナ、ラピスとアインの二組が対面する形で席に着いたことを認めると、彼女はさて、と言って切り出す。


「エターナが昨日渡した資料は既に目を通したものと思います。そのため、アインさんとラピスさんの役割に関しては、今更説明は不要でしょう」

「ええ、実践的な内容の講義と鉱山の調査。これを二人で分担、或いは協力しつつ行う。期間は一ヶ月か二ヶ月。達成目標は、その間に協会のシンボルとなるアイテムの入手」

「わかっているようで何よりですわ。講義に関しては準備も必要でしょうが、出来るだけ早く行いたいと考えています。それこそ、学生への顔見せだけなら今日にでも」

「私は大丈夫よ。何を知りたいのかは、こちらも早く把握しておきたいしね」


 ラピスは自信満々、いつでも構わないと余裕の態度で答え、


「わ、私も大丈夫です」


 アインは硬い声ながらもはっきりと宣言する。表情も怯えより決意が勝っているようだった。

 その態度に、ユウは感心していた。

 

『いいやる気だな。俺も助かるよ』

『私達の今後にも関わりますし、アルカさんにも迷惑は掛けられませんから……正直、考えると胃が痛むんですが』

『そのための俺だろ。半年前のお前でも出来たんなら、今のお前だって大丈夫さ』

『……ありがとうございます。いつも助かっています、本当に』

『お互い様だ。まあ、何時かはわからないけど、俺無しでも出来る日が来るさ』

『はい……頑張ります……』


 汗ばんだ指がユウの柄にある宝石を一撫でし、離れていく。当たり前のように行われるこれも、もし自分が生身であればあり得なかったことだろうとユウは独り思う。


 喋る剣だからこそアインは興味を持った。それがただの男子学生であれば、見捨てないまでもロクに会話もできなかっただろう。その後は良くて街まで送るのが精一杯、無言であの森に置いていかれることだってあり得た。

 よしんば街に送られたとして、旅に同行も出来なかっただろう。人見知りの彼女が、見知らぬ男と旅をする理由なんて万に一つもなく、その一があったとしても自分の体力でついていけたとは思えない。


 自分が喋るしか出来ない剣で、アインが喋れない魔術師だったという歯車が噛み合ってここまで来ることか出来た。しかし、そこから先は? アインに喋る剣が必要なくなった時、自分はどうするのだろう――。


「では、お二人は問題ないとして、問題なのは……」


 思考に沈んでいたユウは、溜息と共にこぼれたようなリーベの声に我に返る。

 今考えても仕方がないし、自分一人で決めることでもない。第二の人生は、相棒アインと相談することにしよう。


 彼がそう結論づけたところで、頬杖をついていたツバキは、ニヤニヤとした顔をリーベに向けて訊ねる。


「なんじゃ、我がどうしたか? 耳でも触りたくなったかの?」

「そうではなく、貴方の役割についてですわ。フクスということは、魔術に精通していると考えても良いでしょう」

「そうじゃな、壊すのは得意ではないが、御主らとは異なる魔術を扱うことは出来る」

「それ自体はとても興味深いですが……迂闊に学生の前に出すと、正体がバレかねません。貴方は、興味を惹くものしかありませんから」

「かかかっ、よくわかってるではないか。確かにこの愛らしい姿では、興味を持つなというのは無理があるな。見た目は子ども、中身は天才! これは馬鹿受けじゃな!」


 得意げに笑うツバキを余所に、リーベの表情は土を齧っているかと思うくらい苦々しかった。


 とても反論したいが、愛らしいという点は事実ではあるし、フクス独自の魔術が優れているのも事実だし……けど納得いかない。そんなところだろうかと、若干同情しているラピスは思う。


 リーベは、初対面の時から理由はわからないが苛ついてしまう相手ではあったが、嫌ってはいない。だからこそ、理由もわからず苛つくのが我ながら不思議なのだが……。

 

 ともあれ、これ以上朝から疲れさせるのは悪い。いや、彼女にではなくこちらのが都合が悪いというだけであって、と言い訳ツンデレしつつラピスは口を挟む。


「そろそろ真面目な話をしましょう。リーベが言った通り、ツバキに講義は難しい。そもそも貴方には向いてないでしょう」

「まっ、そうじゃな。御主らの魔術の理論を我はよく知らぬし、逆もじゃろう」

「なら、他のことをすべきね。何が出来そう?」

「愛らしい風貌で癒やしを振りまくことくらいかの」

「ツバキさん! いい加減にしないと怒りますわよ!」


 机を叩いて凄むリーベに、出番は終わったと油断していたアイン、なるほどと頷いていたエターナは同時に背筋を伸ばした。

 その矛先を向けられたツバキは、両手の平を見せながら言葉を返す。


「わかっておるよ、ここには遊びに来たわけではない。そうじゃな、ロッソとヴァッサでは、商人らと関わり祭りにも手を貸した。その中には水晶や加工品を求めるものもおるじゃろう。特に、ヴァッサの景色に水晶の煌めきはよく似合うし、欲しがる者も多いじゃろうな」

「……そのパイプを紹介してくれると?」


 冷静さを取り戻したリーベ。ツバキは胸を張って答える。


「おうとも。それに、我らフクスは宝石加工に関しては右に出る者はいない。アインがやってみせたよりも、さらに美しく磨いてやろう」

「……」

「それでも不満か?」


 続くツバキの言葉に、リーベは大きく溜息をつく。


「……はぁ。その人をからかうところが無ければ、より良かったのですけれど」

「それは無理じゃな。狐は人を化かして生きるものというのが相場じゃ。商売人が相場を守らず、誰が守るというのか」

「だったら、それだけではないところも見せてくださいませ」

「言われずとも。期待しておれ」


 自信に溢れた返答に肩をすくめるリーベだったが、同時に肩の荷が下りたようにスッキリとした顔をしていた。思い切り声を出したお陰で、気が晴れたのかもしれない。


 そんな姉を微笑ましげに眺めていたエターナは、軽く手を叩いて視線を集めて告げる。


「さて、会議もまとまったということで、協会内の案内を今のうちにしておきましょうか」

「そうね、余所の協会ってあまり見たことがないし、気になるわ」

「私も気になります。とくにカフェブースが」

「もちろん、そちらも案内しますよ」


 そう言って、エターナはリーベを見やる。その表情は、先程までのツバキが浮かべていたそれに似ており、リーベは思わず後ずさる。


「な、何かしら?」

「んー? 案内は昨日するつもりだったけど、で出来なかったなぁって」

「ッ! エターナ!」


 一瞬で真っ赤になった顔で睨むリーベからそっぽを向くエターナ。そんな彼女に詰め寄っていくが、堪えた様子は全くない。

 どもった声で反論続けるリーベと楽しげにそれに答え続けるエターナ。その光景は、昨日ユウが見たものとそっくりで、思わずラピスへと目を向ける。


「まっ、元気出すんじゃよ」


 顔を手で覆って俯くラピスは、笑いながら肩を叩いたツバキの手を乱暴に振り払った。

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