第144話 勝負に負けても試合は勝つ

 協会内の食堂に移動したアインらは、エターナとリーベに向かい合う形で席に着く。従業員に纏めて注文をしてきたアルカは、議長のように中間の席に着いて言った。

 

「では、改めてミーティングを始めようか。簡単な説明はしてあるから、要点だけを伝えてくれれば良いよ」

「はい、わからないことがあれば何でも聞いてくださいね」


 頷いたエターナは、そう言って説明を始める。


「まず、私達の協会が人手不足だというのはご存知だと思います。何しろ新設の協会ですから、教えられる人はここロッソやヴァッサに行ってしまうんです。設備や資料も充実しているとは言えないですし……」

「なので、その不足を補ってもらいたいというのがまず一つ。そしてもう一つが」

「協会のシンボルになるようなアイテムの入手、ですね。ここまでで気になることってありますか?」


 それに対してラピスは軽く挙手して訊ねる。


「教えるのは構わないけど、私達は貴方や学生と大して年齢は変わらないわ。その点に問題は無いの?」

「はい、アインさんとラピスさんには魔術の実践的な内容の基本を教えてもらいたいなぁって。歴史や理論はともかく、実際にやってみるとなると魔術師でないとわからないこともあるので」

「それに、お二人ともわかりやすい実績もあって顔も良い。客寄せには丁度良いでしょう」

「リ、リーベ、失礼だよ」


 エターナが嗜めるが、リーベは涼しい顔で聞き流す。それにラピスは気を害した様子はなく、むしろ上機嫌な声で返す。


「いいじゃない、最初からそう言ってくれたほうがわかりやすいわ。それに、褒められて悪い気はしないしね」

「あら、褒めたつもりはありませんが、機嫌良く働いてもらえるならそういうことにしておきましょう」

「ええ、そういうことにしておいて」


 皮肉げに笑い合うリーベとラピスをアインは交互に見やり、


『……褒められたってことでいいんですか?』

『お前って皮肉言うのは得意な癖に言われると通じないよな』

 

 話が見えていない彼女に、ユウは嘆息して説明してやる。


 誰だって綺麗なものは好きだし、人の顔だって良いに越したことはない。接する機会が多いなら尚更だ。

 そこに加えて、実績ある人の言葉というのは単なる文字以上の効果がある。『すごい人に認められた自分もすごい』とその人物の功績を同一視することが出来るからだ。


 それで言うとアインとラピスだが、二人ともキマイラを倒したなどのわかりやすい実績に加えて美少女と判定される顔立ちをしている。

 そんな人物が教授してくれるとなれば、学生たちのやる気も高まるし協会の質とコネのアピールにも繋がる。そこを含めての『客寄せ』という意味なのだろう。


 説明を受けて納得したアインは、なるほどと頷く。


『それがエターナさん達の狙いというわけですか』

『だから、期待される立ち振舞いをしておけよ?』

『平気ですよ、黙ってれば美少女とは散々言われてきたじゃないですか』

『誇らしげに言うことじゃないし、黙っていたら文字通り話にならないんだが』


 大丈夫かコイツ、とユウはドヤ顔のアインに再び溜息をつく。

 まあ、今から心配しても仕方ないし今回はラピスもいるから平気だろう。彼はそう思考を切り替え、ラピスとエターナ達の会話に意識を戻す。


「じゃあ、二つ目ね。協会のシンボルになるアイテムの入手ってのは?」

「それは、実績トロフィーと言い換えてもらっても構いません。要するに『私達はこんなことを成し遂げました』という象徴になるものが欲しいんです。目に見えてわかるものがあると、団結力や帰属意識も育てやすいですから」

「その当てになるものはあるの?」

「鉱山の水晶が候補です。単純ですが、巨大で美しいものであればシンボルには十分だと思います。これがサンプルですね」


 そう言ってエターナは、懐から六角柱形の水晶を取り出す。それに目を輝かせたアインは、触っても良いかという問いを肯定されるやいなや手を伸ばした。


「これは中々……良いものですね……悪目立ちする不純物もありませんし、透明度も高いです」


 チョーク程度の大きさのそれは、全体的に磨かれただけで表面に多少ざらつきも残っていた。だが、それでもわかる冷たく澄明な輝きにアインは興奮を隠しきれない。


 熱心に手触りや透明度を確かめる彼女の様子に、エターナはほっとしたように言う。


「良かったぁ……アインさんが言ってくれるなら安心ですね。これなら質もアピール出来そうです」

「彼女の保証がなくとも、始めから質は保証されているでしょう。採掘は私達のお父様が出資しているのだから」

「あ、そっか……うん、そうだね。私達のお父様が頑張ってるもんね」


 リーベが口にした言葉は、なんてことのないものに思えたが、何故かエターナは何度も頷いていた。リーベに向けられた表情は嬉しげで、彼女はそっぽを向いてそれを躱す。

 

 それを眺めていたラピスは、ふと思いついたように訊ねる。


「貴方達って姉妹よね? どちらが姉なの?」

「……それは」

「リーベがお姉ちゃんだよ。で、私が妹」


 一瞬言い淀んだリーベに代わってエターナが答える。その口調は今までよりもフランクなもので、こちらが本来なのだろう。

 そんな彼女を、リーベは戒めるように言う。


「エターナ、代表ならそれらしく振る舞いなさいと言っているでしょう。それと、『お姉ちゃん』はやめなさい」

「わかってる……わかってます。こほん……リーベが姉で、私が妹です。彼女は優秀な補佐であり、頼りがいのある姉でもあります」

「なるほどね、確かに優秀っていうのは肌で感じてわかったわ」


 ラピスは頷きつつも、何か引っかかるものがあるようだ。それは、ユウも同じだ。


 姉妹というには、二人は似ていない。顔つきや髪、瞳の色まで異なっている。

 そして、名乗った際にリーベは『リーベ=クライン=ダズル』という名を告げた。姉妹で姉だけがミドルネームを持つというのは、そう多くないはずだ。

 長女だけが授かるという伝統があったとしても、ならば何故リーベが代表ではなく補佐なのか?


「似ていない姉妹、と思われて?」


 唐突に放たれた思考を読んだような言葉に、ラピスは思わず反応してしまい、バツが悪そうに答えた。


「……正直ね。気を悪くしたなら謝らせて」

「気にしていません、だって養子なのですから当たり前ですわ」

「養子?」


 聞き返すラピスにリーベは頷く。


「ええ、私はクライン家という没落した魔術師の家の一人娘でした。本来であればそのまま平凡な一生を過ごすことになっていましたが、私の才能を惜しんだ両親がダズル家に養子として迎えるよう頼み込んだのです」

「私の家は、魔術師の家系ではないけどお金はあったから、勉強や研究に必要なものを用意できるだろうとリーベのご両親から頼まれた……とお父様は言っていました」

「今思えば、両親も無茶をしたものです。泥濘ぬかるみに足を取られた馬車を助けた際の『困ったことがあれば力になる』という言葉だけを頼りに家へと赴いたのですから」

「だけど、立派なご両親だと思うよ。僅かな可能性に賭けてでも、リーベを幸せにしたかったんだから」

「……そうね」


 そう呟く彼女の表情は、誇らしげであり哀しげでもあった。指先は、淡い青の水晶が嵌められたペンダントを撫でていた。

 しかし、すぐに引き締めた表情へと戻ると、ラピスに宣言するように告げる。


「あらぬ誤解をされるのは嫌なので先んじますが、養子であることは補佐である理由とはまったくの無関係。エターナは未熟ではありますが、その才能は特異そのものであり、それこそが代表を務める所以ですわ」

「特異ってほどじゃ……それに全然使いこなせていないし」

「エターナ」


 リーベの強い怒気の込められた声に、軽く笑いながら謙遜していたエターナの動きが止まる。穏やかだった空気には、暗雲が差していた。

 リーベは、そうしてしまったことを悔いるように目を伏せていたが、苦いものを噛み潰すように重たい口を開く。  


「……自分の力を、才能を否定しないで。それは、他人を否定することでもあるから。例え、貴方にそんなつもりがなくてもね」

「……ごめんなさい、口が過ぎました」

「わかれば……いいわ。御三方も申し訳ありません、つまらないやり取りを見せてしまって」

「気にしてないわ。まっ、過ぎた謙遜は良くないっていうのは同意ね。自信は少し過剰でも丁度良いくらいよ」


 冗談めかして明るく答えるラピスだが、それだけで空気が変わるほどではない。アルカへと目を向けるが、注文を取りに行くと逃げられてしまった。

 頼りない、とラピスは内心毒づきつつアインを見やる。


「……」


 彼女は、真剣な表情で指で水晶を撫でていた。呼吸すら乱れに繋がると息を漏らさず、僅かな凹凸を感じようと指先に神経を張り巡らせていたが、


「……ふぅ。やはり良質なものは加工も楽ですね」


 一仕事やり終えたと満足気に息を吐き、視線が集まっていることに首を傾げる。

 そんな彼女に、ラピスは溜息をついて訊ねた。


「で、あんたは話を聞かないで何をしていたの?」

「あっ……ええと、その、水晶がとても綺麗だったので磨いたらどうなるかと……それに夢中になっていました」


 しゅんと項垂れて告白する様は、先生に怒られる生徒の構図そのもので、この旅の間でも見慣れた光景だった。

 それにラピスはもう一度溜息をつく。


「相変わらずねえ」

「で、ですが綺麗に出来ましたよ。ほら、ピッカピカですよ」


 同意を求めるようにアインは水晶をテーブルの中央に置くと、顔を見渡して反応を伺う。

 

「ああ、本当ね。確かに綺麗に出来てるじゃない」


 ラピスは感心の声を上げて水晶を持ち上げる。白くにごり気味だった表面は、像を映すほどに滑らかとなり、その透き通った煌めきは更に増していた。


 その感想に得意げな表情となったアインは、次にエターナに視線を移し、


「……うそ」


 目を剥いて瞬きもしない彼女に訝しげに眉をひそめ、


「……なんてこと」


 頭を抱えるように項垂れるリーベに狼狽え出し、ラピスに縋り付く。


「わ、私は余計なことをしてしまいましたか? ただ良かれと思って……」

「あー、そうじゃなくてね。たぶん、どうやってこうなったのかが気になってるのよ」

「そう! それが気になって! 道具も使わずどうやってこんな綺麗にしたの!?」


 テーブルに大きく身を乗り出すエターナ。彼女に落ち着くよう言ってから、アインは自身が行ったことを説明していく。


「ええと、宝石の表面がざらついている状態というのは、傷などの凹凸があるということです。滑らかではないから綺麗に光が通り抜けないし、見た目にも悪いというわけです」

「それを無くすためにヤスリやグラインダーで磨くんでしょ? けど、アインさんはそんな道具を持っていないし、あったとしてもこんな短時間では出来ないよ?」

「はい、ですから私は表面を溶かしたんです」

「溶かした?」

「まあ、正確に言うなら違うんですが……そうしたと考えてください。ただ削るだけでは凹に合わせて削るため、手間も掛かるし消耗も大きくなります。しかし、溶かした場合は溶けた分が凹に入り込むため、その分手間が減るし消耗も抑えることが出来るんです」


 穴が空いた氷の表面を薄く溶かし、溶けた水を穴へ流し込む。そうすれば、穴の底に合わせて削るよりも氷の大きさを保つ事ができる。

 そのようなことをアインは水晶でやってみせたのだ。


「アインさんって本当に凄いんですね! こんな綺麗に鉱物を再構成出来る人を見たのは初めてです!」


 エターナは、興奮を抑えきれないのか何度もすごいと繰り返し、様々な角度から水晶を眺め続けていた。

 流石に照れくさいのか、アインはフードを被って襟元に埋まるように顔を隠す。


「皆おまたせ! たくさんあるから遠慮無く食べてくれ!」


 そこに、明るい声が近づいてくる。見やると、大きなトレイを両手に載せたアルカだった。


「隊長、空気が変わるまでカウンターで待ってませんでしたか?」

「気のせいだ!」

「はいはい、そういうことにしておきますよ。ほら、アインもフードを取って。二人は食べられないものはある?」

「何でも食べられます!」

「そう、いいことね」


 食事が運ばれ一気に騒がしくなったテーブル。その中で一人、リーベだけがじっとアインを見つめていた。

 

「……彼女なら、きっと」


 その呟きは、誰の耳にも届くこと無く喧騒に呑まれて消えていった。

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