第56話 反撃への第2歩
シーナを魔術協会まで送ったアインは、その足で食堂と酒場に向かう。情報は人が集まる場所に集まり、人は食べ物と酒がある場所に集まるためだ。
アインは客が頻繁に出入りする酒場を見つけると、そこに入っていく。
昼食にはやや早い時間だが、客の入りはそれなりといったところだ。彼女はその中に騒がしい女性の集団を見つける。
「はぁ~疲れたわ。ミシンがあればいちいち手で縫う必要なんてないのにねえ」
「うちも皿洗いが大変よ。ボイラーがあれば水で洗わずに済むのに」
「けど、魔術式ボイラーは熱の調整が下手って聞いたわよ。隣の奥さん火傷したって」
如何にも噂話が好きそうな奥様方の集まりだ。この手の人種は人の話を聞かないことが多いため、アインにとっては苦手なタイプである。
しかし、今の自分にはユウがいる。話すのが自分ではなく彼であるなら、普段は大幅に軽減されるだろう。
『とりあえず、調査の取っ掛かりには良いんじゃないか? 真偽はともかく話のネタは広そうだ』
『ですね。ユウさん、お願いします』
『おう、やってみる』
アインは決意を満たすように小さく呼吸をするとフードを取り、奥様方のテーブルに向かう。
「すいません、少しお話を聞かせてもらってもいいですか?」
声を掛けられた奥様方はお喋りを中断すると、じろじろと遠慮なしにアインを眺める。黒い外套に旅着の少女は珍しい。必然的に訳ありな存在ということになる。
「あら、どなたかしら?」
答える女性の声から、好奇心よりも警戒心の方が勝っているのがわかる。しかし、それは想定済みだ。
「突然すいません。私はアイネ=ラッドと申します。運送業を営む父の手伝いでこの街に来ました。普段はこのような宝石を取り扱っているのですが」
ユウがそう言ったのに合わせて、アインはポケットから大粒のトパーズを取り出す。3人の好奇の目が向けられたことを確認し、ユウは続ける。
「この街ではお酒を仕入れたいと父が希望したのです。ここにはグイン・ワイドネットという酒屋があるらしいと聞いたので、評判を聞かせて貰えませんか? 少しですがお礼はできますので」
「まあ、若いのに立派なこと。とりあえず座ってちょうだいな」
女性の一人がニコニコと椅子を示す。その表情に既に警戒心は無かった。
身分とそれを証明するものを示せば、好奇心の強い者は必ず興味を惹かれる。そして喋りたがりなら、自慢のネタを誰かに聞かせたがっているものだ。そして、派手なものを提示することで『それが貰えるかも』という欲が警戒心を鈍らせる。
『こんなにスムーズにいくものなんですね……』
ユウの手際に感心したように言うアイン。むしろどうしていたのか、と訊き返すと、
『話を聞かせて欲しいと勇気を出して話しかけるんですよ。でも、何故か向こうが警戒することが多くて、何もしないと言っているのに殴りかかられたこともありました』
何故でしょうか、と本心から疑問の言葉を口にする。
それはおそらく、緊張故に怒っているような顔で『話を……』と述語不在の会話を持ちかけ、当然のように警戒した相手に『おとなしくすれば何もしない』と脅し以外の何物でもない言葉を掛けたからではなかろうか。
そうツッコみたいユウだったが、
「ええと、それで? グインさんの酒を買おうと思っているの?」
椅子に座るなり投げかけられた質問に邪魔される。アインのことは次にしようと思いつつ、ユウは答える。
「はい、有名でいい酒を造ると聞いています。社長さんもいい人だとか」
無論そんなわけがないのはユウも知っている。しかし、答えを引き出したいときは、わざと間違った情報を示すのが重要だ。
「有名ってアンタ!」
「有名は有名でも悪名っていうのよ!」
「社長がいい人なんて、言ったのは悪魔かしら!」
狙い通り食いついてきた。後は聞き出していくだけだ。
「そうなのですか? ですが、ヴァッサのコンテストでは2位を受賞とした聞きましたが」
「ああ、まあね。確かに味はいいのよ。職人の腕は認めてあげる」
「けど社長がね……。自分の酒を買わない店にはチンピラを送り込んだりするのよ」
「昨日なんてアルミードさんの店にも来たらしいわよ。可哀想に……」
情報の早さに驚くアインとユウ。この奥様方、侮れないかもしれない。
「それは酷い話です。ですが、どうしてそんな横暴を続けられるのですか?」
「金よ金。同業者にとっては確かに横暴だけど、領主にとっては重要な資金源なのよ」
「領主は賄賂を受け取っていると?」
「いいえ、領主にとっては目の上のたんこぶでもあるの。グインの店が無くなるのは困るけど、グインはいなくなって欲しいはず」
「けど、罪を追求しようにも金の力で誤魔化される。それに、そんなことをしたら店を移すと脅しているのよ」
「なるほど……」
領主にとっては金は欲しいがグインはいらない。しかし、決定的な罰を与えるほどの罪が発見できないという状況か。
後顧の憂いを断つためには、言い逃れられない状況で罪を告発させる必要がある。それに使えそうな情報は無いだろうか。
「そうねぇ。ああ、そうだ確か亡くなった人がいたわよね」
「いたわねえ。もう5年は経つかしら……」
「亡くなった? 何があったんですか?」
「そのねえ、小さい店だけど美味い酒を造る人がいたのよ。けど、グインの嫌がらせにあって……」
「しばらく店を休んだと思ったら、店の中や家を探しても何処にもいなくなっちゃったのよ」
「失踪……ということですか」
「だけど、もう5年も経っているしきっと亡くなっているわ。まだ若かったのに」
そういって溜息をつく。そこに一人が何か思い出した様に言う。
「そういえば、それからじゃなかったかしら。グインが亡霊に怯えるようになったのは」
「亡霊?」
「ええ、その亡くなった店主――アリエスさんって言うんだけど、その亡霊が彼の店に出るって噂なのよ」
「死んだことに気がつかず酒を造り続けているんだ……って。だから、誰もその店を壊そうとはしないわ」
ありがちな怪談話。だが、魔術が存在し魔物が生きるこの世界なら実在するのだろうか。
ユウの疑問にアインは答える。
『
『じゃあ、アリエスの霊が店に留まり続けている可能性もある?』
『どうでしょう……5年も彷徨い続けるほどの恨みなら何らかの被害があっても良さそうですが、今の口ぶりだと無さそうですし』
『まあ、今はどっちでもいいか。今重要なのは、グインは亡霊を恐れているってことだ』
自らの意志で失踪したのか、それともグインの手にかかったのか。
どちらにせよ、アリエスの存在がグインに影指すものとなっているようだ。そこから攻めるのが得策だろう。
「ありがとうございました。これはお礼です」
ユウが言って、アインはポケットからチップを取り出しテーブルに置く。そして立ち去ろと立ち上がりかけるが、
「あら、もう良いの? まだ喋り足りないわよ」
腕を捕まれ、半ば無理矢理に椅子に戻される。
「え、いや、その」
「それにしてもあなた綺麗ね。うちに嫁に来る?」
「いやだわ、ついこの間嫁が来たばかりじゃない!」
「そうだったかしら?」
「そうよそうよ!」
「私ったらつい!」
奥様方が笑い合う中、アインは苦笑すら浮かべることが出来ず悟った顔をしていた。
これは――とても長くなる。
その直感どおり、彼女が解放されたのは昼食時をかなり過ぎた時だった。
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