第100話 鉄の戦士は悲しみを叫ぶ

 私は、視界の下にある長方形の箱に長い筒をくっつけたようなものを見ながら呟く。何かはわからないが、訊いた所で答えてくれるものもいなそうだ。

 なにしろ、忙しくなく動き回る研究員達は私を良く思っていないようなのだ。


 マツビオサ家にやってきてから数日経ってやったことと言えば片手で数える程度しかない。

 どんな魔術が戦闘では多く使われるのか、その対策はどのようなものがあるのか。その程度のことだった。


 ゴーレムについて私は詳しくなく、彼らも部外者の私には教えたらがない。せめて荷物運びでもと思ったが、それすら断られる。


 そして、呼ばれた目的であるはずの実戦経験による意見提供、並びに実戦試験も不完全燃焼と言わざるを得ない。

 壊されては困るというのもわかるが、過度の熱と冷気は関節を歪ませ可能性があるから駄目だの、ケーブルは高価なので狙うだのと言われては、実戦とは言えまい。

 それを差し引いても、戦闘素人の彼らが操作するゴーレムの動きはわかりやすく単純なので、そもそも前提条件が整っていない。それを指摘すれば、さらに邪険にされかねないので黙っていたが。


 とは言え、適当な理由をつけてここを去ってしまったほうが良いかもしれないと思い始めていた。

 ゼドに対する義理や、協会に対するメンツがあるため願望に過ぎないが、あまり良い環境ではないのは確かだった。


「アインはどうしているんだろ……」


 せっかく再会できたというのに、あの日以来一度も顔を合わせていない。それは、警備やシェンが『外に出るな』と無言の圧力を掛けてくるせいであった。

 口にこそ出さないが、彼らは私が外に出ることを望んでいない。彼らも同様に門の外に出ることはない。僅かな使用人と商人だけが食料や必需品を運んでくるだけだ。

 その閉鎖的な空気も、狼の群れに放り込まれた狐のような気分にさせてくれる。全くもって忌々しい。


 久しぶりに味わう疎外感に、私は溜息をついて手すりに突っ伏すようにしていると、


「随分と酷い顔をしていますな、ラピス=グラナート殿」

「……お陰様でね。どうも私じゃ力不足らしくて、暇で困っているの」


 隣から掛けられた声に、私は皮肉で答える。ふん、と副研究長のトヨビシは鼻を鳴らした。

 下で動き回る研究員たちと同じく白衣を纏い三白眼でこちらを睨む彼には、どうも初対面から良い印象を抱かれていないらしい。その原因が、外部の魔術師ということではお手上げである。


「貴様はこちらが言ったことだけをしていればいい。何も知らぬ者にうろつかれることが一番迷惑だ」


 ここまで素直に敵意をぶつけられるのも久々だ。昔の私であれば真正面から受け止めて喧嘩腰になっていたが、今なら受け流し方は心得ている。


「そりゃあどうも。じゃあ、言われたことをこなすためにも、あの武器が何かくらいは教えてほしいわね。見たところ大砲みたいだけど」

「……ふん、いいだろう。見た目よりは馬鹿ではないらしい」


 一言余計だ、と内心悪態をつきつつ、私はトヨビシの説明を聞く。


「あれは、貴様が言う通り大砲だ。だが、設置して使うような汎用性の欠片もないものとは違う。"天"専用に開発した手持ち大筒なのだ」

「手持ち?」

「そうだ。"天"は縦横無尽に戦場を駆け回り、前線を破壊・混乱させることを主目的としている。しかし、それには素手や近接武器だけでは脅威にはならない。その理由がわかるか?」


 尋ねるトヨビシに、私は少し考えてから答える。


「現状の有線操作だと、操縦者との距離が伸びれば伸びるほどケーブルが晒される危険も増す。それを解決しても、接近する前に魔術師から集中攻撃を受けるリスクは存在し続ける……そんなところかしら」

「成る程、洞察力は悪くない。だが、それでは不十分だな」

「そう。では、満足のいく解答を聞かせてもらえない?」

「正解は、あらゆる状況で撃たれる恐怖を植え付けるためだ。大砲は、戦場を大きく変えた。それまでは魔術師の専売特許であった遠距離からの広範囲・高威力の攻撃をただの人が簡単にやってのける。そのお陰で、ゴーレムは時代遅れのレッテルを張られることになった」


 熱っぽく語るトヨビシは、手すりを強く握りしめる。忌々しげに俯くその顔は、これまで味わった苦渋の味を思い出しているようだった。


「だが、今度は俺達がそれを扱う番だ。"天"の装甲にも使われる特殊合金製の砲弾は、あらゆる守りを一撃で打ち砕く。それが左右正面、はてには空中から放たれるのだ。完成の暁には、ゴーレムを時代遅れと一蹴したもの達を蹂躙し一笑してやるのだ」


 それを想像しているのか低い声で笑うトヨビシ。若干私が引いていることにも気が付かず、声をこぼし続ける彼だったが、


「あまり客人に聞かせる話ではないな、トヨビシ」

「ッ! す、すいませんシェン様! すぐに仕事に戻ります!」


 背後から掛けられたシェンの声に飛び上がると、慌てて通路を駆け抜け階段を下っていく。

 それを見送るシェンに、私はため息混じりに言う。


「少しマッドっていうか、偏屈過ぎないかしら?」

「かもな」

「媚びへつらえだのとは間違っても言いませんが、もう少し歩み寄って欲しいのですが?」

「そうか」


 どうでも良さそうに短く返す彼に、私は脱力する。

 そんな私を見て、彼はほんの少しだけ眉をひそめて言う。


「だが、致し方あるまい。何しろラピス殿の招集は、自分たちが望んだことではないのだから」

「はぁ? ちょっと待って。じゃあ、誰が私を呼んだのよ」

「当主殿の一存だ。正直な所、我らも困惑している。このようなことは過去に一度も無かったのだからな」

「当主……ゼドが?」


 ますますもってわからない。てっきり現場の声に答えての招集だと思っていたが、ゼドの独断とは。

 しかも、その意図が部下には伝わっていないというのもわからない。研究について理解しておらず、素人考えの行動ということだろうか。


 そう訊ねると、シェンは首を横に振る。


「それはない。この研究は、当主殿が先導して行っていたものだ。自分たちはそれに後から加わったにすぎない」

「……余計わからない。なんのつもりかしら」

「それは知らぬし、知る必要もない。自分の役割は、彼が望むゴーレムを作るだけであり、ラピス殿もその一つに過ぎない」


 淡々と事務的に述べるシェン。その言い方に、ついカチンとしてしまった私は、


「そう、じゃあ私を呼びつけた理由について詳細に聞いてきて。息子からなら少しは聞いてくれるでしょう」


 声を荒げてそう言ってしまう。

 その瞬間、私と彼の間の空気が変わった。突いてはいけない藪だったと、すぐさま直感できるような重たい空気が流れる。


「二つ、間違いがある」


 シェンは、事実だけを告げるように抑揚の無い声で告げる。


「一つ、自分は息子ではない。二つ、彼は息子の言葉であろうと聞くような者ではない」

「……なに? 息子では……無い?」


 予想打にしない答えに、思わず私は聞き返す。


 ゼド=マツビオサ、シェン=マツビオサ。


 二人はそう名乗ったはずだ。同じファミリーネームを持つというなら、家族であり血縁者だろう。

 そして、おそらく60代のゼドに対してシェンは20代。その間柄に当てはまるのは息子くらいであるはず。


 だとすると、実は養子だと言うことを指して、息子ではないという意味だろうか。

 もしそうであれば――私の言動は褒められたことではない。


「……ごめんなさい、不躾な発言でした」

「気にするな、そう言いたくなっても仕方ない状況だろう。お互いに霧の中を歩かされているようなものだ」


 少し、自分が情けなくなった。苛つきから暴言をぶつけた挙句、その相手から気遣われてしまうとは。 


「その心遣い、感謝します……それに甘えて、一つ訊ねてもいいかしら」


 だが、それだけでは終われない。相手の厚意につけ込むようだが、今の言葉で気になることが増えたのだから。


 シェンは無言で頷き、先を促す。通路下では、手持ち砲の組み立てが終わり"藻屑"を運び込んでいるところだった。


「ゼドは、何故戦闘用ゴーレムの研究を続けるの? 確かに、あのゴーレムが実現すれば大きな戦力になる。けれど、それまでこの家が持つ保証はあるの?」


 多くの魔術師の家系がそうしたように、自らの知識を一般人が利用できる道具へと変える道もあるはずだ。"天"の大きさであれば、建築分野には重宝されるだろう。

 しかし、ここ数日工房を回った限りそのような空気は感じられない。研究されているのは、大小関わらず全て武器だった。


 一度は没落しかけた家だ。二度目が訪れないとは限らない。なのに、外部との関わりを断つような態度の意図は何なのか。

 私が招かれた理由も含めて、ゼドに対する疑念は膨らんでいた。


「……その問には、満足する答えは返せない」


 少し間を置いてシェンは口を開く。表情は変わらないが、何処か迷っている。言葉を選んでいるように感じた。


「当主殿は、悲願を叶えるのだと過去に口にしていた。マツビオサの悲願を必ず果たすのだと」

「それが、あのゴーレムっていうこと?」

「おそらく」


 頷きはしたものの、シェンの返答は曖昧だった。

 研究に関して重要な地位にあるはずの彼ですらそれとは……本当に何を考えているのだろうか。


「おい、どうだ。何わかったか?」

「いえ……条件は同じはずですが……」

「どうしたんだ急に……。これまでのものは上手くいっていたというのに」


 そんなことを考えていると、通路下が騒がしくなっていた。見下ろすと、研究員達が顔を合わせて眉をひそめていた。

 シェンは、彼らに向かって叫ぶ。


「どうした、何があった!」

「天に"藻屑"を注入したのですが、起動しないのです! 原因を調査中ですが、しばらくかかりそうです!」

「わかった! 自分が行く! 思い当たるものから試してみてくれ!」


 了解です、という声を待たず、シェンは早足で階段に向かう。


 何かトラブルのようだが、私にはどうしようもない。

 また暇になってしまったと、手すりに頬杖をついた時だった。


「……おい。今、動かなかったか?」


 研究員の一人がもらした声に、広い工房は水を打ったように静まり返る。

 動いたのなら喜ぶべきはずだが、彼の声にそんなニュアンスは感じられない。むしろ、動かないはずのものが動いてしまった――そんなものを含んでいた。


「操作ケーブルを握っていたものは!」


 シェンもそれを感じ取ったのか、仏頂面に冷や汗を浮かべて叫ぶ。


「いません! 誰も触れていなかったはずです! そもそも今は取り外しているんです!」

「なっ、ああああああああ!?」


 静まり返った空間に驚愕の叫びが響き渡る。その原因はここからもはっきりと見えた。


「なぜ!? どうして勝手に動いている……!?」


 鈍色の巨人は、創造主のコントロールを離れ立ち上がっていた。周囲を見渡すようにゆっくりと頭が動き、そして胸の前に持ち上げた両手を見る。

 その動きは、見知らぬ場所で目覚めた人間のようだった。


「――――」


 何かが耳を震わす。それは、声のようだった。 


「……違う」


 私は、それを即座に否定する。

 震えているのは耳ではない。震わせているのは声ではない。


「――――!」


 これは、感情だ。口も喉も持たぬ鎧の巨人があげる、感情の叫び。震えているのは、こちらの感情だ。

 ただひたすらに巨人は感情を叫ぶ。耳を塞いでも防ぐことの出来ないそれは、"悲しみ"だった。

 何も理解できない、理解したくもない。そんな悲しみを、巨人は叫んでいる。


「……はっ!? な、なにを! や、やめろ! やめろ!」


 巨人は、研究員の一人に右腕を伸ばして握りしめる。男は抵抗するが、圧倒的な力の差の前にはどうしようもない。


「い、痛いいいいいい! はなっ、ゆる、許し、て! たすけ――」


 それが、彼の最後の言葉となった。

 横薙ぎに振るわれた腕から何かが飛び出し、それは壁に激突するとぐちゃっという粘度の高い水音を立てる。


「ッ!」


 耳にこびり付く嫌な音に、私は思わず両目を閉じる。どうなっているかは見なくてもわかるし、見たくもない。

 ――違う! 甘えを振り切り、目を見開く。


 自分がするべきは、まずは現状を把握すること。そして、何をすべきかを見定めること。

 震える手を握りしめ、私は音がした方を見やる。


「……!」


 真っ赤な血とぐちゃぐちゃになった何かが、潰れたトマトのように辺りに広がっていた。赤く染まった白衣が、それは人だったということを否が応でも突きつける。

 顔もわからなくなってしまった彼の名前は知らないし、まともな会話など一度もしていない。

 それでも、目の前で命が一つ無くなったという事実は、私の心を揺さぶる。


「こっちを見なさい! この屑鉄!」


 悲しみと怒りに揺れる心を代弁すべく放たれた火球は、爆音とともに炸裂し"天"の頭部を業火で包み込む。

 そのまま慰霊の火になってしまえという私の願いも虚しく、無傷の"天"はゆっくりとこちらに振り向く。


 無傷なのは気に食わないが、奴の注意をこちらに向けることは出来た。

 私は、呆けたままの研究員たちに叫ぶ。


「今のうちに逃げて! 巻き込まれたくなかったらね!」


 研究員たちは、我に返ったように"天"を見上げると慌ててその場を離れる。幸い、逃げる彼らは"天"の眼中に無かったようだ。

 これで、彼らを巻き込む心配は無くなった。後は……。


「……さて、本気の実戦テストといこうじゃない」


 こちらを睨む赤い宝石の一つ目が、私の姿を映し出す。自らを奮い立たせるように、私は『私』に向かって不敵に笑ってみせた。

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