第99話 戦士の宿舎
「ここがゴーレムの試験場だ。おそらくラピス殿が一番利用する場所になるであろう」
一夜明けて、私はシェンの案内で工房を回っていた。敷地に入った際に見えた倉庫のような建物は、やはり工房だった。
現在私達がいるのは、L字型の工房を上から見下ろした時に縦となる部分だ。ダンスホールのように広い空間を、壁に備えられたキャットウォークから見下ろしていた。
この長方形の空間には、さらに四方を数メートルの壁で囲んだ空間が存在した。内部には簡単な防壁や塹壕のような物が用意されており、さながら戦場のジオラマといったところか。おそらくそこで動作テストをするのだろう。
「かなり広いけど、肝心のゴーレムは?」
私は、敬語ではなく素の口調で訊ねる。『客人がそこまで畏まる必要はない』とシェンが言うので、それに甘えさせてもらった。
その彼は、狭い通路の床を示す。正確にはさらにその下か。
「今から案内しよう。だが、一つ心してもらいたい。ラピス殿は協力者ではあるが、ここに属するものではない。故に、ここで見たものは他言無用として頂きたい」
「わかってるわ。研究成果を盗まれたらたまったものじゃないからね」
私の返答にシェンは頷くと、通路の先の階段に向かって歩き出す。私もそれに続いた。
「これは……」
階段を降りた先に見えた光景に、私は息を呑む。
膝をつき正座のような姿勢でも尚、見上げなければ頭をみることは出来ない鈍色の鎧。立ち上がれば3、4メートルくらいになるだろうか。丸みを帯びた胴体には、丸太のように太い四肢が接続されている。
それと同じものが壁際に10体ほど並べられていた。それは、さながら出陣を待つ戦士のようだ。
「これが、マツビオサ家が研究中のゴーレム――自律機動鎧弐型"天"だ」
「これがゴーレム……まるでリビングメイルみたいだけど、何が違うの?」
鎧を転用したリビングメイルと異なり、ゴーレムは岩や金属塊を人型に整えて扱う。そのため、中が空洞であるリビングメイルよりも動きは遅く、重くなる。
それを動かすためには魔力とそれを溜め込めるだけの宝石が必要となり、そのコストの大きさが廃れた原因の一つでもある。
この天というゴーレムは、兜のフェイスガードに当たる部分に赤い宝石が一つ目のように取り付けられている。その隙間から見える中身は、排水口のような空洞が見えた。
「リビングメイルと大きく異なるのは、中身があるということだ」
「中身が……? まさか、人がこの中に入るわけではないわよね」
「無論、違う。……ちょうど機動試験を行うところだ。あれを見ろ」
シェンが指差した方を見ると、4人の研究員が台車を押してこちらに向かっていた。
その台車に載っているのは、人の背丈ほどもある透明な試験管だ。両腕を回して届かないだろう太さのそれの中には、緑色の液体が見える。
「よし、いいな。注入するぞ」
研究員達は試験官を支えながら慎重に一体の天まで運ぶと、手押しポンプらしきものを試験管に取り付ける。そして、注入口をフェイスガードを開いた天に差し込むと、レバーを上下させていく。
緑色の液体が空になったことを確認した研究員は、ポンプを取り外すと天の背後に回る。その腕には、先端に大きな栓のような突起がついたケーブルを抱えている。
それを差し込むと全員が距離を取り、ケーブルのもう一端を握った研究員が叫ぶ。
「よし! 天、起動開始!」
その声と同時に天の宝石の目に赤い光が灯る。物言わぬ鎧は正座の姿勢から両腕を使いゆっくりと立ち上がる。
「起動確認! 試験エリアまで前進!」
研究員達は、自らを見下ろす巨人を緊張の眼差しで見上げながら指示を出す。それに従い、天は大きな足音を立てながら一歩踏み出し、さらに二歩、三歩と進んでいく。
ゴーレムと聞いてイメージされるものより一回り小さいそれは、肉を持つように滑らかに動作し、その動作も機敏だ。人より巨大故に遅く見えるが、同スケールならば人と変わらない速度だろう。
「先程注ぎ込まれたものが、天の中核であり命でもある"藻屑"と呼ばれる粘液だ」
「粘液? じゃあ、中身ってスライムなの?」
スライムと言えば、湿った洞窟に生息するぶよぶよした不定形生物だが……それをゴーレムの中身にしてどうするというのだろうか。
「スライムと言えばそうだが、正確には異なる。あれはその性質を持った魔力の塊に近い」
それでわかるだろうとばかりに黙るシェンだが、生憎私は研究畑でもない若輩者だ。
「……ごめんなさい、勉強不足で話についていけないわ。もう少し詳しくご教授願えないかしら」
私がそう言うと、シェンは黙って頷く。その目に軽蔑や侮蔑は見られない。
「まず、ゴーレムの欠点は動きの鈍重さにある。機動と火力を両立にするには、現状あの大きさが最良と判断した」
「ええ、そこまではわかるわ。わからないのは、そのためにあのスライムが何の役に立つのかって言うこと」
「ふむ……では、通常のゴーレムやリビングメイルは、本体表面を繋ぐ糸で動かしていると考えて欲しい。その糸の本数、丈夫さは核となる宝石の質と、そこにこめられた魔力量に依存する」
確認するようにこちらを見るシェンに私は頷く。要するに通常のゴーレムは、各部に糸を繋いで操る操り人形ということだ。
彼はさらに続ける。
「中が空洞で軽いリビングメイルならそれでも問題ない。しかし、ゴーレムの場合はその重さを支えるには強度不足だ。それを解決するには、糸を増やし丈夫にするしか無いと考えられていたのが従来だ」
では、"天"はそうではないということになる。
外でなければ内に目を向けることになるが、内側から体を支えるとなれば、
「……なるほど。あのスライムは、人で言う筋肉の役割を果たすということ?」
私の推測に、シェンは片眉を上げる。
「察しが良いな。その通りだ。あの"藻屑"は魔力を流してやることで、自在に伸縮し強度を変える。それこそ人の筋肉のようにな。外だけでなく内からも力を発揮することで、従来よりも機敏かつ安定した動作が可能となった。外だけに頼る必要が無くなり、核に必要なコストも削減できる」
シェンの視線の先では、"天"が長棒を剣のように振り下ろしていた。下まで振り下ろしたそれを逆袈裟に振り上げ、最後は横薙ぎに振るう。
通常のゴーレムでは考えられない滑らかな動作だ。
「そして、中身の大部分を"藻屑"が占めることで軽量化と衝撃吸収も兼ねている。跳ぶことすら可能だ」
「……凄いわね。そこまで出来ているなら、私が手伝うことは無さそうだけど」
"藻屑"という名称はいただけないが。確かに、緑色で粘性のある液体なのだからわかりやすくはあるけれど、あまりいいイメージが浮かばない。
まあ、こんなことを彼に言っても仕方ないので黙っておくが。
「そうでもない。改良すべき点は山積みだ。命令を聞き入れ実行するのは核となる宝石というのは以前変わりない。その命令を適切に"藻屑"に反映させることは現状不可能だ」
「じゃあ、あのケーブルはそのためのもの?」
「ああ、あれを通じて操縦者の意志によって動かしている。当初は起動実験のための仮処置だったが、現在は有線操作について本格的に研究している。現状は天と操縦者の視覚共有は出来ていないが、将来的に可能となれば十分な戦力となるはずだ」
確かに、あの金属製のボディなら矢はもちろん魔術もある程度耐えられるだろう。
加えて人と同じかそれ以上の機敏さがあれば、敵陣地を強襲し大混乱を引き起こすことも出来る。跳ぶことも出来るのなら、城壁をよじ登ることも出来るだろう。
だが、それも自由に行動が出来ればの話だ。そのためには、背中に接続されたケーブルは邪魔となるだろう。しかし、切り離すわけにもいかない。
「あのケーブルは文字通り命綱ってわけね」
「そうだ。簡単に切れるほどヤワではないが、頼りにできるほどの強度は無い。それも問題の一つだ」
そう話していると、研究員の一人がこちらに気がついたのか、起動させていた天をその場にしゃがませてこちらに駆け寄ってくる。
シワの寄った白衣を着た如何にも研究畑の魔術師といった男は、興奮した様子でシェンに言う。
「シェン様! ご覧になられましたか! どうです、さらに動きは洗練されたましたよ!」
「ああ、そうだな。本体の整備は問題ないか?」
「そちらも抜かりありません。ただ、やはり装甲を厚くしたものは関節に掛かる負担が大きいようです。整備面も考えると、装甲はやや薄くするべきかと」
「ふむ、それは仮想敵を何とするか次第だが……一考するべきだろうな」
「お願い致します……ところで、そちらの方は?」
男は、私に向かって怪訝そうな――いや、疑念に満ちた視線を向けていた。
どうして自分たち以外のものがここに居ると言わんばかりなのは、彼だけでなく天の傍に立つ研究員達も同様だ。
私は社交辞令用の笑みを浮かべて告げる。
「どうも、初めまして。マツビオサ家当主、ゼド=マツビオサ様より研究協力として招かれたラピス=グラナートと申します」
私は、マツビオサ家当主を強調して告げる。
あまり権力を振りかざすのは好きではないが、場合が場合だ。あまり余所者は歓迎されていないようだし、何があるかわからない。
身を守るためにも下手に手を出すとどうなるかは、前もって知らせておくべきだろう。
しかし、男の反応は驚愕よりも戸惑いの方が勝っていた。にわかには信じられないというように、シェンを見やり訊ねる。
「研究協力……? 本当なのですか、シェン様」
「そうだ。このようなことは初めてで戸惑うだろうが、よろしく頼むぞトヨビシ」
「シェン様がそう言うのでしたら……」
トヨビシと呼ばれた男は、不承不承という感じで頷く。こちらを見る目には、明らかな疑いが見て取れる。
シェンは、直立した"天"を顎で示しながら言う。
「自分は、ここについて案内する。お前たちはそのまま続けていろ」
「そ、そんなことは私たちにお任せを……」
「構わん。アレの操作はお前たちでなければ出来ないのだからな」
「し、失礼致しました!」
トヨビシは大げさな動作で頭を下げると、こちらを見ていた研究員たちに檄を飛ばす。研究員らは慌てて作業に戻っていった。
私は、隣に立つシェンを横目で見やる。
ただ当主の息子というだけでなく、研究者としても一目置かれているようだ。おそらく彼らを束ねる立場にあるのだろう。
しかし、何故そんな立場の者が工房の案内を買って出たのか。当主直々の客人だから、ということなのか。
「失礼、では案内に戻ろう」
「ええ、よろしく」
どちらにせよ、呑気でいるのは禁物だろう。敵と言えずとも、味方はこの屋敷には誰も居ないのだから。
私は気を引き締め直し、シェンの背を追った。
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