第105話 暴かれた闇

 シェンとの話し合いは数時間に及んだが、有意義なものとは言えなかった。


 ゴーレムの装甲に使われる合金、"藻屑"の精製方法はゼドしか知らず、研究員の中核であるシェンですら全体を把握できていない。材料を丸投げされ、それで試行錯誤しているに過ぎないというのが彼の弁だ。

 アインが住民から聞いていたマツビオサに関する噂の真偽も、当時10代だったシェンはその噂自体を知らず、確かめることも出来ない。


 結局、"天"が暴走した原因も、その中から現れた怪物の正体もわからないまま時間だけが過ぎ、気がつけば空は夕暮れに染まっていた。


「……行き詰ったわねえ」


 ラピスは、体を仰向けに投げ出して言う。その隣に座るアインは、頬杖を突きながら答える。


「情報が少なすぎてどうにもなりませんね……シェンさんもわからないなら、他の研究員もわからないでしょうし」

「やっぱり、ゼド本人に直接訊くしか無いかしら」

「それで素直に答えるようには見えんな。適当にはぐらかされるのがオチじゃろ」

「その考えは正しい。当主殿は間違いなく答えないだろう」


 どうしたものですかね、とアインは気怠げな息を吐いたところで、まだ考えを聞いていない者がいたことを思い出す。

 それは、彼女の傍らに置かれたユウだ。アインは、彼に手を重ねて訊ねる。


『ユウさんは、何かアイディアはありますか?』

『って言われてもな。何度も言うけど情報が足りなすぎる。現状じゃ推測もままならない』

『ですよね……そのためには情報が必要ですが、ゼドが話してくれるとは思いませんし』

『何か隠しているのは確かだけど……そうだな、あの工房をもう一度見に行ったらどうだ?』

『工房をですか?』

『ああ、現場百遍って言うだろ? そこに何か手掛かりがあるかもしれないし、何か思い出すかもしれない』

『ふむ……確かに、ここで頭を抱えていても仕方ないですし、一度行ってみましょうか』


 アインは頷き、工房はどうなっているのかシェンに訊ねる。


「工房は部下に任せているが、それがどうした?」

「その、何か手掛かりがあるかもしれないと思って。とくに、"天"というゴーレムを私は見ていませんし」

「なるほど……アイン殿はゴーレムに精通していると聞いた。我らではわからぬことも或いはわかるやもしれぬ。案内しよう」


 松葉杖をついたシェンが部屋を出て、それにアインが続く。後ろ手に襖を閉めようとしたところで、引っ掛かりを感じた彼女は振り返る。


「私達も行くわ。何があるかわからないし、出来るだけ固まって行動した方がいい」


 襖を抑えるラピスの背後には、頷くコノハとツバキが立っていた。アインは、少し考えて付いて来てもらうことを選択する。目の届く所に居たほうが安心だろうと考えたのだ。

 何しろここは、敵の陣中と言っても過言ではない。そそくさと立ち去った人影にアインは気を引き締め、シェンの後に続く。


 工房は、幾らか瓦礫が外に出されていたものの、内部は先程と大差なく荒れたままだった。研究員達が瓦礫やひしゃげた手すりを運び出しているが、手作業ではあまり進んでいないようだった。

 ラピスが機能停止させた"天"を前に腕を組んで唸っていたトヨビシは、シェン達に気がつきこちらにやってくる。


「シェン様にラピス殿。そちらは……」


 怪訝な顔で見知らぬ3人を見やるトヨビシ。

 まず最初に、緊張した様子のアインが軽く礼をして名乗る。


「アイン=ナットです」

「アイン……まさか、あの!?」

「…………まあ、たぶんそのアインです」


 とても嫌そうな顔で肯定する彼女を、トヨビシは信じられない顔で見つめていた。本当にそうなのか、と目でシェンに問い、返される肯定に増々目を丸くする。

 次に一歩前に出たコノハが嫋やかに一礼し名乗る。


「コノハ=プリムヴェールです、どうかお見知りおきを」

「プリムヴェール……? いいのですかシェン様、御当主が何と言われるか……」

「当主殿の許可は得ている。彼女は、今回の事故を調査するため明日まで滞在することになっている」


 調査という言葉に身構えるトヨビシに、コノハは鈴を鳴らしたように軽やかな声で言う。


「調査と言っても、そこまで堅苦しいものではないの。何の権限もない私が、本格的な調査の前に聞き取りをしたいと我儘を言っただけ。これだけで何かが決まるということはありません」

「だが……部外者をみだりに……」

「全てを見せろとは言いません。ただ、こんなことがもう起きないためにも協力して欲しいということは、わかって欲しいわ」


 コノハの口調は軽いが、その瞳は真剣そのものだった。悲劇を二度と起こしてはならないという意志が、その瞳から伝わってくる。

 それにはトヨビシも強く反対することは出来ず、


「……わかった。だが、あまり好き勝手には動くな」


 不承不承ながらも肯定を返す。コノハは、暖かい微笑みで答えた。


「ええ、もちろん。わかっています。それと……」

「何だ、まだ何かあるのか?」

「お名前を聞かせて欲しいの。短い間ですが、協力する相手の名前は知っておきたいわ」

「……トヨビシだ」

「トヨビシさん……よろしくね」


 深々と頭を下げるコノハに、トヨビシは鼻を鳴らすと踵を返して言う。


「見るなら見ろ。どうせ何もわからんと思うがね」


 アイン達は、彼の後を追ってうつ伏せに倒れた"天"の元に向かう。

 鈍色の巨体は、一部が溶解していたり若干歪んでいたものの大きな損傷は見られない。腹部に受けたダメージも、それそのものが致命傷になったのではなく"藻屑"が焼かれたせいだ。


「これが"天"ですか……こんなものを造るとは……」


 それを間近で見たアインは、感嘆とも呆れともつかない声をこぼす。その意味をユウが訊ねると、


『私のゴーレムが簡易な構造だったり、腕や脚だけ召喚するのは無駄を減らすためです』

『無駄?』

『ええ、幾ら固くしようと砕けない盾は存在しない。武器の進化は常に矛が勝り続けているんです。それならば、元から砕かれる前提に設計すべきでしょう』


 巨体が砕かれるのなら、砕かれても替えがきくようにコストを抑える。手足が狙われるなら、初めから余計な部分は造らない。

 芸術品ではなく実戦に耐えうるものにするなら、そうすべきだと彼女は言う。


『けど、ラピスがやっと止めたってくらい強いんだろ? それなら無駄にはならないんじゃないか?』

『一度ならそうでしょう。ですが、武器や兵器と見れば"高価なのに1回で壊れるかもしれないもの"は商品に成りえません。そもそも、これだけのものだったら整備するだけでかなりの金が必要でしょう』


 要するに、採算度外視で作られ整備性も考慮されていない最高級品ということだ。確かにそれは、戦場で運用するには不都合が多いだろう。


 それは、ラピスが何度も疑問に思い、未だに答えが出ていない問題でもあった。

 そして、アインにもそれはわからず首をひねる。


「わかりません……ああ、それにしても勿体無い。どうせ突っ込ませることしか出来ないんですから、もっと装甲をケチってもいいでしょう。指も全関節が動いたらからどうなるっていうんですか」


 ブツブツと羨望混じりの文句を口にするアイン。本人は独り言のつもりだったようだが、


「それが注文なのだから仕方あるまい。私とてここまで高性能を追求し続けることには疑問を覚えている」

「ぅえ!? い、いやその馬鹿にしたつもりは無くてですね!」


 背中に掛けられた刺々しい声に慌てて弁明する。どうでもいいがな、とまったくどうでも良さそうに思っていないトヨビシに、ラピスは訊ねる。


「注文ってゼドからってこと?」

「ああ、そうだ。一研究者としては潤沢に予算が使えるのはありがたいことだが、これを売る側のことは考えたくないな。それ程に高コストなゴーレムとなっている」


 商売人でもあるツバキは、それを聞いて顔をしかめる。


「おいおい、それでは遠回りな自殺と変わらんぞ。幾ら高性能であろうと買い手がつかなければ意味がなかろう」

「私に言うな。進言した所で聞かぬのなら、その通りにするしかあるまい」


 不機嫌そうにトヨビシは言うと、シェンに向き直り


「この機体は、暴走の原因がわかるまでは修復を行わず凍結状態とさせます。構いませんか?」


 そう訊ねる。彼は無言で頷いた。


 暴走。その原因が目下の最重要項目なのだが、今のところ検討もついていない。ゼドが言うには、"藻屑"に亡霊が取り憑いたためということだが、それでは腑に落ちない。

 "藻屑"を肉体と勘違いしたなら、何故"天"に注ぎ込まれるまでは何もなかったのか。それに、彼の解答は予め用意されていたように思えた。


 じっと倒れた"天"を眺めていたコノハは、あっ、と小さく声をあげる。


「ねえ、実は中に人が隠れていたんじゃない? その人が操っていたとか」


 彼女の推測に、シェンは首を横に振る。


「理論上は可能だが、それにはスペースが小さすぎる。子どもでも無理だろう」

「そう……やっぱり素人考えじゃ駄目ね」


 推測が外れたことにコノハは落胆していたが、ラピスはシェンの答えに引っかかるものを感じていた。


「……ちょっと待って。出来ないことは無いの?」

「ああ、操作に関しては幾つかの案が検討された。有人搭乗もそのうちの一つだ。要は"藻屑"に意志と魔力が伝わればいいわけだからな。もっとも、メリットが無いためすぐに却下されたが」

「意志と魔力の伝達……」


 ラピスは、何故"天"がケーブルによる有線操作に至ったのかを思い出す。

 通常のゴーレムは、魔力を溜め込み心臓となる宝石の核に命令を刻み込む。その命令か、もしくは創造主である魔術師の呼びかけによって行動する。

 だが、それでは単純な命令しか聞かないし、随時命令を更新するには傍に居なければならず危険も大きい。有人搭乗が否定されたのもそのためだ。


 だが、それが危険なのは傷つく体があるからであり、失う命があるからである。

 それを全て否定してしまえばどうなる? 傷つく体も失う命が無くなれば――。


「ラピス? 顔色が悪いですが……調子が悪いんですか?」


 顔を覗き込むアインに、ラピスは何でもないと答えて額の汗を拭う。背筋に這い上がる悪寒を堪えるように手を強く握りしめていた。

 これは想像にすぎない。根拠は薄弱で、証拠もない。だが、


「おや、こんな所にまで来るとは。プリムヴェールのご令嬢は随分と熱心なようだ」


 ゼドの仮面じみた笑顔を見ていると、そう思わずはいられなかった。

 突然工房に現れたゼドに、トヨビシは慌てて姿勢を正し固い声で言う。


「御当主自ら足を運ぶ必要などありません! 今回の事故は私に責任が……」

「構わぬ。結果さえ出せばどのような過程であろうとな」

「あ、ありがとうございます……」


 寛大な物言いのゼドに、トヨビシは深く頭を下げる。

 しかし、ラピスにはその言葉が違う意味に聞こえてならなかった。


 そう、結果さえ出ればその過程で何があろうとどうでもいいと――。


「……お尋ねしてもいいかしら、ゼド」

「なんだね? 答えられることであれば答えよう」


 無機質な笑顔に背中が総毛立つ。やはり、違う。いつも笑顔を浮かべていても、彼の笑顔は本性を覆い隠すための仮面に過ぎない。

 コノハのように相手を気遣っているのではない。それが一番何も考えずに済むからそうしているに過ぎないのだ。


 確信を得たラピスは、不安げに見やるアインに目配せする。そして、ゼドの前に一歩出ると、疑問をぶつける。


「"天"の合金を開発したのはいつのこと?」

「ふむ、確か30年前だったか。細々とした改善は今に至るまで行っておるが、基本形はその時には出来ておった」

「では"藻屑"を開発したのは?」

「それは15年前だったな。装甲に対して随分遅れてしまったが、お陰で良いものが出来たと思っている」

「じゃあ」


 ラピスの質問に淡々とゼドは質問に答えていくが、


「人を――"藻屑"の材料にしたのはいつ?」


 突きつけられた最後の質問に表情を失う。衣擦れ音すら耳につくほど静まり返った工房で、ラピスとゼドは一瞬たりとも視線を外さず睨み合う。

 アインはじっと二人の動きだけを注視し、ツバキはすっと目を細める。コノハはただならぬ空気に胸の前で両手を握りしめ、シェンは無言で目を伏せていた。

 そして、沈黙を最初に破ったのは、震えた声で叫ぶトヨビシだった。


「馬鹿な!? 何を馬鹿なことを! そんなことがあるわけ……!」

「けど、そうだとすれば全て説明がつく。そうでしょう、ゼド」

「……」


 冷たく抑揚の無い声に黙り込むトヨビシ。

 何故なら、彼も検討の際に一瞬だが脳裏に浮かび、すぐに却下した考えだからだ。非常に効率的で、極めて非人道的な考えを。

 そして、それを目の前の翁であればやりかねないとも心の何処かで思っていた。トヨビシは脂汗を浮かべてゼドを見る。


「説明がつくと言ったな。では、説明してもらえるかね?」


 怒りも動揺も見せず、ただ笑いを浮かべる続けるゼド。

 ラピスは、震える声を抑えながら語り始める。


「"藻屑"は、人体に近いものだとあんたは言っていた。故に、亡霊が取り憑いたのだと。けど、それは半分本当で半分嘘。隠された真実は、あれに人を溶かしたということ。体ごとか魂だけかは知らないけどね」

「ほう、その根拠はあるのか?」

「暴走した"天"は、私の魔術を的確に防いだ。初見の魔術を接触すると効果があると推測し、それを防ぐなんてただの亡霊には出来ない。けど、それが魔術師だったなら?」

「……まさか、10年前に行方不明になった魔術師が」


 アインの呟きにラピスは頷き、ゼドを睨む。


「アレは悲しみを叫んでいた。それは、人の体を失ってしまったことに対する悲しみよ。"天"に注ぎ込まれるまで暴れなかったのは、自分の姿を確かめる術が無かったから。"天"の目で自分がどうなっているのかを見て、それに耐えきれず暴れだした」

「成る程、面白い。だが、それだけで私が元凶だと?」

「まだあるわ。"天"から抜け出した"藻屑"は、鎧を破壊した私や腕を吹き飛ばしたアインではなく、何の脅威も無いコノハを狙っていた。何かに対する怯えと怒りを叫んでね」


 そして、とラピスは工房の一箇所を指差す。そこには、10体ほどの"天"が並べられていた。


「買い手が付くのか怪しいほどに高価なゴーレム達。そもそも、最初から売ることを考えていなかったら?」

「では、何のためと言うのだ?」

「それは――」


 ラピスの視線がゼドから外され、ゆっくりと動き、そして止まる。視線は、不安げ顔をしたコノハを捉えていた。


「プリムヴェールに対する報復。暴走した"天"のように、プリムヴェールへの恐怖を刷り込ませた軍団を造り上げ、それによる転覆を目論んだ」


 無言のゼドに、大きく息を吸ったラピスは指を突きつけて告げる。


「マツビオサの象徴であったゴーレムでプリムヴェールを滅ぼす。それが、あんたが言う"悲願"よ」


 過剰なまでに高性能を突き詰めたのも、それがプライドの問題だと言うなら説明できる。徹底的に蹂躙してこそかつての栄光が取り戻せると考えたのなら、中途半端なものでは意味がないからだ。


 ゼドは何も答えない。ラピスも、アインも、工房に居る誰もが呼吸を忘れてゼドの言葉を待っていた。


「……く、くくっ」


 抑えきれない笑い声は、ゼドの閉ざされた口から溢れていた。堪えるべきだと言うように、口を手で覆い隠していたが、


「クカカカカカカカ! 面白い、面白い! その程度の情報で良くぞそこまで考え、挙げ句の果てには口にできたものだ!」


 こみ上がる笑いに耐えきれず、背筋をのけぞらせて工房中に狂った声を響かせる。目は満月のように見開かれ、何処を見ているのかもわからない。

 その異様な姿にコノハは小さく声をもらし、トヨビシは怯えたように後ずさる。


「まったく面白い! そこらの凡骨と侮っていたが、見どころがあるではないか! そうだ、そうだな! そうであればこう答えるしかあるまい!」


 にぃ、と口の端まで裂けていると錯覚するような笑みをゼドは浮かべて、周囲を睨め回しながら言う。


「――正解だ」


 その声は、泥沼のように深く淀んだ怒りしか感じることができなかった。

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