第106話 老人は泥を見る
「貴様が言った通り、あの"藻屑"には魔術師を溶かし込んでいた。尖兵に成りうるのか実験するためにな」
好々爺の仮面を外したゼドは、仄暗い炎を湛えた無表情で言葉を吐き続ける。粘っこい視線は、アインに庇われたコノハを捉えていた。
「だが、肉体を失ったことに発狂し、使い物にはならなかった。封印処置をして放置していたが、そんなものでも役に立ったな」
「役に立った……?」
「ラピス=グラナート――貴様の実力を測る当て馬としてだ。名前は忘れたが……あの程度の屑でもアレだけの力を発揮するなら、貴様であればさらに上等だろう」
その言葉は、ただ事実と推論を述べているに過ぎない。無辜の命を犠牲にしたことなど、何の問題だと思っていない。
それに激高したコノハは、アインを押しのけ叫ぶ。
「貴方……! 人の命を何だと思っているの!? そんなことのために、命を犠牲にしたんですか!」
「そんなこと、だと? 貴様らプリムヴェールがマツビオサにしたことを忘れたというのか! 我らの家を! 名誉を! 権力を! その尽くを奪い去った貴様らが!」
声を荒げる睨むゼドに、コノハは一瞬怯むが退くことはせず真正面から言い返す。
「あの城は正式な手続きに則って譲渡されたものです! それに、領主ではなく特定の領民が実権を握るなど歪んでいます! 私の祖先は、それを正しただけです!」
「小娘に何がわかるか! それを頼ってきたのは領主であり領民だ! それが必要なくなったから切り捨てるなど許されるものか! 魔術師ですらない無能者など、ただ頭を垂れて生きていれば良かったものを!」
呪詛の言葉とともにゼドは地面を踏み鳴らす。震える拳は、骨がきしむほどの強く握りしめられていた。
アインは、無意識に頬を拭っていた。
ゼドの泥のように重くべっとりとした怒りが纏わりついてるような気がしたのだ。だが、実際に拭われたのは戦慄の冷や汗だった。
「……ゼド、様。つまり、あの暴走は仕組まれたものだったと!? 私達はどうなって良かったと、そうおっしゃるのですか!」
認めたくない現実と自分や仲間に降り掛かっていたかもしれない死の恐怖に、膝から崩れ落ちたトヨビシは震えた声で叫ぶ。
それを一瞥したゼドは、つまらなそうに吐き捨てる。
「当然のことを訊くな。ただの研究者であるお前たちにそんな価値があるとでも思っていたのか?」
「そんな……!? シェン様も居たんですよ!? 貴方の家族じゃないですか!」
「家族?」
まったく意味がわからないと言うように、心底から不思議そうな声でゼドは続ける。
「そんなことに何の意味がある? 無能者と私が血縁者だということにどれだけの価値がある? 私が求めるのは結果だけだ。プリムヴェールを滅ぼし、かつての栄光を取り戻すというな」
その態度に、ユウは理解し恐怖する。何故、アレを"藻屑"と名付けたのかを。
彼にとっては魔術師でもなく自分に与しないものは、水中で千切れて砕けた藻と何も変わらないのだ。命を、その程度のモノとしか考えていないのだ。
「そん、な……」
「ああ、だが」
地面に両手をついて肩を震わすトヨビシを無視し、ゼドは目を伏せたままのシェンに言う。
「これからも協力すると言うなら、相応の扱いを考えてやろう。同じ無能者でも、家を捨てた父とは違いお前は戻ってきた。その点は認めよう」
「……祖父よ。プリムヴェールは滅ぼすしかない仇敵なのか」
静かな悲哀がこもった声でシェンは問う。ゼドは、愚問だとばかりに深く頷く。
「祖父よ。その考えを変える気はないのか」
ゼドは頷く。
「祖父よ。この道を歩むことに一切の後悔はないのか」
ゼドは頷く。
「……そうか。では、共に行こう」
その言葉と共に顔を上げたシェンの瞳は、揺るぎない決意に満たされていた。
ゼドに向かって歩み出ようとした時、袖口が引かれる。振り返ると、今にも泣き出しそうなコノハが、か細い指で行かせまいと握りしめていた。
「……貴方も、私が憎いのですか。遠い過去の禍根は……消すことは出来ないのですか」
「それは違う」
短くも、はっきりとした声で断言するシェン。袖を握るコノハの指を一本ずつ解いていき、言い聞かせるように静かに告げる。
「君を憎んでなどいない。プリムヴェールも、父も、祖父も憎んだことなど無い。ただ、こうなってしまったというだけだ」
「あっ……」
歩みだしたシェンを、コノハは止めることが出来なかった。確固たる決意を持って歩みだした彼を止めることは、彼に対する侮辱に思えたのだ。
片足が折れていながら、その歩みには全くの揺るぎはなく、その瞳も揺らぐことはない。ただまっすぐゼドだけを捉え続ける。
「すまんな、『事故』のせいで余計な手間を掛けさせてしまったようじゃ」
手を伸ばせば届く距離まで近づいた所で、ゼドは折れた足を見ながら皮肉げに言う。取り繕った好々爺の口調は、今になって思えば全て欺瞞だった。
シェンは、表情を変えないまま答える。
「構いません。これからは、共に行くのですから」
右手から松葉杖が離れ、胸元に滑り込む。ゆっくりと松葉杖が倒れていき、
「――地獄の道を」
胸元から滑り出た銀色の刃が、ゼドの心臓目掛けて突き上げるように振り抜かれる。
「――むっ?」
松葉杖が地面に倒れて乾いた音がしたのと、ゼドが胸に突き刺さったものに疑問の声を上げたのは同時だった。
「シェン様!? 何を!?」
トヨビシの絶叫も意に介さず、シェンは、根本まで突き刺したナイフを抉るように捻り上げていく。無表情のその顔には、堪えきれなかった涙がこぼれていた。
「自分が、ここに戻ったのは祖父――貴方が道を外れることがあれば、命を奪ってでも止めるためだ。栄光の亡霊に囚われ、未来を奪おうとする姿など見たくない」
「……」
「それが、家族として最後の役目だ。自分も地獄に堕ちるだろうが……貴方もそこへ連れていく」
ゼドは、胸に突き刺さる刃を無表情で眺めていた。心臓まで達したそれは、人間であればどうあがいても助かることのない一撃だった。
だが、
「……そうか」
人ではなく、復讐鬼と化した人外を止めるには、
「ならば、先に逝くがいい。なに、私を待つ必要など無い」
まったくの役者不足だった。
「ガッ!?」
苦悶の声をあげたのは、ゼドではなくシェンだった。一番ゼドに近づいていた彼が、今は一番遠い場所――工房の壁に叩きつけられている。
「何が……何を……!?」
目の前の状況にアインは混乱し、落ち着かせるべきユウも言葉を失っていた。
あり得ない、人が水平に10メートル吹き飛ぶなど。それも、ゼドはただ右手を突き出しただけで触れてすらいない。爆音も強風も何も感じられなかった。ただ、見えない何かに掴まれたように、浮き上がったシェンは壁に叩きつけられていた。
風で吹き飛ばしたなんてチャチなものではない。もっと恐ろしい"ナニカ"をあの老人は秘めている――!
「まったく、つまらぬ。そんなことのために生き続けていたとはな。無意味に時間を浪費したものだ」
ゼドは、そう言いながら胸に刺されたナイフを引き抜く。栓が抜かれた傷口から液体が噴き出すが、
「……! あんた、その血の色は何? 悪魔に魂でも売ったってわけ?」
その色は濁った緑色をしており、無流の水面に浮かぶ藻を連想させた。噴き出した異形の血の勢いは徐々に弱まっていき、完全に止まる。傷口は、既に塞がっていた。
ゼドは、血の滴るナイフを右手で弄びながら答える。
「悪魔、か。さて、それはわからぬが、どうでもいいことだ。"この腕輪を身に着けて不老不死の肉体を得た"ということ以外はな」
袖がめくれ上がったゼドの右腕には、夕暮れを照り返したような色の腕輪が嵌められていた。それに向かって、彼は喋りかける。
「老人を装う必要もあるまい。本気で行く。"我が手に栄光と力を"」
腕輪の表面に走査線のような光が走り、
「生体反応及び声紋及び認証コードを確認。偽装解除を実行します」
冷たく事務的な女性の声が発せられる。次の瞬間、ゼドの姿が掻き消えた。
音もなく重力を無視した速度でシェンに接近したゼドは、手にしたナイフを心臓目掛けて振り下ろし、
「……チッ、邪魔をするか小娘」
盾のように現れた土の壁に防がれ舌打ちをする。視線の先には、地面に手をつくアインと火球を右手に浮かべるラピスの姿があった。
「ツバキ、二人を頼みます。まだ残っている人が居ればその人達も」
「わかっておる、切った張ったは我の領分ではない。任せるぞ」
「ええ、任せなさい」
ツバキは、コノハの手を引き、呆然としたままのトヨビシに蹴りを入れて我に返させる。
そのまま外に出ようとする彼女らを守るように、アインとラピスはゼドの前に立ちふさがった。
「ふん、貴様らごとき若造が相手になるものか」
「言ってなさい、年寄り。その曇りきった目を晴らしてやりましょう」
アインは毒で答えるが、内心は正体の分からぬ腕輪に恐怖を感じていた。
驚異的な力を持った魔道具。喋ったということは意志がある? その力はどこまで発揮される? 不死の相手を殺すことが出来るのか?
答えの出ない問題に足を取られる彼女を、
『考えてもどうにもならないなら考えるな。その代わり考えるのは俺がやる。それくらいは出来るさ』
精一杯気楽さを装ったユウの言葉が救う。
アインは、震えの収まった手で柄を撫で、はっきりと答える。
「お願いします、ユウさん!」
声と共に放たれた光球はゼドにまっすぐ向かっていく。ゼドは、それを避けようともせず右手を無造作に振るう。
「まるで児戯だな。退屈で仕方ない」
辺りに転がっていた瓦礫が浮き上がり、ゼドの前でツギハギにくっつきあって盾となっていく。光球が盾に触れる刹那、
「光よ!」
アインの声に応え、光球は炸裂し眩い光を放つ。直視すれば目が眩むそれを外套で防ぎつつ、アインは次の魔術を詠唱を始める。
「紅蓮の業火よ、我が敵を焼き尽くせ! フレア・バースト!」
盾と光でゼドの視界が塞がった隙にラピスは真横に回り込み、魔術を解き放っていた。炎球は、弧を描き無防備な背中に向かって突き進んでいく。
「地の底より来たれ、巨人の右腕!」
それと同時にアインの魔術が完成し、手をついた地面から巨大な右腕が生まれ、風を切る拳がゼドに向かって振るわれる。
瓦礫の盾など意味をなさない無慈悲な一撃と、背後から迫る爆炎の不可避の一撃――そのはずだった。
「飛ぶぞ。"我が手に栄光と力を"」
「了解。反重力翼展開します」
再び響く機械的な音声。ゼドは、崩れた体勢から右足一本で踏み切る。たったそれだけの動作で、ゼドの体は天井近くまで跳び上がる。それに遅れて、巨人の右腕と炎球がぶつかり合い、爆炎が吹きすさぶ。
それに落胆する間もなく、アインは光球を右手に生み出しながら宙のゼドを睨みつける。
躱されたが、ならば次を狙うまで。幾ら身体能力が高かろうと、落下する瞬間は身動きできない。そこを狙えばいいだけのこと。
ゼドの体が跳躍の最高点に到達した瞬間、アインは現地点からやや下を狙って光球を放つ。しかし、その一撃は、
「何処を狙っている?」
一歩も動かないゼドにはカスリさえしなかった。馬鹿な、とアインは掠れた声をもらす。
ゼドは当然のことのように空中に静止していた。ワイヤーを引っ掛けているわけでもなく、風を操っているわけでもない。未知の原理をもってして、彼は飛んでいた。
そんな魔術は、アインもラピスもツバキでさえも知らない。呆然と見上げる彼女らを見下ろしながら、ゼドは右手を突きつける。
「そら、逃げ惑え。精々楽しませてみろ」
周囲に散らばった瓦礫が浮き上がり、二人目掛けて殺到していく。人を押しつぶすには十分すぎる重量のそれは、まるで羽毛のように宙を舞っていた。
「ラピス! こっちへ!」
「わかってるけど! このっ! 墜ちろ!」
上下左右から引っ切り無しに飛び交う瓦礫を躱し、或いは迎撃しながらアインとラピスは距離を詰めていく。背中がぶつかり合い危険が無くなった瞬間を見計らい、アインは地面に手を付きゴーレムを喚び出す。
「地の底より来たれ、巨人の右腕! 我らが敵を薙ぎ払え!」
魔力の閃光が迸り生まれでた右腕は、勢いよく腕を振るい前方から飛び掛かる瓦礫を打ち砕く。後方から迫る瓦礫は、
「爆炎よ、全てを飲み込み塵と化せ! フレア・エクスプロージョン!」
ラピスの魔術によって粉々に吹き飛んでいく。休み間もなく彼女は次なる魔術を唱え、ゼド目掛けて解き放つ。
「ショット・バースト!」
放たれた十数の炎球は円錐状に広がっていき炸裂、炎を撒き散らす。簡略化した詠唱と分散させたために威力こそ落ちるが、攻撃範囲は広く回避は困難だ。
しかし、ゼドは爆炎の間を縫うように滑りぬけていく。見えない氷を足場にしているように滑らかなそれは、まるで重力を感じさせない。
『なんだアレは……!?』
レプリも飛行はしていたが、あれは風を操る宝石によって成り立っていたし、軌道も直線的だった。
それに対してゼドの飛行は、まるで原理がわからないし、軌道も不規則で重量を完全に無視している。
右に動いたかと思えば慣性もなく急停止して左へ切り返し、地面スレスレを滑ったかと思えば次の瞬間には高く舞い上がっている。
「串刺しは好きか?」
ゼドが触れた手すりのパイプが捻り切られ、弾丸のようにアインら目掛けて襲いかかる。
地面に突き刺さるパイプの雨をギリギリ躱しきったアインだったが、
「なっ!? こ、の……!」
「最初からこうすれば良かったか……まあ、それではつまらんな」
不可視の腕に掴まれたように体は身動きできず、足は地面から離れていく。ゼドを攻撃しようにも、腕は全く動かせず声すら発することが出来ない。
更なる浮遊感が体を包んだ。そう感じた瞬間、目に映る景色が横に流れていく。いや、実際は逆だ。自分が、高速で振り回されている――!
「アイン――がはっ!」
吹き飛ばされるアインを避けるわけにはいかず、ラピスは風を使って衝撃を和らげようとするが、完全には殺しきれず二人まとめて地面を滑る。
「……つっ。アイン! 大丈夫!?」
それでも、壁に叩きつけられるよりはずっとマシだ。
ラピスは、痛む頭を振るい、受け止めたアインの無事を確かめる。彼女は呻いていたが、すぐに立ち上がる。
「平気です……この程度で負けるわけにはいきません……」
「ええ、そうね……」
ラピスも立ち上がり、こちらを見下ろすゼドを睨む。絶対にそこから引きずり下ろしてやる、とその目は言っていた。
だが、あれだけ素早く躱し、見えない攻撃を仕掛ける相手をどうやって倒せばいい?
威力を落として広範囲の攻撃でダメージを蓄積……駄目だ。心臓を刺されても平気な相手に通じるとは思えない。
しかし、必殺の一撃では躱されてしまう。いや、そもそもあの怪物に必殺はあり得るのか?
『可能性があるとすれば、頭を潰すことだ。どんな生き物だって、頭が千切れれば生きてられない』
『そうですね……』
ユウの考えに、アインも同意する。
問題は、それをどう実現するかだが。とにかく、考えるしか無い。その方法も、腕輪の正体も。
ユウが思考を巡らせ、アインとラピスが体勢を整える間、ゼドは二人をつまらそうに見下ろしているだけだった。
自分が絶対強者であるいう自負がそうさせるのだろうが、アインからすれば苛立たしいことこの上ない。歯噛みしながらも、彼女は詠唱を始める。
「さて、これはどうだ。痛めつけるのもいい加減飽きたところだが」
傲慢な声に応えて、再び周囲の瓦礫が宙に舞う。襲いかかる瓦礫を迎撃しようと、二人が身構えた時、
「今じゃ! 撃て!」
ツバキの声と、それを掻き消す轟音が工房に響き渡る。体中を揺るがす振動にアインとラピス、そしてゼドの動きが止まり、
「――――!」
黒い砲弾がゼドの頭を粉々に吹き飛ばし、工房の壁を突き破っていく。やや遅れて遠くから重いものが落下した音が聞こえた。
宙を舞っていた瓦礫、そして頭部を失ったゼドの体は糸が切れたように地面に落下し、工房は何事も無かったように静まり返る。
一体何が起こったのか。ゼドは、死んだのか?
あっけない幕切れに唖然とするアイン達だったが、
「はっ、はは、ははははははははは! ざまあないな! 何が不死身だ! お前は、お前自身が切り捨てたものに殺されたんだ! 部下の仇だ! 思い知れ!」
聞こえてきたトヨビシの哄笑に、彼の姿を探す。
彼は、工房の端にツバキとコノハと共にいた。その手にはケーブルが握られ、その先は手持ち砲を構えた"天"に繋がれていた。
その"天"は、ラピスが見てきたものと違い装甲の一部が外され、身軽そうな姿となっている。周囲には、外した装甲らしきものが転がっていた。
「ツバキ! 一体何をしたんですか!?」
叫ぶアインに、ツバキは今行くと応えると、コノハの手を引いてこちらにやってくる。その後ろを、トヨビシとややぎこちない動作で歩く"天"が続く。
「なに、ゼドが御主らに気を取られている隙にこいつを起動させておいたのよ。幾ら優れた魔術であろうと、反応が間に合わなければ防ぐことは出来ないと思ってな」
「ですが、いつ"藻屑"を? そんな暇は無かったはず……」
アインがそう言うと、トヨビシは忌々しそうに鼻を鳴らして否定する。
「あっても使わなかっただろう、そんなものは。別にアレが無ければ動かないなんてヤワな設計にはしていない。装甲を外して軽量化すれば、宝石だけの魔力でも動かすことは可能だ」
「そうだったんですか……お陰で助かりました」
「感謝されるためにやったんじゃない。部下とシェン様を捨て駒にしようとしたあいつが許せなかっただけだ」
だが、とトヨビシは動かないゼドを見やり呟く。
「仇は取れたな……これで無念が晴れてくれればいいが……」
「自分は……死んじゃいない……」
「うわっ!? なんじゃ御主生きとったんか!」
背後から聞こえた声にツバキは跳び上がる。全員が振り返ると、そこには地面を這ってここまで来たシェンが荒い呼吸を繰り返していた。
「シェン! 無事だったのね!」
コノハはすぐに駆け寄り、彼に肩を貸す。しかし、体格差のせいでふらついたところを、慌ててトヨビシが反対側の肩を取った。
シェンは、息も絶え絶えに成りながらも答える。
「アイン殿のお陰でな……当主殿――いや、祖父は」
「……死んだわ。頭を吹き飛ばされたら、流石に生きてられないでしょう」
「…………そうか」
シェンはそれだけ言って目を伏せる。祖父が道を誤った時は命を懸けてでも止めると決意し、その時が来ないことを願い付き添ってきた男の心情は如何様なものか。
それは、この場に居る誰もがわからなかった。もしかすると、本人にすらわからないのかもしれない。
沈黙するシェンに、コノハは鈴を鳴らしたような涼やかで穏やかな声で、言葉を紡ぐ。
「祈りましょう。彼の魂が、今度こそ道を違わないように。そして、貴方の未来が明るいものであることを」
「……自分に、そんな資格があるのだろうか」
「もちろん。誰もが幸せを目指して生きています。それは義務であり、権利なのですから」
微笑むコノハをじっと見つめていたシェンは、答えを返そうと口を開き、
「いや、冥福を祈る必要はない。貴様らに必要な祈りは――」
聞こえるはずのない声に凍りつく。全身を襲う悪寒に体が震える。締め付けられた胃から滲み出た胃酸が気管を焼いていく。そんなはずがないと、体の全器官が否定する。
見間違いだ、と誰かが口にした。ありえないと、誰かが絶望をもらした。お終いだと、誰かが全てを諦めた。
「どれだけ安らかな最後を遂げられるか、ということのみだ」
ゼドは起き上がり、服についたホコリを払う。失われたはずの頭部は、緑色の粘土のようなモノが蠢いていた。
子どもが好き勝手に作った顔から、段々とゼドの顔へと形を変えていく。粘土が細く伸びていき白髪かかった髪が生まれていく。そして、完全に元通りの顔面が出来上がった。
「これが緋々色金の力!? 詠唱もなしに死人の復活なんて……! いや、そもそも死人を蘇らせるなんてあり得ないわ!」
ラピスの絶叫に、ゼドは調子を確かめるように首を鳴らしながら答える。
「言っただろう、私は不死身だと。そして、決心した。貴様らは度し難い存在だ。屑は屑らしく、完膚なきまでに叩き潰してやろう」
見下した存在に傷つけられた怒りを滲ませたゼドは、右腕を天に掲げると腕輪に向かって命じる。
「自律機動鎧壱型
「了解。"空"内部に充填された"藻屑"とのリンクを確立。起動のち簡易遠隔操作に移行します」
無機質な声が終わると同時に、地面を揺るがす振動が起こる。工房は立っていられないほどに揺れ、振動に耐えられなくなった窓ガラスが割れていく。次いで岩盤が割れるような轟音が外から聞こえてくる。
「何が……!?」
体の芯から揺るがす振動と轟音に襲われるアイン達。それは段々と近づいていき、そして一際大きな音が頭上に生まれる。
「なんだ……アレは……!?」
驚愕に顔を歪めるシェンの視線の先には、紅く輝く巨大な何かが天井を突き破っていた。それが右にずれていき、包装紙を破るように工房の屋根が裂けていく。
そして、瓦礫が崩れ落ちる中でアイン達は対面し、その正体に気がつく。
アインは、震えた声でその怪物の正体を叫ぶ。
「これは……ゴーレム!?」
つい先日コノハと見上げたばかりの星空には、瞬く星をかき消さんばかりに赤く輝く月のような一つ目が浮かんでいた。
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