第10話 帰りたがる死神
「ここが、魔術協会?」
「はい、結構立派なところですね」
魔術協会は、街の西部の外れに位置していた。除け者にされている、というわけではなく、土地が広いほうが何かと都合がよく、そうするとこういう場所になりがちなため、とアインが説明してくれた。
レンガ製の壁に囲まれた敷地は、6割が3階建ての建物に使われ、4割は運動場のようなスペースとなっていた。的に向かって火球を飛ばすものや、地面に座り込み一心不乱に念じ続けるものの姿が見える。
それを横目に進みながら、ユウは感想を口にする。
「なんか、普通の学校みたいだな」
もっとこう、来るもの拒むおどろおどろしさというか、閉鎖的な場所をイメージしていたのだが。見慣れないものこそあれど、活発で開放的な空気が流れている。
「昔はそんなところが多かったらしいですよ。けど、魔術師の立場が危うくなるにつれて閉鎖的なままではやっていけなくなったらしく、今は魔術師の総数を増やすためにオープンにしているとか」
「ふぅん、誰でも学べるのか?」
「学費を払えば。もっとも、学んだ所で魔術が使えるかは本人次第ですし、魔術師としてやっていけるレベルまで成長するのは少数ですが」
「才能で全てが決まるのか……世知辛いな」
「そうでもありませんよ。魔術はまったく使えなくても、魔術に関する歴史を解き明かしたことで名を上げた者もいますし、大衆向け製品を開発して富豪になった者もいますから」
「それも含めて本人次第、か」
アインが入り口のドアを開けた所で、ユウは会話を打ち切る。
ホールのような空間には、数人の学生が談笑したり、椅子に腰掛け読書をするなどしていた。アインは、受付の立て札が置かれたカウンターに向かう。
「ご用件は?」
受付の男性が、冷たい声でアインに問う。オープンといった割に態度が良くないな、とユウは思い、
「……」
室内なのにフードを被ったままのアインの格好を見て思い直す。
『……旅の魔術師として挨拶に来ました何か困りごとがあれば力になりますと伝えてください』
『はいはい、その通りに』
フードを取らないのはマナーとしてはかなり悪いが、そのお陰で表情がバレないのだからありがたいことだと思おう。
ユウは、早口の思考で伝えられたことをそのまま口にする。
「旅の方、でしたか。お名前は?」
魔術師ということを伝えると受付の態度が軟化する。同類だと安心したのか、それとも魔術師には変わり者が多いのか。
両方ありえるな、と考えながらユウは答える。
「アイン=ナットです」
「……アイン、ですと」
名乗った瞬間、受付の空気が変わる。軟化した態度は瞬く間に硬化し、先程以上に疑惑の目を向けていた。
それだけでなく、周囲にいた学生も神妙な顔でアインを見つめ、ひそひそと声を漏らしている。明らかに普通の反応ではない。
『……お前、何かしたのか?』
『わ、わかりません知りません! この街に来たのだって初めてですよ!』
パニックになっているアインは、泣きそうな声で答える。嘘を言ってる様子はない。
『じゃあ、この状況はなんだ……尋常じゃないぞ』
アインもユウも何も言えず黙っていると、汗ばんだ顔を手で扇いでいた受付が上ずった声を抑えるように言う。
「……フードを取ってもらっても、構いませんか」
アインはとっさに拒もうとし、すんでのところで押し留まる。理由は分からないが疑われている以上『目を合わせるのがいや』なんて理由で拒むわけにはいかない。
ぎゅっと、フードの端を震える手で握りしめていたが、
「…………はい」
長い沈黙の末に蚊の鳴くような声で答え、フードを取り去る。
「……ッ!」
銀色の髪、青い瞳が露わになり、それに受付と学生は息を呑む。
理由不明の詰問状態にアインの精神は限界に近づいていた。思考を占めるのは『帰りたい』という子どもじみた願望だけだ。
そうなると、ユウがすることは決っている。この場をなんとか抜け出すことだ。
「……その、もう、いいでしょうか。あまり顔を晒すのは、好きではないので」
少し強い口調でユウは言う。テンパっているアインの表情は不機嫌に見えるので怯むことを期待しての言動だったのだが――。
「あなたがアイン=ナットなんですね! あの『銀色の死神』の!」
受付の行動は、カウンターに前のめりになって歓喜の表情を浮かべるという、予想とはまったく逆のものだった。
そして『銀色の死神』。なんだその物騒な名前は。
予想外の反応に戸惑うユウ、そもそも意識が追いついていないアイン。そこに、学生たちがわっと駆け寄ってくる。
「あのアインさんですか! 気に入らない相手は誰であろうと血の海に沈めたという!」
「フードを被るのは魔眼を抑えるためというのは本当ですか!?」
「あらゆる術を使いこなし、1ヶ月で真理に到達したというのは!」
キラキラした表情で、さらに物騒なことを言い出す彼らに、
「…………かえりたい」
アインは、思考を埋め尽くす言葉を口にして、助けを求めるように天を仰いだ。
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