第9話 一日の始まり、波乱への一歩
アインとユウがロッソの街に到着してから3日が経過していた。
その間にユウはアインに連れ歩かれることで少しずつこの街のことがわかってきた。
ロッソは、円形の城壁に囲まれた街だ。大外の円である城壁の中心に円があり、そこに領主の城が建てられている。城と言っても、市民は気軽に出入りでき、実態は集会場に近い建物だ。
そして大円を東西南北に分断する大通りがあり、東側は宿屋や酒場に風呂場、食事のための屋台や食料店が立ち並び、西側では職人と商人が商いを行う商店が立ち並んでいる。そこに小さな半円の街路や路地が作られ、目の粗い網のように広がっている。
初めこそ車の代わりに馬車が走る風景から、中世くらいの文明度なのかと思っていたが、電気さえ扱えるようになれば、すぐにでも現代の文明に追いつく。人々が生きる風景は、そんな力強さを感じさせた。
「本当にそうですね。より良い暮らしを、より良い明日を求めた人々が努力をした結果、今があるのです」
含蓄のある言葉を言っているが、当のアインはベッドに寝転んで読書という緩みきった姿勢だった。
「お前はその恩恵を満喫しきってるな……あ、まだ読んでるから待ってくれ」
その背中には、ユウが置かれていた。
動けない体で出来ることと言えば、見る、聞く、喋るくらいしか出来ないため、読書は貴重な娯楽だ。それも、彼女無しでは出来ないし、内容も魔術に関することで理解できないが。
ただ、内容こそわからないが文章を読むことが出来るのは不思議だ。日本ではないのに日本語でアインとも普通に言葉が通じているし、『漂流者』は皆そういうものなのだろうか。
まあ、考えた所で確かめようが無いのでは意味がないが。虚しさを覚える前にユウは、思考を切り替える。
「この本も製紙技術の進化のお陰ですからね。羊皮紙なんて骨董品の域ですよ」
「ふぅん。ところで、いつまでこうしているんだ?」
「何がです?」
「この3日間、食事と貸本屋に行く以外は殆ど宿に居るだろ。報酬があったからとはいえ、引きこもってるのもどうなんだ?」
ユウの視線の先には、テーブルにうず高く積まれた本があった。この山を崩すだけでも相当時間がかかるだろう。
アインは、だってしょうがないじゃないですか、と本から目を逸らさず反論する。
「大金を得たのは久しぶりですし、少しくらいゆっくりしたいです」
「久しぶりって、今まではどうしてたんだ?」
「村の近くにいる狼を狩って欲しいとか、ゴブリンを追っ払って欲しいとか……人と話さなくて済むような依頼を受けてました。……けど」
「けど?」
「後から報酬は払えないとか、減額するとか言われて……しっかりと受け取れたことが少ないです」
ああ、と納得するユウ。アインの性格だと何も言えず引き下がってしまったのだろう。
「いえ、それもありますけど、抗議することもありますよ。けど、度が過ぎたというか……加減がわからなくて」
「何をしたんだ?」
「ええと、強気に出ないといけないと思って……横暴な相手だったこともあり、飾ってあった壺を魔術で壊して」
「おい」
「『次はお前がこうなる』と言ったら、泣き叫ばれて警備を呼ばれて……慌てて逃げ出したことが」
そりゃあ泣きたくもなるだろう。
黙っているときのアインは、銀髪と相まって冷徹な印象を与える。そして、緊張のせいか口数が減り声が低くなり警戒心を剥き出しにするせいで、威圧感も増す。そんな相手がいきなり魔術で『お前を殺す』と言い出せば誰だってビビるに決まってる。
よく旅が続いたな、とユウが言うと、
「まあ、お金が無くなったら盗賊を襲えばいいですし」
さらっと、物騒な発言を返す。そして、それは比喩表現ではそのままの意味だ。
「……妙に手慣れてると思ったけど、日常的にあんなことをやっていたのか」
「言っておきますけど、盗品を全て持っていくようなことはしませんよ。現金を少しばかり頂いてるだけです」
「へえ、元々の持ち主に返してるんだな」
報酬を受け取らず悪を倒す旅人、と言うとフィクションに生きるヒーローのようだ。
冷たそうなのは外見だけで根は暖かいのだと、ユウは感心するが、
「ええ、貴重品を持ち去ると私が盗んだと思われかねませんから」
ただのドライな事情故だった。
トータルで見れば十分に善行ではあるが、微妙な気持ちになるユウ。
「まあ、それはいいや。とにかく、偶には外に出たらどうだ。何か面白いものがあるかもしれないだろ」
「ええ……。面白いものは、今目の前にありますよ」
「お前本当に旅人かよ……何のために旅してるんだ」
「むぅ……わかりましたよ。そろそろ魔術協会に挨拶に行かないといけないと思っていたところですし」
渋々と言った様子でベッドから起き上がるアイン。
「おわっ! 急に立上がるなって!」
その拍子に背中から床に落下したユウは、抗議の声を上げた。
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