第153話 剣でも洒落は忘れずに

 偽造水晶を販売していた男の騒ぎが落ち着きを見せた頃、ツバキは悠々と広場を見て回っていた。


「ふむ、加工品も良いものが揃っておるな」


 呟くツバキの視線の先には、美しく磨かれた数々の水晶が並べられている。水滴のように丸みを帯びたものもあれば、六角柱型に整えられたものもある。無色のものもあれば、青みがかったものもあり、煙のように灰色がかったものもある。

 

「どうだい、気に入ったものがあればペンダントにも出来るよ」

「そいつは良いな。では、こいつを頼む」


 ツバキは、無色の六角水晶を指差す。あいよ、と威勢のいい声とともに店主は手際よく金具を取り付けていく。


『ここは大丈夫か? 高いものもあるみたいだけど』

『質と値は釣り合っておるよ。このガーデンクォーツも値は張るが、それだけの価値がある』

『ガーデンクォーツ?』


 これじゃな、とツバキは展示されたものの一つを手に取る。手の平よりも小さく、緩やかな丸みを帯びた水晶の中には苔のようなものが内包されている。

 しかし、それで見栄えが悪いかと言えばそうではない。むしろ底面に広がるそれは、庭の芝を思わせる風情があった。


『だからガーデンクォーツ庭水晶ってことか』

『これが本来のガーデンクォーツじゃな。で、今人気があるのはこちらじゃ』


 次にツバキが手に取ったものも、底面が水晶ではない黒い鉱物が大地のように広がっている。そこまでは先程の物と同じだが、大きな違いがあった。


『家……? それに、人みたいなものもあるな』


 水晶の中には、鉱物で形作られた三角屋根の家。その玄関前には小人が二人立っており、そこを囲むように小石の草原が広がっている。

 自然が作り上げた形ではあり得ないそれは、人の営みのミニチュアだ。


『これが魔術師が作り上げたガーデンクォーツじゃ。魔術で内包物を操作し、自在に形を作り上げる。新たな創作の形というわけじゃな』

『切開して埋め込んでるわけじゃないのか……アインも出来るのかな』

『あやつの技量なら出来なくはないだろうが、大雑把じゃからな。そういう意味では向いておらんな』

『まあ、そうだな。あまり芸術に関心があるタイプにも思えない』


 アインが宝石が好きと言っても、美術的価値を見出しているわけではあるまい。もっと単純に『綺麗だから好き』というものだろう。誰かが決めた価値よりも、自身の感性を優先するタイプだ。

 

 二人がそんな会話をしていると、作業を終えた店主が話しかけてくる。


「ああ、そいつか。ここオーランの魔術師が訓練も兼ねて作ってるんだよ。俺は魔術そっちの技はわからんが、悪くない出来だろう?」

「うむ、悪くない出来じゃが……強く言ってしまえばそれ止まりとも言える」

「手厳しいな……まあ、流石に見るものが見ればわかっちまうよな」


 頭を掻いて苦笑する店主。ツバキが日に透かしたガーデンクォーツには、内部に白い筋のようなものが数本残っていた。処理が不完全だったため、内部の厚みが偏ってしまったのだ。


「ところで、魔術の技はわからぬということは、それ以外はわかると聞こえるが?」

「ああ、独学だがね。普段は採掘をしてるんだが、暇な日には水晶を削って遊んでいたんだ。そうしているうちに、金を取れるだけのものも作れるようになったってわけさ」

「ほう、自家製とは恐れいった。しかし、その割にそれらしいものは少ないようじゃが」

「俺のがあったら他の商品が売れないだろ……っていうのは、冗談だ。単に本業のほうが忙しいし儲かるってだけだよ。こっちはあくまで趣味だからな」

「水晶採掘は良い調子のようじゃな」

「まったくそのとおりだ。魔術協会を造るなんて話があった時は、大丈夫かと疑ったもんだが結果はこのとおりだ。ダズル家様様ってところだよ」


 店主はそう言って上機嫌に笑う。

 魔術師以外とは壁を作っていることも多い魔術協会だが、この街では暮らす人々とも距離が近いようだ。


「それでは、問題は何もないと?」

「そうだな、特別な問題ってのはない。犯罪が無いわけじゃないが、殺人なんて久しく起きていないし、どの街でもあるだろう事件くらいさ。ただ……」

「ただ?」

「これは与太話だが、鉱山近くに亡霊が出るって噂があるんだ。何でも、暗く淀んだ声が真っ暗な坑道から聞こえるとか」

「亡霊……」

「まっ、あくまで噂だよ。狭い空間じゃ風や水の音だって響くし、疲れていれば変なものに聞こえることだってある。俺はその手のことだと思ってるよ」


 肩をすくめた店主はそう締めくくると、細い鎖を取り付けた六角水晶をツバキに差し出す。彼女は代金と引き換えに受け取ると、


「面白い話じゃった。繁盛を祈っておるよ」


 手を振って屋台を後にする。

 客と店の喧騒から少し離れた所のベンチにツバキが腰を下ろしたところで、ユウは先程の話について訊ねる。


「亡霊はいると思うか?」

「さてな、あれだけでは何とも言えぬよ。店主が言った通り空耳の可能性もあるし、本当に亡霊がいるのかもしれぬ。個人的には、いない可能性のが高いとは思うがな」

「理由は?」

「坑道に出没する亡霊――真っ先に考えられるのは鉱山労働者じゃ。マシになったとはいっても死人が出てもおかしくない仕事であり、この街でもそうじゃろう。しかし、店主はその可能性を指摘もしなかった」

「ってことは、ここ最近は殉職者は出ていない?」

「それか、死体が回収できているかじゃな。亡霊が現れる理由の一つが、亡霊自身が死を認識できていないこととされておる。生き埋めになったまま置き去りならともかく、死体回収できた者が亡霊になるとは考えづらい」


 そうなると、やはり単なる与太話というのが正しそうだ。

 ユウは、そう結論づけて話を変えようとするが、ツバキはニヤリと笑って続ける。


「だが、或いは――坑道の先には隠されたダンジョンがあり、そこに棲み着いた亡霊の怨嗟の声かもしれぬな」

「もしそうだったら……まあ、渡りに船って言えるか?」


 ツバキの言うとおりなら、鉱山の問題が解決され、労働者は不安なく働けるようになる。エターナとリーベも実績が出来て喜ぶ。上手くいけば宝も手に入るかもしれない。

 だが、それは仮定の仮定に過ぎないし、そもそもトラブルを期待するような発想は健全では無いだろう。その裏には、何かしらの犠牲者がいるのだから。


「そりゃあそうじゃな。そう上手い話ばかりではなかろうよ」

「まあ、暇なら調べてもいいんじゃないか? 原因が何にしろ、解決すれば街のためにもなる」

「暇になったらの。生憎今の我らは忙しくてな」


 ついさっきまでは食べ歩きを楽しんでいたツバキは言って、腰からユウを外して正面から見据える。突然のことに戸惑う彼に構わず、じっと考えるように見つめていたツバキは、


「ふむ、これなら良いじゃろう」


 頷くと、先程購入したペンダントの鎖を柄に絡めていく。大きくズレたり、外れたりしないことを確かめた彼女は満足げに頷いた。


「どうじゃ、視界の邪魔になっておらんか?」

「大丈夫だけど……これに何か意味はあるのか?」

「ああ? 何を野暮なことを言っておるんじゃ。可愛い娘っ子が贈り物をしたんじゃ、ただ喜べば良いじゃろうに」

「……俺に?」


 どうしてと驚きから聞き返すユウに、ツバキは野暮な奴と呟き答える。


「まあ、何じゃ。リュウセンでは世話になったし、言葉だけで労うのは文字通り物足りぬだろうと思うてな。我からの感謝の印と思えば良い」

「……そうか。そういうことなら、有り難く貰っておくよ。ありがとう」

「最初からそう言ってれば良いんじゃよ。察しが悪い男は好かれぬぞ」


 悪態をついて立ち上がるツバキ。だが、口ではそう言いながらも微笑みを浮かべたその顔は楽しげで、笑い返せないのが残念だとユウは思った。

 ならば、せめて言葉にしよう。気の利いたことは言えないが、感謝くらいは伝えられる。ありがとう、と。


「……二度も言うでない。軽く聞こえるぞ」


 そっけなく言ったツバキは、明後日の方を向いて頬を掻いた。

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