第128話 救出

 アインの尋問を受けた野盗達は、あっさりと村長から頼まれたと白状した。今回だけでなく、先日の襲撃も彼から依頼されたのであり、騎士団が近づいてきたら捕まる前に適当に逃げろと言われたのだという。

 

『これで裏付けは取れたな』

『ええ、村に戻りましょう。糾弾のときです』


 アインは、ロープで拘束した野盗達を連れて村に戻った。村人達は、朝方に出ていった配送人が戻ってきたことに驚き、そして拘束された人相の悪い男達にさらに驚いていた。

 ざわつく村人は、口々にアインに質問を投げかけていく。

 

「旅人さん、一体何があったんだ?」

「そいつらは一体……?」

「何かあったのか?」

「すいません、説明は後でします。村長さんは何処に居ますか?」


 村人に囲まれた怯んだアインに代わり、ユウが訊ねた時だった。


「お前……!? どうしてここに!?」


 驚愕に満ちた声が響き渡り、一斉に視線が集まる。それを発したのは、引きつった表情でアインを見やる村長だった。

 目的の人物を見つけたアインは、他の村人に下がるよう言って彼に近づいていく。


「その表情を見るに、とっくにわかっているとは思いますが念の為聞きましょう。先日、配送人を野盗に襲わせたのは貴方ですね?」

「ば、馬鹿な!? 何を言って!」

「白を切っても無駄ですよ。貴方から頼まれたと白状しました。先日だけでなく、今回もそうだったと」

「私が何のために村の者を襲わせる必要がある! 証拠も無しに言いがかりはやめろ!」


 顔中に冷や汗を浮かべながらも否定を続ける村長に、アインは深い溜息をつくと気怠げな声で言う。


「だそうです、ラピス。証拠を見せてあげてください」

「なっ、お前は!」


 いつの間にか背後に立っていた赤髪の少女に腰を抜かした村長は、尻餅をついたまま彼女を見上げる。彼女は、つまらなさそうに見下ろしながら確認するように述べていく。


「昨日の夜、貴方は村を出て街の酒場へと向かった」

「そ、それがどうし――」

「そして、その途中の道で出会った騎士にこの手紙を渡しておったな?」


 ラピスの背中から顔を出したツバキは、軽い口調で――しかし怒気を込めながら言うと一通の封筒を掲げる。それを目にした村長は絶句し、ワナワナと目を見開いていた。


「どうしてそれを……」

「快く譲ってもらったのよ。まあ、向こうはそれすら忘れておるじゃろうがな」


 ガタガタと震える村長に、ツバキは吐き捨てるように言い放つ。


「内容は『明日の朝、重要な手紙を配送人が運びます。依頼主は世間知らずの小娘なので、恩を売ればミーネ様の役に立つと思われます。村の者も、少しずつですがナギハに疑念を抱きつつあります。これからも良い協力関係を続けましょう』だと。まったく、反吐が出るわ」

「お陰で十分過ぎる証拠になったけどね。まだ言い逃れする気なら、筆跡を調べてもいいし封に使った蝋を調べてもいいわよ。どちらにせよ、覆すことは不可能でしょうから」

「あっ……ああっ……!」


 冷たく言い放たれた宣告から村長は逃れようとするが、正面はラピスとツバキ。背面はアインに挟まれ、そして側面は怒りの目で睨みつける村人で塞がれている。もはや逃げ場のない彼は、頭を振り乱して見苦しい叫びを上げる。


「私は村長だ! 長なんだ! だからこの村を好きにして何が悪い! 親もいない小娘一人を踏み台にするだけでいいんだぞ!? それで全員が幸せになれるというのに!」

「それで幸せになるのは貴方だけです」


 村長の言葉を真っ向から否定したのは、村人の列から歩み出たベツだった。硬い表情で拳を握りしめた彼に、蹲った村長は懇願するように縋り付く。


「ベ、ベツ! 魔が差したんだ! 私は名ばかりの村長で、皆から尊敬されるジョウ達に嫉妬してしまったんだ! これも村のためを思って……!」

「僕から言うべきことは一つだけです」

「な、なんだ?」


 ベツは縋り付く村長を立ち上がらせると、一歩距離を取る。左手は村長の肩を掴み動けないようにし、右手は骨が軋む音がするほどに強く握りしめる。そして、大きく息を吸って、


「――お前はもう、黙っていろ!」


 憤怒の叫びとともに振り抜かれた右拳は、村長の顔面を正確に捉えた。蛙が潰れたような悲鳴を上げた村長は数歩よろめくと、仰向けに倒れ込みそのまま動かなくなる。

 肩で息をするベツは、気絶した村長を見下ろし大きく息を吐く。まだこれでは足りないという意志を押し殺しながら、彼はアインに告げる。


「……ナギハを助けましょう。こんなことで彼女を失うわけにはいきません」


 悲壮な決意の言葉に、アインは無言で頷いた。





 村長と野盗たちの処理をジョウに任せたアインらは、谷を駆け抜け騎士団本部へと向かった。

 行動が遅れれば、それだけミーネに証拠を潰す時間を与えることになる。そう考えての行動だったが、


「あれは……!」


 本部正門前に停められた馬車を物陰から窺うベツは、驚愕の声をあげる。

 その馬車に乗り込もうとする長い髪を纏めた女性は、紛れもなくナギハだった。表情は暗く、監視役だろう二人の騎士に連行するように挟まれていた。間違っても旅行に行くような雰囲気に見えない。


「行動が早すぎる……我らが証拠を掴んだのがもうバレたのか?」

「かもね……手紙はあの一通だけでなく、何処かに予備を出しておいたのかしれないわ」

「私があの場にいて野盗がいなかったことを不審に思ったのなら、随分と臆病なことですね」


 だが、その臆病さがこの状況を作り出している。それがわかっているから、皮肉を言うアインは苦々しく馬車を見つめているのだ。


 ナギハを助けるには、"そちらの思惑はわかっている。大きな傷を負いたくないなら手を引け"と早期に取引するのが最善だった。

 だが、彼女本人の証言が無くなれば、ミーネが用意した『ナギハは村を思って悪役を買って出た』というカバーストーリーを覆すのが難しくなる。村長の手紙だけでは、騎士団という大きな組織を揺るがすには至らないだろう。


「ツバキ、ここから彼らに暗示をかけるのは?」

「無理じゃ。気が緩んでいるならともかく、あれだけ警戒している奴らにその隙は無い」

「強引に連れ出すのはリスクが高いわね……街にどれだけ騎士がいるかわからないし、真っ先に街の入り口は封鎖されるはずよ」

「じゃあどうすれば……!」

「落ち着いてベツ。何処に行くとしても、街の外に出るはずよ。そこなら相手する数も少ないし、バレるまで時間も掛かるわ。だから、今は耐えて」

 

 言い聞かせるようなラピスの言葉に、唇を噛んだベツは苦しそうに頷く。

 しかし、ナギハが馬車に足をかけて乗り込もうとした時だった。


「あれはミーネ……?」


 アインが呟いた通り、視界の先にはナギハに近づいていくミーネの姿が見えた。彼女は敬礼する騎士を下がらせると、ナギハと正面から向かい合う。

 

「――――」

「――――」

「――――」


 何か会話をしているようだが、距離があるため聞き取ることは出来ない。ミーネは穏やかな表情で、ナギハは無表情で答えるという先日見たばかりの光景が繰り返されていた。


「……いや、違うな。あれはそう見せているだけで、内心は煮立っておる」


 ツバキは、老婆から聞いたミーネに対する評を思い出していた。曰く、虚勢を張っていないと嫉妬で狂いそうになると。

 その意味が今ならわかる。幾ら表情を取り繕うと、彼女の目は決して笑っていない。暗く澱んだものを秘めている目だった。


「―――!」


 あの時と同じように、水を打ったような音が響く。ナギハがよろけるほど強く平手打ちをしたミーネは、肩を震わせながら彼女を睨みつけていた。

 突然のことに周囲の騎士は狼狽し、意味もなく周囲を見渡すことしか出来ない。頬を打たれたナギハは、何も言わずじっとミーネを見つめ返す。

 それが気に障ったのか、もう一度ミーネが右手を振り上げ――。


「やめろ!」


 アインが止める間もなく飛び出したベツが、ミーネに向かって叫ぶ。幼馴染の声に、ナギハは無表情を崩して目を見開いた。


「ベツ!? どうしてここに……!?」

「君を助けに来た! 君は村長に騙されているんだ! 君が犠牲になる必要なんてない!」

「……っ、何を言って……私は、私の意志でこうして」

「違う! 騎士としての君じゃない! あの村で一緒に過ごしてきた君は、そんなことを考えるわけがない! そんなことを思いつくほど君は頭が良くないだろ!」


 吠えるベツは、震える指先をミーネに突きつける。震えの理由は怒りであり、恐怖でもある。だが、彼はその場から逃げ出そうとはしなかった。


「貴方が! 貴方が身勝手な野望にナギハを利用したんだ! 村長を焚き付けてリュウセンを乗っ取ろうと考えた! ナギハに罪を被せようとした!」


 彼の告発に周囲の騎士が一瞬ざわめくが、すぐに剣を抜き放つとミーネを守るように立ち塞がる。騎士団長と名も知らぬ男の言葉では、どちらかを信じるかなどは明白だろう。

 剣を向けられ怯みながらも睨むことを止めないベツに、嘆息したミーネは悲しげに言葉を投げかける。


「わかってくれないとは哀しいな。こうして騒ぎにすることをナギハが望むと思うのか?」

「貴方の騙りはうんざりだ! それに、これが例えナギハ自身の意志だったとしても、僕はそれを否定する!」

「君個人の意志で村の幸せを蹴っ飛ばすというのか。呆れたな」

「違う! 僕らはナギハを犠牲にしないと生きていけないほど弱くない! そんなことでしか幸せになれないほど落ちぶれちゃいない!」

「……!」


 ナギハの瞳が揺らぐ。押し殺していた感情が湧き上がり、鉄面皮が剥がれ落ちていく。"これで良い"と諦観し停滞していた体に意志が循環していく。

 俯いていた彼女は大きく息を吐く。まるで澱みを吐き出すように。


「……団長殿。自分は間違えていたようだ」


 熱を取り戻した体は、自然と言葉を紡いでいた。ナギハは一歩前に進み、更に続ける。


「騎士であるのなら、個の意思ではなく団長に従うべき。成る程、その通りだろう」


 拘束しろというミーネが叫ぶ中、ナギハは悠々とした動作で立ち塞がる騎士に腕を伸ばし、


「えっ?」


 正しく『流れるように』という形容しか浮かばないほどの滑らかさを持って腕を背中側で捻り上げ、奪い取った剣の先を喉元に突きつける。


「だが、今の私は騎士団を追われたただの女だ。なら、命令に従う義理はないな?」

「いっ、ナ、ナギハ何を!?」


 ミーネ達からの盾にされた騎士は、捻り上げられた腕の痛みと突きつけられた剣先に裏返った声を上げて身じろぐが、抜け出すことは出来ない。仲間を人質にされては騎士たちも迂闊に手出しはできず、半円状に取り囲むのがやっとだった。

 

「ああ、まったく! 本当に目障りな奴だよ貴様は!」


 怒声と共に引き抜かれた剣先は、人質ごと貫くと錯覚するほどに鋭い殺気が込められていた。


「おいおい何が起こってんだ?」

「騎士が剣を抜いてるぞ!?」

「人質にされてるんじゃないのか!?」


 一方が距離を詰めれば、もう一方が退くということが繰り返される間にも騒ぎを聞きつけた騎士や野次馬が集まり人集りを形成しつつあった。その中心で睨み遭う二人の女性に、誰もが注目していた。


「ホワイトアウト!」


 その拮抗を破ったのは、野次馬に混じって近づいていたラピスの声だった。彼女の呼びかけに応えて生まれた白い霧は、瞬く間に人の姿を覆い隠していく。


「な、なんだ!?」

「ベツさん! 『ハリー』まで向かってください!」


 突然の視界を覆い尽くす霧に巻き起こる争乱の最中、アインは届くことを祈って叫び、野次馬達を押しのけるよう強引に駆け抜けていく。しかし、その向かう先は街の門ではなく、


「本当に大丈夫なの!?」

「たぶんな!」

「頼りないのう!」


 敵の真っ只中であるはずの騎士団本部だった。

 正門を抜けた辺りでは霧は薄く、朧気だった人のシルエットもはっきりと確認できる。無茶苦茶にシルエットが動き回る中で、こちらに向かってくる二つの影があった。


「アインさん!」

「話は後です! 今はこの場を離れないと!」


 ベツとナギハを確認したアイン達は、全力で広場を走り抜ける。その先には、簡素な作りをした細長い小屋があった。


「その先には独房しかない! どうする気だ!」

「大丈夫です! とにかく今は走って!」


 振り返る余裕もないアインは前を向いたまま叫び返す。そして、独房小屋を回り込んで小屋と壁の細い隙間へと飛び込む。狭い空間には、木箱が数個置かれている以外には何もなく、無論隠れる場所も見当たらない。


『ッ! こっちに気がついた奴がいる! 早くしろアイン!』

『わかってます!』


 アインが地面に手をつき、魔術を発動するのにやや遅れて騎士が隙間に飛び込んでくる。

 しかし、


「いない……? 気のせい……いや、そんなはずは……」


 騎士は、木箱以外何もない空間を見渡して呆然と呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る