エピローグ 剣とコミュ障のそれから
まだ冷たさが残る春の空気をかき乱すように、作業着を着た男たちが忙しなく動き回っていた。土砂を載せた猫車を押す者、一心不乱かつ慎重に大地をシャベルで削っていく者、書類を抱えて駆け回る者と様々だ。
その中心で指揮を執る男は、近づいてくる金髪の青年に気がつくと笑顔で手を振りながら言う。
「やあ、ゼグラス君お疲れ様! 早速だけど成果はどうかな!」
「そんなデカイ声じゃなくても聞こえるっての……ほら、資金援助の証明ですよ、アルカ隊長」
鬱陶しそうな表情で渡された書類を順に眺めていったアルカは、最期まで読み終えると満足げに頷いた。
「うん、予定以上の金額だ。いやぁ、一年掛けて信頼回復に努めた成果があったというものだよ」
「ハッ、当然ですよ。この僕がわざわざ出向いたんだ。これくらいはしてもらわないと困る」
「うんうん、君は外面は良いからね。何にせよこれで発掘を中断することは無さそうだ」
「……すごい失礼なことが聞こえたけど、聞こえなかったことにしておいてやるよ。ったく、そもそもを言うならアインの奴がもっと静かにやってくれれば、こんなことにならなかったのに」
ブツブツと不満をこぼすゼグラス。アルカは、その背中を思い切り叩くと上機嫌に笑って言う。
「なぁに、その分いまもあちこちで働いてくれているじゃないか! 『ワタリガラス』として名も知られるようになってきたし!」
「ただの見た目と容赦なく襲いかかるっていう悪名混じりだっての……ラピスも人に仕事を押し付けていなくなるし……」
「出世だよ出世! 人生は前向きに行こう! ほら、もうひと頑張りだ!」
どこまでもハイテンションなアルカは、発掘現場へと駆け出していく。ゼグラスは、その背中をしばらく眺めてから溜息をついた。
「それじゃあお父さん、配達へ行ってきます」
「ワリぃな。けど、そのくらいならバイトにでもやらせればいいんだぞ? お前だって酒造りに集中したいだろ?」
小さな荷車に酒瓶が詰まった木箱を積んでいくシーナを見やりながら言うアルミード。
「そのくらい、ではありません」
彼女は、作業の手を止めずに答える。
「絶対数が少ない太いお客様だからこそ、こうして繋がりを大切にする必要があるのです。彼らが求めているのは、時給いくらのバイトが造ったものではなく、職人が一から十まで手を掛けた酒なのですから」
「なるほどな……いつの間にか立派になったもんだ」
「当然です」
荷物を積み終えたシーナは、胸元に手を当てながら誇らしげな表情で告げる。
「これでも職人の端くれですから」
その言葉に一瞬面食らった顔をしたアルミードは、すぐさま破顔すると大声で笑う。
「まだまだひよっこがよく言うぜ! 俺も娘にはまだまだ負けてられんな!」
「はい、そうでなくては困りますから」
「いいぞ、その調子だ! それだけ自信があれば何だって出来る!」
笑い続けるアルミードにシーナは花咲く微笑みを返すと、荷車を引いて配達へと向かった。
「だから、理論上はこれでいけるはずでござるよ!」
大げさな身振りを交えて熱弁するマシーナ。眼の前の水面には、翼のようなパーツが取り付けられた
その隣でそれを眺めるエドガーは、頭痛を抑えるように額に指を当てながら言う。
「……理屈はわかった。爆発的な推進力で加速、その速度と翼で船体は浮き上がる、その後は障害物の無い空中を直進する」
「そう! 何もない自由な空であれば、さらなる境地へとたどり着ける! ギルドに対しても大きなアピールとなるでござろう!」
「……それで着陸はどうするつもりだ。まさか自由落下ではないだろうな」
「なに、十分な加速があれば滑空してそのまま着陸出来るでござるよ。問題はないでござる!」
自信満々、得意げに自らの成果を誇るマシーナにエドガーは大きな溜息をついた。
「その着陸地点はどこだ。水上にしろ街にしろ、そんな繊細な動作が出来るとは思えん」
「ああ? エドの腕ならこれだけの広さがある川だったら問題ないでござろう。何を心配しているのか?」
「俺たちは街の水上運送を」
「それに拘る必要もないでござろう。狭すぎるというなら飛び出して、飛んでいけば良い。
マシーナは、翼を広げて飛び去る鳥を指さし笑う。出来ないわけがないだろう? とどこか試すように。
エドガーは、しばらく無言で大空を自由に飛び回る鳥を見つめていた。そして、ふっと笑うと彼女に頷いてみせる。
「そうだったな。名誉を取り戻すだけでは足りない、新たな名誉を求めても良い頃だ」
「よしっ! そうと決まれば早速テストでござる! ほら、乗った乗った!」
「……耐衝撃テストは済ませているのだろうな。おい、目を逸らすな」
「おい、肥料はこれでいいのか?」
「もっと気合い入れて土を耕せ! 良い野菜は土から決まるらしいぞ!」
「ジャガイモはこっちの畑じゃなくてあっちだ。ここは今年はかぼちゃを植えるんだっての」
村中の小さな畑で男たちが農具片手にあれこれと話し合っている。土の深さや肥料の量の調整に四苦八苦している中、熊のように大柄な男は一人黙々と鍬を振るっていた。
「村長! 畑予定地の草むしり完了致しました!」
村長と呼ばれた男が顔を上げると、肩で息をするガレンが立っていた。腕にはよれよれの『JP』と刺繍された腕章をつけている。
「よし、5分の休憩の後は他の畑の整備を手伝え。それが終わったら農具の手入れだ」
「了解です! あと、質問よろしいですか!」
「なんだ?」
「自分だけ作業量が多いような気がするのですが!」
「気のせいだ」
すっぱり言い切られたガレンは、反論する暇もなく鍬を振るい始めた村長に呆然と立ち尽くす。その場から動こうとしない彼を一瞥した村長は、
「ところで、既に結婚相手がいる人の娘に手を出そうと考えていた奴がいるらしいな。どこの誰かは知らんが、見つけたら潰して芋餅みたいにしてやろうと思っている。どこの誰かは、知らんがな」
目を合わせないままドスの利いた声で言うと、思い切り鍬を振り下ろす。地面に食い込むそれに背を跳ねさせたガレンは、逃げるように次の畑へと向かった。
「麗らかな日ね。とても穏やかで暖かい素敵な日。貴方もそう思わない?」
「それには同意しよう。しかし、君は帰るべきだろう。両親や兄弟に要らぬ心配をかける必要はない」
「あら、どうして温泉に慰安へ来ているだけで心配されるのかしら」
わからないわ、ととぼけるように言ってお茶を啜るコノハ。同じく縁側に並んで庭を眺めていたシェンは、溜息をつくでもなく淡々と続ける。
「いくら成果を上げ世間が認めようとも、我が祖父が間違いを犯し、自分がその孫であることに変わりはない。大抵の親であれば、大事な娘の隣には置きたくないだろう」
「じゃあお父様は違うわね。だって私のことを笑顔で送り出してくれたもの」
「見間違いでなければ顔が引きつっていたように見えたのだが」
「そうかしら?」
わかっているのかいないのか、実に曖昧に微笑むコノハからシェンは視線を庭の木々へと戻す。どこか寒々しく思えた屋敷の庭よりも、ここは暖かさに包まれているような気がした。
無論、それは気の所為だ。むしろ山に位置するこの宿の方が空気は冷たいのだ。見る側の心の持ちようで幾らでも変わってしまう曖昧な感覚に過ぎない。
けれども、それでも暖かいと思えるのは――幸福なことなのだろう。先も見えず保証もされていない未来だが、終わりが見えてしまっているよりもずっと良い。
「暖かいな……」
シェンは、呟き空へと手を伸ばす。今は見えない星を掴もうとするように。
「本当にそう……とても暖かい……」
「だから、石は用意できたのだろう? だったら、さっさと並べてしまえばいいだろう」
「風呂のタイルじゃないんだから、そんな簡単にいかないよ。馬車だって通すっていうならグラつくような道じゃ駄目だろ?」
「それは……まあ、そうだな。確かにまだ邪魔な岩を半分片付けたに過ぎない。焦りは禁物か」
ナギハは、見晴らしの良い道とまだ落石が残る道を交互に見やって言う。そこでは、村の男や街から働きに来た者らが岩を砕いて谷の外まで運んでは戻るを繰り返していた。
半分片付いただけでもすごいんだけどね、とベツは呟いて続ける。
「仮でも道が出来れば人も来やすくなるし、作業を手伝ってくれる人も増えるはずさ。焦っても仕方ないし、じっくりやろう」
「うむ、そのとおりだ。千の鍛錬もまずは一から。しっかりとした土台から全ては始まる」
「……それは、あの人が言っていた言葉?」
遠慮がちに訊ねたベツに、ナギハは寂しげに笑って答える。
「……そうだ。私一人ではなく大勢に向けた訓示だったが、忘れることの出来ない大切な教えだ。それは今も変わらない」
「本当に……常にそうであろうとしていたんだろうね」
ベツは、遠くを見つめながら静かに言う。
騎士団団長の地位を剥奪され、街から追放されるという罰をミーネは受けた。それを軽すぎるという者もいれば、重すぎるという者もいた。それは、彼女が完璧な偶像でも無く、悪逆を善しとする騎士ではないということを示していた。
彼女は、ただの人間だった。誰もがそうなり得たかもしれない一つの可能性に過ぎない。
「ねえ、ナギハ。僕が間違えた道を進んでいたらどうする?」
だからだろうか。ベツは、ついそんなことを口にしていた。
訊ねられたナギハは、一瞬きょとんとしていたが、声を上げて笑いながらベツの背中を叩いて言う。
「その時は腕を目一杯引っ張ってやろう。まっ、そんな心配は要らないと思うが」
「そ、そりゃあ……どうも……」
「よし、そろそろ作業に戻るとしよう。焦る必要はないが、早く出来るに越したことはないからな」
言うが早く、叩かれた痛みにうずくまるベツを置いてナギハは転がる岩へと向かう。そんな彼女に苦笑いを浮かべ、立ち上がったベツも後に続いた。
「お姉ちゃん、お茶淹れたよ」
「ん、ありがとうエターナ」
「その書類って新しく見つかった遺跡の調査許可? 私も行ってみたいなぁ」
テーブルにティーカップを置いたエターナは、リーベの背中越しに彼女が読んでいた書類を覗き込んで言う。
「そのつもりよ。ずっとというわけにはいかないけど、数日に一回は顔を出してもらいますわ」
「ホント!? それじゃあ学生代表として良いとこ見せなきゃなー」
「言っておきますが、みだりに魔法は使わないように。アインさん達の忠告を忘れていませんわね?」
「わ、わかってるってば。『悪目立ちしないように今は隠したほうがいい』って言ってたこと忘れてないよ。もっと私達が偉くなったら、でしょ?」
「そういうことです。魔法使いが今も存在すると知られたら、どんな輩がやってくるかわかりませんから」
「そうだけどさー」
淡々と言うリーベだが、エターナは若干不満そうに頬を膨らませていた。その頬を、手を伸ばしたリーベは軽く引っ張る。
「不服?」
「そうじゃないけど、そしたらもっと人が呼べるのになーって」
「それは、あの水晶で十分過ぎるほど効果がありましたわ。これ以上は、また人手が足りなくなってしまいます」
「忙しくなっちゃうのか……それは、嫌かも」
「どうしてですの?」
訊ねられたエターナは、はにかんだ微笑みを浮かべ、頬を掻く。そして、椅子に座るリーベに飛びつくように抱きついた。突然のことに目を白黒させる彼女に構わず回した腕に力を込める。
「こうする時間が減るのは、嫌だなって。お姉ちゃんは?」
「わ、私は、たまにで、十分ですし?」
裏返った声でしどろもどろの答えを返すリーベ。エターナは、おかしそうに小さく笑うと目を閉じて体を完全に預ける。しばらくそうしていると、遠慮がちに頭を撫でる感覚があった。
「ふふっ……」
「甘えん坊なんですから……もう……」
呼びに来た学生の声にリーベが我に返るまで、二人はそうやって懐かしい時間を過ごし続けた。
「空が青い……」
木に背中を預けて空を見上げるアインは、そんな当たり前のことを呟いていた。待ち合わせに早く来すぎて暇だったということもあるし、当たり前のことを口にしてしまうくらい綺麗な空だったからだ。
視線を空から大地へと移すと、自然に飲み込まれた石造りの建造物――その入口が僅かに露出しているのが見えた。僅か一年前にここを訪れたことが、今ではひどく懐かしく思える。
「あんた、そこで何してるんだい?」
たそがれていたアインは、掛けられた声の方へと目を向ける。そこには一人の男が立っていた。
つばの広い帽子、首元に巻かれたタオル、土に汚れたオーバーオール、背中に背負った大きな籠には、枝が詰め込まれている。どう見てもただの農夫だ。
なので、彼女はなんら気負うこと無く答える。
「友人と待ち合わせです。お気になさらずに」
「ほう、こんなところでか? まあ、気をつけな。昔はなんとかウルフって野盗もいたんでな」
「ええ、ありがとうございます」
手を振って去っていく農夫にアインは手を振り返す。誰も居なくなったところで、彼女は得意げに鼻を鳴らした。
「私だってやれば出来るんですよ……ふふっ、これにはユウさんもびっくりするはず……」
「誰がびっくりするって?」
「ほあっ!? なななんでもないです!……って、ラピス」
顔を上げたアインに、ラピスは軽く微笑みアインの隣に腰を下ろす。
「三日ぶりかしら。そっちはどうだった?」
「何も問題なく。そちらは?」
「こっちも。グリューン魔術協会は『ワタリガラス』の受け入れを認めてくれたわ。明日にでも調査に同行することになる」
「流石です、ラピス」
「ありがと……『ワタリガラス』で名前が広まるのは少し不本意な気もするけど」
「そうですか? 私は嫌いじゃありませんよ、カラス。魔術師らしい感じがしませんか?」
カラスの由来は、格好だけでなく光り物に目がないということや、都合よく忘れられる頭を揶揄している――という事実をどこか誇らしげなアインに伝えることは、ラピスには出来なかった。
本人が気に入っているということもあるし、
「ユウさんとツバキの耳にも入っていますかね、私達の評判」
真実を伝えれば、彼らと再会したとき挙動不審になるのが目に見えているからだ。それはそれで面白そう――などと思ってしまうのは、悪い友人の影響だろうか。
ついニヤついてしまったラピスは、咳払いをして話題を変える。
「ここでユウと出会ったんだっけ?」
「はい、あそこの遺跡の中で落ちていた彼を見つけたんです。あの時は驚きました」
「それであんたに拾われて、か。数奇な運命よね」
「はい……私の旅は、本当の意味でここから始まったんだと思います。停滞して、ただ彷徨うだけだった日々から……目指すべきものへと進むための旅へと変わったんです」
「……良い相棒ね」
「はい、私の自慢です」
声を弾ませて言うアイン。浮かべた笑顔は、穏やかでとても柔らかい。
それは、単に相棒を自慢しているだけで他意は無い。それはラピスにもわかっている。わかっているが――。
「ラピス? えっ、あれ?」
「そんなに嬉しそうに言われたら……妬くじゃない」
アインを逃すまいと、両腕で左右の逃げ場を塞ぎ覆いかぶさるように迫るラピス。むすっと可愛らしく迫る彼女に、アインは後ずさろうとするが、数ミリ動いたところで木によって阻まれる。
「相棒があいつでも良いけど……あんたが好きなのは、誰よ」
一人にだけ聞こえれば良いと、耳元に囁かれる声に体が震える。怖いのではなく、嬉しいからだ。すぐ目の前で拗ねた目をする彼女と自分は通じ合っている。そうなれたことが、震えるほどに嬉しいのだ。
「もちろん、貴方です。ラピス=グラナート」
だから、まっすぐそれに答える。ラピスは、嬉しげに頷いて目を閉じる。それが意味することも、今の自分ならわかっている。彼女の両肩に軽く手を添え、ゆっくりと近づいて――。
「まだ着かんのか! というか、こっちで本当にあっておるのか!?」
「仕方ないだろ、来たのはあの日以来なんだ。出来事は覚えていても場所は曖昧なんだよ」
「それは何度も聞いたぞまったく……本当にアインとラピスは来ておる」
のか、と掠れた声が風に溶けていく。聞き慣れたその声の主は、目を開けなくてもわかる。わかるのだから、開ける必要はない。
現実逃避するアインは固く目をつむり続け、ラピスはぷるぷると体を震わせる。怖いからでもなく嬉しいからでもなく、羞恥からだった。
「あ、あれ急に目にゴミが入った! 何も見えない、見えないぞ!」
「そうじゃな目に入ったゴミを流してくるわ! 十分後くらいに戻ってくるとしようぞ!」
「下手な気を使うんじゃないわよ!」
真っ赤な顔で飛び退いたラピスは、木陰から様子を窺うフードの人物にずかずかと歩み寄ると、被っていたフードを一気に持ち上げる。頭に生えた狐耳を見間違えるはずもない。
「ははは、半年ぶりじゃが仲が良いようで何よりじゃな。いやぁ、結構結構」
相変わらず人を食った笑顔のツバキに大きく溜息をつくラピス。肩を落とす彼女に、申し訳無さそうな声が掛けられる。
「悪いな。道に迷ってたら……まあ、間が悪かったと思ってくれ。悪気はないんだ」
「わかってるわよ……とりあえず座れば。ユウ達の話も聞きたいし」
投げやり気味にラピスは言うと、アインからやや離れたところで腰を下ろす。ツバキは、アインのすぐ隣に座ろうとして――無言の威圧にそそくさと距離をとって素知らぬ顔をしていた。
全員が座ったところで、ラピスが口火を切る。
「人の体を得る方法を探すって言ってたけど、何か成果はあった?」
「無くはない、ってところだな。
「じゃが、実在したのか、そうだとして今も残っている技術かはわからないままじゃな」
「そうでしたか……」
気落ちするアインを安心させるように、ユウは続ける。
「べつにすぐ見つかるなんて思ってないさ。気長にやっていくつもりだから、お前がそんな顔しなくてもいいだろ?」
「……はい、そうでした。私は私、ユウさんはユウさんです。荷物を勝手に背負うことはありませんでしたね」
「そういうこった。重かったらその時に頼むよ」
「というわけで、こちらは平穏無事というところじゃ。そちらも順調なようじゃな、噂はよく聞くぞ」
「へえ、どんな噂ですか?」
「……それよりも腹は空かんか? ここではなんだし食事でもしながらにしようぞ」
露骨に話を逸らすツバキ。それに気が付かず食事と聞いたアインは目の色を変える――と思われたが、
「それもいいですが……もう少しここにいませんか?」
やんわりと拒否する彼女に信じられない目が向けられる。天と地が入れ替わったように衝撃に誰もが言葉を無くした。
その状況にアインが戸惑っていると、真剣な表情でラピスとツバキが詰め寄る。
「大丈夫? どこが調子悪いの? 誰かに呪いを掛けられた覚えは?」
「いやいやこれは病じゃろ。早く医者に行かねば」
「アイン……変わっちまったな……」
「……あの、私をとても馬鹿にしていませんか」
三者三様に心配の言葉かつ失礼な言葉を掛けられていることに遅まきながら気がついたアインは、そうではなくと大きく咳払いをして続ける。
「ここは、旅の出発点で……大きな出会いがあった場所でした。そこからまた旅が始まろうとしてるんです。それも、今度は二人ではなく四人で。だからこそ、最初の一歩を踏み出す前の時間を大事にしたかったんですよ」
アインは、拗ねたように言うとそっぽを向く。横顔は、どうせ自分には似合わない感傷ですよと言いたげだった。
ツバキは、そんな反応に嬉しげに口元を綻ばせていた。それだけ再会を楽しみにしてくれていたというなら、友人冥利に尽きるというものだ。
「すまんすまん。そんなロマンチストめいたことを言うと思わなかった故な」
「ふん……私は怒りましたからね。ちょっとやそっとじゃ機嫌を直しません」
「そうか。ところでツバキ、あの綺麗な宝石って何て名前だっけ。土産にしようって買ったやつ」
「なんですかそれは早く見せてください!」
秒で機嫌を直したアインに掛ける言葉は何もない。全員が呆れ気味の視線を目を輝かせる彼女に向けるだけだった。同時に、こんな彼女だからこそ旅を共にして、だからこそ楽しかったのだろうとも。
ユウは、呆れながらも楽しげなラピスから、ツバキに早く出すようせっつくアインを見やり、そして遺跡の入口へ目を向ける。
ここから旅は始まって、そしてもう一度始まろうとしている。今回の旅路を経た先には、どんなことが待っているのだろうか。それはわからない、わからないが――。
「うわっすごい! こんなアクアマリンどこで手に入れたんですか!?」
「それは我らの秘伝ゆえ教えられぬなぁ。何しろ並々ならぬ苦労の末に入手したからのう」
「貴方が言うとなんか胡散臭いわね……」
おそらく、目を瞠るほどに美しい世界が待っている。根拠は無いが、そう信じている。
「さあ、アイン。何処へ行く?」
物語は終わる。そして、旅が始まる。
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