第24話 思いがけない出会い

昼下がりの街道をアインは進む。表情は緊張気味で、手に滲む汗を外套で拭うことを何度も繰り返す。

 肩に力が入りっぱなしの彼女に、ユウは喋りかける。


「喋るのは俺なんだから、そんなに緊張する必要はないぞ。ムンドだって初対面じゃないだろ」

「そうは言っても……それも2週間前ですし、こちらを覚えているかどうか」

「忘れるわけ無いって。一人で盗賊団を潰したヤツのことをさ」


 そうだといいんですけどね。アインはそう言って、フードを被り直す。

 キマイラ退治で使用した宝石の補填、アインの趣味である鉱物集め。それらに金をつぎ込んだ結果、手持ちの5万リルはあっという間に底をついた。そのため、残る報酬を受け取るためにムンドが商いを行う西区まで二人はやってきたのだった。

 雑貨品や日常品が並べられた店先や看板代わりの鎧が立つ武具屋を横目に見つつ、アインは街道を歩いて行く。頻繁に搬入が行われるためか、大きな荷台を引く馬車とも何度もすれ違う。

 立ち並ぶ商店の中で一際大きな店の前でアインは脚を止める。掲げられた看板には『ムンド商会』の文字が刻まれていた。ドアを開けると、来客を知らせるベルが軽い音を立てた。


「ご用件は何でしょうか?」


 受付の女性は、事務的に訊ねる。怯むアインに代わって、ユウは言う。


「アイン=ナットです。報酬の支払いについてムンドさんにお話があります」


 少々お待ちください、と受付は応えると手元のファイルをめくっていく。その手が止まると、若干柔らかくなった声で続ける。


「確認できました。先客がいるため多少お待たせしますが、構いませんか?」

「ええ、構いません」


 アインは、案内された応接室のソファーに腰掛ける。高級なそれに、彼女は落ち着かない様子で体をよじらせていたが、10分ほど経つとうつらうつらと船を漕ぎ始める。

 首が一際大きく揺れた時、


「お待たせしました。いやぁ、随分待たせてしまって申し訳ない」

「ッ!」


 ドアを開けて入ってきたムンドの声に飛び起きるアイン。その拍子に思い切り膝をテーブルにぶつけ声にならない悲鳴を上げる。その瞬間を見ていなかったムンドは、


「ああ、その……実はアインさんに会いたいという方がいるので紹介を……い、いいですかな?」


 歯を食いしばり痛みに耐える彼女が怒っていると勘違いしたのか、若干怯えた様子で訊ねる。こうやって誤解が広まるんだなと納得するユウだった。

 それはともかく、紹介したい人とは誰だろうか。

 やっと痛みから解放されつつあるアインは、ムンドの言葉にがくがくと頷き肯定の意を示す。ほっとした様子のムンドは、外で待つ者に声をかける。


「やあ、こんにちは。こうして会うのは初めてかな」


 現れた男性は、気さくな挨拶をし軽く手を挙げる。丈の長い白衣を着た線の細い40代位の男で、人の良さそうな笑顔を浮かべている。その顔を、二人は見たことがあった。


「レプリ……さんですか。魔術協会会長をしている」

「おや、何処かで会っていたかな」

「遺跡のテント前で。すれ違っただけですが」

「ああ……そうだったかもしれない。人の顔を覚えるのが苦手でね、すまない」


 レプリは、ムンドに向き直り言う。


「少し二人で話したいので、外してもらえませんか。魔術に関わる話なのでね」

「問題ありませんよ。アインさんは、報酬の支払いについてでしたな。そちらは私が済ませておきましょう」

「助かります」


 ムンドは部屋から立ち去り、レプリはアインと向かい合う形でソファーに座る。想定外の事態に、アインは背筋を伸ばし握った手を膝において固まっていた。

 レプリは、ゆったりとソファーに背中を預け、リラックスした様子で言う。 


「別に取って食おうというわけじゃないよ。ただ、あのダイヤモンドを手に入れた人物ということで一目見たかったんだ」

「ダイヤ……。あの遺跡のですか?」

「そうだ。キマイラを石化させて封じていた、と報告にはあったね。あれだけ質のいいダイヤなんて一生見れないと思っていたよ」

「そんなにすごいもの何ですか?」

「まずダイヤというだけで貴重だ。そして研磨するとなると、これは魔術師でも難しい。しかし、あのダイヤは質も大きさも素晴らしい。最高の魔術触媒になるだろうね」


 身を乗り出して語るレプリ。それは新しいおもちゃに無邪気に喜ぶ子どものようだった。

 それを見たユウは、思考内でアインに耳打ちする。

 

『チャンスだぞアイン』

『何がです?』

『俺のことを聞くチャンスだよ。協会のトップと顔を合わせる機会なんて滅多にない。今なら機嫌も良さそうだ』

『……確かに、そうですね。わかりました』


 アインは、小さく深呼吸をしそして、


「レプリ会長……お聞きしたいことがあります」


 自身の声でそう言って、テーブルにユウを置く。その行動にレプリは首を傾げ、


「この剣がどうかしたかな? 大したものには見えないけど」

「喋る剣、だとしたら?」


 ユウの言葉に大きく目を見開く。


「これは……まさか……」


 アインでもムンドでもない第三者の声に、彼は震える両腕で頭を抑えて蹲る。それは、恐怖を抑えるためではなく、


「はっ、ははは……いや、失礼……こうでもしないと叫んでしまいそうなんだ。信じられない、意思を持った剣が目の前に存在している……!」


 レプリは、よろけるように椅子から立ち上がると壁に手をつき荒い呼吸を繰り返す。そして、ゆっくりとアインに向かって振り返る。


「……ッ!」


 知らず、アインは身を守るように体を抱えていた。

 浮かべていたものは笑みだった。しかし、それは先程までの人当たりのいいものではなく、生の感情を剥き出しにした狂気すら感じるものだった。


「いいさ、聞きたいことがあるなら幾らでも答えよう。だから、君たちも僕の質問に答えてくれ」


 ギラついた目に見据えられたアインは、黙って頷くしかなかった。

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