第25話 事件の切っ掛け、騒乱の始まり
元々は別の世界で暮らしていたこと。気がついたらこの世界で剣となっていたこと。『漂流者』と関係がある可能性があること。
初めてアインに会った時に話した内容に加えて、これまでの出来事も追加したユウの話を聞き終えたレプリは、
「なるほど……面白い、面白いなぁ!」
うんうん、と昔話を聞く子どものように笑みを浮かべ何度も頷いていた。先程ほどの狂気じみた笑みではなかったことに、内心ユウは胸をなでおろす。
「それで、俺がどうしてこうなったのかわかりますか?」
「いや、まったくわからないな!」
断言口調で言い放つレプリに言葉を失うアインとユウ。わからなくても仕方ないとは思っていたが、ここまではっきりと否定されるとは思っていなかった。
それに気がついたのか、レプリは苦笑交じりに言う。
「まあ、まったくわからないというのは言い過ぎかな。意識だけが漂流し、その剣に宿ったというのはおそらく正しい」
「それは何故?」
「モノに意識を宿す魔術は存在する。そして魔術というのは、星が起こす現象の再現だ。水を生み出すことも、火を放つことも星の力を借りているだけに過ぎない」
レプリが観葉植物に向かって腕を振ると、霧状のものから水が垂れていく。それは、雨という現象の再現だ。
「逆に言えば……魔術が存在する以上、星がモノに意識を吹き込むことは出来る」
「けど、何故そうなるのかはわからない……ということですか」
「そういうことだ。ただ、不安に思うことはないだろう。君は既にその状態に適応しているし、魔力で存在を維持しているわけではなさそうだ。少なくとも、すぐに夜明けが迎えられなくなるということはない」
「本当ですか!?」
推論ばかりだったが、その情報が一番有益だった。思考の片隅で残り続ける不安がやっと解消されたことに、ユウは喜びの声を上げる。
しかし、レプリはそんな彼に構わずアインに告げる。
「そしてこれは提案なんだが……。アイン君、ユウ君を譲って欲しい」
突然の提案に、ユウは抗議の声をあげようとし、それを止める。譲る、という言葉に目を細めたアインに任せることにしたのだ。
「……それは、どうして」
「私は、リビングメイルの研究を行っている。リビングメイルに確固たる自意識を持たせることが出来れば、今以上に使い勝手のいいものが生まれるだろう。そして、どうして彼に意識が宿ったのかを研究することができる。それは、君の望みでもあるはずだ」
「……」
冷めた表情のアインに気がついていないのか、レプリは尚も続ける。
「無論、見合った額は出そう。君が望むなら協会でのポストも約束する。そして私は研究を行う。これがお互いにとって最善の提案だと思うが、どうかな?」
「……お断りします」
吐き捨てるように彼女は言ってソファーから立ち上がると、ユウを守るようにすぐさま腰に戻す。
「ふむ、断る理由はないと思ったのだけど」
意外そうな顔をするレプリを睨みながらアインは告げる。
「僅かですが情報を与えてくれたことは感謝します。しかし、私は人を売るつもりはありません」
「人、ね。なるほど、それはその通りだ」
意外とあっさりレプリは引き下がる。アインは形だけの会釈をし、
「失礼します」
「ああ、アイン君。最後に一つ聞かせてくれ」
立ち去ろうとドアに向かったアインの背に向かってレプリは言う。彼女は振り返らなかったが、立ち去ることはしなかった。その背中にレプリは続ける。
「私が研究中のリビングメイルと戦ったようだが、感想はあるかな?」
「……『装備するリビングメイル』としての要件は満たしていない。ただの硬い鎧に過ぎません」
「それは手厳しいな。改善点として覚えておこう。それと」
飄々と言う彼の言葉を最後まで待たず、アインは部屋を後にする。残されたレプリは、肩をすくめて天井を仰ぐ。
「しかし、意思を持った剣か……これは、アレを試してもいいかもしれないな……」
ワクワクして仕方がない、と呟く彼の表情は明るく希望に満ちたものだった。
「くっ……くくく……」
握りしめた手からこぼれ落ちた血が、床に赤い染みを作り出す。
「アイン」
レプリと別れてから仏頂面のまま大股で街道を歩くアインに、ユウは声をかける。彼女は、何も言わなかった。
怒りの度合いを察したユウは、そのまま声をかけるか躊躇したが、悪い空気を払拭するため決心する。
「その、俺のことで怒ってくれるのは嬉しい。嬉しいから、そろそろ機嫌を戻してくれると助かる」
「……私は、レプリに対して怒っているんじゃありません」
「えっ? じゃあ、誰に」
「自分です。自分に対して怒っているんです」
アインは立ち止まり、大きな溜息をついて項垂れる。
「ユウさんを譲って欲しいと言われた時、私は嫌悪を覚えました。人をモノとして扱うのは、許されることではありません」
「それは、レプリに対してだろ?」
「違うんです。私は、同じことをユウさんにしようとしました。それが……許せない」
――『値段には関係無さそうですし』『マニアでもいいですし、研究畑の魔術師でもいいですが、どちらにせよいい値段になると思いますよ』。
ユウの脳裏に懐かしさすら感じる記憶が蘇る。確かに、そんなこともあった。しかし、それはお互いに何も知らなかった時の話だ。
「けど、今はそうは思ってないんだろ。だったら別にいいじゃないか。俺は気にしてないんだし」
「ですが、私は……」
「間違いを無かったことには出来ないけどさ、反省して次に活かすことは出来るし、それ以上の善いことだって出来るんだ。あまり思い詰めてもしょうがないって」
だから気にするな、と気遣うユウ。アインは、考え込むように黙っていたが、顔を上げて再び歩き出す。そして、少し照れくさそうに、
「……ありがとう、ございます」
そう言った。
「いいって。これからも付き合うことになるんだから」
「……そうか。結局、どうしてそうなったのかはわからないままですね」
「まあ、このままでも大丈夫っていうのがわかっただけ収穫だ。気長に調べるしか無いだろう」
「しかし、そうなると当てが――」
重苦しさが払拭されたいつも通りの空気の中で会話をする二人だったが、
「はぁ!? ふざけたことを抜かすな戯けが!」
少女の怒声に、アインは背筋を震わせ、ユウは声の先に視線を向ける。
フードを被った少女が、馬車を連れた男と言い争っていた。少女はアインよりも背が低く、まだ子どものようだ。
対する男性は身なりこそ整っているが、
「ふざけるな、と言われましても。我々は真っ当な商売をしているだけですから」
慇懃無礼な鼻につく態度に、少女の怒りは更に増し、地団駄を踏む。
「何が真っ当な商売か! 偽物の宝石を売りさばくことのどこが真っ当か!」
偽物の宝石。その言葉に道行く人々も足を止めて何事かと集まりだす。しかし、男は焦る様子を見せず嫌味っぽく言い放つ。
「偽物、と言いましたか。では、その証拠があるというのですね?」
「ぐっ……それは……」
「無い、のですか? それにも関わらず偽物だと言うのですか」
言葉を詰まらせる少女は、何も言えず悔しそうな顔をするだけだった。男は、ポケットから緑色の宝石を取り出すと勝ち誇ったように掲げ、朗々と言う。
「さあ、皆さん! こんな小娘の言うことを聞く必要はありません! 私達が入手した宝石は全て本物! 安心してご購入ください!」
陽の光を浴びて輝くエメラルドに、通行人は感嘆の声を漏らす。そして、それにケチを付けた少女に非難がましい目を向ける。
「くぅ……!」
少女は、顔を俯け必死に涙をこらえていた。それでも尚睨み続ける彼女を、男は邪魔だと突き飛ばそうとし、
「それ、見せてくれませんか」
割って入ったアインに止められる。男は、一瞬怪訝な顔をしたもののすぐに笑顔を取り繕い、エメラルドを差し出す。
呆けたように見やる少女の眼差しも気にせず、アインは受け取ったエメラルドを様々な角度から眺める。ステップカットと呼ばれる外周が長方形になるよう研磨されたそれは、内部に一点の傷も不純物も見当たらない。
「綺麗ですね。幾らですか」
ユウではなく、自身の声で訊ねるアイン。
宝石と聞いて居ても立ってもいられなくなったのか、とユウは考えて、
「お目が高い。普通なら30万リルは下らない品ですが、即決いただければ20万リルでご提供しますよ!」
「ふぅん……」
目が全く笑っていないことに気がつき、考えを改める。これは、猛烈に怒りを抱いている時の彼女だ。その原因となったのは、
「お、御主、我を助けて……」
涙をこらえるいたいけな少女――。
「いえ、そういうわけではありませんが」
ではなかった。ずっこける少女を無視し、アインは男に再び訊ねる。
「これは、20万リルと言いましたか」
「はい、その通りです! どうですか、綺麗でしょう! こんな綺麗なものは滅多に手に入りませんよ!」
「なるほど……」
アインは、エメラルドを太陽の光に透かすよう持ち上げていき――頭の後ろにまで回す。もちろんエメラルドは目に入らず、宝石鑑賞にはまったく相応しくないポーズだ。
困惑する男、察したユウ、交互に目をやる少女。興味深そうな通行人。アインは、それらの目をまったく気にすること無く、
「本物なら、それ以上でしょうね」
そう言って、メンコを投げるように思い切り地面にエメラルドを叩きつける。ばぎゃ、とあっけない音が響いた。
「……はっ?」
男がマヌケな声を漏らしたのは、エメラルドだったものが辺りに散らばってからだった。
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