第26話 偽の輝き

 やりおった。

 馬鹿みたいに口を開けて、地面に散らばるエメラルドだったものを信じられない目で見る男にユウは同情する。もっとも、それは宝石を台無しにされたことではなく、


「まだあるなら見せてください。適正価格なら買ってもいいですよ」


 アインの怒りをこれからぶつけられることに対してだった。


「お、お前! なんてことをしてくれたんだ!」


 やっと状況を理解した男は、青筋を立ててアインに詰め寄る。普段のアインなら巣穴に隠れるリスになっていただろうが、


「何を? 貴方こそ自分のしていることがわかっているんですか」

「うっ……」


 さながら今のアインは銀狼だ。鋭い目に刺された男は、思わず後ずさる。

 それに構わずアインは、砕けたエメラルドを目で示しながら言う。


「エメラルドは、一般的には緑色ですね」

「そ、それがどうし……!」


 アインの言葉に何か気がついた男は、砕けたエメラルドに手を伸ばすが、


「いってぇ! お、お前!」


 無言のアインに手を踏みつけられる。彼女は、もう片足でエメラルドを野次馬たちに向かって蹴り出した。野次馬たちは、転がってきた破片を手に取り、


「なんだ……緑色に混ざって……」

「無色の破片がある……?」

「こっちは、緑色と無色がくっついてるぞ?」


 口々に奇妙なエメラルドへの疑問を口にする。焦る男は汗を浮かべて踏みつけられた手を引き抜こうとするが、その度にアインに強く踏みしめられ苦痛の声を漏らす。


『これは、偽物なのか?』

「ええ、これはタブレットと呼ばれる上下二つの宝石を貼り合わせて一つの宝石にしたイミテーションです」


 イミテーション、という言葉にざわつく野次馬たち。ずっこけたままだった少女は、ガバッと立ち上がり胸を張って男に言い放つ。


「どうじゃ! 我が言った通り偽物だったではないか!」

「それも、上は水晶で下は色ガラスの最悪の偽物ですね。3000リルもあればお釣りが出ますよ」

「クソッ!」


 やっと手が引き抜けた男は、忌々しげにアインを睨み馬車に向かって叫ぶ。


「少し痛い目見せてやれ! そうしたら逃げるぞ!」


 ぬぅと馬車から現れた男は黒々と焼けた肌、スキンヘッドの頭、2メートル近くある長身と一目でカタギではないとわかる人物だった。尋常ではない雰囲気を感じ、逃げる野次馬も現れる。

 彼は、アインを一瞥し馬車から飛ぼうと足に力を込め、


「シュート」


 アインが放った光球を腹に受け、馬車内に逆戻りする。幌は、何もなかったように虚しく風に揺れていた。


「なっ……ああ……?」


 馬車とアインを交互に見やる男に、彼女は右手を突きつける。その手には、用心棒を吹き飛ばしたのと同じ光球が浮かんでいた。


「抵抗してもいいですよ。余計な痛みが増えるだけですが」

「な、なんで魔術師が……話と違う……」


 狼狽える男は、アインの声が耳に届いていないのか怯えたように蹲り頭を抱えていた。そこに、警笛の音が響く。誰かが通報したのか、憲兵がこちらに走ってくるのが見える。

 アインは、渋々といったふうに掌の光球を消し、蹲る男を一瞥し言う。


「……ふん。後は彼らに任せましょう」

『なんで不満そうなんだよ……』

「偽物を売りつける奴なんて何をされても文句は言えませんよ。やはり、今からでも一発入れておきましょうか」

『やめとけって。どっちが悪人かわからなくなる』


 余程過去に嫌なことがあったと見える。まあ、後は彼女の言うとおり憲兵に任せればいいだろう。

 ユウはそう考え、アインも同じくやってくる憲兵を待っていた。しかし、少女だけは顔色を変えてアインの手を取り、引っ張り出す。


「逃げるぞ! はようせい!」

「えっ、ちょっと、なに、何ですか!」

「いいから走るんじゃよ!」


 蹌踉めきながらもアインは手を引く少女に合わせて走り出す。後ろからは止まるよう叫ぶ憲兵の怒声が聞こえるが、走り続ける少女に手を握られているため止まりようがない。

 

「貴方、何なんですか!? 逃げる必要はないでしょう!」

「後で話す! 今はとにかく逃げるんじゃよ!」


 人を避け、時にはぶつかりながらも二人は走り続ける。何回角を曲がったのかわからなくなっても、背後からは憲兵たちの足音が迫りつつあった。

 なにかおかしい。そう思ったユウは、アインに疑問を投げかける。


『おかしくないか? 犯人はあの宝石売りで、俺達はそれを暴いただけだ。感謝されても、こんな風に追いかけられる謂れはない』

「確かに、それは……だったら、どうして……」

「あっ!」


 息を切らし走っていた少女が躓き、前のめりに転んでしまう。抑えた膝からは、血が滲んでいた。


「痛ったぁ……」


 目に涙を浮かべながらも少女は立ち上がるが、よろめく脚ではこれ以上走ることは出来ない。その間にも、背後から憲兵が迫りつつある。


「ああもう……! なんでこんなことに!」

「わっ、な、何を!?」


 アインは現状に毒づきながらも、負傷した少女を見捨てず自身の背で担ぐ。突然のことに、少女は手足をばたつかせる。


「暴れないでください! 逃げるんでしょう!」

「う、うん……」


 少女は、アインの言葉におとなしくなると彼女の体にぎゅっと腕を回す。


『アイン、理由はわからんが捕まるのはマズそうだ。今はこの子の言うとおり逃げるしか無い』

「そうは言っても、っしょ……私じゃ、背負うだけで精一杯です……!」


 アインの言うとおり、少女を背負った状態では歩くよりはマシな速度しか出せない。背中にかかる体重に息を荒くしながらも、彼女は大通りから細い路地に道を移す。こちらの方が、大通りよりはマシだろうという判断だったが、


「……なんてこった」


 進んだ先は袋小路だった。それだけならまだしも、進んできた道からは複数の足音が聞こえている。隠れるような物もない。


「袋のネズミ……ですか」


 近づきつつある足音に、アインは忌々しげに呟いた。

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