第23話 三歩前進、二歩後退

夜の帳が降りた空に灯るのは、月と星ばかりで世界は闇に覆われていた。その中で、魔術師達のテント周りは魔力の明かりによって闇から切り取られていた。


「みんな、コップは持ったかな!」

「持った!」

「持ちました!」


 アルカの声に、椅子や木箱に腰掛ける魔術師たちは、待ちきれないとコップを突き上げ応える。その視線の先には、呆れながらも楽しそうな表情のラピス。そして、


「…………」


 ガチガチに固まっているアインが並んで椅子に座っていた。そんな彼女に、アルカはコップを持たせて上機嫌な様子で言う。


「さぁ、乾杯の音頭を! 生還記念&貴重な遺物の発見&新たな武勇伝が加わった喜びを皆で分かち合おう!」

「え、ええと……」


 大量の視線を浴びて意識が怪しくなっているアインは、手を掲げることも出来ず頭にこびりつく焦燥感を耐えるので精一杯だった。その冷たい手に暖かいものが触れる。


「ラピス……」

「ほら、焦らすのもそこまでにしておきなさい」


 彼女の手を取ったラピスは、強引に引っ張り上げてコップを掲げさせる。目で続きを促されたアインは、


「か、かんぱい……」

「乾杯!」


 蚊の鳴くような声にラピスが声を被らせる。それに連鎖して、口々に乾杯の声が広がっていく。

 役目を終えたことに安心したアインだったが、


「アインさん、キマイラを倒した話もっと聞かせてください!」

「見つけた宝というのは!?」

「すごい光が空に上がっていたのはなんですか!」


 話を聞こうと次々と集まる魔術師達に表情を失う。助けを求めるように隣のラピスに目を向けるが、


「いいじゃない、ちょっとくらい話してあげたら? カッコ良かったんだし」


 からかうように言った彼女の言葉にがっくりと項垂れた。



 生還した彼女たちを迎えたのは、驚愕と歓喜に湧くアルカら魔術師達だった。

 魔伝話が急に通じなくなったため、異常は察知していたもののそれを確かめる術が彼らにはなかった。そのため、馬を飛ばして応援を呼ぶか危険を覚悟で確認に行くのか、と議論を交わしていたそうだ。

 そこに、アインが放った『プラネット・ティアドロップ』が目撃されたことで何が起きたのかと大騒ぎになったところに彼女たちは帰還した。キマイラを撃破したこと、その封印に使われていたダイヤモンドを持ち帰ったことを伝えると、更なる大騒ぎとなった。

 ともあれ、無事に生還できたこと、探索成果を持ち帰ることが出来たというのは大きな功績だった。それを記念した祝賀会を開こうとアルカが提案したのが数時間前のことだった。


「ふぅ……」


 質問攻めから解放されたアインは、小瓶とコップを二つ持って喧騒から離れる。ちょうどよい大きさの岩を見つけると、それにもたれて夜空を見上げる。

 同じく岩に立て掛けられたユウは、彼女に喋りかける。


「まるでヒーロー扱いだったな」

「柄じゃないですよ……私は隅っこで眺めているだけで十分です……」

「けど、大きな成果を挙げることは出来たんだ。それは喜ぶべきだろうさ」

「まあ、それは確かに。皆も喜んでいましたし」


 そう言ってアインは、小瓶から黄金色の液体を注いでいく。甘い蜂蜜の香りが漂うそれを口に含むと、心地よさそうな吐息を漏らす。


「それは?」

「蜂蜜酒です。美味しいですよ」

「……お前、未成年じゃないのか?」

「ここでは16歳は大人扱いですよ。飲酒も許可されています」


 アインは、もう一つのコップに蜂蜜酒を注ぐとユウの前に置く。その行動の意味がわからない彼に、アインは気恥ずかしそうに告げる。


「ええと……飲むことは出来ませんがお礼、というか。私からの気持ちです」

「お礼……ってなんのさ」

「色々です。今日もそうですし、ゼグラスに怒ってくれたことも。それに、謝りたいこともあります」

「そう言えば、そんなこと言っていたな」


 バタついていたせいで言われるまでユウも忘れていたのだが。わざわざ謝られるようなことがあっただろうか。

 疑問を浮かべる彼に、アインは姿勢を正して正面から向き合う。そして、深々と頭を下げた。


「私は、ユウさんのことを道具だと思っていました。それらしいことを喋る道具、そう扱っていました」

「お、おう? まあ、剣だし違わないんじゃ」

「違います」


 ユウの言葉をきっぱりと否定するアイン。彼女は続ける。


「貴方は人です。私のために怒ってくれて、ラピスを救うために怒ってくれた。他人のことで心を動かすそれは、間違いなく人のものです」

「……アイン」

「……だから、ごめんなさい。そして、ありがとうございました。これからも、相棒……パートナー……? として私を支えてください」

「……そこは言い切ってほしかったな。けど、うん。そう言ってもらえると自信が持てる」


 自分が一体何者なのかという不安が消えたわけではないけれど、それでも自分を認めてくれる人がいる。それは、確かな支えとなる思いだ。

 アインは微笑み、コップを柄に軽くぶつける。軽く心地よい音が鳴った。

 

「ああ、ここにいたのね」


 声にアインが振り向くと、ラピスが顔を覗かせていた。隣に座っていいか訊ねる彼女に、緊張気味に肯定する。

 しばらく無言のまま夜空を見上げるラピス。アインは、落ち着かない様子で何度も蜂蜜酒を口に運んでいた。彼女が持ち込んだ蜂蜜酒が空になったとき、ラピスは空を見上げたまま言う。


「今日は、助かったわ。もっと上手くやれると自分では思ってたけど、甘い考えだったみたい」

「そんな、こと……」

「ううん。だって、油断して気絶なんてダサいにも程があるわ。……治療までしてもらって」


 そう言ってラピスは、懐から大粒のトパーズを取り出す。月の光を吸い込むそれを愛おしげに撫でると、明後日の方向を向きながら何処かわざとらしく続ける。


「あー、けどね? キマイラの動きを止めるために使ったサファイアも結構なものだったのよ。だから、貸し借りはないっていうか、これを貰ったらプラマイゼロというか。危機を救われたものだから、手放したくないなーと思うのよ」

「……? 別に、構いませんよ」

「……あんた、話わかってないでしょう」

「……?」


 首をひねるアインに、ユウは内心で溜息をつく。

 要するにお守りとして貰いたいと言っているんだよ。そう伝えたいところだが、生憎手元から離れている今気づかれず伝える手段はなかった。


「……それと、あんたが見つけたダイヤ。あれは魔術協会のものになるわ。少ないけど、報奨金も出るから暇な時にでも取りに来なさい」

「はい……」

「……それと。これが一番大事なんだけど」


 口ごもるラピスは、アインの顔を横目でチラチラと見ては小さく唸り、顔を手で覆うといった行動を続ける。それがしばらく続いていたが、


「一撃で……一撃で仕留める……一撃あれば十分よ……」


 何やら物騒な呟きが聞こえてくる。アインは顔を俯かせ黙り込み、ユウはどうしようもないので黙っていた。

 ラピスは、肩を上下に大きく深呼吸をし、そして、


「アイン!」


 そう言って、彼女を抱きとめる。月夜に重なる二人の影に、ユウは思わず出かけた声を飲み込んだ。

 真っ赤な顔をしたラピスは、早口で告げる。


「これは顔を見るのが恥ずかしいから。ただ、それだけだから。勘違いしないで」


 アインは無言のまま、されるがままに彼女の腕に抱き寄せられていた。

 ラピスは、再び大きく深呼吸をし、ゆっくりと囁く。


「……ありがとう、助けてくれて。貴方がいなかったら、きっと私はあそこで終わっていた」


 遠のく意識の中で感じた恐怖が、胸の中で蘇る。知らず、ラピスはさらにアインを強く抱きしめる。傷を癒やしてくれた暖かさと同じぬくもりが、心地よかった。


「貴方がいてくれて……助けてくれて……本当にありがとう」


 プライドの高いラピスの素直な感謝の言葉。それにアインは、


「……すぅ」

「……すぅ?」


 まさか、とラピスはゆっくりと体を離し、アインの表情を確かめる。頬は朱く、目は閉じられている。そして、頬が赤いのはラピスとは全く別の理由だった。

 ラピスは、近くに転がる蜂蜜酒の瓶を見やり、震える声で言う。


「……酔って、寝てた?」

「……」


 かくん、と肯定するようにアインの首が振られる。わなわなと肩から両腕を震わせるラピスは、大きく息を吸うと、


「馬鹿! この馬鹿! 超馬鹿! 大馬鹿ァーーーー!」


 声の限り叫び、真っ赤な顔を隠すようにその場から走り去る。放り出されたアインは、うん? と目をこすり、


「……あれ、ラピスは。ユウさん、知りませんか?」


 寝ぼけきった声で尋ねる彼女に、ユウは大きなため息で答えた。

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