第103話 仮面会合
場所は、ラピスが初めてゼドと対峙した大広間。現在この空間には、6人の人間がいた。
「さて、何から説明すべきか……」
出入り口から一番離れた座布団に陣取るのはゼド。緊迫した空気にも関わらず、お茶会に臨むような気楽な笑みを浮かべていた。
「まずは、工房の惨状について。そして、貴方の部下や私達を襲ったモノについてお聞かせ願います」
一切譲る気はないという毅然とした口調で答えるのはコノハ。数日前はラピスが座っていた場所に、今は彼女が座っていた。
「……」
その後ろには、無言で二人を見やるラピスと、
「なんで我らまで……」
「しょうがないじゃないですか……警備員を倒したのは事実ですし……」
フードを取っているので狐耳を隠さざるを得ず不満そうなツバキと、ゼドの部下を倒した手前居心地悪そうなアインが並んで座っていた。
『人は……良さそうだな』
その傍らに置かれたユウは、初めて対面することになったマツビオサ家当主を窺っていた。
独りごちた感想は、彼の顔を見て思い浮かんだ率直な感想だ。穏やかな笑みを浮かべたその姿は、まさに好々爺と言う言葉が似合っている。
だが、同時に妙な威圧感を覚えるのも事実だった。上から見下されているような息苦しさは、単に年長者に対して覚えるそれなのだろうか。
視線をラピスへと移す。正座した膝の上には固く握りしめられた両手が置かれている。
次にアインへと移す。緊張はしているようだが、その原因がゼドの威圧感のせいなのか、単なる人見知りなのかはわからなかった。
肘掛けに肘をついたまま、ゼドは言う。
「ふむ、工房の一件か……あれは不幸な事故じゃよ」
「事故……」
「そう、事故じゃよ。シェンから話は聞いておる。動かないはずの"天"が突然動き出したとな」
「"天"……マツビオサが研究しているというゴーレムですね」
コノハの言葉に、ゼドは片眉をあげる。
「ほう? それを何処で聞かれた?」
「ここに来るまでに、ラピス様から教えて頂きました。人でいう血であり筋肉でもある"藻屑"と呼ばれるものを使用する特殊なゴーレムだと」
「なるほど……困りますな、ラピス殿。部外者に軽々しく喋られては」
笑みこそ浮かべているが、その言葉は詰問するニュアンスが含まれていた。
ラピスは、
「失礼しました。しかし、予め知らせておいたほうがスムーズに会合が進むかと思い、勝手ですがそうさせていただきました」
一定の非は認めつつも、しかし間違ったことはしていないという体で答える。ゼドの細められた目に睨まれるが、逸しはしない。
結局ゼドは、嘆息したもののそれ以上は追求せず、コノハとの会話に戻る。
「まあ、聞いているなら話が早い。とは言え、魔術についてはいくら領主のご令嬢といえど理解できますまい。よって、これから説明する内容は多分に単略化していることはご容赦頂きたい」
「ええ、構いませんわ」
「では、説明させて頂こう」
そう言ってゼドは説明を始める。
「ラピス殿は知っているだろうが、アレに暴走は起こり得ない。だが、現実には突如暴走した。その原因は、"藻屑"にある」
「あの緑色のものね。 それを注ぎ込んだところ暴走したと聞きました」
「"藻屑"は特殊な製法で作られる魔力粘液物質……要するに、生物の肉体に近いものと考えてもらいたい。それこそ、実態のない意識が肉体であると勘違いするほどにな」
「勘違い……ですか?」
「そうだ。ご令嬢、幽霊や亡霊を見たことは?」
コノハは首を横に振る。どちらでも良かったのか、ゼドは興味無さそうに相槌をうって続ける。
「幽霊や亡霊は、体を失ったことに気がついていない魂というのが一つの説である。その彷徨う魂が、空っぽの肉体を見つけたら?」
「……空っぽの肉体に収まってしまう?」
「その通り。スケルトンやゾンビといったアンデッドは、そのように誕生するというのが定説だ。今回は、それが"藻屑"であったということに過ぎない。そして亡霊の行動は無軌道であることが多い。それで全て説明がつくじゃろう?」
話は終わりだというように、ゼドは言い切る。
確かに、『亡霊がたまたま"藻屑"に取り憑き暴れまわった』で説明はつく。剣でありながら意識があるユウが存在するなら、肉体に近い"藻屑"に亡霊が宿るというのもあり得なくはないだろう。
だが、しかし。この場に居るゼドを除いた誰もが疑念を浮かべていた。
「……本当にそれだけかしら」
独りごちるようにこぼれたコノハの言葉は、全員の代弁だった。
本当にそんな簡単に説明できることなのか。必要な情報は全て明かされているのか。あの惨状を、これで終わらせてしまってもいいのか。
考えるコノハに、ゼドは挑発するように言う。
「こちらが何かを隠している。そう言いたいとでも?」
「そうではありません。ですが、事故の一言で片付けるわけにはいきません。今回はマツビオサの敷地内の出来事ですが、領民に被害が及ぶ可能性も十分あったことは看過できません」
「出来ないのなら、どうするおつもりかな?」
「研究内容の提示とその安全性・妥当性の調査を行います。魔術研究が禁止されていないとはいえ、領民が被害を被る研究は認められません」
「なるほど、それはその通りだ。しかし、それを決める権限がご令嬢にあるのだろうか?」
「っ……」
痛いところを突かれたコノハは言葉を詰まらせる。
ゼドが言う通り、コノハは領主の娘ではあるが、それだけだ。その地位を尊重する必要があっても、言いなりになる義務はない。
そして、その地位を振りかざすことは本意ではない。故に出来ることも限られる。
「……私は、報告と提言を行うだけです。そのためにも正確な情報が必要です。ですから、ここに滞在の許可を頂きたい」
「……ほう、滞在とな」
「そうです。現場にいた研究者や警備員全員から話を聞くには時間がかかります。そうなれば記憶も風化し、正確性が損なわれてしまいます。それを避けるためには短期間で行うのが一番です。そのために、明日まで滞在させて頂きたい」
コノハの発言の意図は、無論それだけではない。調査開始まで時間がかかれば掛かるほど、隠蔽に必要な時間を与えることになる。そうなると、この閉鎖的な場所を調べるのは困難になる。
コノハが留まるのはそれを抑止するためであり、監視するためである。だが、それは虎穴に飛び込むということでもある。
「早期解決は、そちらも望むはずです。原因が曖昧なままでは、そのまま研究を続けることは難しいでしょう。こちらも、事を荒立てたいわけではないのです」
その危険は承知の上で、コノハは更に続ける。
相手にも利を与えなければ、提案を受け入れようとはしないだろう。"上手く行けば丸め込めるかも"と思わせなければならない。
果たしてゼドは――。
「それはそちらの言う通りだ。良かろう、その提案を受けるとしよう」
「――感謝します」
拍子抜けするほどあっさりと了承するゼドに内心戸惑いながらも、それを隠してコノハは礼をする。
彼の態度に疑問は残るが、一先ずは狙い通りの結果になった。安堵の息を吐きかけたところで、コノハは思い出す。自分を怪物から守ってくれた男の姿を。
「それと……私を助けてくれた男性――シェンさんは大丈夫でしょうか」
「ああ、足の骨は折れたが命に別状はない。話を聞きたいのなら、医務室に行けばいい」
「そうですか……」
良かった、と安堵するコノハにゼドは続ける。
「滞在するというなら、部屋を用意せねばなるまいな。空部屋は……」
「失礼。よろしいでしょうか」
これまで黙って見守っていたラピスが、会話に割って入る。ゼドが続きを促すと、隣に座るアインを横目に見ながら彼女は言う。
「私に与えていただいた部屋は、4人でも十分なら広さがあります。万が一を考えて、彼女は私の部屋に留まらせるべきではないでしょうか」
「ふむ……それは一理ある。しかし4人とな。そこの者共も滞在させると?」
「わ、私もですか?」
自分の知らないところで話が進んでいることにアインは戸惑いの声をあげるが、ラピスに目配せされて口を閉じる。
何だか分からないが、ラピスには何か考えがあるのだろう。ここは彼女に任せよう。
それを感じ取ったのか、ラピスは先程よりもハリのある声で答える。
「はい。何しろこの者たちは警備を蹴散らして侵入してきた不心得者。そして私の友人でもあります」
「友人?」
「名前はアイン=ナット。その名を聞いたことはあるでしょう」
「アイン……あのアインか」
目を見開いてアインを見やるゼド。
どのアインですか、と本人は内心不満げだったが表情には出さない。
「友人の私が言うのも何ですが、彼女は何をするかわかりません。手綱を取るという意味でも、私の監視下に置くのが無難だと考えます」
「なるほどな……そこまで言うなら、ラピス殿に任せよう。そちらの童も同様だ」
「ありがとう、おじ様」
アインとユウが"今誰が言った?"と凝視してしまうような声と笑顔で答えるツバキ。
内心では"誰が童だ17歳じゃばーかばーか!"という感情が渦巻いていたが、もちろん表情には出さない。
そんな誰もが本心を隠しての腹の探り合いは、
「では、ここで一旦お開きとしよう。いや、実に実りある会合であったな」
内心ではどう思っているのかわからないゼドの言葉で終わりを告げた。
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