第16話 決意の朝
食器がぶつかりあう音が響き、淹れたてのコーヒーが香る朝の食堂は、大勢の人で賑わっていた。給仕が慌ただしく注文を受け、客は注文を待つ間に談笑を楽しんでいる。
そんな中、一人席に座るアインは、すぐ隣に立て掛けられたユウに小さな声で、しかし確固たる意思を込めて、
「ラピスを手伝うため、遺跡に向かいます」
宣言するようにそう言った。目には強い決意が灯っている。
引きこもり気味だった彼女が、やる気を出したのは言うまでもなく昨日の一件が理由だ。後に引かないために、敢えてユウに伝えたのだろう。
それがわかっている彼は、理由は問わず必要なことだけを問う。
「了解。場所はわかっているのか?」
「ええ、ここから東の平原みたいです。3時間もあれば到着しますよ」
店員が注文した角切りパンとサラダにスープをテーブルに並べていく。そして、最後に金属製の四角い箱のようなものを隅に置くと、厨房へと戻っていった。
箱の天面には細い長方形のスリットが二つ並び、側面には上から下へ動かせるレバー。それは、日本の食卓でも見かけるものだ。
「トースターじゃないか。こんなものまであるのか」
「あれ、ユウさん知ってるんですか?」
「知ってるも何も、俺の世界にもある道具だよ。これも『漂流者』の知識で作られたのか?」
「さぁ、私が生まれた頃には既にありましたから……」
アインは、角切りパンをスリットに差し込みレバーを引く。そこでユウは気がつく。このトースターの動力はなんだ? 見たところ電源コードのようなものは見当たらないが。
「魔力ですよ。この中に魔力をストックした宝石が仕込まれていて、それを動力に火の魔術が刻まれた鉄板の熱で焼く仕組みです」
「へえ……」
「ユウさんの世界のトースターは、どうやって動いていたんですか?」
「電気だ。トースターに限らず、ほぼすべての道具は電気で動いてる」
「電気ですか? どうやって貯蔵したり、発電するんですか? 魔術は無いんですよね」
「どうと言われても……発電所があって、電線があって……」
改めて聞かれると、具体的な発電方法やら送電方法は説明するのは難しい。
興味深そうな顔でこちらを見るアインに、ユウは、
「あーあれだ。高度に発達した科学は魔術と区別がつかないんだ。だから、もしかしたら俺の世界にも魔術があったのかもしれないな」
適当にごまかす。彼女は、そうかもしれませんね、と言って興味をサラダの具材に移していた。
聞いておいてそれかよ、と內心毒づきつつユウは言う。
「まあ、なんだ。アインがやる気を出してくれて俺も嬉しいよ」
「……? どうしてですか?」
「ほら、お前がラピス――ひいては魔術協会にアピール出来れば、会長と接触できるかもしれないだろ? そうすれば、俺のことが何かわかるかもしれない」
「……そうか、そうですね。なるほど、だったら尚更頑張らないといけませんね」
ふん、とアインは気合と共にレタスを次々と口に運んでいく。下品な大食いをしてるわけでも、異様に手が早いわけでもないのに、空の皿が一瞬で出来上がるのはどういうことだろう。
解けない謎に思いを馳せつつも、ユウは気張る彼女に、
「あまり肩に力を入れすぎるなよ? チャンスはこれだけじゃないんだから」
そう言って気を回すが、
「平気ですよ。遺跡探索なら何度もしましたし、何よりチャンスを逃す道理はありません」
どんと来いです。アインは、そう言ってスープを口に運ぶ。
チンッ!
「ッ!? ごほっ、げほっ!」
が、焼き上がりを知らせる音に驚き盛大にむせる。
ユウは、俯き咳を漏らし続ける彼女に生暖かい視線を送り続けていた。
アインは、砂利の感触をブーツ越しに感じながら、数万個目の足音を道に残していく。街付近であれば舗装された道も、ここまで来ると踏み固められた大地があるだけだ。
左右の荒れた土には背の低い雑草がまばらに生えるばかりで、色も枯れ草のようにくすんでいる。それに紛れるように石が転がるばかりで、人の姿は見られない。
彼女が言った通り3時間は歩き続けているが、未だに遺跡らしいものは見当たらない。実は道を間違えたのでは、とユウが不安になり始めたところで、
「おっ」
丘を超えた先に見える平地に、テントのようなものが並んでいるのが見えた。足取りが重くなっていたアインも、それを見て早足で近づいていく。
「間違いありません、ここのようです」
忙しなく歩き回る人に混ざり、無機質な鎧が石を運んではまた戻るを繰り返している。その行き先には、ひび割れ風化した石壁が露出していた。あれが発見された遺跡の一部だろうか。
「すいません、ラピスはいますか?」
歩いていた魔術師に尋ねると、そっけなくテントの一つを指さされる。ユウがお礼を言うよりも早く、アインは向かっていた。
教えられたテントからは、男女の話し声が聞こえた。アインは、幕の隙間から中の様子を伺う。
「……うん、大丈夫そうだね。それじゃあ、僕は戻らせてもらうよ」
物腰が柔らかく線の細い男が、手にした書類を確かめると相手に返す。その相手は、
「はい、任せてください。レプリ会長」
腰まで届く長い赤髪の少女――ラピスだった。アインの体に緊張が走る。
レプリと呼ばれた男性は、そのままこちらに向かってくる。アインは、慌てて離れ姿勢を正す。
「んっ?」
幕から出てきたレプリは、直立不動で立つアインに首を傾げたものの、何も言わずにその場から立ち去っていく。
その背中を見送ったアインは、ほっと息を吐く。そして、唇をぎゅっと結ぶと、彼が出てきた幕を睨む。
「……いきます」
「緊張させるわけじゃないが、始めが肝心だ。堂々といこう」
「……はい」
アインは頷き、幕に手を掛け中に入ろうとし、
「誰? 何か用?」
ラピスは、人の気配に外の様子を伺おうと幕に手をかけ、
「えっ」
「あっ」
結果、鈍い音を立ててお互いに尻もちをつくことになった。
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