第64話 鈍色の目の男

 何件か酒場を回ったことでレコードブレイカーに関する情報はかなり集まった。

 曰く、元々は社会のルールに反発する不良が集まるただの愚連隊だった。しかし、ある日からか見たこともないボートを操り凄まじい速度で水路を駆け回り始めた。そして、その速度を売りとした『アメンボ』を始め出したのだという。

 それに対する評判はまちまちだ。


「あんなのはアメンボじゃないね。水路を我が物顔で突っ走るせいで煩くて仕方ない。水を掛けられたのも1回や2回じゃない」


 忌々しげに吐き捨てる者もいれば、


「あまり大きな声で言えないがね。いつもは偉そうにしてる奴らが不良相手に何も出来ないっていうのは正直笑えるね」


 赤ら顔で大声で笑うものもいる。

 この振れ幅の大きい反応にはアインも困惑した。不良集団というのは間違いではなかったが、正しくもない。『乗り込んで叩きのめす』という選択を即決するには、後味の悪そうな相手だ。


「なんだかめんどくさいですね……」


 4件目の酒場を後にしたアインは気怠げに呟く。若干体がふらつくのは疲れだけでなく、行く先々で飲んだ酒のせいだった。

 夜の街はガス灯のオレンジ色の光と魔力灯の白い光のコントラストが美しく、カップルに人気の時間帯である。通りを一つ超えるだけで、地元労働者よりも腕を組んで歩くカップルたちの姿が目立ち始める。

 それを横目に見ながらアインは歩く。何処か羨ましげな目ですれ違う彼女に、ユウはからかうように言う。


「『邪魔が無ければデートは続いていたのに』ってところか?」

「……私の声で適当なことを言わないでください」

「けど、間違っちゃいないだろ」

「……それは、まあ。二人だけで過ごす時間なんて1年ぶりでしたし」


 アインは息を吐いてフードを脱ぐと、手で扇いで胸元に風を送る。酔いが回ってきたのか、頬が紅潮して熱を帯びていた。


「ラピスにはまた無用な心配をさせてしまいましたが……けど、もうそんなことはしません。笑って見送って貰える立派な人になるんです」

「十分立派だと思うがね。俺と出会ってからだけでも随分人を助けたじゃないか」

「そうでしょうか……。そうだといいんですが」


 そこでアインは不意に足を止め――すぐに歩き始める。心なしか足早だった。

 ユウがその不自然な動きの理由を訊ねると、アインは声に出さず答える。


『尾行されています。後ろのモヒカンです』

『なんだと……?』


 言われてユウは背後に視線を向ける。二人一組で微笑むカップルがそこらかしこに見える中、世紀末から紛れ込んだような格好の二人組の男が歩いていた。ただ会話しながら歩いているように見せかけているが、時折アインに向ける目は隠しきれていない。


『あいつら……レコードブレイカーか?』

『モヒカンがブームでもなければ、そうでしょうね』

『しかし、なんだって俺たちを尾けてるんだ?』

『さぁ……。ただ、直接聞けばわかることです』

『……一応、穏便に済ませろよ』


 努力しますとする気のない答えを返すと、アインは周囲の路地を見渡す。光の届かない細い路地を見つけると、一気にそこに駆け込んだ。

 背後に男たちの焦る気配。そして足音と罵声が聞こえた。それに構わず彼女は路地を駆け抜け大通りへと飛び出す。男たちが自分を見失っていないことを確認すると、再び路地に駆け込んだ。

 それを数回繰り返している内に人通りの少ない道へと進んでいき、ついに通りすがる人はゼロとなる。


「そろそろいいですね」


 路地から抜けたアインは出口すぐの壁に張り付き男たちを待つ。そして、足音が近づいたのを見計らって脚を差し出した。


「おっだあああああああああ!?」

「バッ何してんだあああああああ!?」


 先頭の男がアインの脚に躓き、立ち止まれなかった二人目がその背中に激突し、結果もつれ合うように派手に倒れ込んだ。


「貴方達、私に何の用ですか? 返答次第では手加減します」


 呻く男にアインは淡々と言葉を投げかける。転ばされた相手がそんなふうに言えば、大抵は煽られていると解釈する。当然彼らもそうだと考えた。


「ああっ!? 俺たちを舐めるなよ!」

「コソコソと嗅ぎ回りやがって! お前こそ何を企んでやがる!」


 飛び起きたモヒカン二人は、前傾姿勢をとり舐めつけるようにメンチを切る。どう見ても穏便に済まなそうな空気に、ユウは溜息をついた。

 言動から察するに、レコードブレイカーについて聞きまわっていたのを怪しんだようだ。しかし、その話が広まってから行動するまでが早すぎる。そこまで何を警戒しているのだろうか。

 考えるユウに、アインはあっさりと答える。


「別に考えなくてもいいでしょう。答えを持ったものが目の前にいるんですから」


 そう言って手を突き出すアイン。無論、友好の握手ではなく戦闘の準備行動である。こちらも穏便に済ませる気がまったく感じられない。


「はっ! 銀髪だからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「どうせハッタリだろ!」

「……何の話ですか?」


 地毛である銀髪にイチャモンをつけられ首をひねるアイン。

 それはユウも同じだった。銀髪だからすごい! という法則は聞いたことが無い。

 モヒカンは、馬鹿にしたように鼻で笑って言う。


「なんだ、知らねえのかよ。ロッソの魔術協会のトップを一夜にして落とした死神の話だよ」

「……はっ?」


 呆けたように口を開くアイン。それに気が付かないモヒカンは得意気に話を続ける。


「私腹を肥やすクソッタレの会長! 義憤に燃える銀色の死神は焔色の魔女と共に立ち向かい、悪魔の鎧に身を包んだ邪悪を素手で殴りつける!」

「最後は悪の大総統に力を注がれドラゴンよりも巨大になった鎧を地獄の業火で焼き尽くした! くぅー、燃えるぜ!」


 身振り手振りを交え興奮したように語るモヒカン二人。アインは、死んだ目でそれを聞いていた。


『大筋は合ってるのがアレだな……』


 魔術協会トップが汚職を働いた末に死亡したのだから噂になってもおかしくはないが、何がどうなってそんな話になったのか。本人の与り知らぬところで、また妙な伝説が生まれていたようだ。


「けど、お前は死神なんかじゃねえな!」

「こんな怯えて縮こまっているやつがそうなわけないよな!」


 アインは頭を抱えてしゃがみ込んでしまっただけなのだが、それがわからないモヒカンは大声で笑い出す。何と言うか、見事なまでにモヒカンらしい笑い声で、不覚にもユウは感心してしまった。

 が、アインにはそう思う余裕はなかったようで、


「……爆ぜろ、地の衝動」


 詠唱と共に触れた地面からモヒカン二人の足もとに向かって光が走っていき、


「ヒャーハッハッハッ……ハ?」

「ハッハァー!?」


 足元で爆発的に膨れ上がった光の衝撃に宙を舞う。


「まったく……ラピスが言った通り、一人の時はフードを被るべきでした」


 地面に落下したモヒカンを見ながら、アインは苦々しくそう呟いた。






「ボ、ボスはここだ……です」


 魔術の一撃ですっかり怯えきったモヒカンは、トップの元まで案内しろというアインの要求をあっさりと飲んだ。ちらちらと怯えた目で彼女を見ながら、目の前の建物を示す。

 レコードブレイカーのボスが居るらしい建物は、古い船倉庫だった。レンガの表面は色あせボロボロとなっている。建物から水路に直結した船用の出入り口は、今は大きな扉が閉められており中の様子は窺えない。


「如何にもといったところですね。住み心地は悪そうです」

「んだとぉ!? これでもずっとマシになった――ひぃい!?」

「そういう話は時間がある時に。まずはボスを呼んでください」


 アインが右手を突きつけただけでモヒカンは裏返った悲鳴をあげ後ずさる。


「あまり苛めるものじゃないわよ、アイン」


 そこに背後から掛けられた聞き覚えのある声にアインは振り返る。

 立っていたのはラピスとツバキ。そして怯えるモヒカンだった。


「ラピス……それにツバキ。ひょっとして、貴方達も?」

「そんなところよ。嗅ぎ回った相手の警告にしては対応が早すぎるし、気になってね」


 ラピスは言いながら傍に立つモヒカンを見やる。こちらは炎魔術を食らったのか、服の所々が焦げていた。

 ツバキは、眠そうに欠伸をして言う。


「ま、何にせよ此奴らのボスから話を訊けばわかるじゃろ。我はさっさと終わらせて寝たいぞ」 

「それは同感です。速攻で吐かせて終わりにしましょう」

「や、やめてくれ! 俺らはともかくボスには手を出さないでくれ!」

「殊勝なことですが……部下の責任は上司の責任という言葉もありますし、出方次第ですね」

「た、頼む! この通りだ!」


 土下座までして懇願するモヒカンと冷たい目でそれを見下ろすアイン。どっちが悪役だ、とユウは呆れ気味に呟いた。

 ラピスがアインを窘めようと口を開いた時だった。


「そこまでにしてやってくれないか。そいつらは馬鹿だが、一応うちの従業員だからな」


 若い男の声だった。落ち着き払った制止を求めるそれは、優しさを感じさせる声色であった。しかし、同時にただ積み上げただけの砂山のように空虚なものを感じさせる声でもあった。

 倉庫から現れたのは黒い喪服のようなコートを肩に掛けた長髪の男だ。外見年齢は二十歳半ば。端正な顔立ちだが、鈍色の目は乾いた泉のように何の揺らぎも見いだせない。だが、枯れた印象は受けないという矛盾があった。

 モヒカン達は慌てて立ち上がり頭を下げる。彼らがそんなことをする相手は一人しかいないだろう。 


「俺がレコードブレイカーのボス、エドガー=レーゲンバーだ。話があるなら俺が聞こう」


 静かに、だが有無を言わせない声でエドガーはそう告げた。

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