第47話 方向性の違いにより解散
4人パーティとなったアインらは、アルカを先頭としそれに3人が続いていく。
アインではなくアルカが先頭となったのは、攻撃を受ける危険よりも罠が待ち構える危険のほうが高く、目ざとい自分のほうが罠を見つけられるからと主張したためだ。
「そこの床を踏まないように。左側に避けて歩くんだ。あとそこの微妙に色の違う壁も触らないように」
彼の指示通りに3人は罠を避け、奥へと進んでいく。ここまでの道中で罠は一つとして起動していない。任せる前は不安もあったアインだったが、今は前後方の警戒に意識の大部分を割いていた。
「魔術師って言うだけあるな。ここまで楽に進めるとは思わなかったぜ」
「アイネ殿は……もう少し肩の力を抜くべきだ」
「まだ子どもだろ? ビビっても仕方ないさ」
そう言ってアインの肩を叩くダニー。しかし、アインの表情が険しいのは遺跡の雰囲気に呑まれているからではなく、彼の馴れ馴れしい態度のせいだった。
『嫌なのはわかるけど、今は耐えろよ』
『わかってます……はぁ、通路が続くだけというのも気が滅入りますね』
アインが言うとおり、ダニー達と合流した小部屋から現在地点まで部屋は一切なく、罠が設置された通路だけが延々と続いていた。移動距離こそ大したものではないが、罠を警戒する都合上、走るわけにもいかない。
遅い歩みと変わり映えしない景色に飽き飽きしていたのは、アインだけではなくダニーもそうだった。
「しかし、なんだってこんなものを造ったんだ。随分な住み心地だと思うがね」
愚痴っぽく言う彼に、グレッグも頷く。
アルカは視線を前に向けたまま答える。
「このダンジョンを造ること自体が目的だったのかもしれないね」
「ああ? どういう意味だ?」
「今ならいざしらず、数百年前にこれだけの建造物を造るには魔術師の存在が不可欠だ。『こんなものを造るだけの力を俺は持っている』と誇示するためにダンジョンを造り宝を秘蔵した。人が暮らした気配が無いのもそれなら辻褄があう」
「ふん、俺達にはいい迷惑だがな。入り口にドンっと置いてあれば一番楽だ」
「それはごもっともだ。ボクはこんなダンジョンが綺麗に残っている事実が嬉しいけどね」
そうして歩き続けること数十分。走ればその半分もかからず踏破できたであろう道は、唐突に終点を迎える。
行く手を防いでいるのは、人の背よりも高く大きい物々しい石扉だ。表面に回路図のように線が走るそれに、ノブや取っ手のようなものは見当たらない。
「ふんっ! くぁ! ……まあ、押しても駄目だよね」
びくとも動かない扉を前にアルカは腕を組む。アインは、ポケットに手を突っ込もうとし、
『壊すなよ。それは最後の手段だ』
『……』
ユウに釘を差され、取り出しかけた宝石を元に戻す。
ならば、扉の謎を解く必要がある。その鍵となるのは、扉の中央部にある四角形の枠だろう。
相当な年月が経っているにも関わらず、一切の錆がなく明かりを反射させる金属板の表面には、緩やかなカーブを描く溝が刻まれている。それが16マスの枠内に、15枚の金属板が設置されていた
「防腐魔術が掛けられているみたいだ。それだけ重要ってことだろう……ん?」
金属板を撫でていたアルカは、指先に感じた違和感に手を止める。
「ふむ……もしかすると」
空きマスに隣接する金属板を掴み、軽く揺すると僅かにぐらついた。今度は、空きマスに向かって引っ張る。金属板は音もなく、空きマスにスライドした。
「これは……?」
「うん、わかってきた。これを動かし、正しい図形を作ること。それがこの扉の鍵となるんだろう」
「つまり、パズルってことか?」
ダニーの言葉にアルカは頷く。
所謂15パズルと呼ばれるもので、コツさえ知っていれば難しいものではないが、知らないとなかなか解けないパズルでもある。ダニーとグレッグは後者だったようで、肩をすくめて言う。
「パズルは苦手なんでな。任せてもいいか?」
「うむ……」
それを受けたアルカは、胸を張って言う。
「任されよう。どちらにせよ、これを起動させるには魔力が必要だ。魔術師じゃなければ開けられないだろう」
「なんだ、つまり俺達はラッキーだったってわけか」
「そういうことだね。アイネ君、少し離れていたほうがいい。何かあるかもしれないからね」
目配せするアルカに、アインは無言で頷くと床に落ちていた石床の欠片を二つ手に取り、ダニーとグレッグと共に彼から距離をとる。
間近に迫った宝と、手に触れる未知の謎を前にアルカは鼻歌交じりに手を進めていく。
それを待つアインに、ユウは喋りかける。
『いい調子だな。何事もなく終わりそうだ』
『だといいんですけどね』
『なんだ、そうならないと言いたげだな』
『まあ、人を疑いたくはありませんけどね』
諦観気味に言うアイン。その意味を訊ねようとした時、
「よし、出来たよ!」
アルカが嬉しそうに言って、自らの成果を示す。並び替えられた金属板の溝は、二重円を形作っていた。彼はそこに手を触れ、魔力を流す。
「お、おお……すげえな」
ダニーは目の前の光景に感嘆の声をもらす。
流された魔力は、水路を走る水のように溝に光を照らし、それは扉全体へと広がっていく。光が末端まで広がり終えると、扉は軋む音を立てながら左右へと開いていった。
「あれが……宝」
グレッグのつぶやきは、静かな、しかし興奮を隠しきれない声だった。
扉が開いた先は、すぐに壁があった。その壁に3振りのナイフが扇のように広げられて安置されていた。しかし、その刀身が放つ輝きは白銀ではない。
『あの刃……まさか、宝石で出来ているのか?』
『そのようです……なんて綺麗……』
ナイフの刀身は、それぞれ赤、青、緑の宝石から作られており、薄暗いダンジョンの中で綺羅びやかな光を放っていた。まるで炎や水をこねて作ったように透き通る美しい刀身に、ユウは息を呑む。
アルカが言った通り本当に貴重な宝石があるとは。これは、アインも大騒ぎだろう。
「……」
しかし、ユウの予想とは裏腹に彼女は冷静だった。興奮しすぎて却って冷静になったのかとも思ったが、それも違う。
アインの目は、強い警戒の色を示していた。
「ありがとう助かったよアルカさん」
ダニーは心からの感謝を述べ、
「お陰で簡単に宝が手に入った」
そして、アインに向かってナイフを突きつける。意図が明確なそれを前に、アルカはおどけたように言う。
「あれ、ダニーさん。宝があったら山分けするって話じゃなかったかな」
「はん、あんたみたいに真っ当な稼ぎがあればそうしたかもな。しかし、現実はそうじゃない」
「余計なことをしなければ命は奪わない。そこをどくんだ」
グレッグも同じようにアインにナイフを向ける。アルカは、悲しそうに首を横に振った。
「最初からその気だったということかな」
「ああ、ここを見つけたはいいがあのパズルが解けなくてな。もっとも、解けたところで俺たちじゃ開けれなかったようだが」
「そこに都合よくお前たちが来てくれた。渡りに船とはこのことだな」
「だが、開けてもらったなら用はない。大人しく引き下がるか、それとも可愛い部下を傷物にするかだ」
ダニーのゴツゴツした指がアインの頬を撫で、彼女は体を震わせる。それを怯えと受け取ったのか、彼は下卑た笑みを浮かべる。
「さあ、どうする?」
「……ふぅ。すまないね、アイン君」
アルカは嘆息し、降参というように両手を上げる。
「ボクじゃ君たちに敵わない」
「はっ、情けないな。だが、賢明な――」
「だから、君に任せてもいいかな」
軽い調子で発せられた言葉。それへの返答は既に決まっていた。
「ごはぁ!?」
「なに……!?」
アインの手から滑り落ちた小石がトリガーとなり、石床から突き出た柱がダニーとグレッグを後方に吹き飛ばす。背中から落下した二人は、痛みに呻き声を挙げ蹲っていた。
アインは、ダニーに撫でられた頬を外套で拭う。蹲る彼らに向けられた目は、冷たい怒りを湛えていた。
「他人を踏み台にしてでも宝を求める。それは、冒険者としてはともかく人の道からは外れた行いです」
「くそっ……! テメエは違うっていうのか!」
「別に。善悪論を語る気はありません。私はしないというだけで、やりたいのならすればいい」
しかし。アインは、右手を突きつける。
「それよりも許しがたいのは、乙女の体を無遠慮に触れたこと。後悔をその身に刻むがいいでしょう」
「舐めるなよ! 俺達は『死色の紅』と恐れられたコンビ殺法があるんだ!」
「不意打ちは……二度も食らわん」
ナイフと殺気をアインに突きつける二人。手加減無しのそれらを向けられても尚、彼女はつまらなそうな目で答える。
「不意打ちはしませんよ。その必要もありませんし」
「ほざけ! 鮮血に沈め!」
「邪悪なるものを沈めし光よ、我が右手に」
詠唱とともに右手に青白い光球が生まれ、ビー玉程度の大きさだったそれは、スイカくらいまで大きさを増していく。放たれる光も、通路の端まで照らすほどの光量で直視することが出来ないほどだった。
その光の向こう側で、ダニーが怯えたような声を上げる。
「な、なんだお前!? アルカの部下なんじゃ!?」
「部下が上司より弱いと決まっているわけじゃないだろ?」
アルカの呑気な声も聞こえていないのか、輝きを増していく光球に二人は悲鳴を上げる。
「わ、わかった! 俺達の負け――」
「闇を飲み込め光よ。その輝きをもって世界を沈めろ!」
アインの右手から放たれた光芒は、闇も、悲鳴も、そして欲に塗れた冒険者を飲み込み、真っ白な世界へと沈めた。
「いつからわかっていたんですか?」
行きと同じように揺れる馬車の中、上機嫌に宝石のナイフを弄るアルカにユウは訊ねる。勿論、アインの声を借りて。
「ん? 君も最初から疑ってはいたんじゃないか?」
意外そうな顔をするアルカ。そうだったのか、とアインに問うと肯定が返ってきた。
『基本的にダンジョンで遭遇した人物を信頼すべきではありません。今回のようなことは決して珍しくありません』
『そうなのか……』
『理解できないかもしれませんが、宝を手に入れるためなら平気で他人を陥れる輩は少なくありません』
アルカは、ナイフを置いて言う。
「怪しいと思ったのは、あの小部屋で休んでいた時かな。誰も来ておらず自分たちも来たばかり、という言葉を信じるなら外の焚き火跡は不自然だ」
「あっ……」
来たばかりなら、外で焚き火をした後あの部屋で休む意味は無い。外で焚き火をし、中でも休んでいたのは何日もダンジョンに滞在していたということだ。
「では、私の名前を隠したのは?」
「それは、ボクが狙われることを避けるためだ。人質に取るなら弱い方を狙うだろう? 今回と逆の立場になっていたら、もう少し面倒になっていただろうね」
ユウは、先程のことを思い出す。
確かに、アインであればあの程度はどうということはない。しかし、無力なアルカが人質になっていれば、その過程は変わっていただろう。そして、アインはそれがわかっていたからこそ、彼の言うとおりにしていたのだ。
「ありきたりな言葉だけど、魔物よりも罠よりも――何よりも人が恐ろしい。肝に銘じておくべきだね」
そう言って、アルカは雰囲気を払拭するように両手を叩くように合わせると、笑顔を見せて言う。
「さて、ここからは報酬の話だ! アイン君のお陰で無事に宝を手に入れることが出来た。それに対して報酬だけど、現物支給でいいかな?」
「現物支給……って、いいんですか!?」
アルカの傍に置かれた宝石ナイフに向かって身を乗り出すアイン。やはり、先程はダニーとグレッグを警戒していただけで、本心はすぐにでも飛びつきたかったようだ。
「全部は無理だけど、一本くらいならいいだろう。それだけのことをしてくれた」
「で、では……」
アインは喉を鳴らし、震える手をナイフに向かって伸ばす。赤、青、緑が並び中、その手は迷うこと無く赤いナイフに向かい、それを掴んだ。
「すごい綺麗……材質はルビー……それともスピネル……?」
ナイフをかざすアインは、美しさに恍惚の溜息をつく。今にも頬ずりしそうだ。
しかし、他のナイフも劣らない美しさだと言うのに、彼女は迷うこと無く赤いナイフを選択した。何故だろう――。
『……いや、考えるまでもないか』
ユウの脳裏に赤い髪の少女が浮かぶ。
まったく、いじらしい。口にすればかなり面白い反応が返ってきそうだが、言わずが華というやつだろう。
喜色満面といった風なアインを暖かく見守ろうとユウが考えたところ、
「ああ、ラピス君が好きだから赤を選んだんだね。うん、実に健気だ!」
びしっと音がしたような気がした。それは、アインが石になる音だ。
ユウが思っても口にはしなかったことを、アルカはあっさりと言ってのけた。ユウは、その空気の読まなさに戦慄すると同時に、ある種の尊敬を覚えていた。
「けど、彼女は結構鈍いところがあるから、言わないと伝わらないかもしれないな。それと、意外と押しに弱いところがあるから、強気にいったほうが――うん? その右手の光球は何かな?」
「…………」
「ええとだね、研究者というのはつい口に出してしまいがちな生き物でね! 悪気はないんだよ!」
「…………」
「いや、ホントにね! だからその危ないものを仕舞ってもらえると嬉しいんだけど! うん、ボクが悪かったから魔術は勘弁してくれ!」
真っ赤な顔で光球を構えるアインに、土下座する勢いで平身低頭するアルカ。
その姿に、ユウの中で彼に対する評価が固まっていく。
「ああ……残念な人なんだな……」
そのつぶやきは、馬車の喧騒に呑まれ風に消えていった。
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