第46話 パーティ結成
「うん、こっちであってたみたいだね」
谷底を歩き続けること2時間。左右の崖との間隔は歩を進めるごとに狭まっていき、ついには辺がぶつかり合う。
その終点には、錆びついた鉄製の扉があった。自然の壁に備えられた人工の扉はミスマッチで、ただならぬ場所であると予感させる。
アインは、扉から視線を外し周辺を窺う。道中と変わらず石が転がるだけに見えたが、丸く並べられた石を見逃さなかった。
「焚き火の跡……」
「だね。誰かが先んじて探索しているようだ。友好的とは限らない、慎重に行こう」
頷き、アインはゆっくりと鉄製の扉を押す。扉は、さほど抵抗も無くぎぎっと音を立て奥に開かれていく。
アルカは、生み出した魔術の明かりを拾った枝先に据え、簡易的な松明を作り出す。その明かりが闇が充満する通路を照らし出した。
「しっかりした造りだ。崩れる心配は無さそうだね」
アルカは、興味深そうに壁面を撫でる。レンガ状の石を積み重ねて作られた壁は、多少のヒビは入っているが大きく崩れている箇所はない。
松明を通路の奥に向けると、真っすぐ伸びた通路が続いていた。
「アイン君、先導を頼んでもいいかな。ボクが前に居ても弾除けにもならないからね」
「わかりました」
いつでも魔術を使えるように構えたアインが前に立ち、その後ろに松明を持ったアルカが続く。
石に覆われた空間の空気は冷たく、何処か湿っているように感じられた。反響する二人の足音以外に聞こえるものは無く、静寂の闇を切り裂きながら慎重に進んでいく。
2度目の角を左に曲がったとき、アインは足を止めると腕でアルカを制止する。
「扉から光……それに声か」
角から様子を窺いながら、アルカは小声でつぶやく。
通路の右にある扉からは、僅かに光と何かの声がもれていた。会話の内容は聞き取れないが、少なくとも魔物の声ではない。
『先に探索していた奴か?』
『その可能性は高いですね』
どうしますか、とアインは目でアルカに訊ねる。
「声を掛けておこう。宝が目的なのか、調査が目的なのか。はたまた野盗が隠れているのかもしれないけど――どの場合でも無視は面倒なことになる」
アインもその考えには賛成だった。無視して先に宝を手に入れたら、遅れてきた相手からイチャモンを付けられたことは多い。予め牽制しておくべきだろう。
『それがわかっているのに、どうしてイチャモンを付けられた経験が多いんだ?』
『……わかってて聞くのやめてください』
拗ねたように言うアイン。宝目当てにピリピリした相手に声を掛けられず、無言で睨む光景が容易に想像できた。
「じゃあ、ボクが声を掛ける。何かあったら頼むよ」
アルカは真剣な表情で言って、薄く光が差すドアに手を掛け、
「やあ、こんにちは! ボクはアルカ=ピースマン! ただのしがない魔術師さ!」
一気に開き、軽い口調でそう叫んだ。
「うぉっ、誰だお前!?」
「何者だ!」
突然の闖入者に、部屋に居た二人の男は手に武器を取るとアルカに向かって突きつける。
「ああいや、違う違う! ボクは怪しいものじゃないよ! ただここを調査しに来た魔術師さ! だからそれを下ろしてくれないかな?」
手を振って無害をアピールするアルカ。
男たちは疑わしそうな目を向けていたが、脅威にはならないと考えたのかひとまず武器を下ろす。
「俺はダニー。宝があるという噂を聞いてここにやってきた。こっちは、相棒のグレッグだ」
グレッグと呼ばれた短髪の男は、よろしく頼むと軽く頭を下げる。つられてアインも頭を下げた。
「なるほど、君たちは冒険者というわけか。他には来てないのかい?」
「いや、俺達だけだ。俺たちも来たばかりだしな」
「では、ここは協力しよう! ボク達は調査のために最奥を目指したいし、君たちも財宝のために最奥を目指すんだろう? 余計な遺恨を残さないためにも、それが最善だと思うけど、どうかな?」
テンション高く言うアルカの提案に、ダニーとグレッグは顔を見合わせる。そして、頷き合う。
「わかった。財宝を山分けするのなら問題ない。協力しよう」
「それは助かる。こちらこそ頼むよ」
笑みを浮かべて握手を交わすアルカとダニー。蚊帳の外のアインは、ぼうっとそれを眺めていたが、
「……そちらの女性は」
「えっ、あっ、その」
不意にグレッグに話しかけられ、意味のない声をこぼす。そんな彼女に代わってユウが答えようとしたところ、
「ああ、こっちはアイネ=ラッド君。ボクの部下だよ」
割って入ったアルカに遮られる。しかし、微妙に名前が間違っていた。
彼は、アインを会話に参加させないままダニーと会話を続ける。
「ずいぶん若いな。アテになるのか?」
「それは心配ないよ、彼女は一流だ。この程度のダンジョンならすぐに踏破するさ」
「ほう……そいつはすげえや。頼りにさせてもらおうか」
「そうして欲しい。では、罠が無いか先行して確かめておこう。アイネ君」
「……あっ、はい」
自分が呼ばれていることに遅れて気がついたアインは、慌ててアルカの後を追って通路に出る。
アルカは振り向き部屋から十分に離れ、ダニーとグレッグがまだ来ていないことを確かめると、アインに言う。
「悪かったね、アイン君。けど、ここではアイネ君ということで通して欲しい」
「……わざとだったんですか」
「そりゃあそうさ。『銀色の死神』の名前を忘れるはずがない」
「…………それは、言わないでください」
恥ずかしさに顔を俯かせるアイン。
しかし、今はそれよりも気にすべきことがある。ユウは、声を借りてアルカに訊ねる。
「何故、名前を隠す必要が?」
「うん、君の名前は有名過ぎる。冒険者や魔術師なら何処かで『アイン=ナット』の名を聞いたことがあるはずだ」
今までのことを思い出すユウ。確かに、顔を合わせた魔術師の殆どが彼女の名を知っていた。同時に、何をしたらそこまで広まるのかという疑問も湧くが。
まあ、それは今はいい。問題なのは、アインの名を隠す必要性だ。
「それは……」
真剣な顔のアルカに、アインは思わず息を呑む。軽い彼が真剣な顔をする時のは、そうするだけの理由があるということだ。
言葉の続きを待つアインに、アルカは声のトーンを落とし、言う。
「ボクが目立たないじゃないか」
「…………はい?」
「だから、君があのアイン=ナットということがわかったら、調査隊隊長というボクの肩書がしょぼくなるじゃないか。それは困る」
「……」
あんまりな理由にアインは言葉を失っていた。ユウも予想外の返答に何も言えない。
アルカは、真剣な顔を崩すと軽い口調で、
「まあ、そういうわけだから頼むよ。大丈夫、その分ボクが活躍するから!」
そう言って、ダニーとグレッグ達の元へと向かう。
その背中が遠ざかっていくのを見ながら、アインはぽつりと呟く。
「大丈夫なんでしょうか……」
「……何か考えがあるんじゃないか。流石にそれだけってことはない……といいな」
精一杯のフォローするユウだが、正直苦しいと内心で考えていた。休憩時に見せた洞察力が一時のものではないと願うばかりだった。
「だといいですけどね……」
アインは、二人を連れて戻ってきたアルカの脳天気な笑顔に、思わず嘆息した。
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