第45話 宝を求めて

剥き出しの岩を足場にして、土から露出した太い根を避けながらアインは下へ下へと進む。高所恐怖症でもないユウが怯むほどの急斜面だが、彼女は苦労すること無くすいすいと下っていく。

 平べったく広がる岩肌で一旦立ち止まると、アインは空を見上げ大きな欠伸をする。太陽は見上げられる高さにようやく達したばかりだった。


「眠いです……」

「出発したのは夜明けだったしな……馬車で眠れなかったのか?」

「あんな揺れの中で眠れるほど私は図太くありません……」


 そう言ってアインは視線を下へと向ける。何処か恨めしそうな視線の先には、20代前半にしか見えない男が手を振っていた。


「どうしたアイン君ー! ボクよりも若いんだろー! 35歳に負けて悔しくないのかー! あっ、けど焦って降りる必要はないからね! 安全第一!」


 酷く揺れる馬車でも平気で眠っていたアルカ=ピースマンは、テンション高くそう叫ぶ。楽しくて仕方がないといったふうだが、寝不足のアインはそのテンションについていけない。

 眠そうに目を擦る彼女に代わって、声を借りたユウは今行きますと答えた。



 

 街の北に位置する山岳部、その谷底には秘宝が眠るダンジョンが存在する。そこから帰ったものはおらず、人食いの恐ろしい化物が潜んでいるのだ――。

 この手の話はどんな酒場でも聞くことが出来る与太話だ。酒の肴に盛り上がり、そして夜明けとともに忘れてしまう。普通であればその程度のもの。しかし僅かでも可能性があるのなら、謎に挑むものたちが存在する。

 一つは一攫千金目当てのトレジャーハンター。そしてもう一つは、


「遺跡の研究、魔道具の発掘を目的とした魔術師。つまりボクたちというわけだ」


 蜂蜜をたっぷりといれた紅茶を飲み干したアルカは、抱えた膝に顔を埋めるアインにそう言った。


「……」


 答えないアインに代わるように、二人が囲む焚き火が弾ける。

 アルカが、谷底に存在するダンジョンの調査を持ちかけたのは昨日。先日の出来事から数日経ち、アインがラピスと顔を合わせる決心がついた日のことだった。

 協会を訪ねた彼女を見つけるやいなや、アルカは協会内のカフェに引っ張り込み、


『ダンジョンの調査をしたいんだけど手伝ってくれないかな。成果を挙げればラピス君もきっと喜ぶと思うし、もしかしたら貴重な宝石が見つかるかもしれないよ。あ、ここの食事はボクの奢りだから、好きなだけ食べて』


 ラピス、宝石、奢りの食事とアインの判断力を鈍らせるワードを一瞬の内に並べた。そして、ユウが止める間もなく彼女は、


『任せてください。必ず結果を出してみせます』


 ビクついた態度から一転、自信満々にそう言いきったのだ。


「…………すぅ」


 そんなアインは、谷を降りきった疲労と寝不足からか、休憩に入った直後に寝入っていた。それを気にすること無くアルカは、周囲を見渡しながら喋り続ける。


「『狭く細い谷底の先に秘宝が眠るダンジョンがある』という噂が広まったのは一週間ほど前。そして、その噂に一致する谷の一つがここというわけだ」


 アルカは麓方向を見やる。アインらがいる地点の谷の幅は数十メートルほどだが、麓に行くほど幅はさらに狭まっている。噂通りならば、その終点にダンジョンがあるはずだ。


「人食いの化物がいるかはわからないが、戻らない冒険者がいるのは事実だ。案外別の街に向かっただけかもしれないけどね」

「……それで私に……依頼を」


 顔を上げたアインはそう言って大きく背伸びをする。少しの休憩だったが、眠気はかなり解消されていた。それに、魔物がいる可能性があるなら眠いとは言ってられない。 

 アルカは頷き、言う。 


「そうだね。協会の魔術師達は後始末で忙しいけど、魔道具や遺物が手に入るチャンスを逃すわけにはいかない。そこで君に白羽の矢が立ったというわけだ」


 アルカは、焚き火に当てていたポッドから紅茶をカップに注ぐ。多めに蜂蜜を注ぐと、それをアインに渡す。

 受け取ったアインは、紅茶を冷ましながら少しずつ口に含む。甘い味わいが口の中で広がり、疲労と眠気を溶かしていく。彼女が一息ついたのを見計らい、ユウは訊ねる。


「しかし、二人で調査は危険では? 先日の発掘ではもっと大勢居ましたが」

「まあ、今回は発掘というより宝探しトレジャーハントだからね。遺跡そのものを掘り返すわけじゃないから、大勢居ても仕方ないのさ。何より、非戦闘員が多いとアイン君の負担が大きくなるからね」

「なるほど……」

「そういうわけで、ボクは攻撃魔術は一切使えないから戦闘は無理だ! 戦闘になったら真っ先に隠れるからそのつもりでいてくれ! 大丈夫、迷惑はかけないよ!」

「……」


 情けないことを堂々と言うアルカに、アインは半眼でじとっとした視線を送っていた。

 役に立たないから下がっているというのは何も間違っていないのだけど、何か釈然としない。男だから前線に立つべきとは思わないが、もっとこう――。


「ラピス君の上司らしくして欲しい、かな?」

「うぇっ!?」


 自身もはっきりと掴めていなかった違和感を言い当てられたアインは、妙な声をあげ後ずさる。そんな彼女を、アルカは怒るでもなく面白そうに眺めていた。


「ど、どうして……」

「簡単なことだよ。君とラピス君は特別に仲が良いことをボクは知っている。そしてラピス君は、若くして副隊長を務め攻撃魔術を使いこなすホープ。対してボクは、隊長とは言え魔術はロクに扱えないただのお兄さんだ」

「お兄さん……?」


 お兄さん、と殊更に強調するアルカ。控えめに言って35歳はオジサンなのだが、見かけはお兄さんだしとアインとユウはそれ以上突っ込まず、続きを待つ。

 アルカは咳払いをし、続ける。


「そんなボクがラピス君より上の立場であることに、君は納得がいかない。けど、それは仕方ないと納得しようとする。なのに、目の前で情けないことを言われてしまえば――もっと上司らしくして欲しいと思うのは無理もない。どうだい? 言ってしまえば簡単な推測だ」


 こともなげに言うと、アルカは2杯目の紅茶をカップに注ぐ。一口含んで喉を鳴らすと、焚き火を指差し言う。 


「さて、この先にダンジョンがあるかはわからないが、ここに誰かが来たのは間違いないようだ。煤のついた石や焦げた土があったから、ボクらのように焚き火をしたんだろう」

「いつの間に……」

「発掘のコツは目ざとくあることだよ。ちょっとでもおかしなモノを見つけたら、視点を変え、発想を変えて様々な想像をしてみるんだ」


 おかわりはいるかい、とポッドを示すアルカ。アインは、無言のまま彼をじっと見つめていた。

 確かに推測するだけの材料は揃っていた。しかし、情けない発言に呆れていたと判断せずに、さらに推測を進めたのは驚異と言うべきだ。逆の立場だったとしたら、自分にそこまでの推測は出来なかった。

 焚き火跡に気がついたのもそうだ。眠気を言い訳には出来ない。重要な手がかりを見落としていたのは事実だ。彼がいなければ、確証を持てないまま探索をすることになっていただろう。


「……失礼しました、アルカ=ピースマン。貴方は、隊長に相応しい人物だと考えを改めました」


 アインは、謝罪の言葉とともに頭を下げる。

 一方的な視点から評価をしてしまったことを詫び、優れた能力を賞賛するための行為にアルカは困ったように笑う。


「そんなに気にしなくてもいいんだけどな。ボクが頼りないのは事実だし、ラピス君には助けられっぱなしだ。けど、そう言って貰えるのは嬉しいな」


 そう言ってアルカは、カップを口に運ぼうとし、


「んっ?」


 いつの間にか腕を伝いカップに到達していた小さな蛇と目が合う。

 目に入ったものは見逃さない彼も、目に入らなかったものはどうしようもなく、驚いた拍子にカップを手から離してしまい、


「うわっ!……ッ! ああああああああ! 熱い! あっつい! とても熱い! アイン君、水を! 水を頼む!」


 熱い紅茶を脚にこぼしてしまい絶叫と共に転げ回ることになる。ごろごろと左右を行き来する彼を見るアインの目は、


『……頼りないのはひっくり返らないかな』

「……ですね」


 先程と同じ半眼だった。

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