第68話 炎を掴むために・ラピス編
「『漂流者』がもたらした宝を元に、拙者が造り上げた魔術と機械のハイブリッドボート! その名も掟破り!」
「あーえーと……大声じゃなくても聞こえるから。後、周りが見てるからもう少し静かに……」
「おお、それは失敬。あのラピス=グラナート殿がわざわざ来てくださり、つい舞い上がってしまった。マシーナ=マッキナ、一生の不覚でござる」
「は、はぁ……それはどうも」
本当に、この妙な言葉遣いの少女がヴァッサ魔術協会の技術主任なのだろうか。
曖昧な表情で答えながら、ラピスはここまでの経緯を思い出す。
ヴァッサの魔術協会は、街の中心に位置し建物の大きさも周囲とそう大差なかった。郊外に位置し広い敷地を持つロッソとは対照的だ。聞きかじった話では、遺跡調査や魔道具収集ではなく、街の水路や船の整備に重点を置いているためだとか。
そこの受付に名前と用件を告げると現れたのが、目の前の椅子に座る少女――マシーナ=マッキナだった。年齢はアインと同程度で髪色も同じく銀。しかし、後ろで無造作に結ばれた髪は燻銀と言った輝きで、アインの真銀とは趣が異なる。頬にはオイルの跡が残っており、服装も灰色のツナギとタンクトップとラフで、カフェでは少々浮いた格好だった。
その彼女に、挨拶もそこそこにレコードブレイカーの船について訊ねたところ、返ってきたのは誇らしげなドヤ顔と叫びだったというわけだ。
「あー、とりあえず。どういう経緯でアレを作ることになったのか教えて欲しいの。『漂流者』の宝って言ったけど、それについても」
「うむ、委細承知。では、エドが宝を持ち込んだところから――」
「待って」
「うん? 如何したかな?」
「エドってエドガーのこと? 知り合いなの?」
「うむ、顔なじみであるぞ。それがどうしたかな?」
「……まあ、それは後で聞くわ。ごめんなさい話を止めて」
気にすることはなかろうよ、とマシーナは人の良い笑みを浮かべる。
「さて、話を戻そう。エドが宝と『漂流者』を連れてきたのは2年前だったか……。この世の物とは思えない見事な金属加工、未知の塗料による塗装、摩訶不思議な技術が詰まった心臓部。そして、地上を駆ける馬すら追いつけぬ速度……どれをとっても垂涎モノであった。『漂流者』は水上バイクと呼んでいたでござる」
「それって……」
「ラピス殿も既に見たのではないかな? 掟破りとは拙者がそれを模造したものよ。もっとも、心臓部――エンジンと言ったか……その解析はまだまだ不十分故、性能は4割程度の劣化品でござるが」
「元になったものは今何処に?」
「今は魔術協会で研究されておるよ。その『漂流者』……名前は失念してしまったが、彼は生活の資金が必要で、我らも未知の技術は欲しかった。交換したそれを解析し、一応の形になったものを、仲介したエドに報酬と運用試験を兼ねて数台を預けているというわけでござる」
「その『漂流者』は何をしているの?」
「今は交易商の見習いとしてあちこちを回っているでござるよ。殆ど会話もできなかったが、陽気な男でござったな」
「そう……」
マシーナの答えに肩を落とすラピス。情報源が一つ無くなっただけでなく、異世界の話は個人的にも興味があったのだが、この場にいないのではしょうがない。
ラピスはすぐに思考を切り替え、質問を続ける。
「それじゃあ、順番としては貴方が造ったものをエドガーに貸した。造ったのはエドガーの依頼ではないってことね」
「左様。当初はギルドにも試してもらいたかったが、保守的なギルドは慣れ親しんだウインドセイル以外の船を使いたがらず……まったく、アレだって造られた直後は新技術だったというのに」
ウインドセイルとは、帆それ自体が風を生む魔術加工が施された帆である。風が弱くとも速度を出せ、熟練したものであれば水面を滑るように移動できる。帆を広げる都合上水路が完成した今のヴァッサではあまり見ることはないが、開拓初期には資材や人を運ぶのに大いに貢献した。
「おっとつまらない愚痴を失礼した。ええと、そういうわけで他に引き受けてくれそうな相手もいなかったので、エドに依頼した次第でござる。……少々個人的な理由もござったが」
「個人的な理由?」
「ええ……その時のエドは酷く沈み込んでいて、何かしていれば気でも紛れるかと……だが、それは間違いだったのかもしれぬなぁ」
マシーナは後悔を滲ませる声で、そう呟いた。
その反応に、ラピスは一瞬突っ込んで訊ねるべきか躊躇した。事情もわかっていない自分たちが、そこまで首を突っ込んでも良いのか。
しかし、すぐに思い直す。それでも正しいと信じて行動したのだ。傷つけることに怯えてはいられない。
「その話、詳しく聞かせてもらっても良い?」
「……それは、何のためにでござるか」
真意を確かめるようにラピスの瞳を覗くマシーナ。それから目を逸らさず、ラピスは答える。
「昨日、エドガーと会ったわ。そこで彼は、ギルドへの報復のためにスライダーオブスライダーに出場すると言っていたわ」
「……」
「けど、私――私たちはその言葉が全て真実とは思えなかった。上手く言葉に出来ないけど……そうじゃないと思ったの」
「……エドを助けてくれるのでござるか」
助ける。
つまりそれは、顔馴染みの彼女から見てもエドガーは危ういのだという証左だ。確信を得たラピスは、さらに踏み込む。
「……ええ。傲慢かもしれないけど、そう決めたの。だから、教えて。彼に何があったのか」
マシーナは腕を組み、険しい表情で顔を俯かせる。周囲に雑然とした声が、妙に響いて聞こえた。
水が注がれたグラスの氷が音を立てた時、彼女はゆっくりを顔を上げて言う。
「……承知した。隠したてようと何時かは知れること。ならば、知るのは早いほうが良いでござろう」
「ありがとう、マシーナ」
「気にすることは無いでござる。……例え怒りの火であっても、灯っているだけマシだと目をそらしたツケを払うとしよう」
深く息を吸い、そして吐く。マシーナは語り始める。
「エドの父上は、船舶ギルドに所属するアメンボであった。しかし、不慮の事故で亡くなり、母も後を追うように亡くなった。孤独の身になったエドは、アメンボを続けるべく、親方の一人に弟子入りした」
そこでマシーナは、大きく溜息をつく。
「だが、この親方は邪悪な男だった。エドの才能を憎み、雑用としてこき使った。それでもエドは耐えていたが、ある日その親方は言ってはならないことを口にした」
「それは?」
「父上の死を蔑んだのでござる。『お前は父親のように水底がお似合いだ』と。……それを許せなかったエドは、親方を半殺しにしてしまったのござる」
「それが原因でギルドを追放された?」
「……その通り。非があったのは親方でござるが、それでもエドに罰を与えないわけにはいかない。その罰が、ギルドからの追放だったというわけでござる」
「……」
ラピスは、唇に手を当てて考える。
父を侮辱し、自身を追放したギルドへの報復。それが単純な図式でありわかりやすい。だが、本当にそうだろうか。
彼は、これは復讐ではなく報復だと言った。大義もなく喝采もない、故に――と。
しかし、父の名を貶めたものへ報復ならば、それは復讐と呼ぶに値するのでは? その手の物語は古今に数多く存在する。それは、大義があり喝采を浴びるにふさわしいという証明になるはずだ。
本当に、彼の目的はギルドに報復なのだろうか。漠然とした疑問が、今は確かな疑念となりつつあった。
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