第67話 炎を掴むために・アイン編

朝食を終えた3人は、分担して情報収集を開始した。


「私は、ここの魔術協会を当たってみる。あの船は、間違いなく魔術が絡んでいるからその方面から調べてみるわ」


 ラピスはそう言って魔術協会へと向かい、


「我はギルド側を調べてみよう。いざとなれば、術にかけてでも聞き出してやるわ」


 ツバキはそう嘯きながら宿を後にし、


「では私は……」


 アインはユウと共に駆け出し、


「……何処に向かえば良いんでしょうか」


 欄干に頬杖をつきながら、ぼんやりと水路を行く船を眺めながら途方にくれていた。


「何処ってそりゃあ……レコードブレイカーの誰かじゃないか?」

「ですよね……はぁ、あの人達は苦手なタイプなんですけどね」

「お前に得意なタイプがあったのか?」


 魔術協会に向かうのは名前が知られているから嫌だと言っただろうし、ギルドは横暴な奴が多そうだから嫌だと言っただろう。そういう奴だ、アイン=ナットという人間は。

 それに、アインは口を尖らせて反論する。


「そうですけど、中でもああいう如何にも悪党って格好の人は苦手なんですよ。見ているとこう……イライラと言うか、胸がムカついてくるんです」

「……だから今までもあの手の手合に容赦なかったのか」


 今までアインがボコボコにしてきた面々を思い出すユウ。比較的軽傷で済んだのはゼグラスくらいだ。

 顔の良さで痛めつける度合いを決めているわけではないだろうが、一種の指標にはなっているのかもしれない。


「まあ、行かないわけにも行きませんし……彼らとその客から話を聞いてみましょう」


 乗り気では無いが、言い出した責任を感じているのかやる気は見せるアイン。ユウとしてもその責任はあるので、彼女にやる気を出してもらわねば困る。


「ほら、何人かに話を聞いたらかき氷でも食べに行こう。天然氷で作られて美味いって耳に挟んだぞ」


 そのための方法は、食べ物でやる気を引き出すという子ども相手の手段だったが、


「カキゴーリ……ああ、クラッシュのことですか。いいですね、シロップがたっぷりかかったものが食べたいです。いや、それとも果肉乗せでしょうか」


 アインは目を輝かせて味の想像を始める。わかりやすくて本当に助かるという呟きは聞こえてないようだ。

 ともあれ、やる気は出してくれた。後はこの熱が冷めない内に――。


「ヒャッハー!」


 二度あることは三度あるというなら、それはつまり一度あったなら二度目もあるということではなかろうか。

 低音の唸り声じみたものが聞こえ、アインは避ける間もなく巻き上がった水を頭から被る。フードの先から垂れる水滴を、彼女は無表情で眺めていた。


「おっとすまねえな、苦情はレコードブレ……! あ、あんたはこの間の!」


 アインはモヒカンの言葉を最後まで聞かずに右手を突きつける。その動作に顔を恐怖で歪めるモヒカンに、ユウは声を借り早口で叫ぶ。


「逃げるなら撃つ! だが、止まるなら文句だけで済ませてやる! どちらか選べ!」


 その叫びにモヒカンは怯えながらも動きを止め、アインも唱えかけた魔術を破棄する。とりあえず場が収まったことに安堵するユウ。

 ここでモヒカンを撃てばレコードブレイカーへの印象が悪くなるどころか、こっちまで憲兵に捕まりかねない。そうなったら情報収集どころではない。

 それがわかったのかアインも渋々ながら右手を降ろし、代わりに告げる。


「……急ぐということは仕事中なのでしょう。それを邪魔する気はありません。ですが」


 睨みつけながら彼女は続ける。見下される形のモヒカンは、距離を取ろうと身じろぐが狭い船上では体を引くのが精一杯だった。


「それが終わったらここに戻ってきてください。来なければ……わかりますね」


 がくがくと首が取れるのではという勢いで、モヒカンは首を縦に振った。






「はむ……んむ。では、レコードブレイカーについて教えてもらえますか?」


 船着き場まで移動したアインは階段状になった坂の一段に座り、モヒカンにそう切り出す。先程はかなり怒っていた彼女だが、その口調は優しい。その理由は、


「しかし、美味しいですねクラッシュ。砕いた氷にシロップと果物を乗せただけなのに、これほどとは」


 モヒカンが差し出した氷菓が原因だった。彼が戻ってきた直後は『話を聞いたら用済み』と言わんばかりの目をしていたアインだったが、今は口の中で溶ける甘さに目を細めていた。

 それに余裕が出てきたのか、モヒカンは誇らしげに胸を張る。


「へ、そうだろ。それを溶けない内に運べるのも俺らのお陰ってわけだ。こういう地道な積み重ねが信頼を作る……ってボスが言ってたぜ」

「なるほど……この野苺の酸っぱさもまた……」


 頷いてはいるが、間違いなく聞き流しているアインに代わりユウが訊ねる。


「なら、ギルドと協力しない理由はなんですか? 酷い条件を提示されたとは聞きましたが、信頼という面でギルドに所属するメリットは大きいはずです」

「俺は新参だからよ……詳しくは知らねえよ。それは古参の奴に聞いてくれ」


 ただ、とモヒカンは続ける。


「ボスも元はギルドに所属していたが、ヒデェ親方に当たっちまったとか……。そんな話は聞いたぜ」

「親方?」

「アンタは魔術師だったか……魔術だって誰かに教えてもらうものだろ? それと同じで、アメンボもギルドの親方に弟子入りして技術を教えてもらうんだよ。だけど、中にはろくに技術も教えず雑用だけやらせるクソ野郎もいるんだよ」

「それに嫌気が差して対立したと?」

「そこまではわからねえが……あり得なくはないだろ。数年を無駄に使われて、そこから逃げ出せば半端者扱いだ。普通ならぶん殴ってやりたくもなる。まっ、ボスは俺みたいにダサくないけどな」


 自嘲するようにモヒカンは言う。ユウは、その内容を昨夜のエドガーの言葉と照らし合わせる。


『――俺が望むのは! 父を! 未来を! 夢を! それらを略奪したものへの略奪! ただそれだけだ!』


 親方に奴隷扱いをされ、無為な時間を過ごさざるを得なかったのなら、未来と夢を奪われたと言ってもいいだろう。モヒカンが言った通り、普通なら恨むには十分な理由だ。

 しかし、あそこまでの怒りを覚えるものなのか? という疑問は残る。勿論エドガーがアメンボという夢をどれだけ重く見ていたかわからない以上、迂闊な判断は出来ないが。

 だが、仮にそれだけでは足りなかったとした場合、上乗せできる要素が残っている。


「彼――エドガーの父親については何か知っていますか?」


 その質問にモヒカンは悩む素振りを見せていたが、


「街の奴が言っていたのを聞いただけで、本当かは知らないけどよ」


 そう前置きし、続ける。


「ボスが親方に弟子入りする直前に、親父さんが亡くなってるんだ。原因はギルドがこき使っただとか、飛び抜けて優秀な親父さんを妬んでの陰謀だとか……。とにかく、怪しいところがあったってわけだ。……ボス、黒いコートを掛けていただろ」 

「ええ」


 流石に空気を読んだのか、アインはクラッシュを食べる手を止めて答える。


「あれは、親父さんの葬儀の時着ていた喪服で、まだ彼の葬儀は終わっていない――終わるのは、死に追いやったものに復讐を果たした時だ。そんな話を耳にしたぜ」

「……」


 それが真実であれば、彼が言ったことと合致もするし、あの怒りもありえる。

 しかし――何か引っかかる。十分に復讐に値する理由だと言うのに、飲み込み切れない違和感が喉に引っかかっていた。

 これは、ラピス達の情報と合わせて考える必要がある。

 アインはその違和感をひとまず置き、質問を変える。


「その船、随分変わっていますが、それは何処で手に入れたんですか?」

「ああ、これか? これは――」

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