第83話 手を差し伸べる理由
「まず、この村が元々は猟師の拠点から始まったっていうのは知ってるか?」
店主の言葉に、3杯目のスープを食べるアインは頷く。
狩りの拠点として作られた村とも言えない休憩地点。
そこに活動しやすくするために家が建てられ、さらに人が集まっていき村が出来た。調べた限りではそう聞いていた。
「なら、話が早い。そのせいか、この村は出来る限り自給自足しようっていう考えが根付いている。いちいち仕入れてたんじゃ無駄も多いからな」
「なるほど」
スープを口に運ぶことに集中するアインに代わってユウが相槌を打つ。
「肉は鹿なり猪を狩ればいいし、山菜も採れる。だが、野菜はそうはいかない。ここまでは歩いてきたんだろ?」
「ええ、結構キツイ坂でしたね」
傾斜のあるうねった山道を思い出すユウ。
アインは身軽だったから苦にしている様子は無かったが、荷物が増えればそうはいかないだろう。
「あの道を荷車引いて登るのは手間だ。そうすると、自然と野菜も自分たちで育てようって考え始めたわけだ」
「それで栽培していたのがジャガイモなんですか?」
「いや、それはちょっと違う」
店主は、空になったアインの皿を示す。
もっとも彼はまだ空になっていないと思っていたようで、やや引きつった顔をしていた。
「お前さんが最初に、そして今食べていた甘芋が本来栽培されていた芋だ」
「本来、ですか?」
「ああ」
昔を懐かしむように顎髭を撫でて、彼は続ける。
「野菜を育てるって言っても、最初は上手くいかなかったんだ。虫に食われちまうか、そもそも実らないなんてこともザラだ」
「それはどうしてですか?」
「元々山を走る回るのが趣味みたいな連中の集まりだ。毎日の水やりだの土の具合だの虫除けだの……そういう気の長い作業は出来なかったんだよ」
苦笑交じりに言う店主は、
「ああ、専業させられるほど人がいなかったっていうのもあるぜ。ただ短気だったってわけじゃない」
そう付け加える。
それはその通りだろう、とユウは思う。
野菜を育てると言っても売り物ではなく、自家消費用だ。そればかりに人手を割いて狩猟成果が減れば、そもそもの生活が立ち行かなくなる。そうなれば本末転倒だ。
そこまで考えて、ユウは納得する。だから甘芋――サツマイモを育てていたのかと。
「甘芋は栽培が比較的簡単で、それに量も採れる。だから甘芋栽培を行っていたんですね」
サツマイモは痩せた土地でも育つため飢饉対策としても用いられた。それはつまり、素人でも栽培が容易だということ。
甘芋とサツマイモが同一のものかはわからないが、外観の特徴や味、ここまでの話から推測するに間違ってはいないはずだ。
ユウの言葉に、店主は感心したように頷く。
「その通りだ。旅人さんは博識だな」
「それほどでも」
やっと会話に集中しだしたアインが軽く胸を張って答える。
お前じゃない、と言いたいユウだったが、どうせ聞き流されるので何も言わなかった。
「甘芋栽培は上手くいった。いやまあ、味は悪いが食べられないほどじゃない。腹も膨れるからその分狩った肉を食べなくて済んで、収益も上がった」
「それを聞く限りでは野菜栽培に問題はなかったように聞こえますが」
「まあ、実際はそうじゃなかったってわけだ」
「と言うと?」
「ジャガイモだよ。ジャガイモ警察は危険だとか言っていたが、当たらずといえども遠からずってとこだ」
ジャガイモが危険だと言われても、アインにはその理由がまったくわからない。そもそも自分がよく知る白芋と何が違うのかわからないのだ。
そして、ジャガイモが身近な食べ物だったユウも同様だ。あの芋に村を滅ぼすような力があっただろうか。
困惑するアインを察したのか、店主は、
「ああ、悪い悪い。いきなり言われてもわかるわけないよな。順に説明しよう」
そう前置きし、続ける。
「ジャガイモは隣町のゲルプ――もっと正確に言えば、村長の娘が嫁いだ男から贈られたものなんだ」
「贈られた?」
「そうだ。たぶん、娘さんから俺たちがマズイ芋を食ってるって聞いたんだろう。そこで、美味いものを作って欲しいってことで贈られてきたのが2年前だ」
「普通の白芋とジャガイモは何が違うんですか?」
「俺も詳しくは聞いてないが……『漂流者』が持ち込んだものらしい。本当かはわからないけどな」
「『漂流者』が……」
ちらりとユウに見やるアイン。おそらく本当だ、とユウは思考を伝える。
ジャガイモという名称は、自分たちの世界で使われていたものだ。
白芋と呼称されるこの世界で、突然ジャガイモが生まれるのは考えづらい。
「では、そこで甘芋からジャガイモ栽培に切り替えたんですね」
「ああ。甘芋と同じく栽培が簡単で味もいい。皆こぞってジャガイモを育て始めた」
彼の言葉に先程の味を思い出すアイン。
パサつき乾いたスポンジのようだった甘芋と違い、ジャガイモはホクホクした食感が素晴らしかった。
同じ手間と育て方であれだけの差が出るなら、確かに甘芋を育てる必要は無くなりそうだ。
その言葉に店主も同意する。
「実際誰もがそう思っていただろうな。ところが、今年から急にジャガイモが不作になっちまったんだ」
「不作……理由は?」
「わからん。何も変えちゃいない。例年通りに植えて水をやっていただけだ。それなのに、今年の芋はボロボロになったものが大半だ」
大きく溜息をつき、肩をすくめる店主。
「それを知った村長はジャガイモの栽培を禁止した。『このまま栽培を続ければ土が汚れる』ってな」
「そして、栽培を取り締まるための組織がジャガイモ警察というわけですか」
「そういうことだ。栽培や隠し持っていることがバレれば、懲罰として甘芋栽培をさせられる。まったく、何だってわざわざマズイことがわかっている芋を育てなきゃならんのだ」
「……ここの雰囲気が暗いのはそのせいですか」
気の乗らない表情で農作業していた村人はそのせいだったのだ。
確かに、美味いものを禁じられてマズイものを作らねばならないというのでは、やる気も出ないだろう。
ただ、やり方はともかくやろうとしていることは間違ってはいない。原因とみられるものを一時的に隔離することは、感染を抑える初歩的な方法だ。
それを村人が知らないのか、もしくは説明を受けていないのか。
ユウは、それを確かめるため訊ねる。
「村長は、他には何か言っていましたか? どうしてそこまでする理由などは言っていませんでしたか?」
「それがだな、馬鹿馬鹿しすぎることの一点張りだ。『俺はスープに甘芋以外の芋は認めん』だとよ」
「……はい?」
思わず聞き返してしまうユウに、店主は溜息とともに苦笑する。
「ま、そうなるよな。俺たちでも意味がわからないんだ。確かに前から頑固者だったが、そんなことを言い出すやつではなかった」
どうしたもんかねと、諦観の念に天井を仰ぐ店主。意図の読めない命令に辟易して切っているようだ。
答えを返されたユウもアインも困惑していた。それでは子どもの我儘ではないか。
「どういう意味なんでしょうか……。まるでジャガイモを排斥するのが目的のようです」
「案外そうなのかもしれないな。俺達は美味い芋があると知ったせいで、今までの芋を食べる気を無くした。贅沢を知ったってわけだ」
そしてそれを取り上げられた結果、村の空気は沈んでいる。
大袈裟ではあるが、それは人が堕落したためとも言える。カインが危険と言ったのは、それを指してのことだろう。
「強引な取締は、治療するための荒療治だと?」
「さあな。ただ、現状の原因がはっきりしない状況は良くないな。ジャガイモに原因があるとわかれば、まだ諦めもつく。だが」
「村人の中には、村長が適当なことを言ってジャガイモの独占を企んでいると考えるものもいる」
「察しが良いな。あんたの言う通り、そう疑うやつも出てきた。食い物の恨みは恐ろしい、何かの拍子に爆発する可能性も……まあ、低いだろうがゼロじゃない」
大袈裟な、と笑い飛ばすには店主の顔は深刻だった。周りの客もバツが悪そうに顔を背けるものがいた。
おそらく今日のようなことは何度もあったのだろう。隊長であるカインは冷静だったが、部下がそうであるとは限らない。店主が言う通り、何かを切っ掛けに血が流れることもありえる。
食堂に重い空気が立ち込める中、アインは、小さく息を吸う。そして、鼓動を抑えるように胸に手を当てながら、
「……その、良ければ私が調べてみましょうか」
「あんたが?」
おずおずと言ったアインの言葉に、店主は目を丸くして問い返す。
『アイン?』
驚いたのは彼だけでなく、ユウもだった。その理由はそれぞれ違ったが。
「土に原因があるなら、何かしら異常が見られるはずです……一応魔術師なので、それくらいならわかると思います」
「魔術師……! なるほど、それなら一人旅も納得だ。だが、いいのか? 報酬はあまり出せないと思うが……」
「ええ、構いません。今日は暗いので、調査は明日からになりますが」
「こっちこそ構わない! 感謝する!」
差し出された店主の手をぎこちなく握り返すアイン。周りの客は口々に喝采をあげた。
「やるなお嬢ちゃん! 奢ってやるから、旅の話を聞かせてくれよ!」
「私も聞きたいわ! 魔術師ってどんな魔術を使えるのかしら!」
「酒は飲めるか? 素晴らしい旅人に乾杯しよう!」
迫る村人に一歩引くアインに、ユウは訊ねる。
『珍しいな。自分から申し出るなんて』
彼女は、基本的に頼まれれば応える人間ではあるが、自発的に申し出ることは少ない。自分が思い出す限り、ラピス絡みの時は積極的になるのだが。
そんな彼女が自発的に行動したということは、自分には思いもよらない問題が隠されているのだろうか。それとも、ラピスに関わる何かがあるとか。
『そういうわけじゃありませんが……大した理由じゃありませんよ』
『じゃあ、どうして?』
ふっとアインは遠くを見るような目をする。悲しげで憂いを帯びた瞳は、一体何を映しているのだろう。
『美味しいものが食べられないのは辛いですから……ええ、本当に……。苦い山菜ばかりで腹を誤魔化す悲しみを味わって欲しくありません……』
『…………』
どうやら過去の道中での苦い経験を思い出していたようだ。悲しみを繰り返させないため、といえば聞こえが良いのだが、何とも締まらない理由だ。
ただ、そんな小さな理由でも他人の苦しみに共感し、手を差し伸べられるのなら悪いことではないだろう。これまでも、そうやって歩んできたのだから。
ならば、文句など言うまい。
『遅れたツバキに文句言われないように、それまでに片付けよう』
『はい。それと……』
『それと?』
『彼らの話し相手をお願いします……』
彼女の周りには、久々の旅人から話を聞こうと村人たちが待ち遠しそうにこちらを見ていた。
『わかったよ』
苦笑しつつユウは答える。
成長はしてきたが、ここらへんはまだまだのようだ。
さて、何を話そうか。
ユウは記憶の頁を辿っていき、物語を待ち望む客に向かって語り始めた。
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