第18話 地を掘り、知を目指す

2歩目を踏み出そうと決意を新たにしたアイン。だったが、


「疲れました……」


 テントの日陰に隠れて座り込み、もそもそとレーズンを口に運んでいた。いつものようにフードを被っているが、目を合わせないためでなく突き刺さる日差しから身を守るためだ。


「いや、早いだろ。まだ全景を確認してもいないぞ」

「だって……よく考えたら、ここに来るまで歩き通しでしたし……ラピスと話したのもすごい緊張しましたし……」


 日差しが眩しいですね、と他人事のように言う彼女に、ユウは大きな溜息をつく。

 やる気を出したと思ったらこれだ。意思が弱い、というより一度で使い果たすタイプなのだろう。

 

「アインが動いてくれなきゃどうにもならないんだよ。糖分補給も済ませただろ」

「もう少しゆっくり……」

「唐突にアインの声で叫びたくなってきたなー。ラピスについて語りたくなってきたなー」

「『時は金よりも重く代えがたい』。大切な教えですよね」


 アインは口を塞ぐようにユウを握りしめると、早足で発掘現場に向かい始める。最初からそうしろとユウはぼやいた。

 発掘現場は、水が枯れた泉のような空間になっており、外周に沿って下に降りるための道が作られている。そこを、ラフな格好の魔術師や土砂を満載した猫車を押す鎧が行き来していた。アイン達も、彼らにぶつからないように下っていく。

 発掘は、縦2本・横2本の線を引き合計9ブロックに分けられ作業が行われている。左下から右に向かって1~9の番号が振られ、完全に土砂が除かれているのはその内1から5まで。残る番号では、2メートルほどの高さの立方体を崩している。


「網目状に掘ることで、効率よく地層に残る遺物を発見することが出来ます。今回は、新しい時代の遺跡であることから地層の調査は重視せず、その下の遺跡の全貌を明らかにしようとしているみたいです」

 

 アインの説明を聞きつつ、ユウは視線を上に向ける。地上と地下の境界線は見上げるほど高く、壁は茶、黒、赤、と様々な色の土が地層を形作る。ここまで手作業で掘ったとは、探究心とはすごいものだ。

 そうですね、とアインは頷く。


「魔術が生まれる以前から、人は地を掘り未知を探求し続けました。本能なのかもしれませんね」

「魔術が出来てからはもっと楽になったのか? 土を掘る魔術だってあるんだし」


 ユウは、ゼグラス戦で見た魔術を頭に浮かべる。あの時見せた落とし穴の魔術があれば、掘削もかなり楽になりそうだ。

 しかし、アインは残念そうに首を振る。


「土を掘る魔術はありますが、土や石なら構わず削ってしまうんですよ。なので、何も無いことがわかっていないと使えません」

「……つまり?」


 つまりですね、とアインは地層を指でなぞる。指の形に土がへこみ、一本の線が引かれた。


「掘削魔術は、こんな風に土や石を削ります。では、この削った所に碑文があった場合、どうなると思いますか?」

「なるほど。碑文ごと削ってしまうのか」

「そういうことです。逆に、宝石や鉱物は影響を受けづらいので、採掘では便利なんですけどね」

「じゃあ、魔術で便利になったことは、単純労働力が増えるくらいなのか?」

「そうなりますね。とは言え、十分にありがたいことなんですが。休ませなくてもいいですし、食料も必要ないですから」


 アインは、上がっては下るを繰り返すリビングメイルに目を向けながら言う。

 人が増えるほど問題になるのは生活環境の確保だ。人の分だけ食料は増えるし、食料が増えれば運搬の労力も増えていく。統率するための気苦労も耐えない。しかし、リビングメイルであれば移動時は箱に収められるし、寝床を用意する必要もない。インスタントな労働力としては十分だ。

 

「しかし、イッサさんは魔術師の大半がこちらに割かれていると言っていましたが、その割にリビングメイルが目立ちますね」

「危険がないことがわかったんじゃないか? ただの神殿でダンジョンってわけでもなさそうだし」


 二人は、会話しつつ現場を見回っていたが、5番ブロック――発掘図では魔法陣が描かれていたエリアから喧騒が耳に届いた。見ると数人の魔術師が、地面を指して言い争っているようだ。


「何かありましたか?」


 ユウは、アインの声を借りて中年の魔術師に話しかける。見知らぬ彼女の姿に怪訝な顔をするが、フードから見える銀髪にハッと顔を輝かせる。


「もしかしてアインか? ゼグラスを叩きのめしたっていう?」

「アインって『自立歩行型広域殲滅無慈悲兵器』の異名を持つ!?」

「そのアインか!?」


 はい、と答えようとするユウだったが、凄まじく微妙な顔をしたアインに気がつき、否定しておくべきかと一瞬考えるが、


「……まあ、その。たぶん、そのアイン」


 結局肯定する。抗議するようにアインに鞘を叩かれるが、その前に自分の行いを省みて欲しい。何をしたんだ本当に。

 ともかくアインの名前は有効だったらしく、彼らは警戒すること無く状況を教えてくれた。


「そこの魔法陣が描かれているところなんだが、1枚の石版で出来ているのがわかるか?」


 中年の魔術師が示したところには、崩れてはいるが祭壇のようなものが見える。2段ほどの低い階段を登ると、中央に掠れ気味だが六芒星の魔法陣が描かれていた。そして、それが描かれている約2メートル四方の石版は、大きな1枚で作られている。

 これだけなら、特におかしくはないはずだが。ユウが疑問に思っていると、若い女性の魔術師が言う。


「石版の端と外枠に隙間があるんです。普通、密着させるはずですよね」


 彼女が言うとおり、石版と外枠部には隙間がある。大きな1枚板から一回り小さい形に切り出し、元に戻した。そんな風に思える。


「これは……」


 何か思いついたのか、アインは石版の上に寝そべり耳を当てる。そして、落ちていた小石で石版を叩いた。


『アイン?』

『静かに……』


 彼女は、目を閉じて音を確かめる。この下に土があるのなら、音は吸収される。しかし、極僅かだが音は石版の下で反響していた。つまり、


「……この下に、何らかの空間がある可能性があります」


 その言葉に、青年の魔術師が興奮したように主張する。


「気になりますよね? だから、この石版を壊してでも確かめるべきだと思うんです!」

「馬鹿! この石版だって貴重な資料なんだ。壊すわけにはいかない!」

「けど、この石版かなり大きいですよ? 吊り上げるための櫓を組む人員が足りるか……」

「ったく、危険度がわからないうちに見つかれば魔術師がもっといたものを……」


 先程の言い争いは、それが原因だったようだ。

 確かに、この大きさの石版を持ち上げるには人の手は無理だ。隙間から見える分厚さも相当だし、壊すのが一番手っ取り早いだろう。

 とは言え、この下に何もなかった場合は悲惨だ。わざわざ自分たちの手で資料を壊してしまったのだから。それを避けるためにも、安全策が一番なのだが、


「人手がなぁ……」


 やはりそれが問題となる。

 魔術師たちが頭を悩ませていると、服についた土を払い落としたアインは、何か言いたげに彼らを見やる。


『どうした? 何かアイディアがあるのか?』

『ええと、私がゴーレムを造れば、後は梃子で持ち上げられると思います』

『ああ、なるほど。確かにアレなら行けそうだな』


 ユウが初めて目の当たりにした魔術。人よりも遥かに巨大で強靭な腕力を振るう土の巨人。あの力なら、問題なく石版をどかせるだろう。

 早速ユウがそのことを伝えるが、


「それは……まあ、その通りなんだがね」


 苦笑交じりの呆れた顔で答えられる。

 その理由がわからないユウが反応に困ったのを、思いつきの発想と思ったのか中年魔術師は、やれやれと言った風に続ける。


「ゴーレムの核は、形状維持から各種行動に必要な魔力を備蓄する役割がある。そしてそれは、サファイヤやルビーと言った宝石でなければならない。君が知らないとは思わないがね」


 その皮肉にアインは顔をしかめ、内心を抑えるように腕を組む。


「この下に宝石以上のものがあるならゴーレムを造るのはやぶさかでないが……」

「……」


 挑発するような物言いに、彼女は無言でその場を離れ、切り崩す途中の立方体に近づいていく。そして、地面に落ちていた小石を壁面に思い切り叩きつけ、詠唱を始める。


「我が前に顕現せよ、そして汝が力を示せ……現れよ、土の巨人」


 青白い電流が表面を奔り、やがて土が胎動を始める。土は唸り声をあげながら徐々に人の形を取り始め、数秒の内に人の数倍ある巨体を現した。

 巨人は、虚ろな双眸を魔術師達に向ける。彼らは、大口を開けて呆然とそれを見ていた。


「2回目だけど、やっぱりデカイな。けど、宝石じゃないと駄目なんじゃないのか?」

「別に小石だって魔力は溜められます。その難易度が高いと言うだけです」

「流石」


 アインは、祭壇を指差し命令を告げる。


「ゴーレム、あの石版を持ち上げて。ゆっくりと」


 命令に従い巨人は石版に向かって一歩踏み出す。慌てて魔術師達が退いた石版の隙間に、落ちていた金属製のシャベルを数本差し込むと、ゆっくりと力を込めていく。


「そのまま……うん、後は手で持ち上げて」


 シャベルは軋み歪んでいくが、巨人が手を入れるだけのスペースは確保できた。石同士が擦れる音を響かせながら、石版は手前に引きずられていき、


「ストップ」


 半分ほど動かした所で動きを止める。アインは、祭壇まで近づくと満足気に頷く。

 石版で封じられていたそこには、風が吹き込む闇が充満した空間が存在した。


「どうですか?」


 誇らしげにアインは言うが、答えは返ってこない。魔術師達は、巨人と空間とアインを見やるばかりで言葉を失っていた。

 不満げな顔のアインに、彼らに代わってユウは言う。


「お前は大したやつだよ、アイン」

「……ふふっ」


 期待通りの言葉に、彼女は片眉を上げてユウを軽く叩いた。

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