第19話 欠片の男
作業中だったもの、休憩していたもの、こっそりとサボっていたもの。遺跡に居る全ての魔術師が、未知への入り口を見ようと集結していた。その輪の中心にいる発見者の魔術師達は、興奮した様子で周囲にまくし立てている。
「すごいじゃない。来た途端に隠し通路を見つけるなんて」
輪から外れてそれを眺めていたアインの肩を、ラピスが叩く。突然の賛辞にアインは、
「……見つけたのは、彼らで……私は、手伝っただけですから」
ボソボソと小声で答えるが、その頬には朱が差していた。良かったな、というユウに頷く代わりに、鞘を指で小さく叩く。
「で、次はアレが何なのか調査する必要があるんだけど」
ラピスがそういった時、
「なかなか面白いものが出てきたね! いやぁ、これは盛り上がってきた!」
頭上から、陽気な声が聞こえた。アインらが見上げると、地上からこちらを見下ろす男の姿があった。男は、剥き出しの斜面からまっすぐ下に降りようとし、
「おっ、おおおおおおおおっ!?」
途中でバランスを崩し、背中を土で汚しながら滑り落ちることになる。尻餅をついて悶絶する彼に、ラピスは溜息を付いて歩み寄った。
「アルカ=ピースマン隊長。もう少し隊長らしく、ひいては大人らしくしてください。もう35歳でしょう?」
「ははは、それは出来ないよラピス=グラナート君。少年の心を失えば情熱という翼も失ってしまうからね!」
アルカは、差し出され手を取って立ち上がると自信満々に言い放つ。35歳と言う割に顔立ちは幼く、ともすれば20代前半にも見える彼をアインはまじまじと見ていた。
『あの人が隊長……ということは、ラピスの上司?』
『……そう、みたいです。けど、こう、なんというか』
『うん……』
アインとユウが脳裏に浮かべた感想をラピスが代弁する。
「そんなだから『頼りない』とか『ダメな人』とか言われるんです。ほら、ドヤってないで検分と指示をお願いします」
「うん、自覚はあるとは言えはっきり言われると傷つくな! まあ、それは些細なことだね。その分君たちが頑張ればいいだけだしね!」
「いいから行ってください、ほら」
ラピスに思い切り背中を叩かれたアルカは、もっと上司に優しくしようとボヤきつつも意気揚々と祭壇に向かっていく。
そのやり取りを眺めていたアインの表情に気がついたのか、ラピスは頬をかいて苦笑する。
「……まあ、頼り無さそうに見えるけど――いや実際頼りないけど。だけど、安心出来る人なのは間違いないわ」
「……そう、ですか」
その当人は、何してたんですかサボりですか、と背中をバシバシ叩かれていたが魔術師達の顔に侮蔑や軽視は見られない。頼りないけど、何故か支えたくなる。そんな人徳を持った人物らしい。
「ラピス君! 火を頼む!」
二人が話していると、穴を覗き込んでいたアルカに大声で呼ばれる。ラピスはすぐ行きますと返し、それにつられてアインも向かう。
「結構深いが階段がある。降りて調査が出来そうだ」
アルカが言うとおり、穴近くには日差しが差し込み階段状のものが確認できる。しかし、それ以上先はまったくの暗闇に覆われている。
ラピスは、祭壇を囲む魔術師達に十分離れるよう指示を出す。離れたことを確認すると、ポケットから取り出した半透明の赤い小石のようなものを穴に向かって放り、自らも祭壇から距離を取る。
『何をしてるんだ?』
『火種を投げ込んで、ガスと酸素の有無を確かめているんです。放り込んだのは、ルビーの原石ですね』
『ルビーって高価なんだろ? いいのか、そんなことに使って』
『質が悪い物ならそうでもありませんよ。一級品ともなれば土地と家がセットで買えるような値段ですが』
火種を投げ込んでから十数秒が経過したが、反応は何もない。ラピスは、ガス爆発の危険がないことに胸をなでおろし、改めて覗き込む。小さな火が闇を円形に削っているのが見える。つまり、酸素も問題ない。
その結果にアルカは小さくガッツポーズを作り、そして大きく腕を広げて演説するように声を上げる。
「皆、聞いてくれ! この穴は問題なく調査できることがわかった! わざわざ隠してあった空間だ、何かがある可能性は高い!」
おお、と歓喜にどよめく魔術師達。ユウも、厚い石版で隠された通路の発見というシチュエーションに少なからず興奮していた。
「しかし! ここにいる魔術師はボクを含めてロクな戦闘魔術が使えない! つまり、調査を行うのは危険が高い!」
「だったら、むざむざ見逃すんですか! こんな大きなチャンスを!」
一人の魔術師の悲痛な――しかし何処か演技っぽい――叫びに、アルカは大袈裟に首を振って否定する。
「それは違う! 確かにボク達には無理だ! けれど、ボク達は知っている!
「それは彼女だ!」
「その名を呼べ!」
「副隊長、ラピス=グラナートだああああああ!」
「うおおおおおおおお!」
熱狂のままに腕を振り上げ天に吼えるアルカと魔術師達。意味はわかってないが、とりあえず控えめに腕を上げるアイン。
そして、その名を呼ばれたラピスは、現実から逃れようと顔を両手で覆ってしゃがみ込んでいた。
「というわけでラピス君、任せたよ! なぁに、君なら問題ないよ。ボクが保証しよう!」
「……いや、これ……毎回する必要ありますか」
「儀礼は大事だよ! 各々の役割がはっきりするし、士気も高まるからね!」
「…………はあ、もういいです」
羞恥に顔を赤く染めるラピスは、諦めたように言ってテント方向を顎で示す。
「少し時間を頂きます。準備が済み次第、調査を開始します」
待っているよ、と鼻歌交じりのアルカは周囲の魔術師達に指示を飛ばす。何やら準備を始めた彼らを所在なく眺めていたアインだったが、不意に袖を引かれて我に返る。
「ぼけっとしてないで、あんたも準備しなさい」
「……私も行くんですか?」
「当たり前でしょうが。一人より二人、でしょ」
「それは……はい、その通りです」
「準備があるなら済ませて。無いならここで待つ。いいわね?」
そう言ってラピスは足早にその場を離れる。とくに準備のないアインは、邪魔にならないように祭壇から離れ、座り込んで待機する。
「一人より二人……」
ラピスが口にした言葉を彼女は小さく繰り返すと、腰から外したユウと向かい合う。
どうした? と彼が尋ねると彼女は、
「いえ、その通りだなと思って。一人より二人、二人より三人ですね」
機嫌良さそうにそう言って、目を閉じる。
くすぐったさからユウは何か言いかけるが、
「……すぅ」
聞こえた寝息にそれを飲み込み、緊張感の欠片もない緩んだ表情をラピスが戻ってくるまで眺め続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます