第20話 闇の中で眠るもの
「では、確認するよ。ラピス君、アイン君」
アルカは、祭壇を前に立つ二人に言う。先程までの浮ついた態度とは真逆の真剣な表情だった。その落ち着きと振る舞いは、年相応かそれ以上のものだ。
「この穴は、地下に続いており深さはそれなりと予想される。閉鎖環境だから真っ当な生き物はいないだろうけど、逆に言えば真っ当じゃない生物が存在する可能性がある」
「アンデッドなどですね」
「ああ、そうだ。閉鎖環境では死霊が澱みやすい。十分注意して欲しい」
アンデッド、ということはゾンビとかそういう類のものだろうか。あまり見たいものではないな。ユウは内心ぼやき、アインもそれに同意する。
「そして、君たちにはこれを使ってもらう」
アルカは、祭壇近くに作られた簡易拠点を示す。そこにあったのは、大きなボビンに巻かれたタコ糸くらいの太さのワイヤーだ。両端には、黒塗りにされた緩いカーブ状の物体が取り付けられている。
その形状は、ユウが実家で見たことのあるものだ。つい思わずそれが口から出る。
「電話……?」
つい声を出したことに慌てるユウだったが、アインの声を借りていたらしく不審に思われなかったのは幸いだった。むしろアルカは、感心した声をあげる。
「よく知っているね。正確には魔伝話って言うんだけど、これを使えばワイヤーの距離ならお互いに会話ができるんだ」
「そんなものどうして持ってきたんですか? 見たのは初めてですが、安いものではなかったはずです」
「会長が研究用に手に入れたものを借りてきたんだ。探索における有用性の検証って名目でね」
「……個人的に使ってみたかっただけでは」
「まさか、それは半分くらいだよ」
ラピスのじとっとした視線を気にすること無くアルカは続ける。
「使い方は簡単だ。このヘッドに話しかけるだけでいい。ただ、一方通行の会話しか出来ないから、片方が喋ってる時はもう片方は聞くことしか出来ない」
「少し不便ですね」
「そこは我慢して欲しい。なので、喋り終えたら『オーバー』、会話自体を終える場合は『アウト』と続けること」
「オーバーとアウトですね。了解です」
「アイン君も大丈夫かな?」
アインは無言で頷き、アルカはよしと手を叩く。
「では、出発だ。くれぐれも気をつけてくれ。どんな貴重品があろうと、命が危なければ蹴っ飛ばしてでも生きて帰ってくること。ボクからの命令はそれだけだ」
「はいっ!」
ラピスは力強く答え、アインはまた無言で頷く。二人の視線の先にある謎に包まれた空間は、人を拒むように冷たい空気を吐き出していた。
「私が先に行きます」
深い闇に覆われた穴に向かって、アインは光球を放り明かりを確保する。慎重に階段に足をかけ、滑らないことを確認し一歩ずつ降りていく。それに魔伝話を持ったラピスが続く。
下り坂は長くは続かず、すぐに真っ直ぐな直線に変わる。青白い明かりに照らされた空間は、手を伸ばしても届かないほど高く広い。積み上げられた石で作られた壁は、頑丈なようで崩れる心配は無さそうだ。
冷たく湿った空気が漂う道を二人は進む。ブーツがたてる足音ばかりが反響する空間は、夜の墓場のような嫌な静けさを連想させた。
「二人共、聞こえるかい?」
「ッ!」
突然の声にアインは、跳ね上がるように戦闘態勢をとり、ラピスに手で制される。彼女が指で示した先には、魔伝話のヘッドがあった。
「聞こえてます。けど、突然は困ります。アインが私を撃ちかねません。オーバー」
からかうような視線を送るラピスから体を背けるアイン。暗闇でも顔が赤くなっているのがバレバレだった。
「それは改善案としよう。今のところ問題は? オーバー」
「ありません。死霊もいませんし、罠もありません。分かれ道もなく真っ直ぐ続くだけです。オーバー」
「……ふむ。では、そのまま先を目指してくれ。繰り返すけど、危険を感じたらすぐに引き返して欲しい。アウト」
交信を終了したラピスは、俯いたままのアインの背中を叩き、
「ほら、行くわよ。それとも私が先行する?」
追い抜こうとした彼女をアインは慌てて押しとどめ、再び歩き始める。
その様子に疑問を持ったユウは、彼女に訊ねる。
『どうして前を歩きたがるんだ? 別にどっちでもいいじゃないか』
『戦術的な理由です。ここでは土魔術は壁を崩しかねません。故に戦闘が可能で、連絡手段を持つラピスを私が守るのが合理的です』
『……すごいな。そんなこと考えてたんだな』
心底から感心した声のユウに、アインは不満げに顔をしかめる。
『むしろどういう理由だと思ってたんですか』
『ラピスを見ていると色々考え込んで緊張するからくらいの理由かと』
『…………そんなわけないじゃないですか』
『本当にわかりやすいな、お前』
そんな会話を続けながら二人と一人は通路を進み続ける。変わり映えしない光景に飽きを覚え始めた頃、漂う空気に異常が生まれる。
それに気がついたアインは足を止め、後続のラピスに止まるよう指示する。目を細め、警戒するように闇に覆われた先を睨んだ。
「……空気が冷たすぎる」
そう、冷たすぎる。いくら地下とは言え、ブーツに覆われた足首が冷たさを覚えるなんてありえない。首筋から体温を奪おうと潜り込む風を防ごうと、アインは外套をキツく巻きつける。
『……変だ。俺でもわかる。寒暖がわからないはずなのに、冷たいと感じる』
背中にだけ冷たい空気が纏わりついているような不自然な冷たさが、ユウの感覚を襲っていた。混乱する彼を、アインの手が握りしめる。
『大丈夫です、その感覚に引っ張られないでください』
その慣れ親しんだ感覚に、ユウは冷静さを取り戻す。感じていた冷たさも、最初からなかったように消えていた。
「アルカ隊長、異常な冷たさを感じています。発生源は、おそらく通路の最端と思われます。オーバー」
「異常な冷たさ……。その先に死霊の澱み場が形成されているのかもしれない。奴らは命あるものの熱を奪う。進むなら引きずり込まれないよう意思を強く持ってくれ。オーバー」
進むなら。その言葉に、ラピスはアインに目を向ける。彼女は、問題ないと頷く。
「このまま進み、原因を確かめます。アウト」
「……行きましょう。一層の警戒をお願いします」
「言われるまでもないわ」
二人は表情を引き締め、一歩一歩を確認するように歩みを再開する。魔力の明かりで闇を切り裂きながら、これまで以上に足元に注意しながらの歩みはじれったいが、安全には代えられない。
しかし、それはすぐに終わりを告げる。明かりが照らしたのは、錆付き崩壊した鉄格子だった。石造りの通路の終点に現れたそれは、この先が異常であることを暗示するようだった。
「午前の光よ、我が手に現れよ。そして、世界を照らせ」
アインは、鉄格子を乗り越え天井に向かって特大の明かりを放る。眩い光が、空間を詳らかに照らし出した。
「これは……」
現れた光景にユウは絶句する。
劇場のような広さを持つ空間は、剥き出しの岩盤で形成されている。ここだけは、人工的に作られたのではなく自然に存在した場所のようだ。その中央には獅子のような巨大な石像が鎮座している。そして、周囲の瓦礫に混じって転がるものは――。
「……どうやら、穏やかな場所では無さそうね」
ラピスは、光を失った双眸を見やり呟く。白骨化した人間だったものは、何も語らず空虚な闇を内部に湛えるだけだ。
状況を報告しようとラピスが魔伝話に手を掛けた、その時だった。
「……ッ! ラピス、構えて!」
カタカタと軽い音が二人を取り囲むように鳴り響く。その音は、まるで骨と骨がぶつかり合うような――否、そのものだ。
「何があったラピス君! 聞こえているか!」
「聞こえています! 敵が現れました!」
同時に、それは姿を現す。肉の一切ない剥き出しの体、光のない双眸、手にするのは生前の獲物であろう錆果てた剣。
ラピスは、
「スケルトンです! これより戦闘に突入します! アウト!」
その名を叫び、邪魔になる魔伝話を入り口に向かって放る。地面に落ちたそれを引き金に、スケルトンは一斉にアイン達に殺到する。
「……来い!」
自らを鼓舞するように、アインはそう叫び構える。
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